魔界へ
ガラガラと馬に揺られて何刻過ぎただろうか。
向かった先は、裁判所だった。
取り調べなどない。傍聴者などいない。弁護人などいない。
敵だけの裁判で、勝ち目など有るはずもない。
ほんと、笑わせてくれる。
俺は今世の全てを諦めた。
代わりに、来世に期待することにした。
来世はきっと魔物に転生する。そして、焼き尽くすのだ。王国軍と、憲兵団と、この裁判所を。
それだけが、今から楽しみだ。
天使よ、必ずや俺の願いを聞き入れてもらうぞ。
だが、期待外れというわけではないが、判決は流刑だった。
「いやー、ルーク君。君は本当に運が良いねー」
誰が聞いても茶番と思えるほどの抑揚で、片眼鏡を掛けたお偉いさんと思しき男が出てきた。
ハゲたけど。
衣服や装飾が無ければ、乞食に見られても文句は言えまい。
「なんの運が良いって?」
「そんな怖い視線を向けないで。実はねえ、長距離テレポートの呪文が完成したんだ。君は光栄ある実験台1号として、魔界に向かってもらうよ」
「光栄ならてめえが行けボケ。そしたら毎年墓参りに赴いてやるから、あの世で感謝しろ。大体、テレポートの成功を誰が確認するんだ」
「いやいや、僕には仕事があるから無理なんだよねえ。そこでだ、君にこのロザリオを授けよう。有り難く思いたまえ、神を象ったこの十字架には法力が込められており、その場所の特定をすることができるのだ」
僕にはってなんだ、誰がニートだ。
冤罪を生み出す仕事くらい、俺にもできるぞ。
「神を象って行先が魔界じゃ意味ねえな。大体、神より頭に生える髪を作った方がいいんじゃないの?」
「き、貴様、神を、主を侮辱するのか! 今すぐ許しを乞え!」
いや、神じゃなくてお前を侮辱したんだけど。神を身代わりにするなよ。俺はどうでもいいけど。
まあ、言葉尻だけはあんなに緩かった男の口調がここまで変貌するだけで抱腹ものだ。
「んなもん知るか。どうした、早くそのテレポート装置を持って来い。お前らの顔なんざもう見たくねえ」
魔界に行けるとは、僥倖だ。そこで死ねば、魔物に転生される可能性も大きいだろう。
「強がっていられるのも今の内だ! 貴様が魔界でのたれ死ぬのをこの目にできないのが残念で仕方ないねえ!」
男の合図で、術者が数人入ってきた。魔法陣が書かれた紙を広げ、4人が俺を取り囲む。
そのうちの1人と目が合うと、俺に対してごめんなさいとでも言いたげに会釈した。
そう言えば、俺はこの世界が嫌いではなかった。
サイもいるし、友達は他にもいる。そんな悪い奴はあまり見なかった。
でもそれは運が良かっただけなのだろう。
この世は、権力を持てば持つほどに欲求も増え、すなわち屑が世界を回しているのだ。
それを教えてくれたこの日は、世界は、今まで生きてきた18年を否定するには十分すぎる程だ。
術者が詠唱を始めると、俺の周りに白い光が纏う。呼応するようにロザリオも発光した。
他人のことは言えないが、現金な神だ。
だからもう、信じることはないだろう。
そして俺はまた、新たなる世界に踏み出すこととなる。