一年だけの平和
カーン、カーン
甲高い金属音が街中へ響いていく。
俺は名前をルークと改名し、現代知識を生かして鍛冶場を経営した。
どんな知識を生かしたか?
融点降下とかマルテンサンカクとか。
温度と炭素濃度?
そんなのは知らん。
魔王だとか勇者だとかよく分からんが、よくある設定の西洋中世っぽいとこに転生したらしい。
まあ悪くない生活が一年くらい続いている。
汗が目に入ったので、タオルで拭い、小休止にする。
空を見上げると、西へ傾いていった日はオレンジ色に変わっており、ちょうど時間の区切りを告げる鐘が鳴った。
「よお、ルーク。これから飲みに行こうぜ!」
すると、まるで鐘が鳴るのを待っていたかのように、数少ない友人のサイが俺の鍛冶場に顔を出した。
「うるせえアル中。俺の財布事情を鑑みろ、お前のせいで夏だっていうのに大寒波がきてるんだぞ」
転移者がそんな簡単に金を稼げるほど世の中は甘くない。
おかげで食事は日に二回だ。寝坊してるだけとも言うけど。
「いいからいいから。奢るよ?」
「……よし行こうか。酒はガソリンとも言うしな、摂取せねば仕事も出来ない」
「うわ、現金な奴。っていうかおっさんくさいな」
なにがおっさんだ、元の世界では酒を飲めない年齢だったんだぞ。
サイの気まぐれが無いよう自分自身は財布を持たず、いつもの飲み屋へと赴く。店主とはすでに顔なじみだ。
「んで、なんだ急に。嫌なことでもあったのか?」
「いや、時勢に憂いてねー」
「聞き間違いかな? それより前に言ってた、俗にいう風の店っていうのが気になるんだけど」
「ああ、新規オープンする予定のフーゾ……じゃなくて! 俺にだってね、心配事くらいあるの!」
グラスに入った氷をカランカランと音を立て、視線は斜め上を見ている。
店は吹き抜けになっているので、夜空を直接見ることができる。
視線の向こうには薄らと満月が顔を覗かせていた。
「明日は雪でも降るのかなあ。で、何を憂いているって?」
「いや最近さ、魔王討伐の気運が高いじゃん? 徴兵されるんじゃないかなーって」
サイはつまみの魚を頬張りながら、言葉だけは一丁前に心配事を並べている。
「魔王って、あの伝説の魔王サタンだろ? お前ごときが何になるっていうんだ」
「噂だけどね。言っておくけど、魔法を使えないルークと違って、俺は結構魔法使えるからね」
「……へーそう」
俺が住んでいる街は一応、一国の首都であるのだが、特に大きな国というわけではない。
そういう魔王討伐なんて大偉業は大国に任せておけばいいのだが。
「でも最近、魔王軍が攻めてきたなんてニュース聞いたことないけどな。精々、野良の魔物が暴れて捕獲されたくらいだろ」
「いやー、人間界も人が増えすぎて、土地が必要ってことでしょ? うちの農園の果物も、最近需要が増えて来て、売れ行きが良くなっているからねー。値段上げようかなって思ってるとこ」
「……世知辛い世の中だな」
「でもまあ、ルークにとっては悪い話じゃないか」
サイは勝手に俺の分まで飲み物を注文して、話を続ける。
「ルークは勇者に憧れてたもんな」
……早く、次の飲み物が来ないものか。
それは致し方ない過去改変だ。
それに……、誰だってそうだろう。英雄みたいなカッコいいものに憧れる。
「勇者は富と名声に不自由しないからな」
「そういうことにしとくけど。まあ、平和が一番だねー」
次第に月がくっきりと映る様になり、活気のあった街並みも、次第に就寝モードへ移っていく。
朝起きて仕事して、旨い飯を食べて、夜には酒でも飲んであったかい布団で寝る。
そんな楽しく平和な日常が、毎日続くことを俺は本気で望んでいたし、きっとそうなるものだと思っていた。