7.革命の兆し ~チート能力思い出しました~
「……どうした、フォングラード」
「いえ……一瞬だけヴェノス殿の目が変わったような気がしましてね。嫌な予感しかしませんでしたので」
「……?」
「まぁ、今のでヴェノス殿のマナの気配はなくなりました。今度こそ死んだでしょう」
指を鳴らす音。ドゥッ! と地面から雲よりも高い天へ黒紫色の光の柱が十字架ごと飲み込んだ。
「蒼炎の賢者もね」
決め台詞のつもりだろうか、そうフォングラードはドヤ顔で言った。
ああ、痛い。痛いね。いやあいつの台詞もイタイけど、こっちは全身が痛いよ、物理的に。
だけど、これでいい。これがいい。
先程の爆発で磔から解放された俺は、分子サイズにまで物体を分解させる闇魔法の光の柱を散り散りに消し飛ばした。魔族のふたりには光の爆発が起きた様に見えただろう。
「……え?」
死を覚悟していたであろうエリシアさんはあっけにとられた声を出す。今俺の背には彼女がいる。その声を聴き、無事であることに俺は安心する。
自分の手は直視したくないほど傷だらけになっているけど。思ったより強力な術式だったのか。
「……」
あ、駄目だな。格好いい言葉が思いつかねぇ。ヘタに痛い言葉喋って滑りたくねぇし、黙った方がまだいいか。顔つきもクール系男子だし、キリッと目を鋭くさせればいいか。
婆ちゃんみてる? 今めっちゃかっこいいとこ。
「死んでない……? フォングラード、これは――」
「いえ、私は確かに……成程、不老不死の説は強ち間違いではなかったのですね」
「ちょっと違うな」
俺は彼らに言う。王家直属の貴族フォングラード・アディマスとベネスス・ハンガリに告げる。
「今の"死"に等しい痛みで少し思い出せた。ヴェノスのことも、おまえら魔族のことも、とっくに身についていた特殊能力の使い方もな」
さっきまでの恐怖や焦りが嘘のように消えていた。不安はまだあるけれど、この身体と、この世界に来た際に身についていた力の使い方を思い出した俺にとって、目の前のふたりは大したことないようにも見える。不思議と気持ちにも余裕が出てきていた。
「エリシアさん、そこで安静にしてくれ。あとは俺が何とかする」
「なんとかするって……げほっ、だけどおまえは――」
「平気だ。俺はもう、やらかしヴェノスでも前の世界にいた万事偏差値50以下の底辺でもねぇ。今ここで……革命を起こしてやっから」
とまぁ、なんとも主人公らしいことを告げた。
なんだよ神様、ちゃんとチート能力やオプション特典とかあったんだな。俺が忘れていただけだったのか。
「革命とはまた、貴方様らしいことをおっしゃる」
「ふん、何を抜かすかと思えば……まだそんな戯言を言うか、ヴェノス」
「そういやおまえさ、俺のこと出来損ないって言ってたな」
ベネススは眉を少し寄せる。ほんの少し浮き出た額のしわが、血管のようにみえて、まるで怒っているかのように感じてしまう。ご機嫌ナナメなのは事実だが、それはお互い様だ。俺も睨み返した。
「だからなんだ。貴様は王家に相応しくない生き方をしてきた。生まれつき神素もほとんどなく、術式すら使えぬ貴様など庶民より劣る!」
うぐ、ズバッと言うよなコイツ。俺のことじゃないのにグサッと来る。なにかと共通しているからか畜生。
「まぁとにかくだ。俺が言いたいことはだな」
まずは、コントロールできる範囲でやってみるか。
胸部の感電跡のような太陽型の傷がかきむしりたいほどまでに疼き、骨と皮膚を破って出てきそうな圧迫感と痛みが、両腕や腹部、脚部へと伝わってゆく。若干の痺れもあるが、同時に力がみなぎってくる。
莫大な高エネルギーを内から生み出し、増幅させる感覚。今にも身体がはり裂けそうだ。
この世界からではない外部からエネルギーを取り込み、ただ内にため込む。
滾るように熱い心臓部から腕に駆けて浮き出た古傷。そこから数万℃を越える高温のプラズマ光が、放電の形で漏れ出る。
「――!」
それを視認したベネススは剣を構えた。足が地面をしっかりつかんでいる。いつでもあの瞬殺法を繰り出せるわけか。
エリシアさんを失神寸前までに追い込んださっきの瞬発力は、魔力によって筋力を極端に増幅させた加速魔術。そして、防御力・魔防を無視した貫通効果。それらの威力を発揮する術式の魔法陣を足にまとっていた。
しかし、そんなことはどうでもいい。
もう、焼却所で散々な目に遭ったのも、この町で暴行し、処刑しようとした町の人々も、俺を勧誘しようとした魔族のことも、今はもうどうでもいい。
状況すらわからない窮地の中、二度も俺を救ってくれたエリシアさんを、今度は俺が救わなければならない。
今は人間とか魔族とか関係ない。
今は……彼女を護るために、俺は戦う。
「エリシアさんを傷つけたのはマジでお前……許されんぞ」
バチン、とプラズマが弾ける。体内という小さな領域に詰め込んである高密度エネルギー。
それを一気に解放する。
「――なっ!?」
一蹴。
俺の姿を一瞬たりとも捉えることはできなかったのだろう、あのフォングラードが驚愕の声を上げたときにはすでに、ベネススは爆轟と共に、ここから遠く小さく見える雪の降り積もった青白い巨峰の崖に埋まっていた。ここからじゃその様子を見るのは難しいが、数秒後聞こえた遠雷のような音と巨峰の壁が雪崩のように崩落した様子なら確認できた。
腹部に風穴を空けるほど蹴ったから、魂でも移し替えない限り死ぬだろうな。
「なんだ今の……!?」
「馬鹿な、ここから何km離れていると――」
その馬鹿馬鹿しいことが目の前で起きてるってこと、ご理解願いたいね。
「……まずはひとり」
しかし、普通にすごいな、このエネルギー爆発みたいな技。自分自身を加速器にしたような感じだ。陽子ぶつけるだけでも相当なエネルギー使うのだから、人間サイズでやればこのぐらいの出力はできるのだろうか。
それに限界を感じないし、ほぼ瞬時に大量のエネルギーを生み出すことができる。
「よし……」
これだけのエネルギーを出力できるなら……。
「――"従順なる鉄鬼よ、我が兵として矛と成れ"……!」
フォングラードが唱えた途端に、石畳や広場の地面をかき分けて湧き出てくる悪魔型の土人形。
しかし、その土の成分が変質し、神素の付加によって鉄のような硬度になる。目に映る構造式が著しく変わっていた。
「重さと安定性を担う土属性の魔術に、揮発性ある風属性を加えたか……!」
エリシアさん、負傷しているのにも関わらずご説明ありがとうございます。その教師魂、しかと受け止めました。
「さぁ往きなさい、可愛い子豚たち」
重々しい見た目に反し、風を切るような速さで俺の方へ飛びかかってくる。
まずは目の前の4頭の繰り出した一発を受け止める。
ドゥン! と凄まじい音が棍棒で殴られた腹部や背部、脚部、そして頭部から聞こえてくる。骨が悲鳴を上げ、頭部から血が流れる。
「……あぁ」
痛いことに変わりはない。ただ、物足りない。
「……どこ狙ってんだ。そこ急所じゃねぇぞ」
目の前の醜い顔面を殴打。そのまま後ろへ肘打ち。そして2頭まとめて一蹴。衝撃波と共にそれぞれはあっけなく吹き飛び、民家に打ち付けられるなりただの土と化した。
「粉砕しただと……っ、何をしても起き上がる不死の兵を一撃で……何故だ!」
フォングラードが顔を歪める。その顔……元に戻らないぐらいもっと歪ませてやるよ。
これだけの出力なら、条件要らずで無理矢理にでも分子構造を変えたり結合分解もできるだろう。今のは単純に、分子の結合を解いて、トドメで物理的に殴っただけだ。後から襲い掛かってきた十数頭も一撃で粉砕し、最後に来た体格の大きいオークの姿のゴーレムも頭部を掴んではただの土へと還す。あっけなく砂と化していった。
フォングラードを見る。少しゾッとしたような眼をみせるなり、地から浮いては逃げ出した。いや、距離を取って何かをするつもりだ。
俺は踏み込み、フォングラードのいる空へと跳ぶ。人間とは到底思えない跳躍力に自分自身がびっくりしていたときだった。
「"炎竜の息吹"……燃え尽きて炭と化せ」
宙に浮くフォングラードの腕が突如燃え上がり、熱線にも見える莫大な火炎を俺に向けて撃ち放った。炎から拡散される赤い光は周囲の景色を夕焼けのように染める。俺の目の前は瞬く間に真っ赤になっていった。
まずは100億eVから増幅させるか。
自身の身体というごく小さい領域に在る原子の核の成分――素粒子を流動させるような感覚。エネルギー密度を高くし、粒子を加速させ、高エネルギー衝突反応を頻繁に起こす。
それによって加速した粒子を衝突――"核融合反応"を起こす。宇宙初期にも似た環境下は物質を創り出した。
限度の無いエネルギー量は、元素を物質として大量に作り出していく。
腕から溢れるように湧き、散布された大量の無色無臭の高温窒素。それは瞬く間に目の前の炎を消滅――鎮火させた。
「消えたっ!? 負の魔術か――ぁぐっ、息が……!」
その気体に包まれた中、突如の異変に歯を食いしばり、手に持った大きな銀製の杖を電気纏う剣へと錬成え、斬りかかってくる。
「うぉっと」
さすがに腕とかバッサリ斬られるのはまずい。深い傷や欠損部位を再生できるかわからないし。
今と同じ要領で素粒子を組み込み、電子を加える。体内で生産した原子をイメージで分子へと共有結合させ、教科書にも載ってあった図を元に構築する。
――出ろ!
とにかく頑丈な物質。咄嗟に思いついたのが、炭素の同素体のダイヤモンド……それも靭性が高い、純粋な天然黒色ダイヤモンド――カーボナードだった。普通の単結晶ダイヤモンドとは違って劈開がないので、非常に割れにくい。
耳をつんざくほどの金属音は上空で響いたことだろう。俺の腕は天然質の黒い塊状晶と化していた。電導性もないので掴んでも感電しない。
少し手に剣刃がめり込んでいるが、右腕と手に形成されたカーボナードごと、掴んだ銀の剣を『物質分解』して跡形もなく粉砕させた。
「っ! なんだと――」
そして左手を頭部に押し付けて、大量のエネルギーを熱として無色の爆発を発生させる。
その場の大気は振動し、一瞬にして膨張した空気は熱を帯び、気温を上げる。
爆発に合わせ、叩き付ける。
隕石――火球のように下の方へ吹き飛ばされ、階数の高い一軒の家と通路に人ひとり分の風穴ができたが、その着弾点にフォングラードの姿はない。
瞬間移動だろうか、再び広場の前にフォングラードは辛うじて立っていた。
「丈夫だなあいつ……」
そういや焼却場から抜け出したとき……。
自分だけ燃えなかった理由。壁に触れて粉々になった理由。鉄柵が急に錆びてボロボロになった理由。
そういうことか。あれは分子結合の分離と過剰な酸化反応によるものだったのか。
「嘘……一切マナが感じられない。術式を使ってない……!?」
少し回復したエリシアさんは驚きを隠せない様子。それはあの冷酷と皮肉でできたようなフォングラードも同様だった。
「さっきのは"物質創成"に"魔防解除"と"上位衝爆魔法"の同時発動……!? ば……馬鹿な! 書も杖も陣もないのに――がはっ、どうやって……! どうやってあれだけの術式を……っ、詠唱無しで発動させることができる!」
既に地面に降り立ち、10mほど離れた先のフォングラードの方へ歩き出したとき、そう叫んでは訊いてくる。演劇染みた独り言のような説明口調は何に影響されて述べているのかわからないが、俺のいた世界でそんなこと口にしたらただの痛い人だぞ。
そしてこれは術式じゃなくて、誰しもなじみ深い「エネルギー」というものを超新星爆発の規模に相当する量で扱っているにすぎない。これだけのエネルギーがあれば非科学的な術式も関係ないだろう。
ある意味では永久機関にして加速器、核融合炉を兼ね備えたような身体だということは分かった。
そのエネルギーは無限に等しく一気に大量出力できることも分かった。
それが術式という魔術のようなわけのわからない力にも打ち勝てることは分かった。
だけど、
「知らねぇよ」
その一言で片づけた。
目の前には何故だといわんばかりの貴族の顔が迫っている。いや、俺が接近したのだ。
生物の限界速度を越えた、猪突猛進な殴打をむかつく顔にぶちかます。
一瞬の雷放電。レーザー光線のように宙の彼方へと吹き飛ぶフォングラードは空気摩擦で発火しながら燃え尽きた。
ちょっとやり過ぎたな。だけど、魂が残っている限りはまた期間はさんで復活するんだっけ。さっきエリシアさんがそんな感じのこと言ってたし。
「――ヴェノスぅぅぅ!!!」
「……は?」
ズドォン! と俺の頬を通じて、あごや歯に強い衝撃が走る。突風にも似た風が黒い髪を大きくゆらした。周囲の町の窓ガラスが粉砕する音は、鼓膜を響かせる。
地平線辺りの山まで吹き飛ばしたはずのベネススが一瞬で現れ、俺の顔面を殴っていた。風穴を開けたはずの腹部は生々しい痕が残っているも、元通りに再生していた。
「……」
こいつマジか。こいつこそ不死身じゃん。
だけど、もう勝負はついている。
「それ本気でやってんのか。やるならもっと強く殴れよ」
「っ、なんだと!?」
殴打したベネススの腕を掴み、俺は右腕を力ませる。
「エリシアさんを殴りつけた分だ。彼女の痛みがどんなものだったか……ちゃんと受け止めろよ」
ベネススの体表にまとっていた魔力の防壁すら無視した威力のプラズマまとう拳で、顔面を殴り返した。一直線に吹き飛び、骨ごと散り往くその身は町のそばにそびえる岩山の崖を貫通する。
あの山の裏側まで飛んだだろうな、と思いつつ、俺は唖然とこちらを見ているエリシアさんに「大丈夫ですか」と、とりあえず微笑みかけた。