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クロスゲーム  作者: 神谷アユム
5/13

気まぐれサウスポー

ちょっとした冗談のはずだった。


雪俊の中学時代の女房役、笠間君のその後。

「沈黙の向こう側」読了後の閲覧を推奨します。

「笠間、こちら、和泉龍哉(いずみたつや)。君とバッテリーを組んでもらうピッチャーだ。和泉、こちらは笠間優一。キャッチャーだ」

グラウンドに行くなり監督に声をかけられ、そう言って一人の少年――金髪だ、驚いたことに――を紹介された優一は面食らった。推薦で是非、と言われ、親も教師も、またとないチャンスだ、慶徳第二は進学成績もいいし、などと、半ば強制的に入れられた高校で、まさかこいつとバッテリーだと最初から決められるとは。何から何まで押し付けかよ、と優一はため息をつきかけ、相手に失礼だと思ってそれを飲み込んだ。

無言の二人を後目に、監督は、じゃあ頑張ってくれ、と無責任に去っていった。監督がかなり離れていったところで、龍哉が優一を見た。

「自分、マジで笠間優一なん? あの、嵯峨見中の笠間?」

 聞きなれない関西イントネーションだった。優一は訝しがりながら、そうだけど、と答えた。

「うっそマジで? やばいな、おれエライことしてもうた……あのさ、一応確認やけど、桜井は?」

その名前を聞いて、優一の胸はずくりと痛んだ。桜井雪俊。自分が三年間バッテリーを組み、そして「裏切った」相手。

「……来てないよ。あいつは鷹城に行った」

優一がそう言った途端、龍哉がうわあああ、と吼え、いきなりその場に膝をついて土下座した。

「ちょ、一体何……」

「すまん笠間! お前と桜井、引き裂いたんはこのおれや。謝ったって謝りきれるもんやないけど、すまん!」

何がなんだかわからず、優一はただつったっているしかなかった。

グラウンドに額をつけ続ける龍哉をどうにかなだめて、優一はキャッチボールをしながら、事情を聞いた。

「わかると思うけど、おれは越境組なんや。一応、理数科に学力推薦ってことで入っとる。ま、自分で言うのもなんやけど、頭は悪うないで。試験、ちゃんと通ったしな」

それは優一もほぼ同じだった。ただ、優一がいるのは文系の特進クラスだったが。

「これでも、関西では名の通ったピッチャーやったんや。でまあ、親の転勤で隣の県に越してきてな」

言葉と共に、龍哉の左手から放られる球――龍哉はサウスポーだった――は、びゅっと音を立てて風を切る。重く、スピードがあるがコントロールは悪そうだ、と優一は思った。

「関西おった頃から、どうも熱心な監督と縁があるみたいでな。他校の試合ビデオとか見せられたわけよ。で、そこでおれが特に注目してたんが……お前らやった」

お前ら――優一と雪俊のバッテリー。優一は首をかしげた。雪俊に注目するのは解る。雪俊は素晴らしいピッチャーだ。その球は、見るものを圧倒するスピードを持っていた。しかし、自分はその雪俊とバッテリーを組んでいただけで、そこまで大した選手ではなかった。なのになぜ、ここにいるのは自分なのだろう。

「わからんっちゅう顔してんな。確かに、桜井の球速はデタラメに速かった。でもな、おれがお前らに注目してたんは、そんな誰でもわかる理由からやない。桜井って、投げられるくせに、普段はほとんどマックススピード出してきよらへんかったやろ?」

 ことの意外さに、優一は驚いた。雪俊のマックスは中学時代で百三十二キロで、中学生にしてはかなり早いほうだった。しかし、そのスピードを出していたのは、よっぽどの相手に対する決め球だけで、普段の球速は百二十キロそこそこだった。見抜いている。意外と馬鹿ではない、と優一は思った。

「むしろ、俺があいつ好きやったんは、笠間が構えたとこに必ずきっちり投げてきよる制球力やった。普段の球……せやな、俺の見立てでは百十五から百二十と見てるんやけど、そのスピードであんだけ正確に投げられたら、ハンパなバッターはひとたまりもないで」

 驚きを通り越して、優一は感動していた。優一は、雪俊の球の速さを褒め称える風潮を、以前から常々苦々しく思っていたのだ。速さが出るかどうかはある程度才能だ。彼はその才能を持っていた。しかし、あのずば抜けた制球力は、彼の努力の賜だったのだ。優一は知っている。あのスピードで、正確なコントロールを手にするために、雪俊がどれだけ努力してきたかを。だからこそ、速さにばかり注目する周りの人間は、全然わかっていない、と思っていた。

「あとさ、笠間、俺、お前もめっちゃすごいと思うねん。普通の中学生のキャッチャー、桜井ほどのスピードで緩急つけられたら捕られへんで。でも、記録見たら、お前パスボール一個もないやん。もちろん、桜井のワイルドピッチも一個もない。お前ら正直、すごすぎやで」

 それは、優一自身が密かに自信にしてきたことだった。雪俊がどんな球を投げても捕る。それが自分の仕事であり、自分の誇りだった。

「だから、コイツやったらおれの球、絶対捕ってくれるやろなって思って、憧れとった。あとまあ、個人的には……妬いとったんや、お前らに。キャッチボールしとったらわかるやろと思うんやけど……」

「嫌われてたんだな、キャッチャーに」

 あちゃー、言われてしもた、と、龍哉は額に手を当てた。その仕草は金髪と相まって、龍哉にどこか軽薄なイメージを与えた。

「こんな重さで、こんな荒れ球放られたんじゃ、アザいくつ作っても足りなかったんじゃない? お前んとこのキャッチャー」

「うーわ、図星。まさにその通り。やってられへんってよく怒鳴られてなぁ。おまけに、引っ越した先でいきなりエースになってしもてな。そら、誰もええ顔せーへん。実力や言うたかて、認められへんわな。しかもそれが投げる球が、パスボール必至の荒れ球や。結局、キャッチャーには三年間嫌われっぱなしやった」

 だから羨ましかったんや、と龍哉はそう言って、へたりと笑った。それは弱々しく、どこか悲壮感の漂う笑い方だった。

「お前らの間には、信頼関係っていうか……そういうもんがしっかりあるように見えた。だからな……ここの推薦の話が来たとき、半分冗談でゴネたったんや。嵯峨見中の笠間優一を連れてくるんやったら、入ってもええってな。通るやなんて……思てへんかった」

 そんなことで推薦されたのか、と、優一は少し情けなくなる。雪俊には申し訳ないが、慶徳第二の推薦に、雪俊ではなく優一が選ばれた時、少しだけ、ほんの少しだったが、雪俊に優越感を覚えたのに。

「だからさ、笠間……ええねんで、ちゃんとした旦那ンとこに帰っても」

「は?」

 思わずそんな声を上げてしまった優一に、龍哉は、お前らは最高のバッテリーやった、と言った。

「高校野球とか、甲子園とかにこだわらんかったら、お前らまた一緒に野球できるやろ? 今野球推薦とかうるさいし、野球部辞めたって退学になんかでけへんよ」

 雪俊のもとへ、帰る――優一は笑顔で、手に持ったボールを龍哉の顔すれすれに投げた。龍哉が、うぎゃっ、と悲鳴を上げながらもそれを捕り、投げ返してくる。

「なめてんなよ、アホ関西人。こっちだって悩んだ挙げ句にここまで来てるんだ。今更雪俊と組み直せるはずなんかないだろ」

「でも……おれはお前らを……」

 優一はもう一度、今度は頭スレスレを狙って投げた。今度は、ほげえ、と悲鳴を上げて、龍哉がそれを避ける。

「もう覚悟は決まってんだよ、こっちは。俺はここで、お前と一緒に野球をする」

「……ほ、ほんまか?」

 龍哉の目が輝いた気がした。初めて、雪俊を正当に評価した男。この男なら、組んでもいい、と優一は思う。

 雪俊へのこだわりがないと言えば嘘だ。むしろ、自分は雪俊にこだわっている。自分が評価されることで、雪俊がもっと自分を憎めばいい。そして、違う誰かと、もっとすごい投手になればいいと、優一は思っていた。

 しかし、龍哉と出会って、それだけではない何かが、心に宿るのを、優一は感じていた。

「……雪俊のこと、ちゃんと褒めてくれてありがとな」

「や、やっぱり桜井かい! まあええわ。そのうち、俺の方がええって言わしたるから、覚悟しとけや!」

 こうして、気まぐれなサウスポーとの夏が、音を立てて、始まった。

というわけで、笠間君は龍哉と慶徳第二で頑張ります。ちなみに、私の中では学校法人慶徳学園は、高校二つと大学もってる学校法人っていう設定で、だから第二なんですよね。

いつか鷹城と試合することもあるでしょう。多分。

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