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9.魔国オストロノーム

「くそ、ここまでしか思い出せねぇ」

 記憶の中にあった、魔国への入口。アコード王国とは巨大な山脈の隔たりが国境となっている。標高があまりにも高いのか、一面冷たい銀の景色が広がっている。

「この先か……」

 見上げんばかりに聳え立つ、巨壁。触らなくとも冷たいと思うほどまでに感じる鉛色。ここをぶち破って穴を開けたい気分だが、この壁の先がどうなっているのか確かめるのが先だ。様子を見ようと、壁の上まで転移する。


 転移という名の瞬間移動を使う術式ではなく、時空を無視しての転移。術式や人を通さない魔国の国境でも、俺は障壁の裏側――内国に入ることができた。

「うぉえ……何度やっても酔う」


 時空移動の反動で嘔吐、とまでいかないが、立ち眩みする。

 ふらついている場合ではない。とにかく魔王の下へ急ごう、と顔を上げる。


 すると。

 眼前の風景に、目を奪われた。

 鈍色の空から延々と降り続く白い雪。霧深いような世界。眼下には鋭利に差し込むぼやけた光がこちらにまで届いている。それも、無数に等しい。

 この真っ白な天地とは相反し、その境目には、大小さまざまなビル群が、作り込まれた積み木のように丁寧に並べられている。どこかシャーペンと思わせるような小さく見える白金の尖塔や、丸みを持った銀色の塔、黒曜石から切り取られたように黒く輝く窓のない造形物……色は分かるも、そのどれもが白銀をきらきらと反射している。

 遠くにレゴブロックを適当に繋げて組み立てたような鋼鉄の浮遊船が整然と漂っている。

 寒々しく濁っているはずなのに。あくまで敵国のはずなのに。あんまりに眩しくて、その絶景に気を取られていた。


 息を呑んだ。

「本当に……ここ魔国かよ」

 まさに未来国。未知の金属や物質で造られたような見たことの無い有機質機械。生きているようで、無機的。

 こりゃあ確かに、発展してると言わざるを得ない。人間界に勝ち目がないと思わせるほどの壮大さだ。


 けど、俺から見ればぜんぶ同じだ。

「……中枢に入ってからが勝負か」

 最初からこうすればよかったのではないかと思うぐらい、今の自分に不安などなかった。

 さぁ、やるか。

 意を決し、虚空へと飛んだ。


     *


『相手は一人! さっさと仕留めんかァ!』

『ですが、相手は――』

『だからこそだ! メルスト・ヘルメスはなんとしてでもこの場で殺せェ!』


 相手は何万人――いや、「人」という単位でまとめていいのか。いずれも、結晶質の機械のような容貌だ。大きさも1mから10mまで様々。吹雪く鈍色の空を見上げれば、金属飛竜や何隻もの浮遊戦艦がこちらを見下している。

 魔国の中枢――魔王城という名の官邸は国土の中央にある上に国で最も大きく、山よりも高い塔が建てられている。多少距離があろうとも、実に分かりやすかった。


 押し寄せ、たった一人に無駄に群がる人間味の無い兵士。甲冑ではなく、機動力ある装甲を身に着けているが、刻まれた幾何学模様に沿って発光しているものは電気ではなく魔力によるものだろう。発展した機械と術式を折合わせた機動スーツ。

 視界は吹き荒れる白銀で埋め尽くされるが、都市ビル群から差す光が灯台のように己の位置を主張する。


 雪崩のように迫りくる、容赦のなさ。榴弾のように滑空する様は、兵というより兵器。

 それを無しとするにしても、俺にはどうも、彼らがただの物質にしか見えなくなっている。少し複雑で事細かに蠢いている化合物という歯車の集合体。ただでさえ見た目が機械っぽいというのに、中身まで機械にしか見えない。躊躇いがない。


 一挙手一投足、それが目の前を塵に変える手段となる。ただ、分解しているだけ。創造する腕で消し飛ばし、破壊する腕で確実に彼らの存在を別の物質へ変換する。

 そこに感情はない。どうしてと自問自答したいぐらいにまで。感情の欠落でもしているとしかいいようがないほどまで。

 繰り出される、電気的な術式、光弾、直接的な合金武器の接触。八方から水が押し寄せてくる錯覚さえ感じる。そこに爆風を送り付けるように、すべて捌き切る。消去。悲鳴など、聞こえない。


 ……キリがない。

 上空へ転移する。巨大な要塞ともいえる浮遊戦艦が吹雪く空に鎮座している。その周囲を護る巨大な邪竜と装甲巨兵。いずれも、魔王と国の為によくやっているよ。


「……デカすぎんだろ」

 けど、怖い気持ちは怖いほどまで皆無だった。目の前の大戦艦や巨兵に対して、どうってことないという異常な感覚が、俺を支配していた。

 質も量も、大きさも関係ない。全部壊せる。段々と、自分の中の何かが麻痺していく。それに対しての震えも、感じなくなっていた。


 自分から発した衝撃とともに、山のような巨大さを誇る浮遊戦艦の外壁へ転移。殴る訳でもなく、触れるだけ。それだけで、膨大な熱を発しながら塵へと消えるのだ。自分が探知される前に、それを繰り返す。1秒も経過していないだろう、氷空に浮かぶものなど何一つ存在していなかった。

 鈍重な質量が消え、莫大な熱が空から生み出される。吹雪は止んだが、天候は変わらない。より分厚い雲が形成されるだろう。その爆発的な熱に身を任せていたが、ふと、この脳の中で見覚えのある影を目にする。


 城というよりは、矮小惑星。人工的な球状要塞が依然と空に浮かんでいた。その真下はなだらかな成層火山。傾斜の鋭岩が龍の鱗のように並ぶ。

「あれだな……思い出した」

 魔王のいる――かつて自分が座っていた玉座の場所を思い出し、特定する。

 そこへ――転移ぶ。

 

 おそらく、俺は城内の壁を壊したのだろう。床に着地した時には、ダイナマイトで爆発させたような振動と共に、上から瓦礫や金属片が四方八方へと自分から離れていくように降り注いでいた。

 初めて訪れる場所だというのに、懐かしい。やけに広い玉座の間。ここは最高権力者が集い、会議を開く場所でもあり、式典を開く場所のひとつでもある。そして、親父ヘルゼウスとラザード王が決闘を繰り広げた場所。


 かつて父親が腰を下ろしていた玉座。そこにいるのは、実の妹。金と黒の袍服のような装いに、流れるような漆色のワイレンロング。俺と同じ、深淵を覗き込んだような黒い瞳。

 現魔王アルステラ・α(アルフォーナ)・メルクリウス。

 彼女が、そうだ。


「よぉ……兄妹」


今日の夜20時に、もう一話投稿する予定です。

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