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クロスゲーム  作者: 神谷アユム
9/13

沈没船と音楽隊

心中するのも、悪くない。


鷹城高校野球部暗黒の過去話。三年生初登場です。

完全に独立しています。

「今年の一年生は優秀だね」

 同じ学年でライトを務めている小野坂武(おのさかたける)がいきなりそんなことを言うので、神月千尋は反応に困りながら苦笑した。

「そうだな。雪俊と双子を筆頭に、質のいいのが揃って……」

「ちぃ、俺はそんなことを言いたいんじゃないよ」

 あくまで笑顔のまま、そんなことを言う武に、千尋は、やっぱりわからん男だ、と心の中で呟く。

 かつて武が初めて声をかけてきたその時から、千尋は彼のことをよくわからない男だと思っている。だいたいの場合彼は常に傍観者で、それでいて――むしろそれだからこそ、ものをかなりよく見ている。しかし、滅多にそれを人に言わない。複雑な男だ、と千尋はいつも首をかしげてしまう。今だって、そうだ。

「じゃあ、何で?」

「誰も言わないだろ。『名門の鷹城に、どうして三人しか三年生が居ないんですか』って」

 それは千尋自身、感じていたことでもあった。

 現在、鷹城学園高校野球部で、三年生は三人だけだ。これはレギュラーに入っているメンバーがというわけではなく、本当に三人しかいない。

「総二朗ちゃんかなぁ。俺の予想では」

 なんだか嬉しそうに、歌うような口調で武はそう言った。その目は明らかに、笑っていた。

「敢えてへらへらしたキャラクターに見せてるけど、あれで気が利くからね、あの子は。ホント、キャッチャーってのは偉い」

 武はそう言って、すいっと口角を上げる。その笑い方は彼に、皮肉っぽい印象を与える。

 その笑みを見ると、千尋はいつも思い出す。この男の不可解さに、訳もわからず感謝したあの日を。

 昨年の中頃まで、鷹城学園高校野球部の監督を務めていたのは、棚田という男だった。今思い出しても最低野郎だ、と、千尋は滅多に使わない罵り言葉をもって彼を思い出す。千尋がそう思っても仕方がないぐらい、棚田は監督としても人間としても、駄目な男だった。

「二年ね……芋だ。芋。大したこともできないし」

 彼はこう言って、当時はもっといた現三年生を軽んじ、馬鹿にしていた。彼が目をかけていたのは、三年生と――一年生。総二朗たちの学年だった。

 怪我で三年に欠員が出たときのことを、千尋は苦々しく思い出す。その時、代わりにグラウンドの土を踏んだのは当時の二年生ではなく、当時一年生だった前野隼だった。

 二年生全員が――千尋を含め――二年生を飛ばして一年生を使うやり方に反感を持った。隼を悪く言う者もいたが、隼自身は才能があり、また、争い事になることを気にしやすいタイプだったので、それだけは千尋が全力で止めたのだが。

 しかし、その日を境にだんだんと、一年生と二年生の関係は悪くなり始めた。今はもう辞めてしまった部員の中には、先の隼や、総二朗、蓮あたりに嫌がらせをした者もいたようだ。その事を話題にすると、そんなやつは出て行ってもらって正解だ、などと武は言うが、その嫌がらせも仕方ないと思えるほど、監督のひいきはひどかった。

 結局、その監督は夏が来る前に、マネージャーへのセクハラが学校にばれて懲戒処分になった。しかし、覆水は盆に返らず。壊れた関係はそう簡単に、元へ戻ることはなかった。チーム全体が、気持ちの上でバラバラだった。その険悪な空気は、当時レギュラーのほとんどを占めていた三年生にも伝わった。

 結果、三年に一度は甲子園の土を踏み、それ以外の年も、予選大会ではそこそこ良いところまで進む名門の鷹城は、二回戦であっさり敗退した。三年生の引退式が終わったあと、新キャプテンとなった千尋の元へ、多くの二年生が集まった。あのときのことは、千尋もあまり思い出したくない。

「神月……悪い、俺たち、野球部辞めるわ」

 千尋は必死で止めた。これからじゃないか、と。確かに今年は負けたけれども、これから頑張ればどうにでもなる、ひいきばかりする監督ももう居ないじゃないかと。しかし、誰もが首を横に振るばかりだった。

「やってらんねーんだよ、こんなチームじゃ」

 その言葉は、千尋の胸に深く刺さった。彼は心を痛めながらも、去っていく者たちを見ているしかなかった。

「……ちぃ」

 そんな彼に、そう声をかけたのは、芋だと馬鹿にされていた中でも特に、ひどい言われ方をしていた、佐々谷和樹(ささやかずき)という少年だった。千尋とは、クラスメートだった。

「あぁ、カズか……行くのか?」

 もはや笑顔になるしかない。せめて笑顔で、送り出してやることしかできない、そう思って微笑んだ千尋を、和樹は真面目な顔をしてまっすぐに見つめた。

「ちぃ……俺は野球、へたくそだよ。あの監督が言ってたみたいに、役立たずのみそっかすだ……だけど、俺……ちぃと一緒に、野球、続けたい。だから……残って、いいかな?」

「カズ……」

 思わず立ち上がって、和樹を抱きしめてしまった。今思い出すと恥ずかしい行動なのだが、その時はそれぐらいしないといられなかったのだ。

 誰も、残るとは言わないと思っていた。それでも、自分と一緒に、野球を続けたいと言ってくれた。その事が嬉しくて仕方なかった。

 そんな時だった。あの男の声がしたのは。

「あらら、まるで通夜だな。運動部の部室とは思えない」

 武がそう言って、ひょっこり部室に現れたのだ。千尋はその時、ほぼ確信していた。この男が、最後の挨拶にきたのだと。

 武という男は常に冷静だ。悪く言うなら、冷淡だ。周りが監督に対して反感を燃やし、悪口などを言っている時も、彼だけは冷めた顔をして窓の外を見ていた。まるで、興味がないとでも言うように。だからきっと、この騒ぎにも興味がない。ただ、こんな面倒なことになった以上、残るとは言ってこないだろう。

「たったこれだけになっちゃって。名門野球部もこうなっちゃあ、沈みゆく船だな。ってことは、ちぃとカズは沈む船の音楽隊ってとこか」

 相変わらずその顔は、不敵に笑っていて、千尋は少しばかり腹が立った。それは和樹も同じだったようで、普段は気弱に笑っているだけの彼が、怒りを含んだ目で武を睨んだ。

「そうだな。今ここは、沈みゆく船だ……行くんだろう? 構わない。こうなった責任の一端は、大人に振り回されて、チームをまとめられなかった俺にある」

 千尋がそう言うと、和樹が焦った様子で、ちぃ、と声をあげた。そしてすぐに、武に向き直った。

「タケさん、タケさんは頭いいし、プレイヤーとしても優秀だから……こんなところにはいたくないと思う。でも……」

 残って欲しい、と言いかけた和樹に、武はきょとんとした顔で、さも当たり前のことを言うように、こう言い放った。

「ん? 誰かやめんの?」

「へ?」

「はぁ?」

 千尋と和樹は、同時に声を上げてしまった。いつも通りの皮肉をばらまいて、それでいて、こんな訳のわからないことを言い出すとは思わなかったのだ。

「だ、だってタケさん、俺とちぃは音楽隊だって……」

「ああ、それ。そこに正式に加えてもらえるかどうかは、元々居る人の気持ち次第だろう?」

 武はそう言って、例の、口角をきゅう、と上げる皮肉っぽい笑い方をした。そして、千尋の隣にすとん、と腰を下ろし、千尋と和樹を代わる代わる見て、言った。

「まあ、俺としては、沈む船と心中するのも悪くないと思ってね」

 正直なところ、千尋は驚いていた。芋と言われた二年生の中で、一番の実力を持っていたのが彼だ。正当に評価されなかった半年。一番悔しかったはずだ。それなのに、この男ははっきりと、残る意志を見せてきた。

 解らない男だ、と思った。本当に、解らない男だと。でもその訳のわからなさに、千尋はただ、感謝した。

 その後たった三人になってしまった二年生と、一年生の関係は、人数が少なくなった事によって好転した。千尋は元々、一年生を嫌ってはいなかったし――むしろ、千尋は「後輩」というものを愛している――、和樹は自分が悪く言われることが一年生のせいでないことをちゃんと解っていた。その証拠に、彼は一年生の中でも、試合に出たことで一番嫌われていた隼と仲が良い。そして武は――変わらなかった。彼はどうも、元々この一年と二年の確執に、興味が無かったようだ。

 しかし、かといって何も知らないのかと言えば、そうではない。事件の一週間後、彼は突然、予言めいたことを言った。

「ちぃ、多分近いうちに、総二朗ちゃんが俺らに頭下げにくる。ちぃなら解ってると思うけど、あんまり責めてやるなよ。可哀想だから」

 その時はただおう、とだけ答えたが、その三日後、予言通りに、武市総二朗が三人のもとへ、一人で頭を下げに来た。

「先輩……すみません。こんな事になって……監督の言いなりになって、先輩たちのことちゃんと立てられなかった俺たちにも責任があります。ほんとに……申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げられ、千尋はなんと言って良いか困ってしまった。正直、千尋自身、悪いのは監督で、一年生に責任は無いと思っていたからだ。見ると、和樹も同じようにおろおろしている。ただ、武だけが、余裕の表情でにっこり笑うと、総二朗の前に立った。

「なんで君が謝るの? ひいきはする方が悪い。少なくとも、俺たちは三人ともそう思ってるし、一年生が悪いなんて誰も思ってない。ほら、顔上げて」

 二人が言いたかったことを、武はこともなげに言ってみせた。総二朗がそろそろと顔を上げる。その顔にはまだ、罪悪感が漂っていた。

「あーあ、なんつー顔してんだか。今は良いけど、グラウンドでそんな顔したら、一発殴らせてもらうからね」

「え……」

 総二朗の顔が、罪悪から驚きに変化した。和樹も同じように驚いている。しかし、千尋はすぐに、武が何を言いたいのかを理解した。

「あのね。野球は俺たち三人だけじゃ出来ないでしょ? それに、俺たちは三人とも外野なんだ……キャッチャーがそんな顔してたら、誰もまともなプレーなんて出来ないでしょうに」

 その通りだった。一年生で筆頭のキャッチャーは間違いなく総二朗で、それは、自分たちの中にキャッチャーが居ない以上、これから先、総二朗がレギュラーのキャッチャーを務めていくことを意味していた。

「色々気を使ってくれてありがとう。頼りにしてるよ、武市」

 総二朗の顔が、曇り空の合間から光が差すように明るくなった。千尋は武という男に感服した。もしかして、彼がキャプテンをやった方が良いのではないかと思ったぐらいだ。本人にそれを言うと、馬鹿言うな、と一蹴されてしまったのだが。

「ちぃ? もしや、ジジイみたく昔を思い出してんじゃないだろうな?」

 そう言われて、千尋は一気に今へ引き戻された。既に練習が始まる時間になっている。

「な、なんだジジイとは」

「あ、そっか……ちぃはむしろ、オカンだな。野球部の」

「た、タケッ!」

 するりとドアを出た武を、慌てて追いかける。最後の夏は、もうそこまで来ていた。

実はこういう理由で、鷹城は現在三年生は三人きりです。てことは当時一年生は六人以上いたことになるんだけど、二年生あんまり書いてないなー

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