ルシフェル
とある病院。
ここには、天下一魔王杯の決勝戦で相手をした、治療を受けているルシフェルがいる。
個室の扉を開くと、そこには全身に包帯を巻かれた、ミイラの子供の様な存在がベッドに横たわっていた。
「君は……」
ただ、包帯の隙間から覗かせる眼光だけは死んでいない。
「俺はルーク。邪魔するよ」
眼光は鋭いが、体が動かせないのか、ルシフェルは横たわったままで、魔力も感じない。
「何しに来たの? 冷やかしに来たとか言わないよね」
「それも面白いけどね。少し聞きたいことがあって。だけど、その前にひとつ確認」
「?」
「天下一魔王杯に出たからには、新魔王軍に入るってことでいいんだよな?」
包帯で表情は見えなかったが、それでもルシフェルが嫌な顔をしたのは雰囲気で分かった。
「まあ、別にいいけど」
だが約束は守るタイプなのか、態度とは裏腹にあっさりと認める。
「ちなみに、約束通り俺の直属の部下にするから」
「はぁ。この僕がどこの馬の骨とも知らない奴にね。……なに、変な眼つきで僕をまじまじと見て」
ルシフェルは、今までは敵だったし、禍々しい魔力もあった。
だが今は味方であるし、治癒に魔力を注ぎ込んでいるのか禍々しさも感じ取れない。
背も小さいし、声も高い。
これでは本当に子供の様だ。
「いや、俺もはれて魔王軍の幹部となるわけじゃん? なのにこんな子供の容姿をした奴にタメ口では話されたら、幹部としての威厳がなくなるというか」
「前にも言ったけど、これでも僕はカトラスより長生きだからね。ざっと2万年は生きてるはず……」
「お兄ちゃんって呼んでみて」
「話聞いてた!? やっぱり冷やかしに来たんじゃないか!」
だって面白いんだもん。
そして、面白い要素をもう一つ見つける。
体は碌に動かせないが、なんとなくもじもじしているのが分かる。
「これ、なーんだ?」
「それは……!」
し尿瓶。
ルシフェルのベッドの下にあったやつを奪い去る。
「なんだかとっても、手が滑りそうな形してるよね。お兄ちゃんって呼んでくれたら、返すけど」
「君、悪魔か何かか……?」
ルシフェルは観念したのか、小さい声で呟いた。
「……鬼ぃちゃん」
「なんか今、イントネーションおかしくなかった?」
「全然。早く返して。そして一回外に出て」
さすがにこれ以上からかうのはまずいと思い、返してから外に出る。
元天使とは言え、トイレするもんなんだな。
数分おいて、もう一度部屋に入る。
「まあ、今までの冗談は置いといて」
「……」
信じられるか、といった目つきでルシフェルは俺の方を見る。
「これはベレッタ達にも言ってないんだけど、俺は他の世界から来たんだ。これだけで何となくわかるか?」
ルシフェルは驚いたように目を見開き、少し間を置いた後に口を開いた。
「……面白い」
ルシフェルは皮肉めいた目で俺を見る。口角が上がっているのが、包帯越しでも分かる。
どうやら、俺が求めている情報を少しは所有しているようだ。
「俺が別世界から移された理由、それが知りたい」
「理由ね。まあ前にも言ったけど、魔人を倒させるためじゃないかな。君はさ、魔法が何の力を源にしているか分かる?」
「……信じる、心?」
魔法を使う者は、みな口を揃えて言っていた。
それが魔法を引き出すのだ、と。
俺はそれを信じられなかったし、信じなかった結果魔法を全く使えなかったのかもしれない。
「そうだね。魔力は怒り、憎しみ等の負の感情。対して魔法は信じる心。もっと正確に言えば、神を信じる心さ。世界を移動してくるとき、天使に会わなかった?」
「会ったよ、天使らしき女に」
「魔法の使い方は教えてくれなかった?」
「教えてくれなかったな」
あの時は、魔法のまの字も耳にしていない。
「君、変な返答でもしたんじゃない?」
「確かに、異世界に行きたくない、みたいなことは言ったな」
「それだね。まあその馬鹿な天使が人選ミスったせいもある。信心深くない奴は魔法を覚えさせたところで役に立たないからね。だから素の身で放り出されたんだろう。それが巡って魔人になるなんて、良い気味だ」
ルシフェルは背を丸めて笑いを堪えている。
だが俺としては踏んだり蹴ったりだ。
まさか人選ミスで異世界に渡るとは。
「君も、天使に一矢報いる気は無い?」
その口調はまるで、悪戯を持ちかけてきた悪友の様だ。
「悪くはないな。だけど、お前が魔人になった理由を聞かせて欲しい」
「僕が堕天して魔人になった理由か。ベレッタにも言ったんだけど、まあいいよ。……単純に天界が詰まらなかったのさ。毎日似たようなことの繰り返し、全ては神の掌の上。……君のいた世界にはさ、パソコンとかあった?」
パソコン。
久しぶりに聞いた単語だ。
懐かしくさえある。
きっと、この世界の誰に聞いても首を傾げるだけの単語だろう。
「あるよ」
「じゃあ、ゲームとかもやったことあるかな。魔人とか魔力っていうのは、神が造ったゲームに発生したバグみたいなものなんだ。今は限りなく小さな芽だけど、育てばどうなるか分からない。僕はそれが育つことを期待したけど、天界の意思はその芽を摘むことだった。だから離反した。まあ正確に言えば離反させられたんだけどね」
「それで、自分自身もバグになったのか」
「そういうことだね」
ルシフェルは楽しそうに笑い声を出す。
本当に、子供みたいに。
「天界を恨んではいるけど、今は結構楽しいよ。天下一魔王杯もそうだった。自分が負けるだなんて、天使の時は考えたことすらなかった」
「……やっぱり、性格も見た目通りの子供じゃねえか」
「まだ20も生きてない君には言われたくないね。でも気に入ったよ、ルーク。君といると、もっと面白いことになるかもしれない」
面白いこと。
それは人間や天使に復讐することも含まれている。
やはり、ルシフェルは仲間に引き入れて正解だろう。
現存の天使に劣るとはいえ、その魔力の強大さは本物だ。
「よし、じゃあお兄ちゃんって……」
「呼ばない。まあ天使の一体や二体、消しでもしたら呼んであげないこともないよ」
「言ったな。約束だぞ。……じゃあ傷が癒えたら、改めて新魔王軍に歓迎するよ」
俺は病室を後にする。
早く元の街に戻らなければ。
夕焼けに染まる街を背に、俺は空を飛んでいく。
ここから、魔人と人間の本格的な戦いになることも知らずに。
次回5/5くらいに更新




