音速のカトラス
翌日、いつもより深酒していたようで、俺は昼まで寝ていた。
目覚ましの代わりとなったのは、カトラスの帰宅だった。
「頭がガンガンする……」
顔を洗ってダイニングへ向かうと、そこには豪華な昼食が用意されていた。
そして何人かの召使いが一斉に頭を下げて、挨拶をしてくれる。
「確かにこの屋敷にいたら、いつか駄目人間になる気がする……」
席に座ると、目の前にはすでに食事に手を付けているカトラスがいた。
「帰ってきたんだな」
「まあな。ところで貴様、私に言うべきことがあるんじゃないのか?」
「言うべきこと?」
まさかベレッタも二日酔いになって、責任を俺に吹っかけたとか?
いや、そんな告げ口みたいなことをベレッタがやるはずもないしな。
「……分からんか。ヒントをやろう、魔王城にあった酒」
カトラスの言葉を聞いた瞬間、血が一気に冷えたような感覚に陥る。
心なしか、二日酔いのシンバルが鳴り響いていた頭の中も、静かになったような気がする。
「なぜ、それを……」
「私は気付いたのだ。旨い酒は旨い料理と共にあるべきだと。この屋敷の料理と私の秘蔵の酒が合わされば素晴らしいハーモニーを奏でてくれるだろう。と期待して魔王城に寄り道した私は、空の瓶を見せつけられ見事に裏切られたわけだ」
……そうか、あの洞穴に寄ったのか。まさか一日でばれるとは思わなかった。
「外部の犯人かとも思ったが、あんなとこで酒を開けるバカはいないし、少ないながらも金目のものは取られていない。とすれば残るのは一緒に住んでいた3人の誰かだ。魔王様がそんなことをやるわけも無し、コルトも遠路はるばるあそこまで出かけるはずもない。とすれば、残るのは誰だ?」
ああ、名推理だ。
せめてこれくらいの論理的思考を持ち合わせている奴があの国にいれば、俺も冤罪を吹っかけられることはなかっただろう。まああれは嵌めに近いが。
淡々と説明するカトラスはいつにも増して凄みがある。
酒を飲もうと提案したのは俺だが、飲み干したのはベレッタだと説明したところで、もはや怒りのボルテージは下がりそうにない。
「で、俺は何をすればいいんだ。竜の瞳を売り払った金で高級な酒を購入して、カトラスが飲む横で余興として腹踊りでもすればいいのか?」
「それもそれで一興だがな」
俺がヤケクソで考えた謝罪は何故かスルーされ、違う提案がカトラスの口から挙げられた。
「私がこの数日、何をしていたかは知っているだろう?」
……いつもなら、ストーキングか? と茶化していたところだが、さすがに俺も命知らずではない。
次期魔王を決める天下一魔王杯とやらのエントリーをする、というくらいまでは聞いている。
「そこでルールと参加者も公になってな。魔王様は他の魔人と比べても飛びぬけて強い。が、正式な魔王となるためには一つ障害があるのだ」
「障害?」
「ルシフェルという男がいる。25年前、前回の魔王杯でも優勝候補に名を連ね、現魔王とその幹部相手に一人で互角に戦った過去を持つ。そんな男が今回も参戦するのだ」
ルシフェルって、堕天使の名前か何かじゃなかったか?
ただその名を名乗っているだけかもしれないが、一人で魔王とその幹部に互角とは、相当な実力者であることが伺える。
「今回も、奴に勝つには4人が力を合わせなければ難しいだろう。だが、勝負のカギを握るのはルーク、貴様だと私は踏んでいる」
「……なんでさ?」
「簡単な話だ。我々3人はすでに能力がルシフェルに割れている。だが貴様の能力は誰にも知れ渡っていない。それが理由だ」
なるほどな。
優勝候補と呼ばれるベレッタは確かに有名だろうし、現魔王幹部の一人娘であるコルトも有名だろう。
そして、その二人と組んでいるカトラスも、魔人の界隈では有名な部類なのかもしれない。
「それで、俺が酒を隠れて飲んでいたことと、何の関係があるんだ?」
「いやなに、魔王杯で活躍してもらうためにも、そして他人の酒を勝手に飲むという愚行をせぬよう精神的に成長してもらうためにも、少しばかり私が稽古をつけてやろうと思ってな」
カトラスはそう言うと、まるでおもちゃでも見るかのような眼つきで俺を見る。
そうは言うけど、本当にそれは稽古なのだろうか。
前の世界でも問題になってたからな、体罰がどうとか、しごきがどうとか。教育委員会がないのが残念だ。
昼食後、半ば強引に連れられて外へ出された。
俺とカトラスは街の外れにある、だだっ広い荒地で向かい合っている。
カトラスは丸腰だが、俺は刀を携えて。
「私が一滴でも血を流すようなら、貴様の愚行を許してやろう。しかしそれを達成できぬようなら、そうだな、宣言通り皆の前で腹踊りでもやってもらおうか」
「そりゃあさすがに、舐めプが過ぎるんじゃないの、か!」
俺は不意打ちでカトラスに向けて刀を振るう。
しかし、そこにいたはずのカトラスは消えていた。
「なんだと!?」
「遅すぎるな」
後ろから声が聞こえかと思うと、俺は背中を蹴られてうつ伏せに倒れ込んだ。
「魔王様、そしてコルトの能力は知っているな。共闘するに当たって互いの能力を知らぬわけにもいくまい。遅れたがここで一つ自己紹介だ、私の能力は単なる身体強化だが、通り名は『音速のカトラス』だ。覚えておいてくれたまえ」
「何が音速だ」
俺は稲妻をカトラスに向けて発生させた。
しかし。
音速よりも速いはずのそれは空をきり、再び俺は背中に打撃を喰らう。
「予備動作が過ぎるぞ。ここでもう一つ自己紹介。クイズ形式にしようか。私の年齢はいくつだと思う?」
「なんだいきなり」
口に入った土を吐き出してる最中に、そんなどうでもいいことを聞いてくるな。
カトラスは見た目こそ若いが、身に纏う雰囲気は完全に見た目年齢とダブルスコアを付けているように感じる。仕方が無いので、俺は直感で答えてやった。
「28くらいか?」
「残念、600だ」
「……は?」
コルトは15歳と言っていた。ベレッタも俺と同年代と言っていたから18歳くらいだろう。
しかし、何故カトラスだけ桁が違うのか。
俺は、開いた口が塞がらなかった。
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