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クロスゲーム  作者: 神谷アユム
8/13

ごっこあそび

誰も僕らを見分けられなかったから。


雪俊と並んでスーパー一年生の登場です。

完全に独立しています。

「ちーっす、武市先輩。恒例、俺はどっちでしょうゲーム!」

 そう言って少年は笑う。彼は笑顔になると、愛嬌のある八重歯がちらりとのぞく。人なつっこい印象の少年だ。

「おぉ、やるか高崎(たかさき)兄弟! えーと今日は……雲雀(ひばり)!」

「じゃあ正解発表でーす」

 少年がそう言うと、総二朗は彼のシャツに手をかけ、ボタンを三つほどはずした。少年の、綺麗な形をした鎖骨があらわになる。そこには、小さな赤いアザがあった。

「うあああああまた外したああああ」

 総二朗が頭を抱えてうずくまる。その頭を、今にも踏まんばかりの表情で少年が見下ろした。

「ざーんねん、俺は晴香(はるか)でしたー」

「武市先輩ったらまた間違えてやんの。これで連敗五。記録更新だね」

「……なんで五回も外せるんだよ、馬鹿総」

 少年――高崎晴香の後ろから、同じ顔をした少年と、雪俊がひょっこり現れる。この同じ顔をした少年こそ、先ほど総二朗が名前を口にした、晴香の双子の弟、高崎雲雀である。

 晴香と雲雀は、雪俊のクラスメイトであり、鷹城高校野球部始まって以来の双子だ。晴香がファースト、雲雀がサードで、二人の息はぴったりである。

 二人はずっと、二人にしかわからない世界を持っている。それを知っているからこそ、お互いから自立しなくてはならない。それぐらい、雲雀はわかっているつもりだ。

 両親は共働き。物心付いた頃から、目の前には相手しかいないことが多かった。話し相手も遊び相手も、小学校に上がるまではお互いしか知らなかった。

 小学校に上がってからは、自分たちを見分けられない他人をからかって遊んだ。自分たちのことは自分たちにしかわからない。そのことはある種の快感であり、自分たちが自分たちであるアイデンティティだったように思う。

 しかし、雲雀はわかっていた。晴香が自分と同じ寂しさを抱えていることも、その寂しさは自分では埋められないことも。

 誰も見分けられない。自分たちを、お互いしか知らない。本当はそのことが寂しかった。「高崎のどっちか」ではなく、晴香は晴香として、雲雀は雲雀として、誰かに認められたかった。親でさえ間違える自分たちを、見つけて欲しいという気持ちが確かにあった。

 矛盾している。その矛盾さえ、やはりお互いしか理解できなかった。それを理解できるのは、未だにお互いだけだと雲雀は思う。

 そんな自分たちが、違う存在としてのお互いを主張できたのが、野球だった。中学校に入り、先に野球部に入ると言い出したのは晴香で、雲雀は半ば、意地になって後を追うように入部した。そこで二人は、自分と同じでない相手を発見したのだ。

 晴香は身体が柔らかく、柔軟でしなやかなプレーを得意とした。ついたポジションはファースト。守備は抜群だったが、バッティングは凡庸だった。

 一方雲雀は、強打をさばくことを得意とした。サードに配置された彼はバッティングにもセンスを見せ、パワーはないものの、狙ったポテンヒットを連発して、チームを助けた。

 お互いが違う存在でいられる場所。たとえば二人が入れ替わったとしても、すぐに誰もが入れ替わっていることに気付く、唯一の場所。それがグラウンドだった。晴香と雲雀は、二人そろって野球にのめり込んだ。

 高校になってからも、それは変わっていない。ただ変わったことと言えば――一人だけ、グラウンドにいなくても自分たちを見つける人物が出てきたことだ。

『こっちが晴香で、こっちが雲雀だろ。みんな、何がそんなに珍しいの』

 クラスメイト達が、そっくりな双子の自分たちを珍しがって集まり、見分けられない、などと騒いでいたときに、雪俊がはなった一言を、雲雀は一生忘れない。そのとき彼は、自分たちを、どちらのシャツも脱がせずに――彼らの違いは、晴香の鎖骨の辺りに、小さな赤いアザがあることだけだ――ほぼ初対面で見分けたのだ。

 隣に立って、総二朗を呆れた目で眺めている雪俊に、雲雀はいつもと同じ問いをぶつける。ずっと本音を聞いてみたくて、しかし同じ答えしか返ってこない問いを。

「まあさ、武市先輩はちょっと勘が悪すぎるから置いとくとしても……俺らのこと、最初から一回も間違えずに見分け続けてるのってユキだけだよ? なんか秘密でもあんの?」

 呆れた目が、今度は雲雀に向けられる。こんな目で自分を見る人間も、雪俊ぐらいだ。

「秘密だ? お前と晴香は全然別の人間だろ? 俺としては、見分けられない方がおかしいね」

 いつもの答えはやはり謎だ。でも、雲雀はそのセリフを聞くと、嬉しくなる。雪俊と出会ってから、晴香と入れ替わって遊ぶ回数も、減っている気がする。

 グラウンドの外でも、見分けられる人がいるなら、ごっこあそびはいらない。晴香もきっとそう思っているのだろう。

「なあ、晴香、もう一回、頼む!」

「だーめですよ武市先輩。先輩のまーけ」

「ちきしょー……あーもう、いいですよ。はいはい、俺はどうせ負け犬ですよーだ」

 総二朗がすねている。それを遠くから眺めながら、それでもやっぱり、最近総二朗以外には、誰でしょうゲームをやらなくなってしまった晴香を、寂しく思う雲雀であった。

晴と雲で対にしている高崎兄弟の名前は実は地味に気に入っていますが、自分の息子に鳥の名前を付ける親って……とたまに思ってしまってなんともいえない。

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