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1.薬師と錬金術師 ~嫌な予感は大体気のせい~

 最近よく眠れない。

「くっそ……またか」

 月明かりが差し込む屋根裏のような狭い一室にて、目を開ける。

 収容所の一件から随分日が経った。以来、俺は町の人が建ててくれた工房を自分の家として寝床に使っている。


 場馴れしていない故の不眠――というわけではない。やたら悪夢にうなされるわけでも……ないわけではない。体調不良とでも言えばいいのか、身体が痛むし疼くし、未だ完治していない右腕もむず痒いし。中二病かってツッコみたいが、おそらくそんな程度では済まされないだろうと心のどこかで思っていた。


「嫌な夢見たな」

 この世界に来て以来、初めて前世の夢を見たかもしれない。それも、死ぬ直前の記憶の再現。せめてもっといい場面とこあっただろうに。

 月の光が差し込む、真新しい窓から外を覗き込む。3階から見えるルーアンの町の夜の景色は、俺が住んできた都会とは全く異なり、ほぼ真っ暗だ。かろうじて家の玄関や街灯に設置されている月光石が仄かに薄黄色の光を発している。


「ん?」

 月光の下、少し遠くの町の屋根になにか動きが見られた。そんな気がし、凝視する。


「人……か?」

 それも、こっちを見ているような。やだストーカー? と冗談なんだか冗談でもないんだか、そんなふざけたことを片隅で思いつつ、その姿をよく見ようと窓を開けてみる。


「あれ、消えた」

 移動したわけでもない。パッと消え、自分の思い過ごしかと感じるほどまでに自然といなくなっていた。

 なんだったんだ、と眉をひそめるが、別に追うつもりはなかった。そのまま俺は眠りにつくことなく、ただなんとなく真ん丸の満月を眺めつづけた。

 何事もなく、今日も一日が過ぎていく。


     *


 四季折々の島国で生まれ育った俺にとっては、この世界の変わった季節に興味を示していた。

 このルーアンの町を含む地帯でも一応四季というものがあるらしいが、あくまでおおまかな環境の変化という意味合いで使われているらしく、実際の気候変動は日常的かつ比較的に激しいらしい。真夏並みの暑い昼もあれば、その日の夜に雪が降ったりすることもあるし、週間ごとに乾季や雨季が交互に来ることもある地域も近くにあるという。

 簡単に言えば、四季はあるけど天候変動が激しい。


「――とまぁ、その原因はなんなのかと言うと不明なんだが、七天神の戯れによって天候が変わるという説が未だに健在している」

 今日はこの地域の天候についての授業。俺の中で言う地理みたいな内容だが、それにしてはいろいろ神話染みている。

 そう理由づけてもおかしくないぐらいに相当不安定らしく、もう気流とか気候帯どうなってんのよ、というぐらいの変動っぷりだ。それにはさまざまな説があり、温度や気圧を大きく動かす存在――気候を操る竜や、わけわからないこの異世界特有の神素という物質による影響もあるというが、だいたいはエリシアさんが今言った「気候の神様のご機嫌次第」でまかり通っている。

 そんな神様のご機嫌がどうだったのかはわからないが、今の天気は気温25度の快晴。昨日までは冬のように寒かったのにどういうことだこれは。


「先生、天界の神族による影響もあると聞いたんだけど、これって本当なの?」

「いや、天界の国土は天候によって大きくされるから、そこに住む神族がわざわざ領地の地盤を歪めるようなことはしないだろう」

 シャロルちゃんの質問に丁寧に答えるエリシア先生。教室の後ろにいる俺は欠伸をした。

 聴いていて頭の痛くなる話だ。絶対違う。ヘンなところでオカルトで通用するの絶対おかしい。


 本来なら、気流や気圧の変化によって天候は変わるし、そのときの気温変化も関係あれば、地軸も天候の法則に大きく――そういやこの世界って惑星型だよな。まさか果てが絶壁や大きな滝になっているってことはないよな。


「せんせーはこのあとの天気わかるのー?」

 次はティリちゃんの唐突な質問。どんな人の質問がどんなタイミングで来ても答えられるのが、先生らしさを感じる。普通のことなのになんだこの意識の改めようは。


「天文術でな。あと一時間もしないうちに曇りだして、すぐに雷雨が訪れる。だから、今日の授業はここまでにしよう」

「よっしゃ! 早く帰れる!」

 教師にとってその一言はぐさりと刺さるんだぜアルジェント君。


「その代わり、宿題を増やすから、しっかりやってくるんだぞ」

 ほら言わんこっちゃない。

「ええーっ」と全員からブーイング。あのホルム君までもがブーイングの声を出す始末だが、これは周りのノリに乗じて言っているだけだろう。エスタちゃんは苦笑していただけだったが。


     *


 授業後、エリシアさんが教材を片付けていたときだった。

「あ、そうだった。メディのところにいかないと」

「出かけるんですか?」

 メディ、という名前は実は前から幾度か聞いていたが、特に関心を示すことなく、そういう人がいるんだろうな程度しか捉えていなかった。どういう人なのか全然知らないが、確かこの町の医者だ。


「ああ、治療薬と調合薬の材料がそろそろ切れそうだしな。もらいに行ってくる」

「薬屋ってあったんすね」

 意外な声で言う。特に病気になったことはなかったしな。定期的に出かけるのはその薬屋に用があったからか。外を見ると雲が増えてきた気がする。


「オーランド農場の近くにある漢方薬局だ。フェミルよりも前から知り合っている医師の友人がいる」

 長く住んではいたが、寄ったことがなかったな。エリシアさんの治療で済んだことだし、模擬的な不死故の再生能力も備わっているから用ができないのも頷けるか。


「治療薬って、なんのですか?」

「フェミルの症状を抑える薬だ」

 え、と声が出る。あいつ患ってたのか?


「とても病気もってるとは思えないですけど」

 とはいえ、普段は物静か、というよりは暗いのは認識が薄まるぐらい承知していた。元気ないのは性格じゃなくて不調によるものだとしたら、と心配してしまう。教室から出つつ、短い廊下、隣接する自宅へと歩きながら説明してくれた。


「フェミルは精霊族、それも高貴なハイエルフだ。本来は妖精界にいなければ、人間やその他の種族の『穢れ』で身体が汚染される」

「『けがれ』ってなんですか?」

「まぁ、邪念や欲望とかの良くない雑念のことをいうな。大気の汚れもそれに該当する。妖精界は極めて汚染度が低い地帯だから、そこに住む生き物が人間界などの外に出ると『穢れ』に耐え切れずに病魔に襲われることになる。最悪死を迎えることだってあるんだ」

 心身きれいすぎるのも良くないことなんだな。あいつに性格の良し悪しを考えると明らか黒だが、種族的に清潔なんだなと自分の中で納得させた。


「その点、フェミルは生まれが人間界だったから適応はしているが、それでも体調を崩すことが多いし、病気にもかかりやすい。だから、定期的に薬をもらっているんだ」

「そうだったんですか……だから今日寝込んでたんですね」

「んー、容体を見るにかなり身体や心にストレスが溜まってたからな、相当の穢れを――あっ」

 エリシアさんが察するよりも早く、俺は気づきました。


 完全に俺という存在が原因だよね。相性が悪い魔族+大罪人という穢れコラボに影響されて具合悪くなっているのか。そうか、だからあそこまで俺のこと毛嫌いしていたのか。


 ……なるほど、そういうことか。

 生理的に無理って、そのままの意味だったのかよ。


「あっ、てなんですか。察したのは分かりましたけど」

「いや……ああそういうことだったのか。だからメルが来てからずっと……」

「すいません、これ以上言わないでください。俺のメンタルはもうゼロです」

 これで理不尽なほどまでに避けられていた理由が判明し――待って、だとしても刺す必要ないよね。刺して穢れという名のストレスが物理的に発散されるってこと? でも駄目だよ刺しちゃ。収容所の一件以来、最近は少なくなってきたけど。


「あ、あぁすまない。だけど、これで分かった。今日帰ったらメルに浄化魔法をかける。罪人や相性の悪い魔族にとっては苦痛だが、メルなら耐えられるだろう」

「それでフェミルが俺のせいで気分悪くならずに済むのなら、是非お願いします」


     *


 その薬屋というのは町の中枢機関として重要な位置にあり、町民全員の健康を支えていると聞く。そのメディという人がいるからこそ、この町が疫病にかからずに済んでいるんだとか。

 個人経営にしては思ったより大きな建造物。俺の知っている清潔感ある真っ白な病院とは違っていても、他の家よりしっかりした作りになっている。しかし部屋に満たされた薬品の匂いが"組成鑑定"の目によって構造式として表示されるので何かと邪魔臭い。


 ノックすらせずに入るエリシアさんを見、それだけ仲が深い関係なのかと思う俺であった。

「あら、エリシアと……噂の錬金術師ね。いらっしゃい」

「ど、どうも」

 会釈する。まだ錬金術らしいことはしてないと思うけど、前世のレッテルもあるか、とひとり納得する。

「あなたのことはエリシアからよく聞いているわ。メルスト・ヘルメス。とんでもない力を持っているようね」

 ええ、まぁ、と苦笑し、視線を外す。長い白銀の髪にサファイアの瞳、なにをどうしたらそんな人形のような肌を得られるのか、逆に不安になってくるほどの美顔。それにしてもここ植物多いな。全部薬草なのだろうか。


「メディ・スクラピアよ。まだ言えてなかったけど、町を救ってくれてありがとう、メルスト。あなたには感謝しているわ」

「は、はじめまして……」

 白衣というより白い服を揺らめかし、こちらに寄っては握手を交わす。なんともすべすべとしていて、強く握ったら壊れそうだと思ってしうほどの力ない握手だった。

 ぎこちない俺の対応に、メディは微笑み、


「そんなかしこまらなくても大丈夫。あなたと歳の近い、ただの町医者なんだし」

 歳が近いから緊張しているんだよ。


「メディとは学園からの付き合いなんだ。一級薬師としていろいろな貧困地に行っては病にかかった人々を治してきた有名な偉人さ」

「ふふ、大賢者の口からそう賞賛されるなんて、光栄ね。けど、ちょっと言いすぎよ。それはもう過去のことなんだから」

「へ、へぇ……マジですか」

 毎度毎度誰かと会うたび思っているんだが、この町のレベル高すぎないか? いや顔面偏差値も高いっちゃあ高いけど、それは異世界ならではの補正だと思うし。経歴や能力が普通の町より高いと思うのですが。

 王国のことといい、革命といい、やはりそれなりの人材で構成された一団なのだろう、この異常な町は。


「ああそうだ、ここに来たのはだな」

「はい、どうぞ。いつもの薬と、最近の研究に必要な原料8種類。それで足りるかしら?」

 彼女の机の棚からふたつの麻袋が出され、エリシアさんの手に渡る。「いつもありがとう」とエリシアさんは言う。

「フェミルも大変ね。お大事にと伝えてくださいな」

 そう言った後、ちらりと俺の方を見、にっこりと微笑んでくる。なんだこのメシアは。こんな美しい医者がいていいのか。いいんだよ。

 そう自分に言い聞かせるあたり、イタく感じる。


「今度お時間あったら、ゆっくりお話でもしようかと思ってるのだけれど」

「……え、俺?」

「? そうよ。駄目かしら」

 いやいや、と思わず言ってしまうが、断りたいわけでもなかったので、いや、嫌というわけじゃないです、と慌てて訂正する。

「それならよかった。エリシア、別にいいわよね?」

「なっ、私に訊くな。勝手にしてればいいじゃないか」

「だって、あなたも彼のこと……」

「馬鹿っ、それ以上言うな馬鹿!」

 紅潮しつつ困惑したこの女性が賢者なんだと思うと、世の中色々分からないよな、と思ったりする。まぁふたりとも好意的に思ってくれているようでよかった。


「……? メディさん、ここって患者とかいるんですか?」とふと思ったことを聞く。

「いえ、入院している人はひとりもいないわよ?」

 それがどうかした? と言った顔で返してくるが、この家のどこからか物音が聞こえたような気がしていたのは俺だけなのか。

 しかし、その物音の正体もすぐに分かった。


「あれー!? せんせーとヴェノスがいるー!」

 二階からドテテテと慌ただしく降りてくるティリちゃんの幼き姿。条件反射で俺はツッコむが、疑問が浮き上がったのはその後だ。

「いやだから、俺はメルストだと――なんでティリがここにいるんだよ。医者通いか?」

 見た目の活発さに反して病持ちだとは、何とも意外だな。


「メル、ティリをよく見てみろ」

 少しにこやかなような気がしないでもないエリシアさんの言葉に従い、改めてティリちゃんを見つめる。


「……? よく見てみるっつったって、何が――えっ、ちょっとまって……ええええええ!」

 白い髪、サファイアのような青い瞳。

 メディと一緒だ。


「もしかして……親子?」

 すると、メディはくすくすと笑う。馬鹿にしているわけではなく、嬉しそうな微笑みだった。


「ふふ、似てるでしょ。ティリ、挨拶なさい」

「こんにちはー! いらっしゃいましー!」

 ぺこりと挨拶するティリちゃん。その頭を撫でたくなる気分だ。

 しかし……。


「予想外デス……」

 あんな完璧な美人の娘があれだとは……確かに似てはいるが、雰囲気と性格的に正反対すぎる。

「せんせーあのねー!」と、ティリちゃんはトテテテと、エリシアさんのところへと走っていく。「さっきおもしろいことしてたの!」という話題を片耳にしつつ、メディと目が合った。


「ふと気になったのだけど」

「? なんですか」

 じっと俺の目を見つめてくるが、何かと見抜かれている気がしてならない。


「最近寝れてない?」

 しかし問われたことはなんとも医者らしいといえばそうらしい質問がきた。「ええ、まぁ少し」とうやむやに答えると、最初から用意でもしてたと思ってしまうほどの手際の良さで棚から小さな薬瓶を渡してきた。


「心脾両虚ね。ほうれん草や里芋、人参を中心とした食事にして、あとこれを食事後に5gほど水と一緒に飲めば夜しっかり眠れると思うわ。それでも眠れなかったら私のところに来て。ツボ治療行うから」

 いろいろやさしくアドバイスをくれる。しかし瓶の中身は意外にも粉末か。粉薬はそんなに好きじゃない。

 俺がお礼を言おうとしたとき、彼女に言葉を遮られる。


「けど、あなたの場合不眠症というより……もっと別の何かが原因な気がするの。あなたの目を見るとね……失礼なことを言うかもしれないけど、嫌な予感がするの」

「嫌な予感……?」

 思わずオウム返しする。このあと不幸な予兆が視えているのなら、おそらくそれは今日中にあの槍担当娘に刺されることだろう。


「一度死んでいる人間だからなのかは分からないとして、あなたの目に命の危険が視える」

 いつも命の危機に瀕しているから別に大丈夫だが、医者が言うと謎の危機感を覚える。

「そういうの分かるんですか?」

「所詮は薬師の勘よ。でも、せめて健康的な毎日は送りなさいね」

 彼女の真面目になった目つきに若干身を退いてしまった。目を逸らそうと彼女の奥にある本棚に焦点を合わせる。


「それとは別にひとつ、おねがいがあるのだけれど」

 声色が変わる。「なんでしょう」とちょっと不安になりつつ、聞いてみた。

「エリシアのこと、よろしくね」

 咄嗟にティリちゃんと楽しそうに話しているひとりの大賢者に目を向ける。丁度目が合った。すぐに目を逸らしてしまい、メディの方へと向き直した。

「今のはどういう……」

「特に深い意味はないわよ。彼女の数少ない友人として、あなたに伝えただけ」

「そ、そうですか」にっこりと笑みを返した彼女に返す言葉は見つからなかった。

 この人……発言のひとつひとつがいろいろ意味深だ。


「ねーねーヴェノスー!」

 袖を掴まれたことに気付き、側にいたティリちゃんを見る。先生とのお話は終わったようだ。

「メルストだ。どうした」

「家まで送るよー」

「え? いやいいって、近所だし」

「まぁいいじゃないか。ちょっとしたデートに付き合ってもいいだろう。うらやましい限りだ」

「エリシアさん、そういう冗談言えたんですね」


 生徒と談笑できたからなのか、なにかと機嫌が良いエリシアさんを見、先程のメディの言葉を思い返す。彼女の方へ振り返ると、「気を付けてね」と娘を見送る母の姿があった。

 ……さっきのことは別に言わなくていいか。

 結局は人の勘。考えるだけ無駄だと悟った俺は、薬を片手に工房に帰るまでずっと先生と生徒の会話を聞き続けていた。

 その内容はまったく覚えていない。

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