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3.目覚め再び ~第一村人発見しました~

 目を覚ますとき、大抵の人はぼんやりとした光景から入るだろう。しかし俺は、いつもぱっちりと目を覚ます。今回もそうだった。


 いつも通りの目覚め。やっぱりさっきは夢だったんだろう。火葬場に放り込まれて燃やされかけて、何故か石壁が自分から砕け散って、出れたと思ったら奈落の底。


 うん、夢以外考えられない。

 夢以外……考えられないんだが。

 これも夢なのか?


 骨組みが露骨になっている木製の天井。照明がない。電気もない。

 塗装されている木の壁。火のついていない石造りの暖炉がひとつと、ぎっしりと古そうな本が詰まった本棚がふたつ。

 大きめの開いた窓からは涼しい風と暖かそうな日光が差し込んでいる。部屋より外の方が明るい。


 俺が寝ている敷き布団――ではなく、ベッドにはシーツが敷かれており、自分の布団よりは肌触りが良くないも、ふんわりと暖かかった。日干しした布団に近い匂いがした。寝心地もいい。


 自分の住んでいる寮の部屋リビングとほぼ同じような広さだとは思うが、ものが散らかってないこの清潔な部屋の方が広く感じる。


 簡潔に言えば、どこかの西欧の田舎にあるようなログハウス風の内装。


 つまりをいえば、


「どこだここ」


 夢にしては現実的リアルすぎる。


 身体は……動かせる。ちょっとズキリと痛むけど、起き上がれるし、立てる。

 服も変わっている。同じ黒だが、肌触りがいい生地で編まれている。寝間着にうってつけだ。


 木製のドアを開けると、キィキィ軋みそうな、だけど清潔感あるが故の真新しさを感じさせる廊下へと繋がっていた。左奥から音が聞こえた。


「お……やっぱり誰かいるか」


 やっぱり人住んでんのか。俺はそこへと歩み、ドアノブに手を付ける。少しだけ空いていたので、そのまま引いて開けた。


「あのぅ、すいませ……」


 ここまで大胆オーバーリアクションに息が詰まり、硬直するのは初めてかもしれない。瞳孔が広がった感覚もあった。


 俺の目に映り込んだのは、一糸まとわぬ裸体の女性。

 背中まである蒼みを帯びた銀の髪は水に濡れて煌めいている。自分より背が少し低めだが、すらっとした長い脚に艶めかしさを感じさせる腰と腹の引き締まったくびれ。


 目に飛び込む、白く透き通ったようなふたつの豊満なふくらみに、濡れた青銀髪が張り付いているも、光で少し照らされるほどのハリと艶やかさがあった。


 男の本能を呼び起こさんばかりの罪深い大人の女性の身体とは裏腹に、その整った顔立ちは一言で表せば美少女。大人のように凛としているも、どこか愛おしさを感じさせた。


 その澄んだ紅い瞳を見開き、恥ずかしがったように唇をきゅっと閉め、上と下を隠すことすらせず、俺と同様に硬直していた。


「……」


 ただ、沈黙。時間が止まっているような。いや、徐々に相手の顔が赤くなってきている。


 え、これどうなるの? 普通だったら叫んで身を隠して通報するよね。なんかメンタルブレイクしそうな罵倒を浴びせられてお縄行だよね。


 とりあえず、謝ろう。


「……あの、なんか、ごめんなさい」

「……」


 母さん、見てる? いや見ててもこればかりはちょっと困るけど。それでも母さん、聞いてくれ。


 俺……もう、この人生に悔いはないや。


 腹部の強烈な痛みと頭部の衝撃を最後に、目の前が真っ暗になりました。


     *


 骨組みが露骨になっている木製の天井。照明がない。電気もない。

 塗装されている木の壁。火のついていない石造りの暖炉がひとつと、ぎっしりと古そうな本が詰まった本棚がふたつ。


 ……あれ、また同じ景色だ。

 ただなんだろう、吐き気と頭痛がする。なんか記憶が吹っ飛んでいるような……。

 

 すると、がちゃりと左前の木のドアから誰かが入ってくる。びくりと、情けなくも驚いてしまい、警戒した目でドアに入ってくる誰かをみた。


「あ、気がついたか」


 その透き通るも芯の通った、凛とした大人の女性の声。


 うっすらと蒼さを帯びた白銀の髪は背中あたりまで伸びており、まるで青天に映る空色の川でも見ているかのようだった、という俺らしくない表現だが、例えればそんな感じだろう。


 綺麗に生え揃ったまつ毛。すっとした鼻に潤んだ唇。きめ細やかな白い肌。少し鋭さがあるも、ぱっちりとした、炎のように煌びやかで凛々しい真紅の瞳。服越しでもわかるスタイルのよさ。


 少女を構成する要素パーツは、どれをとっても文句のつけようのないほどまでに整っていた。その身すべてが美そのものであり、また可憐さを体現するために配置されているかのようだった。


 一言でいえば……美人だった。

 そして思い出した。


「あっ! 裸の――いやなんでもないです警察だけは勘弁してください」


 布団からジャンピング土下座をした――かったのだが、激しい頭痛と全身の痺れで身体が動かなかった。


「無理に動くんじゃない。つい思いっきりやっちゃったしな」


 あ、やっぱりこの人に天誅を下されたのか俺。美しい人ほど強くて怖いものだな、としみじみ思うが、表情筋も麻痺しているのか、半ば無表情で女性を見つめている形になった。

 その様子が怒っているとでも捉えたのだろうか、女性は申し訳なさそうに話す。


「いや、その……すまないと言いたいとこだが、君も君でノックするとか考えなかったのか?」

「す、すんません……」

「責めるつもりはないよ。ただ、そのー、なんだ。ちょっとびっくりしただけだ」


 ビックリでボディブローと回し蹴りのコンボを繰り出す人がいますか。少なくとも僕の住んでいた地区ではありませんでした。


「あの、あなたは……助けてくれたんですか?」


 警戒心などとうにログアウトし、すっかりその美貌ともいえる見た目20代の美女に釘付けになっていた俺は一瞬だけ戸惑うも、とりあえず言うべきことを言った。


「ここはどこですか」というつもりが、先ほどの夢の記憶がフラッシュバックしたために、違うことを言ってしまった。


「ああ、川沿いで君が倒れているところを私が見つけた。具合の方は大丈夫か? ……私がやったところ以外で」

「あ、ええと、たぶん、大丈夫です」


 今のところ彼女に与えられたダメージを除けば、痛みも気持ちの悪さもない。

 少女のように若々しくも大人らしさがある顔。その下の首筋と豊満な胸の谷間をちらちらと見ながら相づちを打つ。俺の住んでいる国ではとても見られない大きさだ。いやらしいにやけ顔よりも驚きの感情の方が先に出てしまっていた。


 青銀髪の女性は、そんな俺の邪な心に気づくはずもなく、にっこりと笑みを向け、


「それならよかった。ちょうど朝食ができているし、今持ってくるよ」


 とお告げを授けては部屋を出ていく。パタン、とドアの閉まる音は静かだった。


「……」


 深いため息。

 綺麗だった。まずその一言。ごちそうさまです。何故か手を合わせる俺。


 今の女神の御加護ほほえみで、俺の邪淫な心は清めてもらったことだろう。ふへへ。


「にしても……どういうことだ?」


 部屋をみる限り、海外っぽさがぷんぷんする。空気の味も違う。どういった経緯でここに至るのか。

 しかし言語が通じたから、案外国内かもしれない。こういう病院……なわけないか。


 それに、あの美人さんの服装と髪の色。茶髪や金髪ならわかるとして、白銀に蒼っぽさが染まっている髪なんて、地毛としては考えにくい。染めているのだろうか。それにしたって自然すぎる色だった。コミケでみる人工色よりも地毛っぽい。


 そして田舎風の中世民族衣装、しかしリアリティがない、まるでファンタジーゲームに出てくるような私服。腰周りや腹部、胸部にかけて、その抜群な体つきをそのまま体現するかのようにぴったりと締まりが良い。また、長めのスカートと袖がダボついているというより、ゆらゆらしている感じ。


 結論として、俺が編み出した答えは、

「わからん」


 その一言に尽きた。

 駄目だ、思考回路が残念な俺では全然見いだせない。結局ここがどこだか――。


「……ん? 川沿い?」


 ふと、先ほどの会話を思い出す。

 川沿いで俺が倒れていたということは、川に流されたということになる。


「……てことは」


 崖から落ちて川に流されたと考えれば辻褄が合う。


「あれは夢じゃなかったのか……」


 だとすれば、怪我とかあってもおかしくはない。あのときはかなりの深手だった。


「……? 身体治ってる……?」


 両腕を見ても、傷はない。むしろなんだか筋肉質だ。俺もっと細かったよな? 気のせいか?

 サイズの大きい綿の黒服を半分脱ぎ、胸元を見る。


「うわっ」


 胸筋が丁度いい感じに鍛え上げられている。ほぼなかったはずの腹筋もアスリート並にバキバキだ。いや、声が出る程びっくりしたのはそれだけじゃない。


「なんだこの傷」


 火傷だろうか、心臓部に痛々しい傷跡が赤い刺青のように刻まれていた。触れると僅かに腫れている。見方を変えれば太陽のシンボルみたいにも見えるが、周囲が血管張っているので、見ていて気持ちの良いものではない。

 事故のことを考えると、電撃傷に分類されるか。

 電流で筋肉が張っているのだろう。そうでなければこの傷跡も筋肉質なのも説明がつかない。


「……」


 そんなわけあるか!

 頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃにかき回すが、特に思考が良くなるはずもなく。記憶が全くないわけではないも、この現状がわからなかった。


「入るぞー」


 扉が開き、女性は朝食が乗ってあるトレーをベッドの傍の台の上にやさしく置いた。


 食べやすいようにカットされた、ドライフルーツとクルミがたっぷり入っているパウンドケーキ。刻んだキャベツやニンジンらしき緑黄色野菜と蒸したポテト、そしてウインナーというよりはヴルストに近い肉ものの添え合わせ。そして、コーンが入っているのだろうか、温かそうな黄色いスープからはとてもいい香りが漂ってくる。


 空腹感はなかったはずだが、おいしそうなあまり、腹の虫が囁きかけるように鳴り出す。「おい、早く食べようぜ相棒」と急かしているようにも聞こえる。


「簡単なものだが、遠慮なく食べてくれ」

「あ、ありがとうございます。……いただきます」


 そのお言葉通りに、遠慮のない俺はスープから口をつける。

 まさに頬が落ちそうになるとは、このことだった。


 火傷しそうになるほど熱かったが、スープのとろみが舌にじんわりと馴染みつつも食道へさらさらと流れ、胃の中を温かく包んでくれる。コーンのまろやかな風味が口の中や鼻腔を満たし、染み込ませていく。そんな感じがした。


「……美味ぇ」


 それでも、口から出た言葉は、その一言に尽きた。

 一気に食欲が増し、がつがつとほかのものにも手を付け、口に運ぶ。冷凍食品や即席食品、添加物の多いジャンクフードばかりを食べている俺にとって、涙が出そうなほどのおいしさだった。


「おいしいか?」


 そして、耳に透き通るように響く彼女の美声。天国はここにあったんだ。


 正直、このおいしい料理もそうだが、彼女のにっこりとした笑顔だけで食がなくても生きていけそうな気がする。さすがにそれは言い過ぎか。


「こんなに美味いもの食ったの、生まれて初めてかもしんないです」

「はは、褒めるの上手だな」

「いや本当ですって!」


 この感動を伝えたいばかりに強く出てしまった俺は、後から恥ずかしさを感じ、「いや、その、なんでもないです、すいません」と呟くように言ったが、おそらく相手にはごにょごにょとしか聞こえなかったかもしれない。


「そ、そこまで言ってくれるなら、こっちも……まぁ、嬉しくなる」


 それでも、顔を赤くしては微笑んで受け入れてくれる彼女。もう光って見える。理想郷はここにあったんだとばかりに感動する。


 母さん、俺ここに住むよ。


「名前まだ言っていなかったな。私はエリシア・クレマチス。先生をやっている」


 彼女は赤木の椅子を引いて座りながら、そう自己紹介してくれた。


 クレマチスだなんて、なんともまぁ彼女に相応しい名前だ。その名前の花は実在していて、確か花言葉は「高潔」だったか「清楚な娘」だったか。

 なんにしろ、その花は彼女の雰囲気にぴったりな青色の花弁を持っている。


 すいません。俺、あなたと受粉したいです。


「へぇ、先生なんですか」

「ああ、こどもたちに読み書きや計算、歴史や『術式』などを――」

「ちょっと待って」


 聞き間違いか。いや、別に難聴じゃないけども。


「術式ってなんですか?」

「え……? 一般には魔術や魔法のことを言うが……」

「魔法!? あの魔法ですか!?」

 それ本当ですか、といわんばかりに訊くが、エリシアという女性教師は当然だといわんばかりに、


「ああ、『火』、『水』、『土』、『風』、『天』、そして『識』の『6大元素』を基盤にした『神素マナ』という物質の変換と操作のことだ。一般では『魔法・魔術』のことを『術式』というぞ」

「……???」


 わけのわからない用語がつらつらと彼女の口から出てくる。

 全く分からないというわけではない。ただ、常識のように定義されている感じに話していることに理解できなかった。


 6大元素なんていつの時代の化学だよ。

「え……とー」

 冗談で言ってます?


「この時代では『術式』を学問、いや教育として普通に教わることなんだが……知らなかったのか?」

「全然」


 俺は身震いするように首を振る。


 文化層が違いすぎる。ゲームに出てくるような「マナ」や「魔術」が使えて当たり前の世界なんて今の時代どこに――。


「……まさか」


 つい呟いた後、少し困ったような表情の彼女にすぐに尋ねる。

 まさかとは思う。馬鹿げているとは思うが、最悪当たっているのかもしれない。


「……すいません。ここって何の国のどこですか? あと今何年ですか?」

 少し意外そうな顔をされつつも、丁寧に答えてくれたが、俺の求める答えではなかった。


「ん……? ここはラスミド地方にあるルーアンという小さな町だ。辺境だが、アコード帝国に属している。年号は天麟歴5092年だ」

「……マジか」


 何その国名。車の名前か糖尿病の臨床試験のACCORD試験ぐらいしか思いつかねぇし、あと年号おかしいだろうよ。かの有名な神の子よりも寿命が長い神様がここにおられたぞ。一年何日に設定してあるんだこの国は。


 しかし、悪いことに予想は当たったようだ。どれも聞いたことない名前だ。

 万事平均以下の俺。それでも唯一平均以上あった「記憶力インプット」のスキルがあった故、小学校から名付けられた『雑学王』の称号。しかし、この雑学王おれを前にしてもわからないということは……。

 ここが地球上のどこでもないということだ。


「マジカ(mazy-can)……? こんなところで呪文ルーンの一単語を言っても、なにも起きないぞ?」

「……? っ、いや呪文じゃないっすよこれ! つーかこれ呪文の一部なの!?」


 というかルーンって何だよ。普通にありますよみたいな感じで言っちゃったよこの人。逆に気まずいわ。


「ああ、周囲の気流を多少なりコントロールしたり、しゃっくりを無理矢理とめる等の呪文の接続詞にあたるな」

「マジか!」


 しかもしゃっくりって普通にダセェ! 「だから今言っても発動しないって」って余計なお世話だわ! こっちじゃ挨拶のように使ってんだぞ!


「……はぁ」


 唖然からの呆然。呆れた俺は、伸縮しづらい表情筋をきゅっと動かし、参ったなといわんばかりの表情。

 きっと無愛想な顔なんだろうな。というか美少女を前に緊張しているのか、本当に筋肉が衰えているのかわからなかくなってきた。

 いつものくせで、髪をいじる。はらり、と一本の髪の毛が抜け落ち、布団の上に乗る。


「んぇ?」


 つい間抜けな声が出てしまった。たまたま目に入った髪の色。一秒ばかり固まった俺。


 そして察した。


「――っ! 鏡みせてください!」

「? あ、ああどうした突然」


 エリシアは俺の焦りに少し戸惑いつつも棚から手鏡を取り出す。もらったそれを覗き込む。


「冗談だろ」 


 開いた口が塞がらなかった。


 誰だ……これ俺か!? 嘘だろ? ……なかなかイケメンじゃねぇか。


 元々ナルシスト傾向があった俺(あくまで自覚あり)は、いつも鏡で見ている顔とは似ても似つかない二枚目顔に若干自惚れつつも、それ以上に驚きを隠せなかった。そのぽかんと驚いた顔も、イケメンだった。


 まず、髪の色が違う。

 大学ではずっと金髪だったはずだ。ハーフの外国人といい勝負するほどの金色が、漆黒といわんばかりに真っ黒になっている。メッシュでもなんでもない、すべての髪の毛の切っ先まで真っ黒だった。


 髪型も違い少し長めだが、くせは強くなく、清潔感がある。束感あるストレートヘア。


 瞳の色も黒だが、不気味なほどまでに透き通っている感じがする。風渦巻く深淵の底のように、吸い込まれそうな瞳をしていた。


 何より顔立ちが整っている。肌は日焼けしていない白さ。すごく若々しく、しかし大人びいていた。


 ただ、無骨なまでに無表情、いや、なにも動じなさそうなクールさはなんというか俺らしくない。そんなクール顔にして感情豊かな俺のキャラだったら、とんだギャップだ。キャラ崩壊に等しいよな、と客観的に考えてしまった。


 感嘆に近い溜息。

 ここまでくると、疑いようもない。


 俺はもう、地球の島国で生まれ育った人間ではない。

 あのとき、確実に死んで、この世界に生まれ変わってきたんだ。


「もしかして、記憶がないのか?」


 俺の驚きぶりを見てそう思ったのだろう。エリシアさんは顔を覗き込むように心配してくれている。


 元々別の世界にいたけど、事故って感電死したら異世界に転生していました。そんなことを正直に言って通じたらどれだけ楽か。


 ここで事情を話したところで、信じてもらえるわけではないだろう。俺だって信じきれていないんだし。


「たぶん、ないですね」


 俺自身が俺ではないにしても、俺に前世の記憶があったように、この身体自身にも前の記憶があったのだろうか。それにしても転生だとすれば普通、赤ん坊からだろう。


 そもそもこの世界の言語を理解している時点で、この身体はこの世界で生まれ育ってきたと考えてもいい。この世界の言語や知識も、この脳の中に既に入っているはずだ。何かのきっかけがあれば、この身体の元々ある記憶を引き出せるかもしれない。


 しかし、この身体はもともと誰のだったんだ?


「そうか……まぁ、大丈夫だ。いつかきっと思い出せるときがくるさ。しばらくここにいてはどうだ。『術式』も忘れているようだからな」

「いいんですか?」


「もちろん。みっちり教えてやるさ」と微笑む。この笑顔だけで戦争がなくなりそうだなと思うのは俺だけではないはずだ。


「エリシア先生、そこにいるのか?」


 そのとき、扉の開く音が聞こえる。20代前半だろうか、若いが俺よりも年上らしき男性が入ってきた。

 こいつも中々のナイスガイだ。この世界は美男美女しかいないのだろうか。


「あ、ジェイク。来るの早かったな」

「採収が思ったより早く終わったからな。そんなことより、先生が今朝助けた人ってその人のことか?」


 ジェイクという男は入口に立ったまま、俺を睨むように見つめ続ける。


「……?」


 なんだ? 固まってねぇか? まさか俺、こいつの身内ってオチか?

 何かを思い出しているような顔。徐々に青ざめた顔になっていく時点で、感動の再会とかではないらしい。あまり快くないということだけは見て取れた。


「先生、ちょっと来てくれ」

「? どうしたんだ突然」


 ジェイクは彼女を連れ、俺だけを残し部屋から出ていった。静かな部屋に聞こえるのは、窓から入ってくる温かい風の音だけ。


「……」


 あの男は知り合いだろうか。万が一、彼女の愛人だったらTNTトリニトロトルエンでも飲ませて爆発させてやると嫉妬を覚える。


 それにしても……。


 俺の顔を見た途端に怪訝な顔をした。というよりは信じられないとでもいいたげな……。

 もう頭の整理が中々つかない。「はぁ」と溜息交じりに後ろへ倒れ、枕に背を預けては両肘で上体を半ば起こす姿勢にした。


「うん……?」


 ほんのわずかにドアが開いている。そこからだろうか、声が聞こえる。二人が話しているのだろうか。


「何話してんだろ」


 年甲斐もなく気になった俺はベッドから出た。


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