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6.なにかいる ~異人種の方が直感が優れている法則~

 温暖期の前兆、つまりのところ最近ジメジメしてきた今日この頃。

 山岳地帯付近にあるこの町は大体湿ってはいるが、異世界ならではの特有な環境条件により異常な湿度を誇る日が少なからずある。一日でキッチンの隅っこに苔が生い茂り、一日寝たきりにでもなれば身体にキノコが生えると、信じられないけどなんかありそうな事例がこのルーアンの町にある。人呼んで"ルーアンの七不思議"である。


 逆に言えば、キノコが盛んであるということ。食用から毒薬まで、さまざまな種類の菌類が生息している。

 そんなわけで「そうだ、菌を育てよう」などと、それするぐらいなら金の錬成でもしろよと自分でも思っているが、興味あるがゆえにエリシアさんの家に泊まっては微生物を弄っている。


「メル、なに育ててるの……?」

「納豆菌と青カビ、あとひとつは何かよくわからない奴」


 フェミルは5枚ずつ積み重ね、幾つかのまとめたシャーレに敷かれた培地の表面をまじまじと見る。宅内でも帽子を被る癖は未だに治らない。今やっているのは、そのよくわからない微生物らしき何かのSシングルCセルIアイソレーション操作だ。ピンのように細い棒を用い、より純粋な特定の菌を繁殖させるための手順をやっている。シャーレ上の培地に菌の付いた棒先端を筆のようにサラサラとなぞりながら、話を続ける。


「たぶん、異世界……じゃなかった、ここのあたりでしかみられない変わった菌かも」

 よくわからない色鮮やかなそれは、粘菌以上に活発的で分裂増殖も速く、培地の色もその色一色に染まりつつある。大袈裟に例えるなら、今にもシャーレのふたを開けて脱出しかねないほどだ。本当に菌なのだろうかと疑ってしまう。そのためにSCIをしているんだけれども。

 ちなみにだが、物質分解するプラズマを俺の皮膚から発しており、俺の周囲の空間はほぼ無菌状態だ。それどころか気体分子も分解して単純安定な分子へと変換されていることだろう。


「……カビ育ててるんだ」

「ま、錬金ならぬ錬菌ってね。あの、そんな冷めた目で見ないで」

「アルケミストのくせに」

「気でも触れたかみたいな顔もしないの。これだって立派な研究だよ」

 フェミルの冷めたような目(もともとそんな目だが)をスルー。


 ガチャリ、とドアの開く音。戻ってきたみたいだ。

「ただいま」

「エリシアさん、おつかれ」

「……おかえり、先生」

「学校の方はどうでした?」

「ああ、今日も疲れたよ。それにしても困ったものだ」

「何かあったんすか」

「今日もメルストは来ないのかって生徒たちが不満を言っていてな。どうやら、私よりもメルの方がみんな好きなようだ」


 え、それマジですか、と言いかけた口をふさぐ。時々見に行っては一緒に参加していたときもあったが、なんだかんだ好かれてたのか。行けばよかった。

「そんなことないですよ。それにみんな先生のこと好きな上でそう言っているんですって」

「そうか、だといいがな」

 ソファに座り、軽い溜息をついた彼女。疲れたような、満足したような、それらが混ざったような息の吐き方だった。


「……はー」

「? なんかあったんすか」

「んー? いや、毎日のことだから気が付かなかったけど、やっぱりただいまって言ったときに、おかえりって言ってくれる人がいるといいよなぁって」

 ぴたりと俺の手の動きが止まる。横目で見る。視線を戻す。


 え……!? 何、今のプロポーズ!?

 遠回しだけど、軽く告ったよね今。妄想か。過剰な妄想なのかこれは。まぁエリシアさんだからね、狙っていったわけじゃないだろうけど。そもそもフェミルもいるし。いや、でもこのタイミングでこの一言は何かあっても――いや、何かをしても文句は言えないぞ。

 器具を置き、すっと俺は立ち上がった。さりげなく髪型を整え、小さく咳払い。


「……? どうした?」

「エリシアさん、今日いっしょに寝ませんがぼぉ!」

 視界が激しくぶれたと思ったときには壁にめり込んでいた。この横腹の痛さ、槍のフルスイングがクリティカルヒットしたか。さすがは大賢者の弟子、そういう察し力は人一倍敏感なようだと褒めてやりたいところだ。


「……」

 固まる大賢者に対し、フェミルはただ、黙って俺を見る。何の感情もないのが怖い。でも刺さなかっただけ大きな成長だ。頭撫でて褒めたいが、そんなことをすれば、今度こそ刺される。

「ごめん、調子に乗った。けど、せめて……なんか言って」

 また、家の修理をしないとな。


     *


 一緒に寝ることは撤回されたが、エリシアさんの家に泊まることはできた。居間で寝させてもらっている。

 しかし。

「……眠れないのか?」


 窓の外を見ていたとき。魔法のほのかな光に振り返った俺は、心配してきたエリシアさんに微笑みかける。

「まぁ、今日はちょっとですね。なんとなく」

「今日も、だろう。メディの薬は飲んでないのか?」

「飲んでも、体内なかで分解されるんですよ。効果が出ないほどまでに」

 毒も、薬も。俺の身体は、何を摂取しても意味をなさない。当然、酒で酔いもしない。


「……やっぱり、ここから見える空は綺麗ですね」

 山岳から見る大自然の夜空。この景色には見慣れてきてはいたが、ひとりきりになったとき、前世の記憶も蘇り、つい比較してしまっていた。

「あはは、メルの工房から見ても同じだろう」

「いや、こっちの方がより見えますよ。エリシアさんもいますし」

「そ、そういう冗談はよせ」

「割と本気で言ったんですけどね」

 ほんの少しの笑いに、エリシアさんもつられた。しん、と話に区切りがつく。


「エリシアさん……みんなの戦いって、いつになったら終わるんですか?」

 答えるのに躊躇ったのだろう。横にいた彼女は溜息の一つすらつかない。

「アコードと決着をつける日はそう遠くないはずだ。こっちも着々と準備を進めているが、その一方で思うようにいかない懸念点もある」

 インセル収容所のシザーを打ち倒したことで、引き金は引かれたはずだ。それなのに、未だ何も起きないのは逆に不安だった。お互いに警戒はし合っているのだろう。しかしそれが崩れるのは時間の問題。あちらから攻めてくる前に、こちらから行動せねばならなかった。


「ですけど……相手って、エリシアさんの……」

 家族。父は国王ラザード。兄は勇者リゼル。事実、この二人だけでも強敵だが、エリシアさんの血族である以上、なにかしらの思いは抱いているはずだ。しかし、家族を裂いてしまうほどの国政を父親は行っているのだろう。

「お互い、それなりの覚悟はしている。家族も大切だが、今後の未来や国民の将来の方を私は選んだ」

「そうですか……」

「そんな顔をするな。何も戦争みたいに殺し合いはしない。少しばかりの被害が出ることに変わりはないけど、魔族とアコードが戦争をしてしまう前に、終わらせる。王が変わるか、父が変われば、魔族との関係も変わってくるはずなんだ」


 つまりは、世界を巻き込む二国の対立に終止符を付けるためにルーアンがいる。様々な種族がひとつになった、この一軍が、未来の希望となるのだ。そう彼女は言う。

 ガチャリ、とうるさくドアが開く音。いつになく慌ただしく飛び出してきたのがフェミルだと、部屋が暗くてもわかった。


「どうしたフェミル?」

「先生、メル。外になにか……いる」

 真剣な声だった。

 俺もそれなりには気配を察知することができるが、フェミルはさらに上回る。ただならぬ気配の様で、すぐさま術式で鎧と槍を召喚装備した。


明日、同じ時間帯で更新します。

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