ストーカー
「汚された……。俺の身体が汚された……」
翌日、俺は敷かれた藁の片隅で涙を流していた。
「昨日は眼福でしたわ」
そんな俺を嘲笑うかのように、コルトは部屋の前に立っていた。
まだ顔を洗っていないのか、顔面にはコーヒー牛乳のシミで模様が描かれている。
涙目で睨めつけると、コルトは俺の口調を真似して言った。
「なんで、泣いてるんだ……ですわ」
「やめろ! 昨日の恥ずかしい台詞を掘り返すのは! ってゆーか、お前こそしっかり泣いてたくせに!」
「あまり憶えてませんわ」
くそ、ニートは働かなさ過ぎて記憶障害が出るのか。
「おい貴様ら、私の風評を貶す発言は止めて貰おうか」
いつの間にか、コルトの後ろにカトラスが立っていた。
気配を消すスキルを有しているとは、やるなカトラス。俺が元いた世界でもボッチとして健気にやっていくことができるはずだ。
「傷が変色していたから薬草を塗ってやっただけだろう」
「だけ、ってなんだ。そのせいで俺は夜中ずっと体がスースーして寝られなかったんだぞ」
「死ぬよりはマシではないか?」
いや、そりゃそうかもしれんけど。
「昨日の貴様らの活躍に免じて、今日だけは休みを与えてやる。だがコルトは明日から、ルークは傷が治り次第働いてもらう」
コルトは今日が休みなのは嬉しいが、明日から働くのが嫌なのか複雑な表情を浮かべており。
「ならわたくしも、怪我をすればよかったですわ」
とまでのたまう始末だ。
そこまで言うなら、俺が本気の魔力を用いて怪我させてやってもいい。
カトラスも俺と同様に、呆れた顔で項垂れている。
「……とにかく、今日私は用があるので外に出るが、貴様らは城の中で静かにしていろよ」
そこまで子ども扱いするなよ、と思ったが。
「やりましたわ。今日は待望の二度寝ですわ!」
と喜ぶコルトを見ると、仕方のないことだと思う。
二度寝するのは勝手だが、顔を洗ってからにしろよ。
顔面を蟻の餌場にされても知らんからな。
ベレッタとカトラスは外に出ており、コルトは案の定惰眠を貪っている。
薬草と魔力による回復も相まって、昨日は瀕死の重傷だったのにもかかわらず、歩くだけなら困ることはない。
暇を持て余していたので、散歩することにした。
洞穴を出ると、空は綺麗に澄み渡っており、絶好の散歩日和だった。
「ここらへんは魔物も出ないって話だし、まあ大丈夫だろ」
迷うのも嫌だから、近場を歩くだけだ。
自然に癒されていた俺は、ふと不自然なものを見つけた。
「そこで何してるの、カトラス」
「ぬおっ!?」
こっちまでビックリするほどに驚いたカトラスは、素っ頓狂な声を上げてこちらに振り向いた。
「き、貴様、一体ここで何をしている」
「散歩だけど……っていうかこっちの台詞だよな、それ」
言葉は荒いが、声量はかなり抑えている。
それは、誰かに気付かれたくないという様子だった。
「一体何してんだか……」
「ば、ばかっ」
カトラスが見ていた方向を見ると。
そこには色とりどりの花が彩る、庭園のような場所が存在していた。
そしてその中心には、高級そうではあるが自然に調和した椅子と机、それに座り本を読んでいるベレッタの姿がある。
絵になるような構図に、カトラスが掴んだ場所に走る激痛もお構いなしで、息を呑んで見とれてしまった。
いつもの悪辣非道な姿からは想像できないが、黒髪ロング系美少女だけあって、可憐な洋服を着ているとどこぞの文学少女にも見える。
だが、目の前にいた男には真逆の感想を抱く。
「素質はあると思ってたけど、ストーカーとか……。コルトのは笑えるけど、カトラスのはちょっと引くわ。ごめんな」
「貴様、私がストーカーなわけがあるか。よりによってコルトと比較されるなど、末代までの恥だ」
「いやあ、ストーカーはみんな自分の事をストーカーじゃないって言い張るんだよ。ホント、散歩なんてしなきゃよかった」
「……ほう、私を怒らせるとはいい度胸だ。そう言えば貴様、竜に打ち勝ったと言っていたな。これから戦闘も増えるだろう、手合せでもしてみないか?」
やばい、図に乗って怒らせ過ぎたか。
カトラスが俺の傷口に手を伸ばそうとした、その時。
「こら、何やってるの」
いつ気付いたのか、ベレッタが割って入ってきた。
しかし、俺にとっては好都合だ。
「散歩してたら、カトラスがベレッタのことを隠れて凝視してたから、何やってるのかなあと思って」
「貴様っ……!」
ベレッタの抑止力があればカトラスは怖くない。
さあ、カトラスのストーカー行為に、ベレッタは嘲笑うのか、恥ずかしがるのか、それとも軽蔑するのか。
その3択だと思ったが、答えは違っていた。
「ねぇカトラス、確かに今までたくさんお世話になっていたけれど、何時までも子ども扱いしないでよ。まあ、この場所を提供してくれたのはあなただから、文句も言えないけれど」
保護者か何かか。
しかし、この場所を提供だって?
信じられないものを見る、という眼つきをカトラスの顔に向ける。
すると、反応よくカトラスが詰め寄ってきた。
「貴様、いま一体何を考えている? まさか私が一から花を植えたとか思っていないだろうな? 言っておくが私は、椅子と机を用意しただけだからな」
「……そうっすね」
「とてもイラつくな。まるでコルトがもう一人増えたかのようだ」
んだよ、ニートと一緒にすんなよ。
「だけどベレッタも、こんなとこで何を読んでたんだ?」
ベレッタが手に持っていた本に視線を向けようとすると、それを避けるように背に隠した。
「秘密。魔王になるためには、色々と勉強しなくちゃいけないの」
「そうだ。次に詮索しようとしてみろ、貴様の傷口に塩を塗り込んでやる」
ストーカーに言われたくないわ。
しかし、ちらっと見えた本の表紙は、俺の遠い昔の記憶を掘り起こそうとした。
ただそれは、途中で止まってしまったが。
「でもまあ、この生活にも飽きたわね。そろそろ街に戻ろうかしら」
「そうですね。この辺りの魔物は狩り尽くしてしまいましたし、その方がよろしいかと」
街に戻る? 狩り尽くした?
一体何を言ってるのか、俺だけ会話から置いてきぼりになっている。
「あの洞穴は一時的な住まいだ。天下一魔王杯のためにこの半年、強い魔物が出るという場所を根城にして、修行として狩りをしていたのだ」
天下一魔王杯って何だ。武道会じゃないのか。
聞くところによると、現魔王は存命だが、だいたい四半世紀に一度、次期魔王を決めるための大会が開かれるという話だった。
まあ血統や家柄ではなく、強いものが上に立つというシンプルさは嫌いではない。
「カトラスには狩った魔物を食料として街へ運んでもらっていたし、苦労をかけたわね」
「いえいえ、滅相もございません。では、早速街に戻る準備をしましょう。ルークの傷の治りも早く、明日には労働力として数えられそうですし、出発は明日という事で」
「いや、明日はきついと思うんだけど……」
しかし、ストーカー認定が思いの外怒らせていたのか、俺の提案もカトラスに一蹴された。
そして、洞穴で爆睡していたコルトも後に猛反対するのだが、夢の中でもニートをしている奴に拒否権など存在せず、魔人が住む街へ向かうことが決定した。
次回 2/8(水)更新予定




