木漏れ日の下で
目覚めてしまえば、戻れないから。
喪失の悲しみを、人には悟らせない彼の話。
「セピアの空」読了後の閲覧を推奨します。
友人であり、チームメイトである男、武市総二朗が、以前よりなんとなく軽薄になったのは、彼の相方であったピッチャー、榊冬馬を亡くしてからだったと、城田蓮は記憶している。
昼休み。少々迷惑だなと思いながら、蓮は総二朗に膝を貸していた。総二朗は蓮の膝の上で、安らかに寝息を立てて眠っている。
つい十分ほど前の話である。いつものように、グラウンドの隅にある木の下で、ぼんやりしていた――蓮は人混みがあまり得意ではないので、昼休みなどは、こうやって人から逃げる事がある――ところへ、総二朗がフラフラやってきた。そして、蓮の顔を見るなり一言、眠い、と言い、続いて、枕発見、と呟いて、あっという間に蓮の膝を枕にしてしまった。文句を言う暇もない早業だった。
しかし、と蓮は思う。しかし、このまま寝かせておいても良いものか。四月とはいえ、まだ少々肌寒い。風邪でも引かれては事である。しかし、総二朗のあまりに安心しきった寝顔を見ると、起こすのは悪い、という気になってしまうのだ。
彼の目の下には、はっきりとしたクマが刻まれている。恐らくあまり眠れていないのだろう。その原因は、蓮でなくても野球部員なら全員が知っている事だ。
二週間ほど前、総二朗とバッテリーを組んでいたピッチャー、榊冬馬がこの世を去った。彼の体はずいぶん前から病魔に蝕まれ、彼自身がそれに気付いた数ヶ月前には、もう手遅れになっていた。
葬式の時のことを、蓮は哀しい気持ちで思い出す。一番悲しいはずの総二朗は、葬式の場で、一番気丈に振る舞っていた。
『じゃあな、冬馬。バイバイ。元気でな』
棺の中の冬馬に、そう言った総二朗の顔を、蓮は今でも良く覚えている。悲しみを無理矢理、飲み込んだ顔。その後すぐに、総二朗が冬馬に背を向け、走って式場をあとにしたことも、そのまま河原へ行き、一人で泣いていたことも、蓮は知っている。
それからだ。彼が前にもまして、へらへらと何を考えているかわからない、軽薄な物言いをするようになったのは。しかし、彼がその実、軽薄なフリによって、その繊細な本音を隠している事に、蓮は早い段階で気付いていた。
冬馬はナイーブな少年だった。だからこそ、総二朗は冬馬の目の前で、泣こうとはしなかった。誰よりも、冬馬にすがってみっともなく泣きたかったのは、誰でもない、総二朗だろうに。
傷は深いのだろう、と蓮は思う。それと同時に、彼はわかっていた。総二朗という男は、どれだけ深い傷を負おうと、どれだけ悲しい気持ちを抱えていようと、それを自分たちに見せようとは、決してしないことを。
「と……ま……」
膝の上から聞こえてきた声に、はっとして蓮は総二朗を見た。その瞬間、彼の目から一筋の涙が、つうっとこぼれて筋を作った。
「冬馬……」
また、涙が伝う。それは、総二朗が意識の上では完全に涸らしている、しかし、無意識下には恐ろしいほど渦巻いている、喪失の悲しみを抱えた涙だった。
蓮はそっと、総二朗の黒くて柔らかい髪に指を通す。こんなに悲しんでいるのに、それを必死で押し殺し、誰にも言わない総二朗が、寝ている時ぐらいしか、素直になれない彼が――あまりに、かなしくて。
髪をくしゃりと掴んでしまう。気がつくと、総二朗の頬に一滴、彼のものでない水滴が落ちていた。
「あ……れ?」
おかしいな、と蓮は思う。自分が泣くなど、おかしい。蓮は思わず、泣きながら笑ってしまった。
「ねえ蓮ちゃん、五時間目はじま……あれ? 総二朗くん?」
突然の声にそちらを見ると、同じ野球部でセカンドを務めている、幼馴染みの前野隼がいた。蓮は涙を隠すようにゆっくり笑うと、唇の前で指を立てた。
「……もう少しだけ、寝かしておいてあげよう」
総二朗の涙は、いつの間にか収まっていた。悲しい夢など見ないで、今はただ眠ってほしい、と、蓮はそう思った。
総二朗と雪俊がバッテリーを組む、一ヶ月ほど前の事だった。
時系列がおかしくならないように最大限気を使っていますが、なんか時間軸がおかしかったら教えてください。