嫉妬
天下一魔王杯の二回戦を終え、宿に戻り体を休めていた時だった。
「ルークはいるか!?」
扉が勢いよく開かれたかと思うと、そこにはマリーが立っていた。
二回戦で倒した相手で、ベレッタに一任したはずだが、どうして一人でここに来たのか。
そのマリーを見た瞬間、部屋にいた俺とコルトには不穏な空気が流れ、カトラスに至っては目にも止まらぬ速さで姿を消した。
「何の用だ」
「あんた、私の事を好きになりなさい!」
「……はぁ?」
意味が分からない、元々思考回路が読めない女の子だったが、輪をかけておかしなことを言っている。
マリーも変な空気を感じ取ったのか、コルトの襟元を掴むと、引きずりながら別室に移動した。
「……ふぅ、行ったか」
マリーの姿が見えなくなったかと思うと、背後からカトラスの声がした。どうやら俺が腰かけていたソファーの後ろに隠れていたらしい。
気配もなく急に現れるから、こっちもビックリする。
「なあカトラス、どうやら俺は、また面倒くさいことに巻き込まれたような気がするんだが」
「そのようだな。あの様子だとまたすぐに戻ってくるだろうから、私は煙草を吸いに行ってくるとしよう」
「……おい、逃げるな」
「吸いたいから吸いに行くだけだ。ざっと20本くらいは吸ってくる」
1時間も姿を消すつもりか。
俺も寝室に戻って姿を隠そうかと思ったが、後々に回した方が面倒になる気がするし、ばれる可能性も否めない。
俺はソファーにもたれかかり、天井を仰いだ。
私の事を好きになりなさい、とは一体どういう事なんだろうか。
マリーはベレッタの事を異常に敬愛していた。そしてマリーは、俺の事をベレッタに付き纏うハエとしか捉えていない。
……まあ、意図は分かるが、その方法を選んだのは意味が分からない。
俺が天井の滲みを眺めていると、勢いよくドアが開く。
「コルトから聞いたわ! あんた、女の子の胸に興味があるそうね!」
俺はマリーの後ろにいたコルトを睨んだが、コルトはどこ吹く風でコーヒーを啜っている。
「どう? 私の胸って結構大きいでしょう? 惚れてもいいのよ!」
惚れてもいいのよ、なんて台詞、初めて聞いたわ。
マリーはコルトと同級生と言っていたから、15歳だろうか。齢の割には確かに大きい方なのだろうが、ベレッタやリンカと比べれば少し物足りない。
それに……。
「ルークは服の上からでは喜びませんわ。せめて下着姿にならないといけませんの。貴女に脱ぐ覚悟がありまして?」
「当たり前じゃない! お姉さまのためなら!」
威勢よくマリーは服のボタンに指をかける。その時、マリーと目が合った。
「お姉さまの、ためなら……」
「どうした、手が止まっているぞ」
威勢が良いと思ったが、どうやら虚勢だったらしい。
マリーの額には冷や汗が浮かび、目も泳いでいる。
「そんな事できるか、バカー‼」
ドアを壊さんばかりに蹴飛ばして、マリーは宿から走り去っていく。
まるで嵐が過ぎ去ったかのように部屋は静まり返り、俺は安堵してソファーの上で横になった。
「あいつ、何しに来たんだ?」
「それはさっき言っていたじゃありませんの。しかしルークは、悪魔も謙遜するほどの外道ですわね」
「別に本気で見たかった訳じゃねーよ。煽った方が面白そうだと思っただけだよ」
「……じゃあ、見たいか見たくないかで言ったら、どっちですの?」
その質問はずるい。そんなの答えは決まっている。
「俺は思春期の男の子だぞ、とだけ返答しておこう」
「自分の事を思春期の男の子なんて言う奴に、碌な輩はいませんわね」
「マリーに変な事を吹き込んだ奴よりはましだ」
「それって誰の事ですの?」
きょとんと首を傾げるコルトに、俺はもう追求することを諦めた。仰向けになって天井に吊られている電飾を眺める。
すると、今度はカトラスが戻ってきた。
「煙草20本吸ったにしては早いな」
「あの女が走り去っていくのが見えたのでな。おかげで私の肺は健康を保ったわけだが」
「600年も生きて、今さら健康に気を遣うのか」
「まあな。しかし今度は胃が痛くなるようなことが……」
何を言い出すのかわくわくしていたところ、カトラスの後ろからベレッタが出てきた。
確かにカトラスは高身長だが、巨体というわけではない。ベレッタはいつもより縮こまった様子で、暗い顔をしていた。
「ねえルーク」
「な、なんだよ」
顔だけでなく、声のトーンまで低い。
「マリーが来たんでしょう?」
「うん、来たけど……」
「変な事を言ってなかった?」
「確かに変なことを言ってたな」
「それで、なんて返したの……?」
「? いや、別に……」
さすがに、服を脱ぎ始めた女の子に『手が止まっている』と返した、とは言えまい。
俺は言葉を濁したが、コルトが空気を読まずに会話へ入り込んでくる。
「ルークが、マリーに服を脱げと強要してましたわ」
しかも話が大分盛られている。コルトにしろ冗談で言ったつもりなのだろうが、ベレッタは真面目にとらえたらしい。
「……最低ね」
汚物を見るかのような眼つきで俺を一瞥すると、ベレッタは自室へと戻る。
弁解する暇さえ与えず、足音は遠ざかっていく。
俺がコルトの方を見ると、あざとく舌を少し出した。
「ああなること、分かってただろう」
「もちのろん、ですわ。ベレッタはマリーの事を可愛がってる、という前提ですけれど」
「いやコルトも、それとは違う理由だと分かっているだろう……。まあいい、決勝戦は明後日だからな。早めに仲直りしておけよ」
「なに、俺が悪いの?」
「貴様とベレッタお嬢様の問題だろう」
腹を擦りながら自室に戻ろうとするカトラス。少なくとも、二回戦突破を祝う雰囲気ではない。
「はいはい、仕方ねえな」
「なら、わたくしもご一緒しますわ」
「面倒なことになるから付いてこなくていい」
ベレッタの部屋の前に立つ。ノックをしようとした手が、ピタリと止まった。
仲直りするって、俺が謝るってことだよな。どう謝ればいいんだ?
確かに俺が悪い点もあったが、ベレッタに対してどう言葉を選べばいいのか。
俺が思案している最中に、後ろから視線を感じた。
振り返って見ると、そこには誰もいない。だが、電飾に照らされた二人分の影が、廊下に映し出されている。
「……何やってんだ」
「……貴様、よく分かったな」
廊下を戻り、角を曲がると案の定カトラスとコルトが身を潜めていた。
「よく分かったな、じゃない。このストーカーが」
「なぜ私にだけ言うのだ」
「興味本位の15歳と、何を考えているのか分からない600歳とでは、身を潜めて監視している意味合いが違うだろう。もう一度聞くが、何やってんだ」
「正直、少し面白いものが見れるかもと期待していた」
何を考えているのか余計に分からなくなった。
ちらっとコルトの方も見ると、怒られるという自覚がないのか、嬉々として俺を見返した。
「わたくし、ルークの事が心配ですの。やっぱりお供させてもらいますわ」
「お前、ベレッタの事を何だと思ってるんだ」
「第一級の危険人物だと思っていますわ」
俺とカトラスはその返答に呆れたが、あながち間違っていないかもと思い返す。
「とにかく、これ以上付き纏ったらベレッタにも告げ口するからな、カトラス。そしてこいつも連れていけ」
「ぐっ……」
ベレッタの名前を出した瞬間、カトラスはコルトを抱えて渋々と退散した。
「やーん。これは罠ですわ。ルークの身が危険ですの」
「罠って何だよ」
再びベレッタの部屋の前に立つ。
バイトの面接を思い出す。お祈りされた思い出が、俺の脳裏をよぎった。
「何でこんな時に縁起でもないことを思い出すかな……」
しかし、引き返すわけにもいかない。なるようになれと、扉をノックする。
「……ルーク?」
先ほどの口調とは違い、どこか優しげな声色になっている。
「よく分かったな、魔力を使ってないのに」
扉を開けると、ベレッタが椅子に座って顔だけこちらを向けていた。
「あなたのは、特殊だから」
「そういや、さっきは―――」
「私が、悪かったわね」
思いもよらぬ言葉に、俺は二の句が継げなかった。いつもとは雰囲気が違う。
「私も、事あるごとに激情しちゃう癖を治そうと思っていたけど、中々治らないのよね。きっと私は、マリーに嫉妬してたのかもしれないわ」
「……嫉妬?」
「か、勘違いしないでよ。それに服を脱げって言ったことに対しては、軽蔑してるから。でも、あなたが似ているのが悪いの。あの絵本のヒーローに」
そう言ってベレッタが取り出したのは、『航海日誌』と書かれた冊子だった。
多忙につき次回更新は遅れます。大体1週間後くらいです。




