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11.ヴェノス・α・メルクリウスという男

「ッ!? どういうこと……?」

 アルステラも思わず口にする。ボコボコと無数の泡と張り巡らされる緻密な管と共に形成される両腕を見て、自身の肉体が急激な回復を遂げているのだとやっと気づいた。

 まるでマシンにでも搭乗している気分だ。感覚は視覚と聴覚だけ。俺の口から気怠そうに咳払いする声がする。

 誰だ……俺の身体から今の声を出したのは。


「――っ!? まさか」

「アルステラ……お前の不本意とはいえ、私を呼び起こしてくれたこと、誠に感謝する」

「その口調は……っ、兄様の魂は消滅したはずじゃ――」

「心というものは不思議なものだ……心は脳にしか生かされぬわけではない。臓器、血液、細胞……この身体のひとつひとつすべてに心というものが存在している。魂がなかろうと、この身が滅びぬ限り。この身がなかろうとも魂が滅びぬ限り。私の存在は証明される」

 マジかよ……もうひとりのヴェノスがこの身体を乗っ取ったってことか。

 いや、俺から奪い返したのか。


「っ、もう遅いのよ、何もかも――」

 余裕の表情は消え、歯を食いしばったアルステラの腕から繰り出される大量の魔法陣。妖しい光陣に埋め尽くされ、光の壁にもなったかのような。そこから噴き出したガスに交じり、無数の光線がこちらへと放たれる。前方だけじゃない。後ろからもだ。

 だが、勝手に動く俺の身体は全身からプラズマを発する。直進で向かってくるはずの光線の軌道はデタラメになり、俺の周囲で爆散した。

 そして、右手から創り出した核融合熱の塊――矮小極まりない太陽を生み、アルステラの前へ――。


「それは天王術式の――!? お父様が使っていた術式に――」

「似ているが、原理が違う」

 放爆。この曇天を払拭させんとする超新星爆発。同時にそこから生じた超重力矮小天体ミニブラックホール。アルステラがその重力に引き込まれそうになる寸前、すぐさま俺の身体は無限エネルギーでその天体を蒸発させる。


「……確か、術式に必要な力を不安定にさせるには、重力を強くすると良いと、前に言っていたな」

 問いかけるような、いや、独り言か。だが、語り掛けるような言葉を口にしたときには、俺の視界はアルステラの真後ろにあった。この身体の言う通り、術式が完全に解除されていた彼女に俺の手が触れる。

 途端、光が散る。エネルギーで吹き飛ばしたのか? それとも、分解して余ったエネルギーが光として散ったか。


「はぐ……ぁ……!」

 遠くに転がっていた魔王の致命的な姿を目にする。今まで俺がやってきたような分解でもない。能力の調整コントロールができている。


「全く……要領が悪い。どこぞの馬の骨の魂では荷が重すぎたか」

 うるせぇよ……こっちはこっちなりにいろいろ頑張ってきたんだから文句言われる筋合いはないだろ。

 ……聞こえてないみたいだな。


「アルステラ。私を最後まで信じれば、アコードと対立することも、支配するだのされるだの口にする世界は生まれなかったというのに。残念に思うよ」

 ゆっくりと近づく。

「……まだふざけたことを……! 錬金術に蝕まれた兄様なんて、もう私は――」

「錬金術ではない、それを超越したものだ。たかが人間の王にも、人の精神で祀り立てられたような神にも縛られる必要はない。この科学が実現すれば、今の世界は変わることができる。変えられる……やっと、救えるのだ」

 解放されたような、快い声。この身体は人のために為そうとしている。それでいながら、どこか狂気を感じる。それは、アルステラの目を窺っても分かることだった。正しいつもりだろうと……こいつは、やっぱりおかしいのだと。


「何を言っているのよ……その科学とやらで救わなかったものの方が多いじゃない……! 国内どころか――がはっ、他の国にも裏で被害を出して……質が悪いのは、貴方を慕う協力者もいたこと――ぅぐ……!」

 なるほど、とオレの口から呟いた。なにかを察したようで、残念そうな声だった。

「そいつらを始末した(・・・・)のは、この際水に流そう。もう一度、この身体で革命を起こす。一度死んだことで、本物の神が述べた理論さだめを知ったんだ。やはり私は間違ってなかったと。生前、頭の中で騒いでいた声は神の声だったんだと……!」


 神の声に、こいつは答えようとしていたのか…………神……? いや、まさかな。

 だが、このままでいいわけがない。まさか肉体――遺伝子なのか脳の信号なのかはわからないが、そこからヴェノスが復活するだなんて聞いてねぇぞ。

「アルステラ……救えない命が多かったのは、半分は私の実力不足だった。必要以上に無駄にしてしまったのは申し訳なく思っている。だが、今度こそ……それ以上の命を救う。おまえたちが戦争や病、老いで失ってきた骸を墓ではなく、礎にできるのだ。その死を意味あるものに為すことができるのだ」

「絵空事ね……綺麗事もいいところよ」

「理解されないことは分かっている。何せ……崇める神を殺し、これまでの歴史をゼロにすること、そして勇者と魔王の血筋を断つことが第一の条件だからな……」


 ――!? よくわからねぇけど、マズそうなのはよくわかった。理想郷とはいえ、こいつの思い通りの世界に作り替えられるってことか。


「……っ、メルスト! その中にいるんでしょう! 返事をなさい!」

 ……っ!

 悔しそうに堪えた表情で、彼女は叫ぶ。ここまで必死に呼びかけるだけ、こいつは危険なのか。思想だけではなく、チート級の力まで得てしまったら、太刀打ちもできない。現に、先程の一瞬で逆転できたのだ。


「メルスト・ヘルメス! 目を覚ましなさい! このまま身体を支配されてはならない!」

 んなこと言われなくても、もういろいろ頑張ってるっつーの!

 顔は出ていても、底なし沼に溺れかけているようだ。少しでも気を抜けば、飲み込まれて、俺という魂は死んでしまう。


「――っ、おまえ、何をした……!」

 足元には法式陣。アルステラの無詠唱術式か。

 ふと、身体が軽くなった気がした。沼が浄化され、濁っているも泳ぎやすい池になったような。少しずつ、手足に感覚が戻ってくる。

「どれだけ物質を司ることができても、精神的なものには対抗しようがない。そう思っただけよ」

 もがき、必死に陸へと手をつく。冷え切って動かなくなった足を無理矢理動かし、ぬかるんだ土に足を踏み出す。

「あぁああ……貴様ッ、こんなことで私が……わたし、が――俺がくたばるわけねぇだろうが!」

 全身に感覚が戻る。突然感じた重力に足がふらつくも、体勢を整える。

「なんだよ畜生……勝手に出てきやがって。卒業したくせに練習見に来る部活のOBみたいなことするんじゃねぇぞ」

 ともあれ、魔王の助けがなかったら、出てこれなかった。はたと彼女を見ると、また余裕そうな、しかし疲労が被った笑みを見せていた。


「戻ってこれるだけの精神力はあるみたいね」

「ああくっそ……はぁ……そうだな、ありがとう」

「本当の兄様よりリスクが小さいだけよ。仕方なく、ね」

 ま……そうだよな。

 気持ちを切り替え、俺は何もなかったように、意識朦朧としたアルステラに話しかける。

「んで、これ以上殴ったら死にそうだからここまでにするけど、どうする? 降伏、というか、もうアコードに終戦宣言するか?」

 無理に立ち上がったアルステラ。何事かと思ったが、そのふらつきさえも妖艶といえる――が、不気味だ。くすくすと笑みを絶やさない。本当に兄弟そろって、おかしい人たちだ。何を企んでいる。


「……なんで笑ってるんだよ」

「いえ……なんでもないわ。もう、ぜんぶ終わるから……一言だけ、いいかしら」

 しかし目は……真剣だった。狂ったような笑みをしていても、その真っ黒な瞳は、真摯に俺を見つめていた。何かを伝えたい、そんな目だ。

「ぜんぶ終わるって……何をそんな、別に俺は命奪う気もこの国を亡ぼす気もねぇぞ」

 いいから聞きなさい、とやさしい声で一息を吐く。どこか、焦っているような、そんな気がする。

「ヴェノス兄様、いえ、メルスト。せめて、アコードからこの国を――」


 風。背後から空をかき分け、突き刺さった剣。それは、いとも簡単にアルステラの胸を貫いた。

「――!!?」

 すぐさま振り返る。あまりにも小さく見えた姿。まさかあいつが……? そう思ったとき、その人間の手から光り、神聖さを感じさせる両手剣を召喚させる。

「……なんだ?」

 軽装的な、あまり見かけないという意味で、変わった鎧、それと外套。しかし……この異様なオーラはなんだ。神聖的ともいえる彼はこちらへと近づいてくる。

「助かったよ。メルスト君、だったかな」

「おまえは――?」

 悠然と歩く青年。蒼い髪越しにのぞかせる真っ赤な瞳を、こちらへと向けた。

「初めまして。勇者のリゼル・クレマチス、といえば分かるだろう。蒼炎の大賢者(エリシア)の兄だ」

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