600年
カトラスは、自分の年齢が600だと言った。
その口調からは、嘘を言っているようには思えなかった。もしこれで嘘だというのなら、小学生レベルの思考回路か虚言癖のどちらかだろう。
しかし、600という数字はすぐに飲み込める値ではない。
「先に言っておくが、普通の魔人の寿命は人間と同様に60程度だ。ま、私は特別でな。そういうわけで貴様とは戦闘キャリアが違うのだ。もう少し、工夫をしてくれたまえ」
血を一滴でも流させれば俺の勝ち、とは虫のいい話だとは思ったが、そんなにうまい話がそう転がっているわけもなかった。
「だがまあ安心しろ、全盛期と比べれば私の力は半分にも満たぬ。通り名も名前負けだ。貴様にも勝つチャンスは十分にあるぞ」
そう言って俺に微笑みかけるカトラスの顔は、完全に悪魔のそれだ。
しかし、俺も魔力を雷撃だけに用いるような馬鹿ではない。
これでも、18年間は現代科学に触れてきたのだ。この世界とは、科学力に300年ほども開きのある世界で。
「そのチャンス、必ずや手にしてやる」
地面から砂を、正確に言えば砂鉄を巻き上げる。
思ったよりも量が多い。カトラスも少し驚いたように周囲を見渡す。
「なっ」
全方位から覆えば、いかに早く逃げようとも攻撃は当たる。
……しかし。
「面白いが、攻撃力が低いな」
目標としては砂鉄で相手を切り刻むほどの攻撃力を得ることだが、今の魔力では所定の位置にコントロールするだけで精いっぱいだ。
だが、それだけでいい。
「これでも喰らえ!」
俺は雷撃をカトラスに向けて放った。
「何度やっても……」
カトラスは避ける。
もし雷撃が直線の動きをするならば、先程と同様に空を切るだけで終わっただろう。
だが、ここで砂鉄をわざわざ操った効果が現れるのだ。
「さっきのは攻撃じゃない。ただのマーキングだ、雷撃を誘導するためにな」
「なっ!」
雷撃は直角に曲がり、カトラスへと誘導されていく。
いかに速く動こうとも、雷からは逃れられない。
電流はカトラスの身体を駆け巡る。バチバチと愉快な音を立てながら。
「ぐっ……」
体からくすんだ煙を立てながら、カトラスは片膝をついた。
「はっ、油断が過ぎたなカトラス。600年生きてその程度か?」
「油断、そうだな……」
俺は悪魔のような笑みで近づいていった。カトラスの悪巧みに気付かないまま。
「それはこっちの台詞だ」
カトラスが急に立ち上がったかと思うと、瞬きする間に懐まで入られていた。
「ぐあっ!」
音速、とまではいかなくとも身体強化を施されたカトラスの突進をまともに喰らい、俺は数メートルほど吹っ飛んだ。
「い、息が……。カトラスお前、それは負け惜しみじゃ……」
「貴様は人の話を聞いていなかったのか? 私は最初にこう言ったはずだ、『血を一滴でも流させたら許してやる』とな。確かに雷撃は喰らったが、血は一滴たりとも流れていないぞ」
「この屁理屈野郎が……」
「残念だったな」
悪人面したカトラスが不用心に近づいてくるのを見て、俺は刀を握りしめた。
そして、間合いに入った瞬間、足首を斬りつける。
「貴様・・・・・・!」
カトラスは信じられない速度で避けたが、さすがに間に合わなかったのか、服の切れ目から血が滲んでいた。
「文句を言われる筋合いはないぜ。俺は参ったとも言ってないし、終わりとも聞いてない。それに、カトラスと同じことをやり返しただけだからな」
苦虫でも噛み潰したかのような表情をしていたカトラスだが、諦めたように溜め息を吐いた。
「……ふん、私は貴様のそういう所が嫌いではない。だが、自分にやられると無性に腹が立つな」
「それはお互い様だろう」
雷撃を喰らわしたはずだが、カトラスは特にダメージを負っている様子はない。対照的に、俺の体はボロボロだった。
「まだ粗削りだが、魔力の使い方は悪くない。天下一魔王杯まであと一週間だが、魔力を習得して日の浅い貴様なら、その短期間でも成長が見込めるだろう。精々、精進してくれたまえ」
一応、俺の勝ちという事で模擬戦は終わった。
そして、足どりが重いまま帰路に着く。
いつの間にか日は暮れ始めており、空はオレンジ色に変わっていた。
「そういや、聞きたかったんだけど」
「なんだ?」
「どうしてカトラスは、そんな年齢なのにベレッタを魔王様と慕って付き人みたいになってるんだ?」
もし本当に音速で動けるのであれば、それはベレッタよりも強いだろう。
なのに、なぜだろうか。
「魔人と人間の間には深い溝があったのだ。いや、今もある。現魔王はそれに関わらぬように、ただ平和な日常を送っている。私も魔王様、いやベレッタお嬢様と会うまでは、それでもいいかと思い始めていた。……しかし、なあなあで済ませていい程、浅い溝ではないのだ。それをベレッタお嬢様は思い出させてくれた」
カトラスは遠い目をしながら、そう呟いた。
こういう所を見ると、確かに老けた様相に見える。600年も生きていれば、まあ様々な事があったのだろう。
「それにベレッタお嬢様には類稀な能力がある。爆発の魔力だけではなく、魔力と魔法を嗅ぎ分ける才能が。あれほどまでに鋭い感知力は、600年生きた中でも最たるものだ。……いや、才能と言う言葉で片付けるのはおかしいな。あれは、ベレッタお嬢様の生い立ちと強い精神面からくるものだ。私は、仕えるに十分値する君主だと思っている。」
ベレッタの生い立ち、か。
コルトの両親には会った。600年も生きているカトラスはともかく、ベレッタのそれは確かに気になるところではある。
「ベレッタお嬢様は正式な魔王になったら、人間どもと長年にわたる決着をつける、と約束してくれた」
「俺もそれに駆り出される、ってわけだな」
「当たり前だ。拒むのであれば、貴様も同様に粛清してやる」
それは怖いな。
俺は苦笑いを浮かべつつ、コルトの屋敷の門をくぐった。
今夜もご馳走だろうか。ベレッタを魔王にするためにも、英気を養わなくてはならない。
天下一魔王杯まで、あと一週間。
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