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12.出来損ないの革命

 アコードの勇者がなんで……?

 まるで狙ってきたように、この場に現れた。

「黒い髪に黒い瞳……やはり、報告通りか」

「……?」つぶやいた声が、こちらに届く。


「いや、こっちの話だ。何はともあれ、君のおかげで魔王にトドメを刺すことができた」

 振り返る。刺されても尚、立ち続けているアルステラ。敵だったはずなのに、心が締め付けられる。この肉体の実の妹だった彼女。その名を言い出そうとも、声が出なかった。その躊躇いの間、彼女は崩れるように、雪の被った結晶銅像の下へと身を倒す。閉じていく綺麗な瞼の隙間に見えた黒い瞳も、煌めきはすでになく、濁っていた。音沙汰もなく、静かに、彼女は眠っていった。

 いともあっけない。あっけなさ過ぎて、今、どんな感情になればいいのかもわからない。

 まるで散らかった物を片付けてやることを終えたような、澄ました表情で、リゼルは気軽に話しかける。


「今、この国はアコード王国の聖騎士団が制圧した。圧倒的な技術力を前に私たちの侵攻は極めて困難だったが……君の行いは私たちに多大な貢献をしてくれた。感謝するよ」

「……せいあつ……?」

「何を驚いている。君は魔国を半分以上制圧した。それだけでもう、英雄だよ。ご苦労さん」

 思えば、俺は魔王軍の大半を消したんだ。それがアコードの助太刀になるなんて……。

 そうだ、これで……勇者側が勝ったのか。戦力も大幅に削った。魔国はアコードの領土になるのかもしれない。

「……」

 だが、アルステラの言った通り、一番の敵はこのアコード王国なんだと。そう思ったときだった。


「しかし、英雄の名が歴史に残るのは、勇者の名だがな」

「――ごふぁッ!?」

 防いだ。俺は確かに勇者の一撃を防いだ。だが、すべて無駄だった。護ったはずの腕は失わずとも大胆に傷を刻み、剣圧が身を深く抉っては吹き飛ばした。冷たい地面に右腕からぶつかる。起き上がろうとも、無詠唱術式をかけられたのか、再生できない。それどころか……壊死し始めている。

 やっぱり浄化の力があるか……魔族には堪える。


「生憎だが、君からも魔族の匂いを感じる。それも、そこの魔王と同じ匂いがな」

 畜生が、と痛々しく斬れた腕を見る。さっきから勇者のくせに偉そうなんだよ、エリシアさんを見習え……いや、あの人も少し高圧的だったな。

「だから……始末するってか?」起き上がりつつ、リゼルを強く見る。

「そういうことだ。悪く思うなよ」

 切っ先を首に突かれ、肌に沈みこんだときだった。


「待て」

 リゼルの背後から、ひとりの老人がゆっくりと歩み来る。いや、老人という表現は正しくないかもしれない。老境の域でありながらも、その姿は覇を纏っている。それはさながら、英雄として世界を救っただけの語らぬ気迫。素人の俺でも感じ取れた。

 危険だと頭のなかで警鐘している。記憶のみならず、身体で覚えている。

 そうか、こいつが俺を処刑させた……元勇者のラザードか。


「この男が、甦った魔王……ヴェノスか」

 ……はは。龍でも脅えるよ、その殺気と憎悪が溢れる目は。

 その歳でこれだけの覇気があるなんて、さすが元勇者をやっていただけあるか。

「ええ、父上」

「なるほどな……随分と若返っている。本当に蘇るとは驚いたな。私のことは覚えているか」

「残念な限りですが、彼の中身は既に別人です」

「そうか……だとすれば、屠られることに理不尽を感じるだろうな。だが……許せ、青年よ」

 その言葉が合図なのか、リゼルは剣を振りかぶる。


「では兄妹そろって、仲良く眠ると良い」

 逃げねぇと。脱力していた体を力ませ、その場から離れたときだった。

 発火したように法式陣がボッと現れ、そこから青い噴煙がその場の全員を吹き飛ばした。夕刻を迎える前の澄んだ空に、蒼炎が穿つ。


 この炎は――いや、どうして……!?

「メルッ! 生きてるか!」

「エリシア、さん……?」

 蒼炎から現れた、憧れの人。青い絹で編まれた、神官のような服装――いつも見る彼女の姿が、そこにはあった。やっぱりこの人は、お人好しだ。何やってんだと怒鳴りたいけども、正直……嬉しかった。

「このバカ! 本当に無茶して……」

 心の底から怒られた気がする。それと裏腹に、心配そうな目を向けられ、俺は少しだけ笑みがこぼれた。


「ひさしぶりに会ったのに、挨拶もなしか」

「……」

 皮肉めいた声色で、リゼルは剣をしまう。だが、その手は柄に触れたままだ。なにも答えず、俺をかばうようにエリシアさんは前に出る。

「本当に変わったな、おまえは。けどもういいだろう。こっちのやることに不満をもって、独立して町を作るのは別に構わないが、さすがにこの男を引き受けることは見過ごすわけにはいかない」

「悪いが、私たちには……いや、世界に必要なんだ。メルストという人間が」

「その男がヴェノスだということは分かっているだろ。それでも、私たちではなく……その男に賭けるのか」

 そう言ったのはラザード王。重々しい言葉に、俺だったら何も言えなかっただろう。だが、エリシアさんは強かった。

「悪いが、そのつもりだ。彼は、アコードを変えてくれる」

 どうして彼女はここまで……。

「エリシア……おまえはまだ、ヴェノスに毒されているのか。あいつは確かに、一度アコードに来てはおまえの病を治してくれた。だが、それは多くの犠牲の上で――」

「ヴェノスではない。メルスト自身の話をしているんだ」

「それでもだ! シザーを殺し、この魔国を圧倒させた力は見逃すことはできない。あいつの天性は……事実蘇ったこいつは、おまえの手に負える代物ではないのだ」


「――その王の言う通りだ」

 神出鬼没、と言っていいだろう。魔王が倒れた像の傍から、声の主が現れる。

 精巧な装飾と模様が刻まれた、威風堂々とした騎士の姿。その胴には竜神グランディウスの紋様。以前、ルーアンの町で襲い掛かってきた黒煌の騎士だ。


「おまえ――っ、あの時の!」

 なんで――いや、魔族と関わりがあったか。それか……ヴェノスと関わりがあるか。

「神から世界を救えと告がれ、力を継がれたようだが……もう、十分に楽しめただろう」

 その鎧から壮年の男の声が聞こえる。声を聴いたのは初めてだ。そもそも、しゃべれたのか。

 騎士の首元に聖剣が置かれる。こちらまで伝わる、異様でおぞましい気はリゼルから発していた。

「誰だ貴様は。魔族か?」

「……違う。だが、魔族の或る神の名を授けられた。……グランディウス、それがヴェノスから授かった名前だ」

 すっと、リゼルの腹部に手を添えた時、無数の穴が鎧を貫通する。まさにハチの巣。機関銃が放たれたような音がしたと思えば、勇者リゼルの身体は広場端の結晶岩へと吹き飛んだ。十字架に磔にされたような姿勢のまま血を流す様は、湧き水を流す小さな滝のようだ。


「うぐ……あ、あぁ……きさ、ま……!」

「――!? リゼル兄さん……!?」

「リゼル! 馬鹿な、リゼルが……」

 王の信じられないような嘆き。そりゃあ、そうだろう。勇者は女神などの神々から加護を受けている、世界に選ばれた者。魔王と並ぶ神に近い存在――だった。

 シュゥウ――と添えていた右腕から蒸気を吹き出す。だが、どう見ても蒸気機関で為せるものではない。放熱行為だろうか。だが、身体の壊死は治まったようだ。勇者の術式が解けた。


「魔王は死んだか……」

 足元に横たわっているヴェノスの妹。グランディウスの表情は鎧越しでは見えなくとも、淡々と無機的だった声に僅かな感情が含まれていたような気がした。

「ヴェノスから授かったって……おまえは何なんだよ」

 しかし、その質問には答えてくれない。


「世を救うのは勇者でも英雄でもない。錬金術師の父――ヴェノスの生み出した子である余が、その意志を受け継いだのだ。その身体を使いこなせていない以上、おまえではなく、その身体に宿っていたヴェノスの魂の一部を引き出す他ない」

 ブラードの言っていたことは、あながち間違いではなかったってことか。

 ホムンクルス。そう考えれば、ヴェノスを慕っているように聞こえるのも納得いく。

「主ヴェノス。あなたの計画はまだ続いている。こんなどこぞの馬の骨に体を奪われている場合か」

 ドグン、と心臓から嫌な音がしたような気がした――途端、脳と心臓が握り潰されるような衝動に駆られる。気のせいではない。実際に潰されたのだ。致命的に至るまで傷つけること。それがヴェノスを呼び出すトリガーだと気づく。

「あぐぁ……っ、ぅぎ……この野郎……!」

「っ、メル! まさか――ッ!」

 杖を構え、術式を展開する光を発する。

「もう遅い」


 じわり、と指先から手、腕、体……そして顔に渡って麻痺が侵攻する。凍り付いたように冷たくなり、そして石にでもなるかのように、動かなくなる。

 俺の身体の支配権は、奪われた。

「おぅ……え、はぁ……はぁ……ああ、あぁあ……ははは、ラザァァァドォ……会いたかったぞ」

 今まで出したことのない声色から、さぞ狂気的な笑みを浮かべていることだろう。広がった視界で、目を見開いているのがわかる。

 どうする。魔王と同格の勇者も意識がない様に見える。このままじゃ現状維持よりも悪い事態が起きるかもしれない。


「ヴェノス……」

「すまないな、あの日の約束は覚えてはいるが、まだちゃんとした酒を用意してないんだ。今この場ででも良いなら……すぐにでも創れるが、どうだ?」

 手のひらから漏れ出る澄んだ水……いや、醸造された酒。酒までも創成できるだなんて初めて知った。

 それを訝しげに見る王は、結晶石がいくつも組み込まれた大杖を抜き、術式剣へと変形させる。「そうか、要らぬか」と残念そうに言っては、手からあふれる酒を蒸発させる。

「あのときは確か……敗けて、インセルに連れてこられたんだったか。ラザード……教えてやろう。王が革命される瞬間がどのようなものか」


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