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エピローグ 神様のフラスコ

 どこまでも続く雲海の隙間から顔を覗かせる、翠の丘に黄金色の花畑。

 空は青一色と簡単に表現できるものではなく、底の見えない闇とも、海の如き寛容な藍でもなければ、凛と涼む澄んだ青とも言い難い宙だ。


 草をかき分け、土から染み出てくるのは水の泡沫。空へ宙へとふわふわ浮いては、ぱしゃんと消える。シャボン玉のような泡沫に映るものは、おぼろげなもの。だが、そこに一つの世界がある。地から世界が生み出され、空へと浮いては終わりを迎える泡沫の数々。


 そんな丘に唯一聳える、一本の木。林檎の成る新緑の葉を生やしたその木の根元に、腰を下ろす老人が一人。そよぐ風に身をゆだね、空に奏でる草の音に耳を傾ければなんと心地の良いことか。だが、老人は黒衣の袖から弱弱しい、枯れ木のような手を出しては長く白い顎鬚をさする。


「やはり、この世界では上手くいかなかったようじゃの。想定外の飛び込んだ魂では、欠落や不安定さがあったか」


 輪廻の蛇。繰り返される魂水の環。その自然循環から外れたものが入りこめば、何かしらの支障をきたすリスクが高い。今回は感情や精神に歪や脆弱性が見受けられた。

 あてにした私が馬鹿だった、と神は目の前の泡沫を指で突き、ぱしゃんと潰す。


「失敗した世界は……ちゃんと後処理しておかなければな」


 革命は起こせた。だが、神の望むものは得られなかった。細い指でもうひとつの泡沫を割ろうとするも、はた思いついたようにぴたりと止める。


「ちと惜しいが、この何も変わらなかった世界をなかったことに……いや、まだ使い道はあるだろう。あの生き残った大賢者にも可能性はある。もうしばらく様子を見るか」


 指ではなく、手のひらでやさしく押し出しては、奥の雲海へと漂っていく。


 この泡沫は神にとってフラスコの中の世界。世界フラスコから世界フラスコへ渡る魂は、世界に革命を引き起こす触媒か、または阻害物質か。メルスト・ヘルメスという一人の人間も、神の実験の一環に過ぎなかった。

 ふとため息をつき、老人はどこまでも続く空を見眺める。


「運命をどう変えようとも、私自身を変えることができないなんてな……憎いものだ」


 しかし、と何か思いついたような声を上げる。


「失敗はしたが、他の魂を使役させるのはいいもんだ。私も手が空いていないから、ちょうどいい」


 異世界でも、この世界でも、魂をあの魔王の肉体に埋め込めれば。そう頭を過らせる。


「残念なのは、あの肉体と適合する魂がそうないことじゃな。しかしあの若き魂を元の世界に送り返すのも無駄なこと……仕方あるまい」


 地面から水の膜が膨らみ上がり、ひとつの泡が浮かびあがる。そこに映るのは青と緑が天地に分かつ一つの世界。老人は目の前にそれを引き付ける。


「並行する第二の世界。予め備えておいてよかったわい」


 過去の一点の事実が異なる――条件の異なった世界は先の時代と人の成り行きを大きく変える。


 さぁ、この世界の歴史は現世にどう伝わるか。この世界の未来は現世にどのような夢を見せるか。

 条件は変えた。因子も変えた。結果は変わるはずだ。

 もう一度、始めるとしよう。


「さぁ、私の代わりに世界とわたしを変えておいで。――異世界の死した迷い魂よ」


これにて完結です!ありがとうございました!

この物語に関するお礼とあとがきは9/30投稿予定の活動報告『「賢者の町の神理創帥アルケミスト~出来損ないの革命譚~」完結しました』より記載します。


尚、こちらの続編として(作者のなかで)扱われている作品が現在連載中の「双黒のアルケミスト」となります。こちらはハッピーエンドの傾向が強いです。

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