堕天使
魔王杯を翌日に控え、俺たちは会場の街へ向かっていった。
現魔王の住居があるというその街は、魔人が住む街の中でも最大規模を誇るという。
実際に着いてみると、確かに王都としてふさわしい荘厳さを持っている。
だが、それだけではない。
天下一魔王杯という4半世紀に一度の大イベントに、街全体が浮かれ、他の街の住人まで集まっている。
「これ、宿とかちゃんと予約してるのか?」
「魔王杯に出場する我々は専用の宿がある。観客としてきた者のほとんどは、野宿だろうな」
まだ昼間だというのに、酒を飲んでいる魔人がそこかしこにいる。カトラスはそれに辟易するように、肩をすくめて答えた。
ふと耳をひそめてみると、誰が魔王になるか賭けたとか、ベレッタが一番人気だとか、オッズがいくらだとか、そんな話をしている。
魔王って、そんな存在なのだろうか。
「現魔王はやる時はやるが、いつもは適当だからな。幹部であるコルトの両親を見ていれば分かるだろう」
「……まあ、確かに」
俺の言葉にしていない疑問に、カトラスは察して答えた。さすがは、600年生きただけのことはある。
街をキョロキョロと見渡していた俺に、ある二人組の男女が目に入った。
カフェでおしゃれにコーヒーを飲んでいるその二人は、魔人じゃない。勇者とその付き人、もとい、アマネとサイだった。
向こうもこちらに気付いたのか、フランクに手を振ってくる。
「奇遇、でもないか。ルークたちは魔王杯に出るんだろ?」
「そうだけどな。……っていうかサイ、瞳の色戻ってるぞ!?」
ここは魔人の街である。瞳の色が赤くないのは魔人ではなく人間に分類されるのだ。
「いや、でも魔人じゃない人もちらほらいるぞ?」
サイに言われて気が付いた。赤色が薄い魔人もいるから気にならなかったのかもしれないが、確かに人間がちらほらいる。
「カトラス、人間たちと禍根があるってのは、どうなったんだ?」
「ルーク、貴様は姉や妹を異性として見れるのか? 今となっては大分血も別れたが、昔はそうではない。……私が恨んでいるのは魔界に隣接する連邦国の人間だ。それ以外は何とも思っていない」
俺には姉も妹もいないから何とも言えないが、まあ言いたいことは分かる。
「しかしルーク、今の話の流れからいくと、この二人は連邦国の人間なのか?」
少しだけ魔力を高めたカトラスに対し、サイは目を逸らしている。
しかし流石は勇者を自称しているだけあって、アマネはおじけることなく凛とした態度で答えた。
「そうだ。私は魔界に隣接している連邦国の人間だ。だが私はもう、魔人を敵とは思わない。それでもまだ、戦う気なのか」
アマネは悲しげな表情でカトラスを見つめている。
「私は人間と違って、武器を取らぬ一般人に手を出すほど愚かではないがね。ただ、私が恨みのある奴に手を出そうとすれば、ただの一般人も武器を取ることになるだろう」
アマネは意味が分からない、といった風に首を傾げた。それはそうだろう、俺にも分からないのだから。
張り詰めた雰囲気に嫌気が差したのか、サイが間に入ってきた。
「でもアマネも『私が魔王になる』って言い始めた時は驚いたけどね。魔王杯の受付で駄々をこねるアマネも面白かったけど」
「駄々はこねてないだろう! 私はただ魔王になり、魔人と人間が仲良くなるような世にしようと思ったまでだ」
コルトはあくびをしただけだったが、アマネの言葉にベレッタとカトラスが反応した。
ベレッタが何かを言いかけたが、それをカトラスは制止して一歩前に出た。
「まるで私の兄のようなことを。貴様の言葉尻だけは良いが、それは実現不可能だ」
「そんなことはない。私は初めて魔人の存在を知り、魔人の街に来て確信した。人間と魔人は仲良くなれる」
カトラスの突き放した回答に、それでもなおアマネは詰め寄っていく。
「私の兄も全く同じことを言っていた。奴は600年の歴史を知ってなお、脳内が花畑だからたちが悪い。一切の禍根を無くすと言うのなら、タイムマシンでも造ってから言って欲しいものだな」
タイムマシンとは、それこそ実現不可能だ。
しかし、カトラスの兄とは、やはり600年以上生きた強者なのだろうか。カトラスとは仲が悪いみたいだけど。
アマネはなおも食って掛かったが、カトラスは聞く耳を持たなかった。
「まあまあ、応援してるからな、頑張れよルーク」
サイは喧嘩の仲裁をするかのように、二人の間に割り込んだ。
「ああ、ありがとうな。でもお前、賭けてないよな」
「……カケテナイヨ」
嘘を吐くのが下手なのだろうか。
当人であるベレッタやカトラスは満更そうでもないようだったが、賭けに対して拒否感を表したのは勇者であるアマネだった。
「サイ。残念です、貴方との旅も今日までとは」
「ちょっと待って、何でいきなりよそよそしくなってるの!」
「常日頃から、お金を賭けるのはよしなさいと忠告した。まったく、何時になったら真っ当になるのか。……ただ。お金は賭けないけれど。私も応援している。ルシフェルという輩に魔王になられるのは困る」
アマネが言ったルシフェルとは、今回の魔王杯でベレッタと共に優勝候補であるという奴だ。
「ルシフェルってどんな奴なの?」
「噂で人を判断するのはどうかと思うが。だが、誰に聞いても同じ話だ。天に復讐するために動物までも魔物化し、かつ破壊を愉しむ、堕天使だと」
……堕天使? いや確かに、名前はそうだけど、ただの仮名じゃないのか?
「いや、天使なんていないんじゃないのか。なぁカトラス」
いくらファンタジーみたいな世界とは言え、600年も生きていればそれなりに科学的知識も身に付くだろう。カトラスにそう期待したが、それは外れた。
「魔人を駒として見ていること以外は、馬が合うのだがな。奴も普通では考えられぬ長寿命だ。天使だと考えるのが妥当だろう」
いや、長生きが天使の証明なら、カトラスも天使じゃねえか。
さすがに現代社会で生きていた俺は、天使という存在を信じられない。
「あそこ、何だか人だかりが出来てますわ」
立ち話に疲れていたのか、コルトがようやく口を開いたかと思うと、その人だかりへ向かっていった。
俺も少し気になったので、コルトの後を追ってみる。
すると「ルシフェル」の単語が何度も耳に入って来る。
「あいつを嫌っている魔人も多くいるけれど、逆に熱狂的な信者みたいなのも一部いるわ」
ベレッタは、人混みの中に誰かいるのか分かっているようだ。
近づいていくと人混みに隙間ができ、中心の人物が露わになる。
コルトよりも年下なのではないか、と思うような外見をした華奢な男の子だ。
しかし、その中心にいる男を見て、俺は思い出したのだ。
天使という存在に。俺は異世界に飛ばされたことを。
そいつは、禍々しいオーラを纏いながらも、確かにあの天使と同様の匂いを微かに発していた。
その男がこちらを見て笑う。正確には、ベレッタを見つけて笑う。
ベレッタも相手を見下したような顔で笑い返している。
堕天使ルシフェル。
役者は揃い、天下一魔王杯まで、あと一日。
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