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3.自己人体錬成 ~基礎から応用、そして自分のものへ~

 ある日の昼下がり、という平凡な表現をしてしまうほどのお昼を連続何日過ごしたことだろう。

 驚くほど何もない。精々……いや、やっぱり何もない。勇者のいるアコード王国のことも、魔王のいるオストロノーム帝国も動きが見られない。逆に不安になるばかりだ。


「……やべぇ」

 それとはべつに、俺は悩んでいた。工房のデスクにうなだれ、「あ゛あ゛~」と気持ちも力も抜けた声を出す。


「そもそも何を造ればいいんだ」

 ここのところアルケミストらしいことしていない。普通はなにか研究するものだが、やってない。


 いや、まったくと言うわけではない。物質創成能力を駆使して元素Aと元素Bを電子的に組み合わせて新しい元素が生まれないかを実証したり、物質分解能力で原子核を引き抜いてみたりも試みていた。目的はともかく、魔法のように装置なしで行うなど、従来の研究者の常識を逸脱した行為である。しかし、非常に疲れるので一日でやめた。本物の研究者は集中力と根性も偉大である。


「……なーんかな」とつぶやきながら買いそろえた器具や道具を見つめる。

 なんでもかんでも最新の機械を使って研究してきた俺にとっては、このような古風の研究設備に対して疎い。いくら雑学知識があるからと言って、専門性まで追求すれば知らないことも多い。

「んー、工房で研究で化学でおもしろそうで錬金術っぽいもの……」

 何か面白い実験はあるだろうが、思いつかない。


 ……あ。

「生命って作れるのかな」

 そんな呟きから、今日一日が始まったようなものだ。午前なんてものは知らない。


     *


 そうとなればさっそく実行だ。

 知っている中では、ミラーの実験が有名か。水素にアンモニア、メタン、水と何かしらの有機分子を材料に原始大気の組成――生命の源であるアミノ酸を作る実験だ。

 そもそもこんな魔法の世界ならば、そのような実験をしなくとも魔物を作り出せそうな気もするけれど。

 ……まぁ好奇心はいいことだ。


「エリシアさん、ちょっと協力したいんですけど」

 ダイニングテーブルで本を読んでいるメガネ姿のエリシアさんに声をかける。錬金室を使うなら、許可を取らないと。

「ん、なんだ? 私にできることならなんでも言ってくれ」

「命創ってみたいんですが、エリシアさんの――」

 ガダッ、と物音。椅子をたおし、半立ちのまま硬直したエリシアさんは目をまんまるにしたままだった。


「っ!?」

「どうしました?」

「い、命? 作る? 私の?」

「……? ええ、そうですけど……今日は厳しいですか?」

「きょ、今日!? 今から!?」

 無駄に驚いているが、やはりハイレベルな実験なのだろう。けど、知っているなら話は早い。


「はい、今から。もしかしてダメな日ですか?」

「あ、いや……今日は……ダメ、じゃ、ない……日、かも。たぶん」

「なんか曖昧ですけど……あ、今日使うんですか?」

「使う!? そりゃあ私たちはまだそういう……は、早いでしょ。なんでそんないきなり」

「なんか誤解してます? ここの錬成室お借りしたいだけなんですが」

「あ、ああ~……錬成所でっておまえ、随分とマニアックな――」

 ハッとした彼女は、何かを理解したようだ。何を勘違いしていたのか。


「ん、あ、いや、ああ! そういうことかおまえ!」

 途端、少し怒ったような顔つきになる。


「駄目だ駄目だ! 人体錬成など禁忌だぞ! ヴェノスと同じことをする気か!」

「同じことも何も、この身体がそのヴェノスですよ。いやそもそもヴェノスって人体錬成やっちゃってたんですか」

「おまえまさか……ヴェノスとしての記憶が戻って……」

「ちーがーいーまーす。俺は一言も人を造ろうって言ってないです。命を創ってみようって言っただけです」

「でも命ってことはお前……! え、でも人を作らないって、え、どういうことだ? 赤ちゃん作るんじゃないのか?」

「えっ?」

「えっ?」


 俺もエリシアさんも目を丸くしたまま。ああ、顔が赤くなっているのが見て分かる。すごい勘違いしてしまった私はなんてバカなんだ、それもよりによってこんな……といった顔だ。いやどんな顔だ。しかし、ここまで相手が動揺すると、逆に申し訳なくなる。 

「……すいません、俺の言い方が悪かったです。申し訳ありません」

「いや、私が勝手に勘違いしただけだし、その……すみません」

 開いている本に顔を埋める大賢者。空気の抜けるような音が、彼女から聞こえた。


「実験器材とある材料で、人工的……なんか違うな、まぁ無機物から有機物、それも生命という複雑で小さなシステムを作ってみようということです。生命と言っても、微生物よりはるかに小さいというか、生命を構築する物質を作る程度なんですけどね」

 なんとなく詳細を簡単に言うが、それだけでもすごいよな、と今更ながら自分のやろうとしている無謀さに気が付く。

「理想は有機物を越えた、微生物ぐらいの生物をこのフラスコの中で生み出すことですけどね。ホムンクルスとはまた違ったものですよ」

「でも似ているような……」

「あれほどのハイクオリティなものは作れないですよ、あの工房の中のものでやればの話ですけど」

 しかしここで、俺も触れたくなかった核心を突かれる。


「……そもそもだが、これをやる意味はあるのか? 召喚魔法ならとっくに広まっているし、魔物の錬成魔法術だって、懸命に勉強すれば誰だってできることだし、やってなにがわかるんだ?」

 しかし、目的もなく実験をするほど俺はバカではない。前世ではバカの極みだったけど。

「エリシアさん、化学というのはなにも生活に役立てたり人を救うためだけにある訳じゃない。この世界に蔓延る『当たり前』の真理を追究することにもあるんですよ」

「なるほど! 理の真実か!」と納得の様子でワタクシ安心しました。いつもの彼女だ。


 しかし……この人、国にいたとき会議とか流されまくってたんだろうな、となんとなく悲しい目で見てしまった。

「生命の起源は神から生み出されたわけではないことをですね、証明できるわけですよ。化学進化説の実証実験です」

「なんか難しそう」とさりげなく聞こえたが、それ大賢者の吐き出すセリフじゃない。


     *


 ただの物質から生き物をフラスコの中で作るというのはなんともファンタジーなのだが、生憎、この場所ではそんなロマンあふれることはない。魔力無しだと生物の基盤ぐらいしか創れない。

 それでも、前世の歴史のような、従来の結果より摩訶不思議な――それこそ、おもしろい結果が出るかもしれないと、なんとなくだが期待していた。


 錬成室にて、電極や真空臓袋、冷却鉱石などを用意し、ガラス管と二つのフラスコを能力で繋げ、簡易的なミラー実験装置を作る。環状のガラス管に様々な化合物の材料を入れ、内部の溶液を循環させてみるが――。

「できねーな」


 実験というものは失敗が前提だとわかってはいたけど、そこは異世界ならではの補正があるんじゃないすか。

「そもそも、分量知らないから失敗して当然だよな」と苦笑しつつ椅子に座る。

「思ったんだが、器材でやらないで、自分の身体でやってみたらどうだ?」

 フラスコを温めていた火炎魔法陣を消し、エリシアさんがそう提案してきた。


「……? それどういうことっすか」

「わざわざ装置なんて使わなくても、いろんな物質を創れるだろう。誰にでもできることを実証するのはいいけど、まずは自分にしかできないことを極めてみたらどうだ?」

 言われてみれば、確かにそうだな。こんな力を使えるのは俺だけだし、そう考えるのが普通か。

「……そう、ですね。まずは、自分のことでしたね」


 考えて十数分。そういえば、といったノリで思いつく。

 目標は瞬時の肉体再生。いつもはエリシアさんの回復術式で怪我を治させてもらっていた。これからは、自分だけで修復できるようにせねば。


「まず……自傷するって結構勇気いるな……」

 ナイフ片手に俺は武者震いが――いや、単に怖気づいていた。

 物質創造と物質構築の能力並行発動。その場で生み出し、化合し、組み替える。その繰り返しで複雑な物質が生成される、と考えた。


 人を構成する元素は酸素、炭素、窒素、カルシウム、リン……ほか23種類プラスアルファ。そこから数百MB級のDNAやアミノ酸20種、その他の栄養素を構築する。

 幸いなことに、自分の塩基配列も"組成鑑定"で把握済みだった。把握、の一言で済ませたが、読み切るのに何日かかったことか。細かく見ようものなら広辞苑読むぐらいにキツイ。


 しかし、それだけでもえげつないほどの集中力を要するのに、そこからタンパク質3万種を考えなければならない。しかもただ作るだけじゃない。自分の身体を再生する以上、機能した細胞をちゃんと再生させなければならない。

 物質の塊ではなく、機械的に動く肉体を作らなければならないのだ。機械的――プログラム通りに動くための情報量、いや、情報自体も分子という良質な歯車でで構築しなければならない。


 タンパク質をつくるための転写や翻訳、運搬などのセントラルドグマも、循環機能も、免疫機能も――持続的な肉体あってこその人体だ。再生した肉塊と元々あった肉体との拒絶反応が起こらないために、DNAの並び方や生成した血液などを間違えないように分子構築しなければならないのも然り。この間までアデニンやシトシンを作るだけでも苦労したのに大丈夫か、と不安になる。


「……ふぅ」

 ただの怪我程度だったらそこまで考慮する必要もあまりないが、四肢欠損などもこの先ないわけではない。魔王軍や勇者の国アコードの軍と相手をするかもしれないので、応急処置では済まされないことだってあるだろう。いつだってエリシアさんがサポートしてくれると考えるのも危険だ。

 ちらりとエリシアさんを見るが、すごい心配そうだ。人が傷つくところは見たくはない……というのも当然と言えば当然か。


「やっぱり怖いですね、エリシアさん」

「む、無理はするなよ……なんなら、フェミル呼ぶか?」

「うーっし! やるか! じゃんじゃんやるか!」

 俄然やる気出てきた。そうだ、あの容赦のなさよりはまだ100倍マシだった。

 勢いで傷つけた腕。ダラダラと無機塩と有機物と気体成分にヘモグロビンと水が均等に混じった物が流れ出る。ちょっと赤いものを見るとぐらりと精神が不安定になるな。血に対して免疫がない――はずなんだけどなぁ。


「よし、イメージだ」

 元素からアミノ酸、タンパク質、細胞、組織……無間にばら撒かれたパズルのピースを大量の額縁にはめていき、その額縁をパズルのピースとしてまた組み合わせていく。俺自身のイメージでは分子模型を作る気分だが。


 このヴェノスの脳だからこそできる多並行演算。処理しきれない情報量を受け止めている。

 開始30秒あたりだろうか。血は止まり、驚異的な再生速度をもって、俺の腕の深い切り傷は段々と塞がっていった。途端に深いため息を吐く。


「とんでもないやつだな、メルは」

「いや、エリシアさんの再生術式よりは全然ですよ……俺としては術式の方がいいんですけどね」

 次は、指切断。激痛に耐え、5分で完治。しかし骨の構成が甘く、脆かった。

 次は切腹。構築することに慣れてきたのか、3分で完治。怖かったので傷口を見なかった。消費した大量の糖質も体内で生成することにも成功。


「よし、次は身体に穴が開いてもできるかどうか、だな」

「め、メルがどんどんマッドサイエンティストになっていく……」

「いや、あの、一線は越えてないっすよ。最悪エリシアさんがいますしね」

「私をそういう扱いにするんじゃない」


 まぁ、身体が人間じゃない時点で、段々と中身の感性も人間じゃなくなってきている気はしている。なんというか、再生するロボットになっているよな。子孫いらない身体になっているっていうか……こんなことをする意味はあるのかと聞かれれば、あると答えるが。俺はエリシアさんを一瞥する。

「さすがに一人で体に穴を空けるのは難しいな」

 物質分解でもしようものなら、自分の身体ごと散り散りになる――と俺は思っている。


「ここは、あの槍担当を呼ぶか……いつからいたのフェミルさん」

 真横にいた。びっくり越えて微動だにできなかった。さりげなくエリシアさんが真顔で体をびくりとさせたので、今気づいたのだろう。


「呼ばれた気がした」

「おまえの察知能力は予知レベルにまで思えてくるよ。今の話聞いてたのか」

 こくりと頷く。なら話は早い。

「じゃあ、申し訳ないけどちょっと刺してくれないか」

「とうとう自分から言うようになってしまった……」

 間違った道を進む我が息子を憐れむような目で僕を見ないでください。


「……え、嫌」

「お、おおう。お前の口から刺殺を否定するなんて夢のまた夢かと思ってたぜ……変わったなぁ、フェミル」

「あのときは……もういいでしょ」

「マジでよくわからん奴だなおまえ。嫌ならエリシアさんか俺のこと嫌いなジェイクに頼むけど」

「……他の人にやらせるのも、嫌」

「そっか。じゃあ自分でやるわ」

「……ダメ」

 じゃあどうすりゃいいんだよ。


「わざわざ、そんなことしなくても」

「う、うーん……まぁでも、俺はほら、よっぽどのことがない限り死なないからさ、大丈夫だって。おまえだって俺の身体がどんだけタフかその槍を握った手で理解してるだろ」

「……」

「ま、まぁ、自分の身体大切にしなきゃいけないのは分かってるけどさ、ほら、まぁ……ええと」

 上手く言い返せない。正論だからか。

 しかし、掌返しは突如起きる――。


「んー……けどメルがそこまで言うなら」

「あれ、なんか君の中で勝手に解決しちゃった感じ?」

 手のひらからいつもの槍を召喚してくる。目が据わってる。室内だというのにギュンギュンと槍を高速で振り回し、風を起こし始める。

「あの、フェミルさん? そこまでガチじゃなくていいんですよ?」

「やるからには、最大限の敬意を払って――」

「払い方間違ってるよ! しかも敬意じゃなくて殺気を払っておりますよお客様!」

「メルのこと、嫌いじゃなくなってから、これをするのは気が進まない。けど……メルがそうしたいって望むなら、仕方ないよね……」

「にしては顔が輝いているんですが! 単にお前なんでもいいからぶっ刺したいだけだろ!」

「メル、自分から望んで言ったことだ、諦めなさい」

「アーメンしないでエリシアさん! 別に死なないから!」

「じゃあ……大丈夫、だね」

「あっ、いや、ちょっと――ごぶすっ!」


 容赦の欠片もねぇー!!

 これで嫌いじゃないとか絶対嘘だろ! 一昨日のあれ嘘だろ絶対!

 一撃ではなく、連撃。一カ所風穴が空いているので、見た目はもう死んでもおかしくない状態だろう。実験器具や壁に血飛沫が染みつく。もはやホラーにも見えるが、この痛みは既に慣れた。「や、やりすぎだフェミル!」と絶句するエリシアさんの傍ら、落ち着いて再生することに取り組もう。


「おぐ……頭使いすぎて頭痛が……」

 まさかと思うが、頭を斬り飛ばされた場合、再生できないのではないだろうか。そんな物騒なことを思い浮かべる。

 今までと同じ要領――いや、必要な元素素材が多い。組み込む物質の量が膨大だ。なんでアニメや漫画みたいに何も考えずに軽く超高速治癒能力を発揮できないのか、段々ともやもやしてきた。肉体再生でここまで頭使う人、この世界でも俺ぐらいしかいないよ。


「だ、大丈夫かメル……?」

 完治まで10分ほど。最初だからこそ、時間がかかるのだろうが、これを訓練しておけば、瞬時に再生できるかもしれないと希望を抱いたところで、俺はバタリと倒れる。


「な、んと、か、再生でき、たな。……すいません、糖質創れるほど……集中力がなくなったんで、な、なんか甘いものと水を、もって、きて……」

「うわああああメル! しっかりしろぉ!」

「どっちにしろ……失敗だね」

 あらら、といった声の調子でフェミルがそう呟いたのを最後に、俺の一日は誰よりも早く終えるのだった。

明日は・・・投稿できると思います、多分。

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