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8.はじまりの町 ~今日から賢者の町で生活することになりました~

 俺が甦ったことで存在を嗅ぎつけた、魔王族と関わる貴族フォングラード卿とベネスス卿の襲来。最初はどうなるかと思っていたが、ことは最悪の事態を迎えることなくなんとか無事に済んだ。


 避難途中だった町の人々は全員戻って来、エリシアさんもベネススの一撃を受けつつも、命に別状はなかったので一件落着といったところか。


 一応、町の人々の避難途中に俺と魔族との戦いを見ていた人も結構いたようで、それが良いのか悪いのか、恩人として感謝し、賞賛する者もいればより恐れて拒む者もいた。そういう話をたまたま耳にしただけだけど。


「んー……このあとどうしよう」

 それがなんであれ、まさか魔王の血を継いでいるのみならず、極悪人の身体だったとは。せめて自分の身体のままでこの世界に行きたかった。

 町の人戻ってきたの見た途端、そそくさと逃げちゃったし。反射的だったとしても、何で逃げたんだろ。今から戻っても大丈夫かな。


 まぁ、追い出されたとしてもなんとかなるか。なるようになるというなんにもならない全国共通の慰めの言葉もあることだし、どうにかなるだろ。


 そのとき、誰かに呼ばれたような気がした。名前とはいえ、ヴェノスという他人の名前だけど。振り返ると、エリシアさんがこちらに走って向かってきていた。

 あ、これ捕まる感じかな。魔力関係なく物質分解できる力持ってるから別にいいけど。


「エリシアさん、どうしたんですか。というか怪我の方は……」

 息を切らして俺を見てくる様は、デートに遅れて彼氏を待たせてしまった彼女のような光景を彷彿とさせる。それほどの妄想力を兼ね備える俺は重症だと思う。


「いや、大丈夫。気にするな……! 回復魔法でなんとかしているし」

 気にするなと言われても、心配はするさ。


 ベネススのあの蹴り、回復魔法の効果も低下させる術式も含まれていたらしいし、それもあってまだ完治できていないのに彼女ときたら、俺の為に息を乱すほど必死に走って……捕まえようとしているんだね、わかっているよ僕は。

 しかし、予想していたことと全然違う言葉がエリシアさんの口から出てきた。


「君を捕まえて、その上危害を加えてしまった立場として申し上げにくいんだが……町を守ってくれてありがとう。君が……あなたがいなかったらどうなっていたことか。それに、私もあのままだったら……」


「ああ、いや、俺も正直なにがなんだかって感じでしたし……とりあえず、なんか俺のせいでこうなっちゃったんで、すぐにここから出ていきますね」


 町を救ったのは事実だろうけど、町壊しちゃったし、俺がいるとまたあんな連中が来るかもしれない。申し訳ないと感じていた俺は、エリシアさんに背を向ける。


「ちょっと待って」


「ちょっと」の「ち」が聞こえた時点で俺の足はピタリと止まり、「て」が聞こえたときにはエリシアさんの方へ顔を向けていた。

 よかった、やっぱり自分から立ち去っていくと呼び止められるカッコいい英雄法則は異世界では効果絶大だ。


「よかったら、その……ここにいてくれないか?」

 天使が舞い降りました。運命よ、ありがとう。

 それでも謙虚の姿勢は忘れない。

「え、いやでも、俺ここにいちゃ駄目っぽいから、いない方がいいんじゃないんですか。あんだけ騒動起こしたわけですし、それに、俺は――」

「確かにあなたは禁忌を犯した"錬金術師の父"にして魔王ヘルゼウスの子"ヴェノス・メルクリウス"だ」


 だけど、と付け足しては話を続ける。


「どうしてだろうか。私にはとてもその大罪人には見えない。それに、町を救ってくれたし、なにより、その……いや、言い方を変える。この町から出ないでくれ。ヴェノスだと思えなくても、万が一のことはあるし、そのーなんだ、得体のしれない力も持っていることだし、ほら、あれだ、この町なら大丈夫だけど他の町だと魔族のことあまり好いていない人々が多いわけだし、うん……」


 すごい誤魔化してる。頑張っていろいろ口実設けてるよ。素直に本音言えよ。本音がどんなのか知らないけど。


「でも町に戻ったら、捕まりますよね。種族差別とかないにしろ、罪人だから捕まったわけだし」

「いや、大丈夫だ。私が何とかする」


 責任感なのか私情なのかわからないが、とりあえずこの町には住めるようにしてくれるようだ。


「いや、だけど……」

「それでも……駄目か?」


 しゅんとした表情にちょっとした上目遣い。素だろうけど反則ですよそれ。俺の童貞魂が燃え尽きそうですよ。


 当然、萌え死んだ俺は心折れ、「……わかりました。ここに住みます」と棒読みで答えた。「本当か!」その瞬間に見せた彼女のぱぁっと明るくなった表情は本音で間違いない。周囲の地面に花が咲きだしそうな勢いだ。


「というか名前変えた方がいいっすよね。ヴェノスってやつだといろいろヤバいことになりそうですし」

「ヤバイ(yah-bain)こと……?」

「……? ああ違う! 大変なことになるって意味! なんかの呪文の一部じゃねぇから!」


 そもそもなんでこの世界の呪文に「マジか」や「ヤバい」が使われているんだよ。


「それで、名前変えた方がいいっすよね」

「それもそうだな。それじゃあ……私がつけよう!」

「マジで――いや、本当ですか」

「勿論! 名付けるなら、元の名前からすごくかけ離れた名前にしないとな!」

「あ、ありがとうございます……」

 すごい意気揚々と言った割には、結構悩んでいる。ぶつくさ言っているし。


「……ん?」

 そういや、俺がここに来る前の名前、なんだったっけ。前の世界での記憶はあるけど、どうしてか名前だけはすっぽり抜け落ちているように思い出せない。なにこれ怖い。名前思い出せないだけでこんなに不安になるのか。


「あの、悩むなら俺が考えても……」

「悪いが、ここは名付けさせてくれ。お礼のひとつとしてここは……」

「あの、名前ぐらいでそんなこと思わなくても……いやその意地は何なんですか」

 途端、なにか閃いたかのように、エリシアさんはパッと明るい顔になって、俺を見た。

「よし! 決まった! メルスト! メルスト・ヘルメスだ!」

「め、メルスト?」

 どこかで聞いたような名前だな。携帯でよくやってたゲームだったような……。


「由来訊くか?」

「言いたそうな顔してるとこ申し訳ないですが、結構です」

「……」


 不満そうな顔だった。「そうか」と残念そうに咳払いする。

「ま、これからにおいて共にする名前は決まったな。よろしく、メルスト」


 メルスト・ヘルメス。変な感じだが、慣れれば問題ないか。

「よろしくお願いします」と返す。


「ということでだ。メル、"ルーアンの町"に住むことについては全然かまわないし、私は歓迎する」

 さっそく略された。


「だけど、勘違いはするんじゃないぞ。何度も言うが、あくまでメルは生前のヴェノス・メルクリウス本人だ。そちらに自覚や記憶がなくても、事実として歴史に残っている。私は監視役として、メルと一緒に過ごさなければならない。この町に危険が及ぼさないようにな」

「本音は?」

「……そういうことは訊くんじゃない。建前だろうと本音だろうと事実は事実だ」

 じろりと睨まれたが、少したじろいだ様子とも読み取れた。


 今日から過ごすこの町で、俺はこの世界を生きていくのか。

 空を見上げ、視線を落とした俺は町の入り口から見える街並みと、蒼い髪の賢者の姿を目にいれては足を前へと進めた。


今回で第一章終わりです。ありがとうございました!

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