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12.騎士団の実力 ~能ある鷹でも爪は見せびらかす~

「っ、おいマジかって」

 所長シザーと町長ロダンの一騎打ち……なのかこれは。


 もはや剣のぶつかり合いではない。それは爆発が連続して起きたような。しかし、互いの姿は――特に剣を持った腕の動きが視えない。銃弾でも捉えられるこの動体視力でもついていけない。


 それだけの速く、強い剣捌き。その斬撃は爆撃として地面にひびを入れては周囲の瓦礫を吹き飛ばし、渡る残響はその余波として真空波のように飛び交い、鉄よりも頑丈な質の壁を紙のように切り刻む。

 斬撃のみではない。シザーの周囲からロダンに向けて繰り出される数々の魔晄の弾。しかし頭部周囲に目でもついているかのように、ことごとく避けながらシザーと渡り合っている。


 人間の動き。だけど、人間の動きじゃない。

 俺がポカンとその闘う様子を見続けていたとき、エリシアさんの声で我に返った。


「町長のことは大丈夫だ。騎士団の中じゃ誰よりも強い。遥かにな」

 俺のそばにしゃがんでは、右腕を見つめた。


「しかしおまえは大丈夫か、では済まされん手負いだ。呑気な顔をしているが大丈夫なのか?」

「ああ、まぁ平気です。……いや、正直危ないラインです」

「なら早く言ってくれ。おまえは本当に、自分の犠牲を省みない」


 ボロボロな骨しかない右腕にエリシアさんの指が触れ、彼女は術式を小さく唱える。無数の腕輪型の彩色陣が腕周りに展開され、重なり合った瞬間、帯状になっては腕を巻き付ける。欠けた骨が形成され、血管や筋繊維が少しずつ形作られていく。痛みも引いてきた。


「すげぇ、治ってる」

「大量の神素を使うがな。……ふぅ、大賢者ならではの最上級治癒術式だ」

「ありがとうございます」といいつつ、俺はカーター副所長の姿を見る。あいつが最も厄介な相手だと思っているが……。


「この超音波は……っ、あの吸血鬼!」

 歯を食いしばるカーターの姿が距離を置いた先から見えた。特別音など感じないが、彼には聞き取れるのだろう。

「悪いね眼鏡。僕も自由になりたいし、この場に乗じてこいつらに協力するんで」

「かなり強い効果ですね……"術式封じ"など大賢者でも習得が困難な術だというのに」


 あいつの超音波がカーターの操作術式を防いでいるようだな。すでにかかった囚人とかは操られたままだけど。

 しかし、声は聞こえるも気がついたらあの黒吸血鬼の姿が見当たらない。近くにいるのだろう。

 

「というかみんな強すぎでしょ……」

 詠唱。陣の発動。万撃の激動。繰り出されるものは阿鼻叫喚と崩壊の音とが混じり、五感を刺激する。肌に感じる狭い空間での戦場。武器、腕力、魔術がせめぎ合う。交わるのは人と人、そして獣。天地の石は形を成さず、歪み、割れる。

 上下左右――四方八方の熱気と光、戦ならではの音と圧を肌で受け取った。


 相手は幾何もの人間のみならず亜人や魔獣、改造された処刑用の半機獣と魔動人形。それらをオーランド、フェミル、ソフィアの三人で対等に渡り合い、エリシアさんは重傷の俺を護っている。


 正直、ここまで彼らが強いとは思わなかった。自分の強さが桁外れだった分、世界の基準を解っていなかった。


「やっぱりインセルの囚人は手強いな」

 それでも、いや当然か、さすがの彼らでも苦戦している。エリシアさんがそんな一言をつぶやいた。


「じゃあ俺も……」

「メルは休んでろ。今は私が守って――」


 空気を裂く音。俺が地を蹴るのと、エリシアさんが振り返り金属装飾の大杖を振るう挙動が同時に生じ、天から降り注ぐ光を遮らんばかりの巨体さを誇る魔動人形ゴーレムを――。


「――ッぁぶねぇ!」

「――"鳳禍フェニスタ"!」

 粉砕した。

 振りかざした俺の蹴りと、杖から放たれたレイピア状の爆炎の竜巻はその巨躯を壁へと激突させ、まとっていた魔防壁ごと崩落させたにとどまらず、衝撃のみで収容所を半壊させた。地下から地上へと続く、抉れたような大穴が施設内に形成される。


「その言葉、そのまま返しましたね」

 揺れた地面に足を着け、ニッと笑う。

「別に気づいてなかったわけじゃない。けど、ありがとう。また救われちゃったな」

「次は頼りにしていますよ、エリシアさん」

 ビュオッ、と真横から強い風が吹き付ける。術式でもない、何かが通ったような風。俺はすぐに振り返るも、そこにいたのは双剣を地に突き刺して体勢を保っているシザーだった。息を切らし疲労しており、いくつもの斬られた傷から血が流れ出ている。

「シザー……ッ、てことは――」

 どうやら町長が優勢のようだ。


「ゴフッ、さすが曲者共を取り仕切る……ごほっ、騎士団の団長なだけある……」

 対するロダン町長は先程と変わらない。一歩ずつ歩み寄ってくるその姿勢に覇者のような威圧を感じる。人間の威圧ってのはここまで出せるものなのかと疑ってしまうほどだ。


「老いぼれに手こずっているようでは、私もまだまだだ」

「ハッ、"吸血鬼殺し"の名は伊達じゃない。そこらの老いぼれと同じにするな」

 ガキン、と双剣を抜き、構える。風が吹きあがり、シザーに纏う。揺らめき、舞うのは服だけではない。その身までもが地面から離れつつあった。

「そうか。では、手加減は抜きで行くぞ」


 フォン、と剣を回しては風を切り、両手で持っては構える。

 地面が砕け、シザーの姿が消える。ボゥン、と空が爆ぜる音と剣撃が耳を劈く。

 そしてズンとくる重い音。それは空と牢獄の地面ごとシザーの右腕を両断した音だった。

 右腕を斬り捨て、トドメを刺すべくして足を向けたとき、シザーの姿は突如枯れ、骨を残して砂と還る。


「ッ! ロダン町長!」

 あるものを見た俺は町長の名前を叫ぶ。それは彼の背後に浮いていたシザーの右腕。自由自在に浮遊していた右腕による不意打ちが町長の背後を襲った。

 しかし時は遅く、気づけた町長は振り返り様に剣を弾くも、双剣を失った右腕から強い光球の魔弾が町長の胸部に炸裂する。


「――がはァッ!」

「吸血鬼用の迫撃術弾だ。普通人に使えば即死なんだがね」

 染みわたる紙のように、浮いた腕から骨格、肉体が形成され始め、シザーの姿が復元される。

 魔防関係なしの容赦ないその一弾は、受け止めた町長を怯ますのに十分なものとなった。


「惜しい人材だが、折れぬその罪深い意志は国に危機をもたらす。終身刑だ」

 風を巻き上げ、駆ける姿は音の如き速さ。所長の肩から拳にかけて一瞬で発動した複雑な術式陣。絶対あれを喰らってしまったらマズいとヴェノスの脳、そして俺の魂が警鐘を鳴らしている。


「"封印術式――エウジェニオの消失"」


 確実だった。発動したそれはひとりの人間を多次元の空間に引きずり込み、計り知れないエネルギーがちっぽけな有機物でできた命を熱で引き裂き、散り散りにする。

 ……そうなるはずだったんだろう? 所長さん。


「――は?」

 凝縮されたエネルギーという円状の次元の裂け目はビッグバンのようにこの場で瞬時に膨れ上がり、一気に収縮しては消失する。

 刹那の静寂の後に見えた光景――俺の左手がシザーの術式を発動した拳を受け止めていた。バチバチと電流のようにプラズマがその手の間で散り続けているも、やがて収まる。


「ハハ……また封印技に勝てたみたいだな」

 力なく俺は笑う。

 だけど痛すぎて石のように受け止めた左腕が動かない。痛覚も麻痺しているが、筋繊維どころではない。感覚無いけど多分、複雑骨折してる。


「嘘だ、うそだ……! この術式までも封じられ――」

 だから、形成中の右腕に頼る。体内の無機物ミネラルの一部をこの手に増幅させる。限りなく大量に、そして迅速に。それは栄養素としての無機物ではなく、物体としての無機物として模造し、創造し、構築させる。

 目の前の男が次の手を繰り出すよりも先に、出来上がった金属と無機物が混じり合った剛腕をその顔面に打ち付けた。

 頭蓋骨と金属が奏で合う音が響き、地面を何度もバウンドさせるほどまでに殴り飛ばした。筋繊維がほとんど再生できていない分、半ば遠心力に頼っていたため、力が全然出せなかったみたいだ。


「すまない、メルスト・ヘルメス。まさか君に助けられるとはな」

 町長は口元の血を拭い、鎮めるように息を吐いた。振り返った俺は我に返ったように返事をする。

「いえ、なんかマズいなと思ったんでつい……これでも考えた上で――」


「不安にさせたな。今……終わらせる」

 その言葉を耳にしたとき、突然目の前に神素で構成された透明の膜――魔防が出来上がる。俺だけではない。町長以外の騎士団全員にシールドのような魔防壁が球状に包みこんだ。俺は杖を掲げ、シールドの術式を発動させた大賢者を見る。


「エリシアさん――?」

「こうでもしないと……巻き込まれるから。町長から離れて」

 少し距離を置いた先にいたエリシアさんはそんな一言を放った。

次は早くて21日に更新できるかと思います。遅くなってしまい申し訳ありません。

次回で収容所の話は終わります。長々となってしまいました。

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