13.それでも進み続ける ~あっさり制圧しました~
……そのときだった。
「"勇士の覇権"――!」
ロダンの突き刺した剣から見えない衝撃があたりを貫いた。
すると――囚人や看守、執行人たちが、巨大な波紋に打たれるように押されてはふらつき、次々と膝をついていった。深手の傷を負った者は白目を剥いては倒れていく。
そして、騎士団全員にかけられていたシールドが消失していた。
「魔装解除……っ?」
「神素を根底から絶ち、術式を無効化させる自他ともに危険な最大級術式だ。女神の加護でもない限り、意識ごと持ってかれる」
エリシアさんの説明が終わったころには、ロダン町長は俺が殴り飛ばしたシザーの前へと駆けていた。
シザーの眼前までに迫っていたロダンの剣。決死の表情でシザーは波動術式で対抗するもあっけなく打ち破られる。しかし、剣にヒビが刻まれ、壊れかける。
「さすがにもたなかったか」と剣をしまう。
互いに武器がなくなった瞬間。先手を取ったのはロダンだった。
シザーの右前胸部上、左側胸部下に拳を抉り、圧迫を越えた衝撃を穿つ。
「"八迦衝"ッ!」
その勇猛を前に、悪を裁く者は為す術なく。拳から放爆した衝撃波がシザーの五臓六腑を破壊した。
「がぶぁ……ッ! ぉぐ……ごの、野郎が……!」
「シザー所長!」
カーターが叫ぶも、その隙を突かれ、黒吸血鬼の長く大きな腕に捕まっては地面に押さえつけられる。
びちゃびちゃ、と盛大に血を吐き出し、所長は膝をつく。しかしそのまま倒れることはなく、老体を痙攣させたまま意識を辛うじて持ちこたえていた。
「勝負あったな、シザー・ベルト」
制圧。
周囲を見れば、もう戦える者はいなかった。フェミル等の術式で捕縛されている。厄介な数体の魔獣種も息をしていなかった。
意識があるのはほんのわずか。ロダンは「皆、よくやった」と告げては、地面に突き刺さった誰かの剣を抜いてはシザーの喉に切っ先を突きつける。
「自分勝手で不的確な指示と判断、人員への配慮のなさ、自我の強さ。これが貴様の敗因であり、アコードの政治そのものだ」
「黙れ! 友を――ラザード王を愚直するなど……ごぶっ、貴族でも何でもない、ただの貧民が偉そうなことを抜かすなァ!」
「人々を貧しくさせ、安寧を奪った貴様らがよく言えたものだ。それでも成り上がった私を"夜明けを拓く者"と祭り上げては掌を返すように落としたことも忘れたわけではないだろう」
シザーの喉元から血が垂れる。静まり返った空気と景色に俺は息を飲んだ。
「殺るならさっさと殺ろうぜおっさん」とカーターに乗っかっている吸血鬼は痺れを切らす。
「魔王を屠った英雄だと讃えられて調子に乗るとは、ラザードもその程度の人間だということだ。王の資質がない者に国は務まらない」
思わずエリシアさんの方を見る。その視線に気づいたエリシアさんは「私のことはいい」と一瞥しては俺から目を逸らした。
「アコード王国が間違っているといいたいことはよくわかった。だが仮にそうであったとして法に定められていることは絶対だ! 掟を破り、罪を被れば罰を与えるのが当然の義務! 貴様らのやっていることも間違っている!」
「その掟を創ったのも、そっちだろう」
口を開くロダン町長よりも先に、エリシアさんが言った。
「エリシア……貴様もその気なら、ラザード王の娘であれ情けはかけぬぞ」
「構わん。この男の為に町を敵に回してもよいと覚悟を決めていた身。例え母国を敵に回そうとも、この気持ちは変わらない」
「愛した家族を――いや、愛した国を裏切る気か!」
「裏切ったのはそっちだろう。人を物でしか見ていないおまえらが愛や正義を語るなど愚弄に等しい。父や母よりもヴェノスの方がまだ……私をひとりの人間として愛してくれていた!」
「それにだ」と付け足す。
「この男はもう、世間が知っている錬金術師ではない。新たな神の理を創る、『未来の希望』だ」
その紅い眼は強くシザーを見ていた。抜けた歯と血の混ざった痰を吐いたシザーも睨み返すが、その光は弱い。
「っ、知らぬぞ……王国を敵に回すとどうなるか」
瞬間、シザーの姿が吹き飛ぶ――いや、吸血鬼に頭部を掴まれたのか。早すぎてなにも見えなかった。
「飽きたし、もう話は終わりで」
ぐしゃりと頭部は握り潰され、いつの間にか積み上げられていた死体の山に放り投げた。吐きそうになり、すぐに目を逸らした。
「う……」とソフィアも見るに耐えられなかったようだ。
「吸血鬼殺しが吸血鬼に殺されるとは、皮肉なもんだな」
気怠そうにオーランドはそう言った。
「これで、インセル収容所は殲滅、か……」
血の匂いが混じる廃墟と化した施設。奥に行けばまだ牢から出れていない囚人はいるだろうが、それでも数え切れない人数を殺してしまった。いや、実際にトドメを刺したのはこの吸血鬼だが。
「なにもここまですることはなかったのに」とソフィア。多くの命までは奪うつもりはなかったのだろう。
「国に逆らうことは、戦争に近い。甘いこと言ってたら……私たちが、やられる」
数々の戦に参加してきたからこそ、フェミルはそう言ったのだろう。「そりゃそうだけど」と言い返すも、ソフィアは言葉を噤んだ。
「エリシアさん……いいんすか、こんな形で」
むしろ俺がよくない。だけど、どのみちこうなる運命だったのかもな。それに俺だけがよければなんでもいいだなんて思考は、生憎持ち合わせていない。
けど……。
全滅させたが、国の中枢に知られるのも遅くはないはず。
それに今後の人生に影響されてくるし、今度こそ町ごと巻き込んだわけだし。いや、これが町の答えだって町長が言っていたな。覚悟ができたということか。
「私の意思と町のみんなの思いに応えただけだ。ルーアンの町は王国に抗うことを前提に立てられた組織だということはこの間も言ったはずだけど」
「……ですけど」
ため息。しかしそれは呆れたそれとは異なるものだった。
「ごめん。こんなことに巻き込んでしまって……」
「いえ、いいですよ。俺も世界を変えなきゃいけないと思ってるわけだし……あれ」
世界を変える義務感がどうして頭の中から浮かんできたのだろうか。また何かの記憶が出てきたのか。俺自身の意思というより、誰かに頼まれたような。『世界を変えてほしい』と言われた印象が残っている。
「……?」
「ああ、なんでもないです。ルーアンの町に住まわせてもらっているし、強さがものを言う世界ってことはとっくに分かっていることですし」
整っていない言葉をテキトーに並べては誤魔化し、苦笑する。
「しっかし、封印を解除するつもりが、自力で脱出するとはな。敵に回したくねぇ野郎だ」
「……同感。こればかりは……信じられ、ない」
そう言ったオーランドとフェミル。それにソフィアが答える。
「だってヴェノスだもん。不可能を可能にするんだから! ね、ヴェノス」
「そうなのか……?」
まぁ、そうなんだろうな。
「にしても、こんなに派手にやってしまったら、アコード王国も本気で俺達を消しにくるんじゃねぇの?」とオーランドはエリシアさんに質す。
「封印術式を破るほどの次元違いの実力。それを見せつけられたからには、すぐには仕掛けてこないだろう。向こうも最大限の警戒をするはずだ。聖騎士団、王国軍、亜人族や精霊族含む奴隷兵、そして"現勇者"のイデアスとそのパーティ……アコードの全戦力を私たちに仕向ける程、馬鹿ではない。少なくとも父はそう考えることはないだろう。敵は私たちだけではないからな」
「だが、時間の問題だろう。奴らは備える。なにも封印術式だけではない。それ以外の方法でメルストを――我々を組み伏せるはずだ」
町長の言う通り、こんな少数精鋭にして独立国家ができそうなほどの実力を兼ね備える革命団体を王国が放っておくわけがない。町が消されるのも、そう遠くはない話だろう。
「けど、たぶんこっちから変な動きを見せない限り手出しはしないだろ。返り討ちに遭うのは目に見えているし、魔族のことも考えればしばらくは監視か防衛の体勢に入る確率が高い。そうだ、確実にしたいなら直接王に交渉するのもありだと思うぜ、先生」
「……敵陣にひとり首ツッコむようなこと、先生に、させないで……馬鹿なの?」
「ま、馬鹿なことに違いねぇな……で、気になってたけど、あれってなんだ」
指さした先。死体の山に座っていた吸血鬼は「んんぁ」と身を起こす。
「そうそう、何気に協力してたけどあのホラーな人誰なの?」とソフィアは好奇心を示す。
「頭に……有刺鉄線が巻かれた鉄箱……趣味悪い」とフェミルの毒舌。
「やぁっと気づいてくれたよ。空気扱いにされてていつ声かけようか困ってた」
吸血鬼は鎖や有刺鉄線に巻かれた身体を動かし、金属の嫌な音を立てながらこちらを見ている……のだろう。顔が鉄箱で見えないからこっちを向いているのか少しわかりづらい。
「なんでそんな端にいるんだよ」
「おまえ知らんの? 日の光浴び続けるといろいろマズいんだよ吸血鬼ってのは」
異世界でも吸血鬼は太陽の光に弱いようだ。吸血鬼は腕を伸ばして日光に当てると、煙を発してはシュゥゥゥ……と蒸発していく。灰がパラパラと出てきていた。
「おお、こりゃ本物だな」
顎をさすり、オーランドは淡々といった。
「メル、こいつは……」
半ば恐れた目で吸血鬼を見るエリシアさん。「希少種の黒吸血鬼か」とロダン町長は関心を示す。
「封印の中にいっしょに閉じ込められてた生き残りのやつ。仲良くなった……んだよな? 名前知らないけど」
「ブラード……だったな確か。そんな名前だったよ」
吸血鬼は首周りをがりがり掻きながらうろ覚えの様子で名乗ってくれた。
「へぇ……で、おまえはどうすんだ?」
「んー……どうしよっか。もう長いことあそこにいたら空腹以前に生きる気力もなくなりかけてるし。血を吸うのも億劫だ」
吸血鬼がそれでいいのか……。
「だが、おまえは殺戮を犯した重罪人だ。そう易々と野放しにすることなどできるわけがないだろう」
「そのとおりだな。でもこのマスクみたいなやつがあるから吸おうにも吸えない。永遠に飢餓状態が続くってわけだ。どっかの洞窟でミイラになっていたら土に埋めてやってくれ。なんつってな」
少し悩む。せっかくなら町に勧誘したいとこだが……俺とは別の形で町民に避けられそうだな。なんでも、吸血鬼は人種というより生物の類だし。
「俺ならそのマスク何とかなるけど、どうする?」
「あ? 馬鹿言えこのマスクは……いや、おまえなら何とかできそうだな」
「メル、本気で言っているのか?」
「言うほど危険じゃないっすよこいつは。あ、でも両腕使えないから『物質分解』できないな」
そう言いつつも、内心ほっとしている俺。解放した途端寝返った場合、組み伏せるだけの力は今は無い。
「……ルーアンの町に住んでるって言ったな。ここから近いか?」
「まぁここの河の下流を辿っていけば着く場所だ」
そうか、とブラードは少し考えた後、
「んじゃ、僕はしばらくここでゆっくり休むことにする。ちょうどいい血もたくさんあることだし、おまえが回復したらここに来てくれ。このマスクをどうにかしてくれたら、それなりの礼はする。なんならおまえの言うことだって聞いてもいいぞ」
「じゃあそうしようか。その言葉忘れんじゃねぇぞ」
「ハン、そりゃこっちの台詞だ。僕のこと忘れてバックレするなよ?」
ゆらりと立ち上がるブラードは細身の割に重々しそうに足を運ぶ。
「どこへいく」と町長は質す。
「残りの囚人をちょっくら仕留めてくる。ここの奴等はほぼ全員死刑囚だし、餌にしても問題ないでしょ。……じゃあまたな、新時代の錬金術師。約束忘れんなよ」
牢獄の闇の中へと溶け込んでいき、軋む金属音も生々しい足音も共に消えていった。その場の全員がその背を見送っていた。
「……いやぁ、黒吸血鬼まで味方に付けるとは、恐ろしいもんだよ」
「いいんじゃない? これでまた、有利になる、と思う……」
「さて」と半壊した収容所を見上げ眺めては、ロダンは改めるように声をかける。
「ひとまず帰るか! ここはブラードに任せるとしよう」
「瓦礫に囲まれた空から人数分の中型の騎竜が翼を羽ばたかせて降りてくる。農場にいた運搬用の飛竜だ。それぞれが乗り、手綱を引く。
「どうしたメル、早く行くぞ」
微笑み、差し伸べてくれた大賢者の手を、俺は掴む。エリシアさんと共に、竜の背に乗った。
「じゃ、帰ろうか。後のことは色々考えなきゃならないが、今はメルスト帰還と工房完成記念祝いの続きだ!」
強面の中に見せた、楽しそうな表情に少し安堵する。それぞれの騎竜が空へと大きく羽ばたき、機能を失った収容所は瞬く間に小さくなっていった。
今日、ルーアンの騎士団は大きな一歩を踏み出しただろう。それが幸となるか不幸となるかは、まだわからない。時が進まない限り、世界の動きは分からないだろう。今後、アコード王国がどう動くのか。俺は心の片隅で不安に感じていた。きっとそれは、みんなも同じだろう。
それでも、進むしかない。狂わせた歯車は連鎖し、すべてを狂わせていく。その中で俺達は自分らで狂わせた歯車を、別の形で直していく必要がある。
「……」
かつてこの身体が終わりを迎え、そして再始動した地を振り返っては一瞥する。
不安定な揺れの中、竜の背から見渡せる空は眩しくも、寒気立っていた。
次回から日常パートに入ります。また、都合により今月は更新できないかと思われます。申し訳ありません。