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4.過去に縛られた男 ~料理は心を通わすこともある~

 今まで気がつかなかった俺も鈍感であることは理解している。なぜ今まで把握してなかったのか、どうして疑問にすら思わなかったのか。だが今になってどうこう考えても仕方がない。もう過ぎてしまったことなのだから。

 とはいえ、さすがにこれはびっくりする。


「うっそ!? 先生って料理ド下手だったのかよ!」

「ヘタで悪かったな! 生まれてこの方上手くいった試しがないんだ」


 今までフェミルが料理をしてきていたので、まぁ大賢者に料理を作らせるのはアレなんだろうなとは思ってはいたが、ただ単に作れないという単純な理由があったとは、なぜ気が付かなかった俺。

「でも、最初に俺を助けてくれた時、めっちゃ美味い朝食出してたじゃないですか」

「あれはジェイクが私の為に作っておいたものだ。一食分しかなかったからメルに渡す他なかったんだ」

「……えーまじか」


 ていうことは、先生の手作りだと思って幸せな顔で食べてたあの朝食は、あの野郎の料理だったのかよ。うわー、俺の幸せを返せ。でもごちそうさまでした。

 しかし……このままでは問題なのは確実。たまたまフェミルがめずらしく出かけて、エリシアさんに昼飯を作ってもらうつもりがこんなことになるとは。目の前の焦げた料理の死んだような面々を見下ろす。


「あのさ、エリシアさん。俺が言うのも何ですけど、もういい年なんですし、料理の一つや二つは作れた方がいいと思いますよ。なんなら俺も協力しますし」

「い、いや、料理ぐらいなんとかなるはず。経験の数だけ上手くなるものだろう」

「……まぁ、夜な夜ななんかおぞましいもの作ってるところは何度か見てますけ――」

「うわああああ忘れろ! 見てしまったなら今すぐ忘れてくれ! しかもおぞましいものって言うな! れっきとした料理だ!」


 胸倉を両手で掴まれ、ガクンガクンと揺さぶられる。やっぱり隠れた努力のつもりだったか。

「ちょ、やめて先生! 俺の経験上だとあれは立派な炭素の塊です! 炭です!」

「はっきり言うなぁああ! 心が抉れる!」

 一応自覚はあるようなので、まだ救済の余地はあった。


「経験がものを言うにしても、独学のままじゃ何十年もかかりますって。エリシアさんだって、術式は誰かに教わって今に至るんでしょ。師がいなきゃ上手くなるものも上手くなりませんって」

 やっと解放してくれた。何のプライドがあってそこまで悔しそうなのかわからないが、そうだな、ともじもじしながら納得した。

「不甲斐ないけど……お願いするとしよう。そうだ、さっきジェイクの料理をおいしいといっていたな」

「はい、それがなにか……?」


     *


「「……」」

 十数分後、これ以上ないぐらいの気まずい空気がキッチンに充満していた。エプロンを着た俺とジェイクは何ともいえない顔でエリシアさんに説明を求めている。

 お互い仲が悪いが、このときだけは気持ちが一つだった。これはどういうことだ、と。


「なんで俺がこの男と……」

「せっかくの機会だ、料理を一緒に作って、いっしょに食べることでふたりの仲の悪さを解消すれば、一石二鳥、というわけ。私も料理について一つ賢くなるしな」

「マジですか」

「先生……俺は好き嫌いとかそういう問題じゃなくてな――」

「いや、ジェイクはメルのことをあまり分かっていない。思えばほとんど話し合ったことないじゃないか。関わらない限り、分かるものも分からない」

「いや、悪い。俺は帰るぜ、先生」

 エプロンを脱ぎ、せっせと帰ろうとするジェイク。ああそうそう、とエリシアさんが切り出す。


「昼頃にはフェミルが帰ってくるが、それでもおまえは帰るのか?」

「…………」

「ジェイク?」

 表情一つ変えることなく、再びエプロンを着ては料理道具を整え始めた。明らか、さきほどの嫌悪感は消えていた。

「おら、作るんだろ? 教えるから何を作りたいのか言ってくれよ」

「……まじか」

 引きつった俺の顔。対してエリシアさんの「やりぃ」といわんばかりのいたずらな笑み。上手くいってよかったですね。

 しかしジェイクという男。こいつもこいつで結構チョロイのかもしれない。


     *


 その場の食材を使うということで、ジェイクが教えたのは丸鳥のスパイス煮。肥えた肉を玉ねぎとスパイスで煮込むという何ともシンプルな料理だ。

「玉ねぎとスパイスでベースを作って煮込む料理ってのは、応用範囲が広い。他の食材で試してみるのもいいかもな」

 と言いながら、狐色になったすりおろし玉ねぎにおろしニンニクと胡椒、唐辛子を加える。手つきが料理やっている人だ。普通に女子力……なのかはわからないが、イクメン要素があって、うらやましい。

 その反面、料理知識が一般より少ない俺は俺でぶつ切りに切った竜肉と野菜、それと麦ライスを別々に炒めていた。なんともまぁ、シンプルだ。


「やっぱり上手いな、ジェイクは」

「言うほどじゃねぇさ。先生が異常なだけだ」

「あ、あっははは……人それぞれ得意不得意があるんだし」

「いや、あんたは不得意の領域でとどまらないレベルだ」

 苦笑してなんとか堪えているエリシアさんに対し、容赦のないジェイク。エリシアさんが可哀想な気もするが、生憎俺もジェイクと同意見だった。


「これを、こうで、こうだな」

「……」

 今のところ、エリシアさんはジェイクの言う通りにしているし、料理も工程通りだ。至って普通なのだが……どこで彼女は道を踏み外すのだろう。

 ジェイクの機嫌を伺いながら、黙々と炒める。


「そうだ、フェミルはたくさん食べるだろうし、少し買い出しに行ってくるよ。果物とか、あの娘好きだし」

 意訳すれば、ふたりで会話弾ませて仲良くしろ。俺が避けている姿勢がもうバレたか。

「いや、先生。あんたがやんなきゃ意味ねーだろ」

「帰ってから帰ってから」

 逃げるように家から出ていく様子に、流石のジェイクも察したようだが、こちらを見ることなく調理に戻った。先が思いやられる。いや、もうやられてる。メンタルやられてる。



 数分なのか、数十分なのか。時間経過の感覚麻痺に陥りそうになるほどの気まずい空気。何とも重々しい。関わる気がないのも、心苦しい話だ。

「なぁ、ジェイク……」

「あ? どうした」

 睨まれる。勇気出さなきゃよかった。

 しかし、最初から好感度ゼロなら、これ以上下がることはない……ゲームの話ならだけど。それでも、この状態だからこそ、ストレートに訊いても問題は然程ないはずだ。失うものはもうない。


「あまり聞きたくないだろうけど、俺が……じゃなくて、この身体を憎んでいる理由ってなんだ? 中身が変わっても存在ごと消したいと思うぐらい嫌いな訳を教えてほしいんだけど」

 だが沈黙。いや、考えている。堅い表情が紐解かれたような、そんな感じがした。

 煮込む音や炒める音だけがおいしそうに聞こえる中、ジェイクは気を抜くようにひとつ息をつく。

「……まぁ、テメェ自身には恨みなんてものはねぇ。それでも、その身体で俺が憧れていた人を穢されて、その手で得体のしれないバケモンに変えたと知れば、憎しみの一つや二つは出てくるだろ」


 ……え? と訊き返したかった。しかし、前からなんとなく似たようなことは予想していた。

 それでも、こう本人から直に聞くとなると……辛くなる。 

「だから、俺はおまえの肉体に憎悪を抱いているんだ」

 まだ詳しいことは分かっていない。キーワードを得た程度。だが、それ以上訊く気になれなかった。訊いてはいけない気がした。深入りはしない方が、思い出したくない彼の為にもなるだろう。既に、悲しそうな表情だった。

「悪いな、こんなどうしようもねぇ理不尽なこと言って」

 はじめて、こいつの申し訳なさそうな顔を見た。「いや、こっちこそ、訊いてしまって、ごめん」とつぶやいた。

「でも、やっぱり許せねぇんだ。おまえのことが。……すまねぇな」

 過去に彼が尊敬していた人物。それは、恩師なのか、それとも、恋人なのか。考えるだけ野望だろう。


「帰ったぞー、買うつもりがおすそわけでこんなに貰ってしまった……あ、取り込み中だったか?」

 そんな空気をすぐに察したのか、帰ってきたエリシアさんが息の詰まったような声を出す。

 先程の表情はすぐに消え、ジェイクは笑ってエリシアさんに目を向けた。

「いや、なんもねぇよ。そんじゃ、料理の復習だ。さっさとやるぞ」

 許さない、とは言ったが、今までよりはかなり彼に近づけた気がする。

 こういうことをさせてくれたエリシアさんに感謝しないと。そう俺は、料理に苦闘している彼女を見つめ続けていた。


     *


「なぁ先生……あんた才能あるよ」

 俺たちは感心していた。驚きあきれるほど、俺とジェイクは卓上に置いてあるエリシアさんの作った料理をまじまじと見下ろしていた。

「人に教えてもらってこんな未確認物質を創り出せるその理由を俺は知りたい。大賢者なりの独創的で天才的な、一般人の俺達には到底理解できない論理がある上で、このような新物質の開発を編み出すことができたんだよな? だけどこれは世間一般の料理だから、一般人の俺にも理解できるように説明をしてくれれば――」

「ごめんなさい! それただの炭です! なんの論理も理論もありません! これ以上やめて!」

「もうやめてあげなよ……」

 かわいそうに思えてきた。


「というか途中まで普通だったよな。え、なんの術式使ったの? 水加えてレモン果汁で味調整してセロリ入れて……煮込んだんだよな。煮てるのになんで炭になってんだよ」

 だが、そういう俺も容赦ない無垢な感想を独り言のように述べる。とうとう大賢者は床に崩れてしまった。メンタルブレイクだ。

「無理して一気に4品教えたのがダメだったか?」とジェイクは頭を掻く。脳容量的にはトップクラスのはずだが、俺もそこは疑問だ。術式しか頭に入らないのだろう。


「でもキノコと野菜サラダの盛り付けは綺麗ですよ、エリシアさん」

「いや失敗するはずないだろ流石にサラダは」

 あーこの、せっかく落ち込んだエリシアさんが明るくなったところをまた突き落としやがって、このゲス野郎!

「ま、まぁ、教えられて経験の繰り返し、ですよ。エリシアさんも前にそう言っていたじゃないですか」

「そ、そうだな……レシピもコツも教わったし、がんばる……うん」


 誰しも苦手はあるんだなぁ、とエリシアさんを立ち上がらせたときに、槍担当のハイエルフが後ろにいたことにびくりとしてしまう。毎度命を狙われている気がしてならない。

「いいにおいする……」

「うぉ! お、おかえり、フェミル」

「この料理って……なんでジェイクが?」

「フェミルちゃん、俺とこいつでこれ作ったんだ。いっしょに食おうぜ」

「……う、うん」

 若干引いたぞこいつ。そんなに苦手なのかジェイクのこと。

 だが、そんな微細な挙動にジェイクは気づかず、満面の笑みで応じた。


 まぁ、知らぬが仏だよな。そうお互いの心情に対し、なにも見ないふりを貫き通す。

 ちなみにだが、ジェイクの料理だけは誰もが――当然フェミルも予め認めていた美味さだと後に知るのであった。

 悔しいことに、また食いたいと思ったのはここだけの話にするとしよう。


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