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2.知られたくなかったもの ~誰しも黒い歴史は必ず有する~

お久しぶりです。3か月以上も滞らせてしまい、申し訳ありません。

 人間だれしも隠し事の一つや二つぐらいある。絶対に知られたくない、ましてや見られるだなんて言語道断。そうなってしまったが最後、人生の死を覚悟することだってあるだろう。

 しかしそれがあったところで、俺は別に気にはしないし、気にする気もない。しかし、俺みたいに、相手がどうとらえようとも、知られてしまった自分は恥ずかしさを越えた後悔を覚える。それか、開き直るか。


 知られた立場だったなら、俺も幾度と経験し大人になっていったが……知ってしまった立場が来るとき、どう対応すればよかったのだろうかは、未だに知らない。


「――お、おはよう……ございます……! 本日もっ、よ、よろしくおねがい、します……!」


 早朝のエリシアさん家の近くの丘。家の窓からじゃ見えないくらいの距離、いや死角ともいえる場所に、水のように透き通る声のはずが錆びついたようにガチガチと言葉を連ねる。チート能力のコントロール朝練をしようとした俺はたまたま、その現場を目撃してしまった。


「……フェミル?」

 なんか朝日に向かって挨拶してる。まぁ天恵であるお日様にご挨拶なさるのは良いことだ。

 ……精霊族って太陽とも話せるの? しかもあいつコミュ障なのに?


「おお、お、お先にいたた、いただきます。おさき……でした」

「……どこの接客用語?」


 まさかとは思うが……日常会話の練習?

 思えば、あいつほとんどしゃべらないけど、ときどき訛ったりする。感情が高ぶるときも訛る。それで訛らないように普通に話す時も、確認するように途切れ途切れになっていて、おとなしいというより暗いイメージだし……同性はマシだとしても男だと一気に嫌いという名のあがり症になる。


 それを気にしてるから……毎朝練習しているのか?

 そもそもあいつ、そういうこと気にする娘だったんだ? 自分の話し方気にしてたのか!


「おさ、お先に……っ、しつれいします……あ、明日も、その、よろし、く……おねがり、あっ、おねがいしみゃす……」

 つーか目の前誰もいなくてアレって重症にもほどがあんだろ! お前の目には何が映ってんの! お天道様しかいないよそこ! 紫外線で目と肌がやられるからせめて背を向けて練習しなさいって。


「……」

 待てよ、人の心配より自分の心配だ。フェミルのあれは誰にも見られたくない企業秘密――いや、黒歴史だ。

 それを生理的に嫌っているかつ(精霊族から見て)穢れの塊である魔族の血が通った俺なんかに見られたことを知ったが最後、あいつは俺を今まで以上に刺し殺す、いやそれでは済まされない。俺の存在ごと抹消されるだろう。逆に尊敬しているエリシアさんに見られたとしたら、おそらくあいつは自害する。


 ここは波を立てずにそのまま静かに去るのが賢い判断だ。俺はなにも見ていない。

 しかしここでしくじるのが俺らしいというかなんというか。


「……やべ」

 違う、俺は慎重に行動した。一切物音を立てていない。神経質なあいつがオレの気配察知して振り返ったのが悪いんだ。


「……あー……」

 まぁ、これは俺が悪いことになるんだろうなぁ……もう一思いに殺してくれ。

 目を瞑り、ノーガード体勢で悟った俺の顔は清々しいものだっただろう。


「…………」

 どうした、俺はもう懺悔はしたさ。まさか俺の悟りっぷりを前に許してくれたのだろうか。真摯な思いで立ち向かったから大丈夫だったのか?


 ゆっくり瞼を開ける。案の定、その場にフェミルがいたが……様子がおかしい。

「――っ」

 目が合った途端、彼女の碧の髪がふわりと舞うほど目を逸らされ、そのまま逃げるように立ち去ってしまった。


 一瞬だけだったが、フェミルの表情がいつもの無表情ではなかったような気がした。

 まさかと思うけど――。

「泣いた……?」


     *


 ものすごく罪悪感にうなされた俺は本人には悪いが、不安を取り除かせてもらうようにエリシアさんに相談した。


「まー、あの娘もそういう年だしな、いろいろ複雑だと思う」

 ダイニングテーブルにてコーヒー片手にくつろいでいる賢者はそう冷静に返した。


「そんなお父さんみたいなこといわないでくださいよ」

 そして俺はお母さんじゃねぇ。


「せめて母親だろう」

「そっすね、エリシアさんいつも母さんみたいに口うるさいですしね」

「……め、メルも言うようになったな」

 若干驚かれた。資料閲覧用眼鏡を外すほど意外だったようだ。


「気配り上手って意味ですよ。そんなエリシアさんがフェミルのことに触れないというのも変な話だなって」

「んー」と彼女は腕を組む。あまり触れちゃいけないことなのか? だとしても、解決するなら避けているのはよくない。

考えている最中だが、構わず話し続ける。


「それにフェミルも、尊敬する師匠であるエリシアさんにはそこまで緊張してないのに、なんで他の人には緊張するんでしょうね。特に男……というか異性か」

「フェミルが極度の内気なのは、妖精界"フェリシア"の女王護衛として誰とも極力関わらずに過ごしてきたのもあるにはある。だけど、それ以上に……」そういいつつ、辺りを見回す。本人がいないことを再確認したのだろうか。


「奴隷だったことが一番の原因だと私は思う」

「……!?」

「あまり口にはしたくはないが、訳があって人間に捕まって、道具として使われてきた」

「まさか男嫌いっていうのは……」

「想像はしたくないがな」

 初対面のときのふたりの会話もそういう意味だったか。今まで知らなかった自分が恥ずかしい。


「それで気を遣ってた感じですか」

「……そうだな。自然になんとかなると不甲斐ないことを考えて、解決しようとしていなかった私に問題があったな。けど、メルのおかげで紐解けてはいる」

 的を得ていない発言。俺は半分全力で否定した。


「え、いやいやいやいや、それはないですよ。絶対にない」

「まぁ日頃の刺されようは酷いが、最近はないだろう。大分順応してきた証拠だ」

 実際、メルが平然と死なないタイプだからやっているのであって、と補足されるが、そういう問題じゃない。刺されている身にもなってほしい。


「で、どうしましょう。会いにくいんですけど」

「どうって、メルがなんとかしなきゃならないだろう。多少のアドバイスはできても、結局はメル自身が何とかすることだ」

 それはそうだが……まぁ別に解決策求めに話したわけではない。


「……そう思ってたけど、ひとつ言っておこう。メルよりも先にフェミルから同じことを相談された。あの娘、全然怒ってなかったというか、恥ずかしさで顔も合わせられないのが本音だ」

 本人には秘密だぞ? と人差し指を口元に抑える。


「だから、堂々と話し合ってみたらいい。これを機に、お互い仲良くなってほしいと私は思うぞ」




 ……というわけで、翌日の早朝、いつもどおり丘にいるフェミルに声をかけることにした。いつも以上に背中が小さく見えるが。

 恐る恐る声をかけるが、こちらを振り向くだけで何の感情も抱いていない――ようにも見えたが、どことなく血の気が引いたような、耳が赤いような。いろいろ彼女の中で渦巻いているようだ。

 横いいか、と言っても反応はない。腰ひとつ分の距離を保って、隣に座った。

「……」

「……」


 当然の沈黙。仕方ないことだ、そう思いつつも、自分からいかなければいけないことは分かっていた。震えそうになるが、震えたいのはフェミルの方だ。俺が気まずくなってどうする。


「まぁ……その、誰にも見られたくないものってあるよな。俺もあるし」

「……」

「け、けどさ、気にすることはないよ。ひとりだけの秘密にしたかったのはわかるけど、ああやって毎日苦手なこと努力するって、実際できないもんだぜ? びっくりしたのもあったけど、俺はすごいなって思ってる。なんとかしたいって頑張れる人は、心の底から尊敬している。俺、努力とか苦手で怠け者だし、ははは……」


 しん、とする。ちらりと見てもうつむいたまま。ひとつ息を吐き、俺は空を見上げる。

「ごめんな、こんな嫌いな男といっしょにいることすら嫌だってのに、変なこと言っちまって……気分でも落ち着いたら、戻ってこいよ。ご飯作って待ってるから」

 立ち上がり、その場を去ろうとしたときだった。


「待って……」

 かすれたような声。風にかき消されそうなそれに、聞き逃しそうになった。

「私一言も……メルストのこと嫌いだなんて言ってない……」

「……? え?」

 失礼ながらも、本当にフェミルなのかと疑ってしまった。見たこともない彼女の様子に、思わず振り返る。


「本当は……嫌いだなんて、全然、思ってない」

「でも、生理的に無理だとかで、ハイペースで槍を刺してきたりとか」

「生理的に無理っていったのは、本当に、魔族に対して種族的に受け入れられない体質なだけで……」

 ごめんなさい、と体育座りのまま、こちらへ顔を向けることなく謝る。


「最初は本当に嫌いだったけど……過ごしていくうちに、なんというか、普通になってきて、いっしょにいても、いいかなって……思えてきて。だから、私は……メルが――」

 フェミルの頭をくしゃりと撫でながら、再び俺は隣に座った。俺と彼女の間の距離は先程より縮める。嫌がるかと思ってはいたが、何も反応はしなかった。

「そんだけしゃべれるなら、十分じゃねぇか。朝練した成果が出たな」

「……うん」

 ふと見た表情。ほんの少しだけ、微笑んでいたような気がした。


「大の苦手だった俺を克服できたんなら、もう他の人と話しても絶対大丈夫だ。あんだけ俺を串刺しにできる度量と積極性もあるんだし、人前で話すぐらい、胸張っていってもいいと思うぜ? すげぇよ、おまえは」

「メル……」

 名前を呼ばれた後、ぼそりと何か言っていた。聞き取れなかった俺は、半ば予想しながらも聞き返す。


「ん? なんだ?」

「……ううん、もう撫でなくてもいいよ」

「あ、ごめん」

「メルって、デリカシーとか、そういうのないんだね」

 冷たい顔でそう言われる。予想外、いや、油断していた。またもやらかしてしまったか。


「うぇ!? え、ちょ、それどういう――」

「じゃ、戻るね。……ごはんは私が作るから」

 固まった俺にそう告げ、その場を去っていく。なにがいけなかったのか。撫でたことか、変なこと言ったからか?


「……あーもー、俺のバカ」

 調子に乗ったから。寝っ転がった俺は、遠くへ歩いていくフェミルの後ろ姿を見る。その様子は、先程の小さな背中よりも大きく見えた、そんな気がする。

明日、更新予定。気軽に書いていきたいと思います。

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