天下一魔王杯決勝戦 後篇
ルシフェルのレーザーに貫かれた左腕はもう使い物にならない。
だがそれでも、まだやれる。
「傷を負って、なお挑発するなんて、君の頭の中はお花畑かな?」
ルシフェルは強烈な光を放つ。レーザーではなく、視力を奪う全方位向けの光。
しかし今の俺は、一時的に視力を失ったところで何もならない。
むしろ、好都合だ。
発光に合わせてベレッタがルシフェルの周囲に爆破を起こす。
「だから効かないって。……ん、あの男はどこにいった?」
俺はルシフェルの視界から姿を消す。魔力感知の範囲外まで。
プランB。
二つ目だが、これ以上に策はない。
「まさか逃げ出したとは思わないけど。でもあれだけの啖呵を切っておいて姿を隠すなんてね。あんな奴を仲間に入れたなんて、ベレッタも自棄が回ったのかな?」
「さあね。私にも思う所があるわ。勝つにしても負けるにしても、一つ聞いておきたかったのだけれど。あなたが天界を追放された理由について」
ルシフェルはあからさまに嫌な顔をしたが、それでも口を開いた。
「……。まあいいよ、特別に教えてあげる。魔人の力は天使に対抗しうる、だから対策しなければならなかった。その策が、人間への魔法の譲渡。自ら動きたくない天使たちはそんな回りくどい手を打ったのさ。僕はそれに反発して堕天させられた。魔人にとっては、僕はとてもいい働きをしたと思うんだけど」
「……カトラスから聞いた噂話は本当だったというわけね。でも、堕天させられたなら、あなたの働きも無意味だけれど」
「痛いことを言ってくれるね。流石に僕でも、30人ほどの天使を一度に相手するのは無理だったよ。あの頃は若かった。下界に降りてから、魔力を得て、時には動物に魔力を与えたこともあったし。まあ色々と試したよ、あんなクソッタレな天界をぶっ壊すためにね」
ベレッタは少し間をおいた後に、溜め息を吐いた。
「……あなたって、余裕がないのね」
「はぁ?」
「少し、ルークに似ているように思えたけど、でも嫌悪感しか湧いてこない。時間はあるはずなのに、心に余裕がない。それがあなた」
「人に質問答えさせといて、駄目出しするとは呆れたよ」
「興味がないわけじゃなかったけど、別に質問に意味なんかないわよ」
「なにを……?」
「ただ話をして、あなたを動き回らせないため。……気付いても、もう遅いわ」
3分前。
ベレッタの爆破のお蔭で、俺は逃げ果せた。
上空、約200mまで。
この距離であれば、空中浮遊程度で魔力は感知されない。
なんとか、視力も戻ってきた。
ベレッタが会話でルシフェルを足止めしているが、動き回られると厄介だ。
……常時ルシフェルは空中に浮いている。
そんな奴に、魔力感知されずに近づく方法は一つしかない。
魔力感知されないほど遥か上空からの、自由落下。
正直、200m下の的に自分を落下させるのは難しい。
昨日何度か試してはみたが、まあ確率は五分と言ったところだろう。この位置でも風がないのが救いだ。
「行くか」
200m、重力にかかればほんの一瞬だ。
俺はルシフェルのほぼ真上に落下した。
ぶつかる直前、魔力による軌道修正もしたが、もはやそこからルシフェルに回避する余裕はない。
刀にありったけの電気を纏い、自由落下の速度も乗せて叩き斬る。
「なっ!?」
「……ちっ」
片手だけとは言え、自由落下の速度を加味したにもかかわらず、つけられた傷は安物のカッターで刺したレベル。
常人なら死んでもおかしくないはずの電気も、数秒の動きを封じただけ。
しかもレーザーによって俺の右足にまで穴が空いた。自由落下のスピードを抑えきれずに、軽く地面に叩きつけられもした。
でも。
「それで十分だ」
茂みに潜んでいたカトラスがルシフェルに突撃する。
「傷口があるのとないのとでは、注入できる魔力量が違うのでな」
「ちっ。あの餓鬼、やってくれる。……でもそれでどうするんだい? ありったけの魔力を入れて、僕の能力を数秒封じるのはいいけれど、このかすれたスピードで地面にぶつけたって、ダメージなんて碌に負いやしないよ」
「別に、地面にぶつける気は無い」
ザパァン!
カトラスはルシフェルを思い切り池の水面に叩きつける。
ルシフェルが空気を吸おうと、水面から頭を出した瞬間だった。
「あまりに遅すぎて、待ちくたびれてしまいましたわ」
池は凍り、ルシフェルは動きを封じられる。
「くそ、アルトの娘か……」
ルシフェルは魔力を溜めてレーザーを放ったが、コルトの前にはだかる分厚い氷がそれを阻む。
「流石ですわね、氷点下100℃を下るはずなのですけれど、能力を発動できるというのは。でも心なしか、顔が青ざめてますわよ?」
ルシフェルはレーザーの照準をコルトから自分に纏わりつく氷へと変える。
だが、一度溶かしてもすぐに氷結されるいたちごっこを繰り返すだけ。
やがて、ルシフェルはそれも諦めた。
「流石に寒いね。ただ、レーザーが放てる僕に近づくことも出来ない。でも、君の魔力も無尽蔵じゃないだろ。話には聞いてるよ、体力がないってね。それでも、持久戦に持ち込む気かな?」
「そんなわけありませんわ。面倒ですもの」
「ならどうやっ……!?」
コルトの後ろから、膨大な魔力が、さらに膨れ上がっていく。
それに伴って、姿を現したのは、大きな火球だった。
火球はどんどん巨大化し、遂には直径50mほどの大きさに到達する。
形容するならば、それは小さな太陽のよう。
「っ……」
さすがのルシフェルも、これには言葉を失ったようだ。
「ベレッタのそれ、熱いですわ。体が火照ってしまいますの」
「嫌な言い方するわね」
「捉え方が悪いだけですの。早くしないと氷が溶けてしまいますわ」
「分かったわよ」
巨大な火球が、一点に圧縮されていく。
総エネルギー量は変わらずに、ただ体積を減らしていく。持ち得るは、膨大な圧力と熱。
ベレッタはコルトを守る氷壁の上に立った。
「や、やめろ……」
「やめるわけないじゃない。だって私は。……魔王になるもの」
ルシフェルは魔力を高めたレーザーをベレッタに放つ。
だがそれは、ベレッタの頬をかすめただけに終わった。
燦然と輝く火球。
ベレッタから放たれた火球は、綺麗な放物線を描いてルシフェルへ向かっていく。
「ぼさっとするな、早くこの場から立ち去れ。私はコルトを連れていく」
カトラスに促され、俺は即座に凍った池から距離を取る。
そしてカトラスがコルトを抱えて逃げ出したのを確認した後に。
ベレッタは合図のように指を鳴らした。
瞬間。
火球が、爆弾へと変貌する。
半径100m超まで一瞬で膨張したそれは、十分な距離を取ったはずの俺達まで爆風を届かせた。
……きのこ雲というのを、初めて生で見た。
濛々と立ち込める煙が晴れると、ベレッタが一人、立ち尽くしている。
氷が張っていたはずの池は見るも無残な姿に変わり、底にルシフェルが横たわっていた。
そして。
『ルシフェル選手、戦闘不能! よって、ベレッタ選手のチームが優勝です! つまり、今ここに、次なる魔王が誕生いたしました!』
街からは2㎞ほど離れているはずだが、ここまで歓声が届いた。
……魔王軍の幹部、か。
前の世界にいた時は勿論、世界を渡った先の人間界にいた時も、まさかこんなことになるなんて思わなかった。
悪い気はしないが、実感も沸かない。
「……しっかし、ルシフェルの奴、死んだんじゃないのか? 大丈夫か?」
あの爆発を間近で受けようものなら、一切の肉片すら残らなそうだが。
「まあ大丈夫だろう。天使の身衣もあれば、奴の能力的にも熱に耐性がある。まあそれでも、瀕死の重傷だろうがな」
「ならいいか、生きて貰わなきゃ困る。俺の部下になるように約束したからな」
「いやですわ。わたくしの部下にして、わたくしのことを『コルトお姉様』と呼ばせる予定でしたのに」
「……それはルシフェルに同情するな」
俺らがそんな取り留めもない話をしていると、ベレッタがルシフェルを引きずりながら近づいてきた。
ぼろ雑巾のような扱いを受けるルシフェルを見ていると、俺の左腕と右足をレーザーで撃ち抜いた張本人とはいえ、居た堪れない気持ちになる。
「これで私に対して拭えないトラウマが出来たわね。従順になれば魔王軍に入れてもいいのだけど」
ベレッタの明後日な方向の心配に対して、俺は笑いを堪えられなかった。
そういえば、俺と出会った直後も、似たような雰囲気だったことを思い出す。
「なに笑ってるのよ」
「いや、前からだけど、魔王っぽいと思ってな。その容赦のなさが」
「……そ。褒め言葉として受け取っておくわ。ありがとね」
審判員としてフィールドにいた旧魔王軍の幹部が、治療のためにルシフェルを連れていく。
亡骸同然のルシフェルをよそに、コルトは上機嫌な顔で鼻歌を奏でている。
「ふふーん、凱旋ですわ! わたくし、街に戻ったらモテまくりですわ! ルークには悪いですけれど、嫉妬はほどほどにして下さいまし」
「しねーよ。大体、女子の戦闘力が高くてもモテないだろ。男の俺は別だけどな。俺も罪な男だぜ」
「……なに馬鹿な妄想を垂れ流してるのよ。魔王軍の幹部になるのに、自覚が足りないんじゃないの?」
「そういうベレッタもにやけてるけどな」
「うるさいわよ。これは失笑よ、くだらなすぎてね」
「こんな時くらい、素直に喜べばよろしいんではなくて? 恥ずかしいんですの?」
「コルトに言われるとムカつくわ。まあ、恥じらいも知らない人にはなりたくないわね」
悪態を掛け合うベレッタとコルトだったが、2人とも表情は柔らかかった。
底を尽きかけている魔力を振り絞って、俺たちは街へと飛んでいく。
そんな折に、カトラスが呟いた。
「これで正式に、魔王様と呼べますね。……ようやく、です」
「そうね、ようやく。……スタートラインね」
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