刀鍛冶のリンカ
「いやー、昨日はほんと、散々な目に遭ったな」
「それは自業自得でしょう」
コルトの屋敷に着いた翌日、俺は剣が欲しかったので街の案内を頼もうとした。
しかしコルトとコルトの母親は昼になっても起きる気配が無く、アルトさんとカトラスは用事があるとのことなので、必然的にベレッタを頼ることとなった。
「それで、ベレッタの友達? の店に行くってことでいいんだよな」
「……なぜ疑問形をつけたのかしら?」
「いや、ベレッタって友達がいたんだ、とかそんな失礼なこと、露ほども思ってないから」
「不思議ね、思ってもないことが言葉として出てくるなんて」
ほんとに不思議。どうしてこう墓穴を掘るのか。
平穏な街並みを歩いているはずなのに、どうして爆発音が響くのか。
大通りから一つ路地の入ったところに、その店はあった。
洋式の家屋が立ち並ぶ中、その店だけは和風テイストを全面に押し出している。
「へい、らっしゃーい!」
一瞬、ベレッタが入る店を間違えたのか、とさえ思った。
活発な女の子の声で、ラーメン屋か寿司屋のような掛け声が店内に響く。
「やー、ベレッタ久しぶり! あれ、そこの男の子は?」
店の奥から出てきたのは、健康的に日焼けしたボーイッシュな女の子だった。クリッとした大きな目が印象的である。
歳は同じくらいだろうか。身長は俺やベレッタよりは小さいが、コルトよりは大きい。
半袖の白シャツが良く似合っており、汗をかいているせいか、なんか透けて見える。
……水色だ。
「そんなことよりリンカ、透けてるわよ」
「あ、ほんとだ。ごめんねー、見苦しいもの見せちゃって」
リンカと呼ばれた女の子は、照れ臭そうに上着を羽織る。
いやいや、あと半日ぐらいは見てられたのに。それをすぐ指摘しやがってベレッタのやつ。
「あなたも、鼻の舌伸ばし過ぎじゃないの?」
「……悪いですかね」
ここまでの道中で挑発し過ぎたせいか、ベレッタの機嫌はすこぶる悪い。
しかしそんなベレッタと俺を見て、店主であるリンカは何を思ったのか。
「ふーん。ベレッタって男っ気ないと思ってたけど、そうでもないんだねー。羨ましいなー、このぉ」
怖いもの知らずなのか、リンカはベレッタの頬をひとさし指でツンツンと小突く。
「それはどういう意味かしら、リンカ?」
どういう意味だろうか。俺も凄く気になる。
「しらばっくれちゃってー。じゃあ、ボクがこの男の子を取っちゃってもいいのかな?」
「……なっ!」
リンカは俺の腕をギュッと掴むと、あろうことか胸を押し付けてきた。
おかしい、俺は剣を買いに来たはずなのに、どうしてこうなった。
いや、悪い気はしないし、むしろずっとこのままでもいいのだけれど。
しかし俺以上に戸惑っているのがベレッタだった。掌で小さな爆発が何回も起きている。
「わー! やめてやめて! ……ごめんって。お店を燃やしちゃうのだけは勘弁してー。えっと、自己紹介がまだだったね、ボクはこの鍛冶屋を経営してるリンカ。君の名前と、あとベレッタとの馴れ初め……はまたの機会にしようか、この店以外で」
リンカは抱き着いていた腕を解くと、握手を求めてきた。
「俺はルーク。元は人間だったんだけど、色々あって今はベレッタと一緒に行動してる」
「へー、ただ者じゃないと思ったけど、面白い経歴なんだねー。今度その色々をゆっくり聞かせてね」
そう言うと、リンカは握手した手をブンブンと上下に振る。
それにしてもボクっ娘かあ、いいなあ、暴力もなさそうだし。
「ルーク、剣を買いに来たんでしょう? 早くしなさい」
「へいへい、お前は俺の母親か」
ベレッタの機嫌は底だと思っていたラインを突き破り、さらに急降下していく。
なんだ、数少ない友達を取られたと思ってやきもち焼いてるのか。
そんなんだから友達が増えないんだぞ。他人の事は言えないけど。
「……うーん」
店内に並べられているのは西洋の剣ではなく、店の外装と同様、日本刀に準じたものだった。
「この店の剣って、なんか特殊じゃない?」
さすがに、これは日本刀じゃないか! と言うことも出来ないので、言葉を濁してみる。
「そうなんだよねー。まあボクは、代々伝わってきた製法で造ってるだけなんだけど。でもこれ、切れ味が凄い良いって評判なんだよ!」
鍛冶屋として剣を見ると、少しアレンジが加わっているものの、ベースは日本刀で間違いない。この異世界では例を見ない造型であり、それ故にコアな人気もあるだろう。
大体、俺も鍛冶屋として生計を立ててこれたのは、日本刀の物珍しさから需要が生まれたことに起因している。
「いやー、まだ至らないところもあるけどさー、この店に今置いてあるのは、大体ボクが造ったものなんだよー」
「へー」
嬉々として説明をするリンカに促されるまま、色々と剣を抜いてみる。
出来に個体差は大きいが、全体の性能で見ればどれも高水準にあるように感じる。
「確かにどれも捨てがたいんだけど、俺の魔力が電気でさ、できればリーチが長くて、柄のところも金属のやつとかないかな?」
「うーん、リーチが長いと耐久性が落ちるから、切れ味を追求したいボクとしてはさっきの剣が限界かな。でもベレッタの紹介ともなれば、オーダーメイドも安くしとくよー」
オーダーメイドもいいが、どうやら剣に囲まれて、俺も少し懐かしい気分になったらしい。
「実は俺も鍛冶屋を少しだけやってたんだよ。よければ一緒に造れないかな?」
俺がそう言うと、元々大きかった目を更に見開いて、リンカは興奮しながら問い詰めてくる。
「え、ホントに!? 嬉しいなー、そんな仲間、同年代にいないからさ。さっそく仕事場を案内させてもらうね」
リンカは目に見えてテンションが上がっているが、それに反比例するようにベレッタの表情が曇っていく。
だけどまあ、いいや。今は、ベレッタは置いておこう。
鉄の焼ける匂い、とでもいうのだろうか。
国を追われてから、たった一週間しか経っていないのに、もはや懐かしさすら感じる。
「ルークはさ、折り返し鍛錬って知ってる?」
「ん? ああ、知ってるよ」
折り返し鍛錬とは、赤熱した鋼を槌で叩き伸ばしては中央に折り目を入れて折り重ねる、という工程である。これが硫黄だったり炭素だったりの不純物を除くらしく、強靭な鋼となる。
まぁ、刀を製造する、と聞いて思い浮かんだ絵は、大体がこの工程の場面だろう。
機械を使えば一人でも出来ないことはないが、二人の方が効率も良い。
「ボク、二人でやるのに憧れてたんだー。せっかくだし、一緒にやろうよ!」
「もちろん」
二人でそれぞれ槌を持ち、甲高い金属音を響かせてゆく。
この工程は「相槌を打つ」の語源だそうだが、俺とリンカは、初対面の割に息が合っている気がする。
ああ、なんだかいいな、こういうの。
「ねえ、それって魔力とかでパパッと出来たりするものじゃないの?」
「やだなー。そんな簡単に出来たら、ボクはもっと楽な生活をしてるよ」
しかしベレッタは退屈なのか、眠たげな眼でこちらを見ている。
いつ欠伸が出てもおかしくない、といった表情だ。
しかし実際に作業している俺たちは熱を帯びた鋼のせいで汗が止まらない。
リンカも、再び上着を脱ぎ捨てるくらいだ。
……近くで見ると、思ってたより大きい。しかも、汗が色っぽい。
ベレッタは呆れたのか、再び注意することはなかった。
そして翌日。
俺の集中力が刀からリンカの身体に逸れそうだったが、なんとか刀は完成した。
「ちょっと見た目は変だけど、ボクが造った中でも最高の出来と言える一品だと思うよ! まあ、君のおかげでもあるけどねー」
「ああ、俺も知らない技術がたくさんあって面白かった。暇になったらまた来るよ」
「うん! そうしてくれると、ボクも嬉しいな。君からも色々技術を教えて貰ったし、ホントに安くしとくよ!」
一応竜の目ん玉、もとい紅玉を売り払った金を持ってきてはいるのだが、結局ほとんど使わなかった。
「はい、まいどー。……ってベレッタ、なんかやつれてない?」
「……別にそんなことないと思うけど」
ベレッタはそう言うが、目の下にクマができている。
「だからコルトの屋敷で寝てろって言ったのに。大体、刀造るところ見てたってお前は面白くもないだろ」
「いいじゃない、別に」
ベレッタは、何故か悲しげな表情を浮かべる。リンカはそれを見て、ベレッタの肩をポンポンと叩いた。
「いやー、それは酷いよ、ルーク君。ベレッタだってさー」
「……リンカ」
「はいはい」
ベレッタは悲しんだり怒ったりで忙しいな。
「でもまあ、ボクもこんな雰囲気は嫌だからねー。次はベレッタ一人できなよ。あと、ルーク君も……って冗談だよー、ベレッタ」
「別に、何も怒ってないじゃない」
ベレッタが深い溜め息を吐いた直後だった。
今まで半開きだった目が、一気に見開かれる。
また髪がチリチリになるんじゃないかと危惧した俺だったが、ベレッタは見たとこも無いほど真剣な表情をしており、別件らしい。
「……法力を感じる。 魔法を使う者が、この街の近くにいる」
魔法は魔人が扱うものではなく、人間が使うものだ。
そして、魔人と人間は敵対していると言っていい。それがこの街の近くにいる。
何かの冗談かとも思ったが、ベレッタの顔つきは、嘘を吐いているとは思えなかった。
……俺は無意識に、購入したばかりの刀を強く握りしめていた。
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