サンタクロースの当惑
とある北欧の僻地に、サンタクロースの仕事場はありました。
そこには多くのサンタクロース達が在籍し、プレゼントのリクエストを確認したり、調達したプレゼントを運んだりしています。
談話室では二人の若いサンタクロースがゲームを楽しんでいます。ここは乱数だったとか、交代読み交代を決められなかったのがどうこうとか、一撃以外ありえないとか、和やかな雰囲気のなか言葉が飛び交います。
ちょうど二人が二戦目をしようと話していた時
バタン!
と、平和な空気を破るかのように、突如大きな音をたてて、奥の大きな扉が開きました。
そこには一際割腹の良いサンタクロースが立っていました。彼こそが聖ニコラウス。サンタクロースのリーダーです。
ニコラウスは何やらただならぬ様子です。汗をかき、肩は大きく揺れています。
「どうしたのですニコラウス!」
「またバッドコミュニケーションを出してしまったのでありますかニコラウス!」
若いサンタクロース達も慌ててニコラウスに近寄ります。ニコラウスはしばらく息を整えるのに時間を要しましたが、落ち着きを取り戻すと、静かに口を開きました。
「ある良い子からとんでもないリクエストが来てしまった」
若いサンタクロース達は狼狽えます。
「そんな驚くようなリクエストとは、何でありますかニコラウス……?」
「イフリート改……などでありますか?」
ニコラウスは再び間を置いて静かに答えます。
「母親……死んでしまった母親じゃ!」
サンタクロースの当惑
11月も後半。クリスマスがいよいよ近付いてきたというところで、サンタクロース達は今、大きなテーブルを囲んで頭を抱えています。
突如招集のかけられた緊急会議。普段は厳選がある、三枚とるために走らないといけない、初回盤特典を貰うためハシゴしたい、などと言った理由で欠席するサンタクロースも多い中、今日はほぼ全員が参加。一様に赤い制服を着て座る姿は壮観です。
「どうしますか……」
若いサンタクロースが困り果てた表情で言いました。
「今まで濃縮ウラン弾だとか、南シナ海の領海だとかそういう物を欲しがった子供には、悪い子認定で適当に消しゴムでも与えておけばそれで済みました。しかし、今回のケースですと……」
「その手を使うのは酷ですな……」
「お母さんと読み間違えた事にして、おかかさんのおにぎりを握っては?」
「それはサンタクロースとしての立場を失墜させることになるのでは……」
議論は混迷を極めるばかりです。そんな中、長い間、口をつぐんでいたニコラウスがようやくその重い口を開きました。
「君達、ごまかすことばかりを考えるのは、よそうじゃないか」
「し、しかしニコラウス」
アジア地域のチーフであるサンタクロースはすっかり困り顔です。そんな様子を見兼ねて、ニコラウスは「わかっとるわかっとる」となだめるようにいいました。
「確かに難しいリクエストだ。過去に例のないくらいな。この子の良い子ランクはどのくらいだったかな、アジアチーフ」
「トリプルエーです。ニコラウス」
「ランカーか……。やはり邪険にはできん。ワシはやるだけのことはやるべきだと思っておる。妥協案を探すのはそれからでも遅くはあるまい。どうじゃ皆」
ニコラウスの力強い口調に、ほかのサンタクロース達から反論はでませんでした。
これはひとえに、ニコラウスへの厚い信頼と、逆らうと給料を減らされ、地方へ飛ばされてしまうという恐怖心から来るものでした。
そして後日。
いつものように談話室には若いサンタクロース達がゲームを楽しんでいました。
すると奥の扉から何やら強い光が射し込んでくるではありませんか。
ニコラウスが何か始めたようだ。と若いサンタクロース達は心配になり、半笑いで扉を開きました。
「我、常世全ての善と成る者――」
すると、なんとニコラウスが魔法陣の上でなにやら儀式をしているではありませんか。魔法陣の中央には良い子の手紙と一緒に入っていたのであろう、女性の写真が置かれています。
「ニコラウス!」
「なんと子供想いな方!」
若いサンタクロース達はニコラウスをよいしょ、いえ、褒め称えました。
その心意気に畏敬を示したのと、こうするとニコラウスの機嫌が良くなり時給が上げてもらえるためです。
その日、ニコラウスは丸一日詠唱を続けましたが結局、母親は召喚できませんでした。
若いサンタクロース達の時給が15円アップしただけで、収穫は何も得られませんでした。
あくる日。
若いサンタクロース達が麻雀を楽しんでいると、奥の部屋からニコラウスの鼻歌が聞こえてきました。
若いサンタクロース達はやかましいので壁にパンチをしましたが、ニコラウスの鼻歌が止むことはありません。
仕方がないのでカメラを片手に扉を開けてみると、なんとニコラウスが参考書を片手に大釜をかき回しているではありませんか。
「ニコラウス!」
「なんとひたむきな!」
結局この日は、時給すらも上がりませんでした。
若いサンタクロースが管理するアカウントのチャンネル登録者数が増えただけで、何も収穫はありませんでした。
そしてまた後日。
若いサンタクロース達が一挙放送を楽しんでいると、女性のサンタクロースが奥の部屋へと入っていきました。
若いサンタクロース達は大慌てで後を追いかけます。
何かふしだらな事が行われるのではないか。若いサンタクロース達はそれはもうワクワクしながら扉を少しだけあけて、中をのぞきました。
「ご要件とはなんでしょう。ニコラウス」
「ああ、君はこの前議題になった、良い子をおぼえているかね?」
「あの、良い子ランクトリプルエーの子ですね。リクエストは確か……」
「母親、じゃ」
とうとう他人を頼り始めたニコラウスに若いサンタクロース達は苦笑いです。
「そこでお前さん、あの子の母親になってはくれんか」
「は!?」
女性のサンタクロースと若いサンタクロース達の声が重なりました。共に予想していない事態だったのです。
「これがあの子の父親の写真じゃ。どうじゃ、いい男だと思わんか?」
「そ、そのニコラウス……私は」
「なに、気に入らんかったらすぐ離婚してもいいのだ。クリスマスのプレゼントに母親が手に入ったという既成事実さえ作ることができれば……」
「そんなこと出来るわけがないではありませんか!」
女性のサンタクロースは語気を荒らげます。
「そんなに軽々しく男の方と一緒にはなれません! それにその子だって、決してそういうことを望んでいるわけでは……」
「では他に何か案があるのか!」
ニコラウスも語気を荒らげます。
「こうする以外に何かいい方法があると言うなら話せ。今すぐここで!」
それはそれは気持ちのいい逆切れでした。これには若いサンタクロース達も言葉を失います。しかし、女性のサンタクロースはしたたかでした。
「とにかく無理です!」
机を叩き、ニコラウスを怯ませると
「これ以上言うのなら人事部にハラスメントでご相談させていただきます!」
切り札を使いました。これにはニコラウスも何も言えません。
ニコラウスとて、告発を受ければただでは済みません。次の株主総会を前に代表取締役を下ろそうとする動きすら出てきてしまうかもしれないのです。
結局この日、ニコラウスは一睡もできませんでした。
もうどうすればよいのかわからなくなってしまったのです。
その次の日。
若いサンタクロース達がサイリウムを振っていると、扉がゆっくりと軋みながら開きました。
若いサンタクロース達は、慌てて扉の方へ駆け寄ります。
現れたニコラウスの異様さに、良くないものを察したからです。
「ニコラウスなりませんそれだけは!」
「それではあまりにも道徳に反するではありませんか!」
「あの子ほどの良い子なら……きっと天国へ行ける……だから」
「ニコラウス!」
若いサンタクロースの一人がニコラウスの頬を強く叩きました。ニコラウスは力なく膝から崩れ落ちました。
背負っていた自動小銃が静かにすり落ちます。
ニコラウスの頬には涙が伝っていました。
流石にこれには、若いサンタクロース達も言葉が出ません。もうニコラウス一人には考えさせてはいけない。
もう一度会議をしたほうが良いのかもしれない。そんなことを話していた最中、素晴らしいタイミングで助っ人が現れました。
彼は颯爽とした足取りで談話室へとやってきました。その姿を見た途端、若いサンタクロース達は次々と喜びの声をあげました。
「ニコラウスもどき!」
「おお、戻られたのですねニコラウスもどき!」
「おかえりなさい、ニコラウスもどき!」
ニコラウスもどきは大変名誉ある役職です。ニコラウスもどきに任命された者は次期ニコラウスの座が約束され、名実ともにサンタクロース協会のNo.2となります。
調達の難しいプレゼントを収集するため世界各地を回っていたニコラウスもどきは、この前の会議にも参加していませんでしたが、ニコラウスの裏アカウントをフォローしていた為、ツイートを介して状況は理解していたのです。
「いやいや予想通りの有様だ……。君達も大変だっただろう」
「正直僕達もどうすればいいやら……」
「ニコラウスもどき、なにかいい方法はないでしょうか?」
「その件について話をつけに来たのだ」
すると、ニコラウスもどきは涙ぐんでいるニコラウスの側へ膝をつきました。
「ニコラウス、死人と生きた人間を直接対面させることは不可能だ。おそらく貴方は次に墓を掘り起こすつもりだろうが、それでは子供は喜ぶどころかトラウマを植え付けられて終わりだろうな」
「なぜわかる……なぜわかる。子供の反応も、ワシの考えもなぜお前にはわかる!」
「弟だからだ。兄さん」
兄がしっかりしていないと、弟がしっかりする。それは偶然ではなく摂理でした。
「本来の希望通りとはいかないがある程度、その子が幸せになれる形を私が手配した。それでいいな?」
若いサンタクロース達が安堵の声を漏らしました。ニコラウスもどきは事態を予測して、あらかじめ手を打ってくれていたのです。
これにはニコラウスも力なく頷くしかありません。彼のプライドの高さを考えれば面白いはずがありませんが、それでも今は、ニコラウスもどきに頼るほかなかったのです。
こうしてサンタクロース協会は無事、全てのプレゼントを用意することができました。一時はやつれてしまっていたニコラウスも、次第によく食べるようになり、元の体型を取り戻しました。
そしてクリスマス当日――。
「では、アジアチーフ。私はご婦人を連れてあの子のもとへ行ってくる」
「お願いします。それでは、また」
「ああ。あちらで会おう」
日本の上空で、二つの大きなソリが散り散りになりました。
ニコラウスもどきのソリは心地よい鈴の音に寄り添いながら住宅街を進んでゆきます。
見上げれば満天の星空。ホワイトクリスマスとはいきませんでしたが、これはこれで情緒があるものです。
「冷えませんか、ご婦人」
ニコラウスもどきが、悠長な日本語で言いました。
「大丈夫よ。貴方こそ、風を一身に受けさせてしまって悪いわね」
真後ろに座る老婦は気品ある物腰で言いました。
「初めてですか。成長したお孫さんと会うのは」
「ええ。あの子が亡くなって以来、どう接すれば良いのかわからなくてなってしまって……。知らずうちに、私から避けてしまっていたのかもしれないわね」
「子供の成長とは大人が思う以上に早いものですよ」
「ええ。きっと私、会ったら感極まって言葉がでないと思うわ」
ソリは少しづつ速度を落として行きます。トナカイは自慢の鼻とGPSを利用して目的地を探しているようです。
「今は言葉が出なくても構いません。ただ、落ち着いたら沢山話してあげてください。娘さんのことを」
「ええ……それがせめてもの罪滅ぼしですものね」
「我々からのプレゼントでもあります」
ニコラウスもどきは、少しはにかみながら笑いました。
ソリが少しづつ降下していきます。ニコラウスがもどきが住宅街を見下ろすと、一軒の家屋のベランダから、男の子がこちらを見上げていました。
「こんな時間まで起きているなんて……良い子ランクはAAに格下げだな」
ニコラウスもどきは微笑みました。
後ろからは感嘆したような溜息が聞こえてきます。
死んでしまった人間と会うことはできない。でも思い出を通じて繋がることはできる。
ニコラウスもどきは、なによりそのことを、祖母との再開という形で伝えたかったのです。
一方、その頃。
ニコラウスもまた、大事なプレゼントを届けようとしていました。
腐ってもニコラウス。自分の仕事には手を抜きません。
「ニコラウス様、ただ今アジアチーフより連絡が。間もなく合流予定とのこと。ニコラウスもどき様も配達終了後、こちらに合流するとのこと」
「よろしい。しかしヨーロッパチーフ……本当にいいのかね。家族は」
「家族とは昨日外食にでかけました。なかなか良い時間を過ごさせていただきましたよ。ただ、最後の晩餐は妻の手料理と決めていたのですがな……」
「縁起でもないことを……我々は全員生きて帰る。子供たちのためにもな。いいな?」
「ほんの冗談です。我々はサンタクロースですからな。子供たちがプレゼントを欲する限り死にはしません。それでは、勝利を……ニコラウス」
「うむ。ニコラウスもどきが来る前にケリを付けてやる!」
「オペレーション、スタート!」
ニコラウスの号令で一斉にソリが飛び立ちました。
自動小銃と沢山の弾薬を詰め込んで。
サンタクロース達は戦います。
良い子が欲する「平和」の為に。