似た者同士
「ふぅ」
頭から足のつま先まで念入りに洗う。
やはり風呂は身体だけでなく心まで綺麗になるな。
「……なんで、あなたは平然とここに居られるわけ?」
「こっちが男湯だってコルトが言ってたし、悪いのは俺じゃないし」
桶に入った湯で体に付いた石鹸を流す。
さて、念願の足を延ばせる湯に浸かるとするか。
「あ、あなた、タオルくらい身に纏ったらどうなの……?」
「タオルを湯につけるのはマナー違反だからなー」
そっぽを向き、しおらしくなるベレッタ。
フッ、良い気味じゃないか。
しかし、俺が上機嫌で湯に入ろうとすると。
「っ! あっつ! ……馬鹿じゃないの! 熱いわ! 足が火傷したわ!」
「へー、こんな温度でねぇ? 情けないわね」
絶対魔力使ってただろ。少なくとも50℃はあったんじゃないのか。
どこに隠し持っていたのか、予備のタオルを投げ込まれる。
これを巻け、とのことなのだろうが、負けを認めろ、との意味にもとれる。
まあいい、タオルは巻いてやるが、そっちがそうくるならこちらにも考えがある。
目には目を、歯に歯を、そして魔力には魔力を。
ちゃぽん、と手をお湯の中に突っ込む。
何事かとベレッタはこちらを振り返ったが、もう遅い。
「んくうぅっ!」
電気を湯の中に流し込んだわけだが……。
なんだろう、体をよじらせながら、凄い色っぽい声を出さなかったか?
「あ、あなた今、魔力を使ったでしょう」
「いやー、電気マッサージって効果あるらしいよ。ていうか今、喘ぎ声みたいなのが聞こえたんだけど」
「あ、喘ぐ!? そんなわけないでしょ! びっくり、そう、びっくりしただけなの!」
ベレッタは歯を噛みしめ、こちらを睨みつけている。
怒りたいが、それと共に羞恥の感情が表に出てしまいそうなので、何とか喉元で堪えている、といった形相だ。
あー、おもしろ。
「へー、びっくりねぇ。魔王候補がこの程度の電流で驚くのかあ……」
やれやれ、といった表情を見せつけると案の定、ベレッタは食いついてくる。
「あなたって、思っていたよりげすい男だったのね。失望したわ」
「なんだ、今さら気づいたのか? ちょっと人を見る目が足りないんじゃない、の!」
「あぁん!」
電流をまた流すと、ベレッタは再度変な声を上げた。
やばい、なんか妖艶というか、いろいろと俺がやばい。
しかし、面白さの方が勝る。
ベレッタは荒い息を吐きながら、涙目で俺の事を睨みつけてくる。
そうだ、俺の求めていたのはこの表情だ。魔力を得た時の仕返しが少しできた気がする。
「あ、あなた、分かるわよ私には。同年代の女性から全く相手にされなかったから、私で憂さ晴らしをしているんでしょう? そうでしょ?」
……図星だ。
ベレッタの言葉が心に突き刺さる。
しかし、俺にも分かっているんだぞ。
「……そうだな」
「え、え?」
俺は湯につけていた手を戻し、立ち上がって背中を向ける。
「ベレッタがすごい、可愛いから、つい調子に乗っちゃったんだ。ごめんな」
ごめんな、の時点で俺は決め顔を造って振り向いた。
「かっ、かわ? かわ……、かわ……かわ」
……川がどうした。
予想以上に言葉が効いていたのか、決め顔を見ずにでもベレッタは顔を真っ赤に染めていた。
まあ実際、俺の顔を見ていたら、逆に冷めてたかもしれないけど。
「かわ……いい、なんて……」
すでにベレッタは違う世界に飛び立った。
どうだ? 俺だって知っていたんだぞ。ベレッタが同年代の男に耐性がないことくらいな。
なぜなら、俺と同類の匂いが少しだけしたからな。ボッチは同類の匂いに敏感なんだ。
しかも子供に好かれるという特徴も同じだ。精神年齢が近いとか、そういう理由ではないと思いたい。
「おーい、ベレッタ?」
しかし、中々戻ってこないのは、それはそれでつまらない。
俺がベレッタの目の前で手を振り続けると、急に意識を戻して立ち上がった。
「だ、大丈夫か?」
目が虚ろだったので少しだけ心配したが、ベレッタははっきりとした口調で告げる。
「もう、出るわ。私の残り湯で変なことをしないでよね」
変なことって、50℃のお湯で何ができるっていうんだ。
ベレッタが出て行ったら、今度こそ男湯に行って羽を伸ばそう。
そう思っていたが。
ベレッタが浴室の扉を開けると、そこにはカトラスが仁王立ちしていた。
「か、かとらす?」
ベレッタすら予想がつかなかったのか、片言でカトラスの名前を読み上げる。
「魔王様、申し訳ございません。私がしっかりとしていれば」
カトラスはベレッタに深く頭を下げると、その後俺を睨みつけた。
ああ、蛇に睨まれた蛙とはこんな感じなんだろうな、と思う。
「ちょっと待って。悪いのはコルトだから。ねえ、これから何する気なの……?」
「分からん。私でも、この怒りをどうすれば鎮められるのか、想像がつかんのだ」
……コルト、マジで恨むぞ。
そして、その数分後。
「まったく、お父様の変な説教のせいで遅れてしまいましたわ。でも今頃、女湯にはベレッタに理不尽な暴力を振るわれたルークが横たわっている頃合いですわね。そしたらわたくしが、優しく介抱して差し上げますの。ルーク、もう少しの辛抱ですから、待っていて下さいまし」
コルトは元気よく浴室の扉を開ける。
もちろんルークがいる訳もなく、先程のカトラス同様、仁王立ちをしているベレッタがいるのみであった。
「あ、あらー? ベレッタ、何か怒ってますの?」
「……ルークから全て聞いたわ、元凶はコルトだとね」
「げ、げんきょー? 何のことか、さっぱりですわねー」
コルトは愛想笑いを浮かべるが、どうにも顔が引き攣っている。
「まあいいわ。とにかくコルトとは、腹を割って話したいと思っていたの。文字通り、裸の付き合いと行きましょう?」
「わたくし、そんな趣味、ないですわ……」
「いいから、お湯に入りましょう」
ベレッタはコルトを抱きかかえ、湯の中に放り込んだ。
「あっつ! あっついですわ! 馬鹿なんですの!? 殺す気なんですの!?」
「どうしたのかしら。あなたのお得意な氷結の魔力は」
「め、目が座っていますわ。まさか……」
コルトは熱湯の中にいるはずなのに、顔を青ざめた。
「ええ、私の爆発による温度上昇と、あなたの氷結による温度降下。どちらの魔力が上か、ここではっきりとさせましょう?」
「な、何を言っているんですの? わたくしが勝てる訳ありませんわ」
「勝てる勝てないじゃなくて。やるのよ」
……結局、振舞われたご馳走を、俺とコルトは半分も食べることができなかった。




