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6.起死回生 ~最初の敵のレベルがかなり高い件について~

 俺の脳ではなく、異世界側の人間であるヴェノスの脳だからだろうか、フォングラードの唱えている言葉の意味がある程度聞き取れ、かつ把握できる。

 見知らぬ言葉なのに聞いたことがあるような感覚に、若干の違和感と不気味さを覚えた。


「飛空艇が……!」


 誰かが叫ぶ。木片が砕け、金属がひしゃげるような騒音が聞こえ、誰もが墜落した飛空艇を観る。

 組み替えられ、再結合するような大掛かりな変化。その飛空艇自体が生きているかのように、自ら動いては構築していく。


「まずい、船員が……」


 飛空艇の中にいた、気を失っている数人の乗組員が強く発光しはじめ、人魂のような形に変形しては蠢く機械に貪られるように取り込まれていく。


「ま、魔法ってそこまでできるの?」


 ゾッとする。どこの映画ですか。もうこれCGだよね、と現実逃避したい気分だ。


「機装魔竜、か……」


 エリシアさんが凛とした目を鋭くさせ、その変形していく飛空艇を見上げた。


 その姿は機龍。歴史文献に出てきそうな西洋竜の形状をした飛空艇が大地に四肢を押し付け、布だった翼が空を覆うほどまでに広げる。若干の生々しさを感じさせるのは、人を取り込んだからだろうか。


 金属の擦れ合う嫌悪音と蒸気音に紛れ、乗物からないはずの咆哮が聞こえてくる。人々のみならず、町の建造物をも震わせた。強風がぶつかってくる。


『ヴァルルル……ああぁ、ああ? おいフォングラードォ! 俺を召喚するならもっとマシな身体にしやがれ! なんだこのぼろっちいのは。飛空艇の残骸を外骨格にするんじゃねぇよ』


 喉元の金管から吹き出る声は重く響いた。確かにボロボロで脆そうだが、サイズは飛空艇そのものだ。戦車でもない限り太刀打ちできない。喋り方からして強そう。


「冥界の檻の外に出られただけでも十分だろ。ガタガタぬかすなA-427」

『ベネスス……テメェはいつになったらその虫唾が走る目つきを治せるんだ。あと俺はスレイバルだ。そんな奴隷みたいな記号で呼ぶんじゃねーよ』

「まぁまぁ、無価値な喧嘩はここまでにしておいて。スレイバルさん、軽ーく、この町を燃えカスにしてください。蒼炎の大賢者がいること以外は、特に何もなさそうな感じですし」


『だったら飛空艇に火薬でも詰め込んでおけ。蒸し焼きにしかできねぇぞ』

「あなたの神素量なら十分に発動できますよ。期待しているのです」

『"期待"という言葉を嫌っている俺に対しての嫌味かそれは。……まぁいい、退屈しのぎにやってやっか』


 スレイバルという機竜の姿をした男は血を揺るがさんばかりに一吠えし、体のあちこちから蒸気を吹き出した。ヒートアップするように全身に蛍光色の紋様が浮かび始める。あれも魔法のようなものか。


『まぁぁぁずぅぅぅはぁぁぁぁ……!』


 鉄の牙を剥き出し、その身体を捻り、俺の正面方向の河越しに建つ、教会へと頭部を向けた。


『神を消すか』


 その光る紋様が口元に達した瞬間、煙状の――爆炎を吐き出した。

 ボゥン! と爆発し放射状に広がっていく真っ赤な炎の塊が、目の前にいた人々ごと町を飲み込む――はずだった。


『――あぶァ!』


 地面にいる人々に到達する寸前で炎が喰いとめられる。まるで見えない壁にでも阻まれたようなそれだった。途端に逆流し、スレイバルの口腔へ爆炎が押し詰める。


 それと同時だっただろう、広場の地面から飛び出てきた十数の青い稲妻が機竜スレイバルの身を鎖のように穿うがち、そこから生じた青い爆炎で包み込んだのは。


「ほぉ、これが"蒼炎の賢者"。まだ健在でしたか」

大賢者わたしを差し置いて聖なる教会と人々に手を出そうとは、随分と度胸があるじゃないか」


 俺の前にいたエリシアさんから、幽玄ともいえる青い炎のようなオーラが漂っていた。

 身を凍えさせそうで、だけど身を焼き尽くされそうな青く光る炎をゆらゆらとまとっている。彼女から風が巻き起こっていたのか、青銀の髪や服も揺らめいている。


「おお……! すげぇ……」


 やっぱり勇者の血を継いだ賢者はただモノじゃない。圧巻と言わざるを得ない光景に息を飲んだ。


「全員、この町から出ろ! 今すぐ避難経路へ!」


 エリシアさんがそう叫ぶも、「で、でも先生……!」という誰かの声が聞こえてくる。「いいから私に任せろ! おまえは人々を守れ!」


 了解した声。やはり町民とエリシアとの信頼は厚いようだ。俺を庇うような発言では済まないことを言い放っていても、ちゃんと町民はエリシアという人間を見離すようなことはしていなかった。


「人々の無事を優先ですか。さすが勇者の娘、貴女らしい偽善です」


 フォングラード卿が侮蔑した笑みを浮かべる。ベネスス卿は相変わらず腕を組んだまま。


「エリシア、いいのか……!?」

「ロダン町長、これは私の問題です。彼らのことも、ヴェノスを助けたことも、すべて私自身に関係しています。わがまま言って申し訳ありませんが、責任を取らせてください」

「……っ」

「町長の力を借りるまでもありません。ルーアンのひとりとして、町をお守りしますよ」

「……承知した。だが、決して死ぬような真似だけはするな――!」


 瞬間、町長に光る魔弾が直撃する。フォングラードの仕業か。


「……おやおや、幻影イリュージョンの術式でしたか。あなたのとこの長は、随分と臆病者なんですねぇ」


 つまり今のは残像で、遠隔で会話していたのか。よくわからないが、無事なようでよかったよかっ――。


「……あれっ」


 えっ、ちょ、俺は!? 放置ですか! 放置プレイですかこれ! スリルどころの騒ぎじゃないですよこれ!

 みんな町の奥へ行っちゃったよ……。なにこれ、俺、人質みたいになってる。


「まぁいいでしょう。あなたの首なら人間千人よりも遥かに価値がある」


 だが、スレイバルとの決着はついていなかった。青い炎を噴き出した蒸気で払拭するも、半壊しかけた身体では上手く巨体を支えることは困難なようだった。


『あ?』とスレイバルはレンズの眼球をキュルキュル動かしては眉を潜めた。


『ああ……そぉだったな。テメェんとこの親父には昔いろいろと世話になったからなぁ。その礼をたっぷり返さねぇと』


 フシュウ、と節目から漏れ出る排気音。ボォォォォオ! と喉奥から発せられる重低音の叫喚。デスボイスを俺は連想した。蒸気の熱波と轟音の振動がこちらにまで伝わってくる。


 地を抉り、ガタガタの巨大な機体を砲弾のようにエリシアさん……と磔られている俺の方へ射出した。歯車だらけの大口が目の前にまで来――。


「"憤華(Valius)"」


 再び起きた青い爆炎が顔を掠る。噴火のような火柱が地面よりスレイバルを突き上げ、粉砕させた。飛空艇の部品の片鱗が俺の身体や頭にパラパラとぶつかってくる。


「うぉおおおおお! うほぉおおおおああああ!」


 死ぬかと思った! マジで死んだかと思った! これまでにないぐらい叫んでしまった!


「礼などいらん。牢獄帰りの土産にその青く燃えた花を貰っていけ。遠慮なくな」


 地面に落ち、転がったパイプが目立つ頭部の残骸からスレイバルの声が聞こえてくる。


『ハッ、かっこつけたこと言いやがって。テメェの親父同様、皮ごとひん剥きてぇぐれぇ、に――ナま――いキ、な――ガ、キ……ダ……Z――』


 上から落下してきた発声機関らしいパイプ機器すら燃え尽き、スレイバルは消失した。


「……」

 唖然するほどの強さ。ただ「すげぇ」と呟くことしかできなかった。


「成程、こっそり術式の準備をしていた、というわけですか」

「……長話が過ぎたからだぞ、フォングラード」

「はいはい、申し訳ありませぬ、ベネスス卿」


 フォングラードは杖をトン、と地面へ叩き、足元に魔法陣――というよりは立体投影に近い数々の電子図に似た陣を展開させる。


「次こそ、魂ごと浄化させてやる」


 エリシアさんは手を振りかざし、風音が鮮明に聞こえる程の陣風を巻き起こす。フォングラードがかざした杖から金属音に似た鋭い音が聞こえたので、今の陣風自体が斬撃だと把握した。


「――"蒼焔(Alominence)"!」


 瞬時、エリシアさんは右腕を構え、手のひらから展開された魔法陣から稲妻を纏った極太の蒼い熱線が放出された。こちらにまで悪寒が走るほどの力。


 当然、それはふたりを呑み込み、町をも巻き込む。町破壊しているけど大丈夫だろうか……と思ったが、それもつかの間、町や地面は一切損壊していないことに気づいた。


「――成程、人魂を蒸発させ、邪な肉体か我々魔族(オストロノムス)にしかない因子を細胞ごと破砕する浄化術ですか。あなたも可愛い顔して恐ろしいことをする」

「っ!? 効いてない……っ」


 今の完全に決まってたよな。説明しながらフォングラードが平然とした顔で蒼い炎から出てきたのだが。

 エリシアさんの表情から察するに一撃必殺技のようだったけど、これで駄目だったら結構マズいんじゃ……。


「以前の私と一緒にしないでほしいですね。こんなあくびが出そうな生ぬるい町でご隠居されたあなたと違い、我々は変わったのですから」


 やっぱり強いのかあの胡散臭い男。口だけじゃなかったか。

 これは……俺のせいでもあるよな。さっきの気持ちの悪い感情のことも気になるけど、この状況を前に焦りを感じずにはいられない。


「我等魔族……『オストロノムス』は新しき王の即位と共に徐々に力をつけ始めています。近い内、再び我等の時代となるでしょう。とはいえ、こちらの邪魔をしない限りは、無駄に襲うつもりもありません。先手必勝の人間族ヘレクトスと違ってね」


 目を疑った。


 パッと目の前に出現したベネススが繰り出した薙ぎ蹴り。

 蒼炎の魔防壁すら打ち破り、エリシアさんの腹部をめり込ませ、民家へと飛ばす。何軒の家の壁を貫通したのだろうか。エリシアさんの姿はここからでは見えない。


「おい嘘だろ」


 これは普通、人間は死ぬ。そう思っていたつかの間、民家の風穴から砂埃を払拭させたとともに、負傷したエリシアさんが魔晄をまといながらレーザーの如くベネススに魔法杖の一撃を放つ。


「なっ――!?」

「大賢者だというのに、単純だな」


 しかし魔法は発動せず、杖も受け止められては握力で粉砕される。握り潰したその拳で、頭部を地面へと殴りつけた。地面がめり込むほどの衝撃波がこちらにビリビリと通じるが、聞きたくもない音と彼女の悲鳴に俺は思わず目をつぶってしまう。


「あっははは、無様ですねぇ王女様。そんなところで寝られては、風邪を引きますよ?」


 それらを観客として見るように、手を叩きながら笑うフォングラード。それを下らなさそうに一瞥したベネススは足元で蹲るエリシアをもう一度、蹴り飛ばした。

 彼女の軽い身体はボールのように飛び、俺が磔られている十字架の根に激突した。その衝撃が振動として身体に伝わり、後から蹴りによる突風が吹き付けてくる。


「――うがっ、ぁ……ごふ……っ」

「っ! おい! 大丈夫かよ! おい――」


 さくん、と気持ちのいい音が俺の胸から聞こえた。


 視線の下の、薪の上で意識を失いかけているエリシアさんを見ていたはずだったが、目の前には銀色の剣があり、それが俺の鳩尾みぞおちを突き刺していた。


 背中まで貫通している感覚があるけど……どうしよう、叫べないほど痛い。息ができないほど痛い。把握できていないほど痛い。


「時間をかける程のことでもない。遊びが過ぎる」


 あまりの切れ味に生々しい音さえ聞こえない。剣を抜いたベネススは、フォングラードに言う。


「蒼炎の賢者ごと、この出来損ないを始末しろ」

「……っ」

「あらあら、もうおしまいですか」

「戯言を抜かすな。これは貴様の好きな趣味の悪いショーでもなんでもない」

「趣味が悪いとは失敬な。しかし出来損ないとはいえ、亡王の息子を屠っちゃっいましたね。大丈夫ですか?」

「既に隠蔽された問題児だ。いようがいなかろうが変わりない」

「おやおや、なんて辛辣な。ま、事は早めに終わらせるに越したことはありませんし、いいでしょう」


 地面が黒紫色に発光し始める。なんとも悍ましい色だった。

 エリシアさんの声が微かに聞こえる。聞き取れなかったが、悔しそうな声だった。


「あ、すいません。蒼炎の賢者の首を取ってからでいいですかね」

「手柄と報酬を考えるようなら無駄なことだ」

「確証は必須ですよ。ささ、ベネスス卿、サクッと獲ってくださいな」


 ……。


 なんだろうか、痛すぎて逆に心地いい。意識は朦朧としているが、このボーっとしてくる感覚はどこかで体感したことある。怪我とかではない、もっと日常的な感覚。

 いや、それは初めの方。だんだんと、眠たくなるというよりは、意識が遠ざかり駆ける感覚。これが死なのかと思わせる意識の薄れを、辛うじて感じ取っている。

 それと同時に、この身体に宿る俺の魂に、何かの意思が取り囲み、補強されるような……としか例えられない不思議な抱擁感。なにかが俺の頭の中に流れ込んでくる。その量は、考えることの苦手な俺にとって、膨大だった。


 それと同時に、苦しいけど、元気になる矛盾。テンションは高くないけど、体中が燃え滾っている。死の淵から這い上がるようとも、一度枯渇した湖から水が再び湧き出すようともいえる。


 嗚呼、頭がなんかすっきりしてきた。突っかかっていた何かが、滑らかになったような――!


「――っ! "爆ぜよ(eL Balf)"!」


 目の前が赤黒い爆発で覆われる。唱えたのはフォングラード。俺の胸部の刺し傷から伝達して心臓に爆撃魔法を発動させたのか。


 あれ、なんでそういうことがわかるんだ。なんでこんなに意識が鮮明なんだ。

 いや、それも今さっき理解した。死ぬという選択の意味も、魔王家と関わる魔族の元に行ってはいけない理由も、把握した。


 ――これで、やっと"完成"したんだ。


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