復讐すべき相手
翌日、俺は首にかけていたネックレスを見つめていた。
十字架の形で、神を象ったという代物だ。
「魔法、ね……」
ペンダントに害を加えれば、雷が落ちてくる。
そしてそれを、ベレッタは魔力の行使ではなく、魔法だと言い切った。
魔法はそもそも、神を信じる心が引き起こすものだと聞いていたが……。
「どうしたのよ、そんな深刻な顔して」
居間で座っていた俺の隣に、ベレッタが腰を掛ける。
「ベレッタは、神を信じたことはあるか?」
「なによ藪から棒に。そんなのあるわけないわ、神なんて、いたとしても敵だもの」
「……そう言うと思った」
天使に会ったことはあるが、神は見たこともない。
だがいるとするならば、俺は神が嫌いだ。
元いた世界でもそう思うことは何度もあったが、この世界に来てからは特にそうだ。
理不尽な展開が多すぎる。神がいるというのならば、もう少し責任を持ってほしいものだ。
「知ってると思うが、魔法の動力は神を信じる心らしい。だが、俺には神への信仰心を欠片も持ち合わせていない。だがそれでも、魔法が具現化した」
「どういうことなのかしら?」
ベレッタは首を傾げる。
俺も確信があるわけじゃないが、ある仮説は立てられる。
「俺が思うに、普通の魔法がいわゆる加護であるなら、俺の場合は天罰の類だと思う。神への反逆心に対する天罰。そう考えれば納得いく」
「天使だけではなく、神が実在する? そんなの、考えたくもないわね」
「まあな。でも、使えると思うぜ。天罰を憎き人間に肩代わりさせられると思うと、考えただけでも胸が空く思いだ」
「そう考えれば面白いわね。ふふ、あなた、非道い顔してるわよ」
そういうベレッタも畜生度を全面に押し出した表情になっている。
「まあこれでも、魔王軍の幹部だからな」
「自覚が生まれるのは結構な事ね。コルトにもそろそろ、同様に魔王軍の幹部としての矜持を持ってほしいのだけど」
コルトはと言えば、昼食の準備ができているにもかかわらず、まだ布団の中でぐっすりと眠っているようだ。
「そろそろ起こしてきてよ」
「……俺がかよ」
といっても、昼食の準備をしたのはベレッタであるし、文句を言える筋合いがない。
仕方なく、俺はコルトの部屋へと向かう。
「おーいコルト朝……じゃなくてもう昼だぞー。起きろー」
しかしちょっとやそっとの音量では起きそうもない。
なんとまあ幸せそうな寝顔だろうか。
「うーん、お父様、お母様。わたくし……が出来ましたの。だから行かないでくださいまし……」
一体何が出来たというのか。幸せそうな顔をしたと思ったら、寂しげな顔に変わる。
コルトの父親のアルトさんは、強大な力を持つ天使との戦いに赴いたのだから、確かに心配に思うのは分かるが。
「ほら起きろ、昼食の時間だぞ」
体を思い切りゆすると、寝ぼけ眼が開かれる。
ようやくその焦点があったかと思うと。
「ななな、なんでここにいるんですの!?」
コルトとして考えられぬほどの寝起きの良さだ。
いつもなら布団に包まって30分は出てこないのに。
「何って、起こしに来たんだろうが。まだ夢の中にいるつもりか?」
「夢って……わたくし、何か言ってましたの……!?」
コルトは掛布団を抱きしめながら顔の下半分をうずめる。
「何かが出来た、とか言ってたよ」
俺がそう言うと、コルトは髪と同様に顔を赤くして、俺の横を駆け抜けて行った。
「別に、寝言なんて誰でもあるだろ……」
追いかけように居間に戻ると、俯いたコルトと訝しげな顔をしたベレッタがいる。
「あなた、何かしでかしたの?」
「知らんよ。勝手に発した寝言を聞いただけだ」
「勝手に部屋に入って来るのが悪いんですの……」
「なら、自分で朝起きることだな」
頬を膨らませるコルトに、ベレッタも皮肉めいて笑う。
そんな時だった。
ベレッタの眼つきが一転する。
「……来たわ」
「まさか、人間が?」
「ええ。しかも複数の魔法を感知できる。今度は、間違いないわ」
俺は刀を手に取り、即座に外へ出た。
「ここから急げば10分もかからない。飛ばしていくわよ」
俺と、ベレッタ、コルトは魔法が感知された方向に飛んでいく。
そして。
「……見つけた」
そこには、人間が多数いる。
50人は下らないだろう。
魔力を感知したのか、目視かは分からないが、向こうも俺たちの存在に気付く。
そのこちらを向いた顔の一つに。
「あれは裁判所の……」
俺にいわれなき罪を被せた男がいる。
そして、俺をその裁判所へ連行した、憲兵団の制服を着た人間もいくつかいる。
「久しぶりだね、ルーク君。君が生きていると聞いた時には、嬉しくて涙を流したほどだよ」
片眼鏡をしたハゲが、皮肉たっぷりに言葉を投げかけてくる。
かくいう俺も、少し安心した。
復讐すべき相手が反省していたら、振り上げた手の落ちどころがない。
「そいつはどうも。俺もこんなところで再会できるとは思わなくてね。そういやこの前、憲兵団が何人か来たんだけど、今どうしてるかな?」
「……その時の話は聞いた。魔人に身を落としたらしいな。言っておくが、あの時と今では訳が違うぞ。魔人と人間の格の違いという奴を見せつけてやろう」
「じゃあその格の違いというやつを、見せつけて貰おうか」
俺の能力はもうばれているだろう。ならば出し惜しみする必要もない。
雷撃を集団に向けて撃ち放つ。
しかし。
その雷撃は見えないバリアのようなもので打ち消され、跡形もなく消えてしまった。
「ふはははは! これが違いだ。魔力などという低能とは違い、魔法は秩序ある力。集団で使えば、掛け算のように威力は増していくのさ!」
ハゲが合図を出したと同時に、集団はなにやら詠唱を始めた。
そして、荒野に散乱した岩が複数個持ち上がる。
「ただの念動力だと思わないでくれたまえ……」
1メートルほどの大きさがある岩が、四方八方から襲ってくる。
その威力は、想像をはるかに超えていた。
「ぐあっ!」
「ルーク!」
岩に吹き飛ばされ、竜に突進された時と同程度の衝撃が俺に降りかかった。
数メートル転がってようやく止まり、上半身だけ起こす。
左肩は思うように動かないし、頭頂部から血が流れてくる。
「ふふふ。ははははは!」
片眼鏡のハゲによる、勝ち誇ったような笑い声が、周囲に響いていった。
俺は額の血を拭い、心に決めた。
あいつだけは生きては返さないと。
次回5/17くらいに更新




