9.錬金術師、連行 ~異世界に時効はないようです~
エリシアさんの声が届いたのか、パッとエリシアさんの方を見ては小じわを寄せて穏やかな笑みを向けた。
「……ああ! ラザードの娘のエリシアか。ずいぶんと美しくなったな。何年ぶりだ」
「まだ子供でしたから、あのときの私は。本当にお久しぶりです」
親戚のおじさんと会ったような雰囲気もすぐに終わり、ぴしりと嫌な空気になった。
「だが、ラザードからいい噂は聞かぬぞ。どうして国を出ていった」
「……父のやり方が間違っているからです。所長、あなたも父と同じ考えならば――」
「生憎だが、今はその話をしに来たのではない。ある人物を探している」
「収容所の最高責任者であるあなたが脱獄した囚人の捜索をするとは。人手不足ですか?」
「そのような皮肉を言えるぐらいにはなれたか。動くはずのない重要な大罪人が消えたんだ。遺体焼却所の壁に大穴を空けてな」
「……」
大穴ってお前……心当たりありすぎて自分を恨みたいぐらいだ。
この町の近くの河の上流に、崖上だが収容所がある。壁どころか鉄柵を壊してそこから落ちたんだと考えれば、まずこの町を疑うよな。
「まぁ、インセル収容所といえば誰もがあの男を思い浮かべるだろう。……錬金術の父、いや禁忌を犯した魔王ヘルゼウスの息子『ヴェノス・アルフォーナ・メルクリウス』の処刑された遺体の消失。ハルディン・ロダン、そしてエリシアよ、心当たりはあるか?」
ここにいると確信した上で、そう言ってきていることは明白だった。
「……」
「そう遠回しな言い方をするな。もう分かっているのだろう」
「ああ、その通りだ。メルスト・ヘルメス。今ではそう名乗っているのだろう」
「――!」
身の毛がよだつ。ばれてはいけない相手にばれたときの焦燥感はこんなにも顔を強張らせる。
「相変わらず、顔は正直だな。言ってしまえば、大罪人をここに匿っていたんだ。その罪は裁かれるべきだろうが……その人間を今すぐこちらに差し出してくれれば、君ら二人の名においてこの町の罪のことは見逃してやろう」
「メルストにヴェノスの意思はもう存在しません。新しい人格として生まれ変わったんです」
「やはり君は若いな。そして甘い。それは大賢者として問題発言をしたことになるが、ここは見逃してやろう。ヴェノスさえ差し出してくれればな」
それにしたって、ここに来る日が遅いような。確信的な判断材料が揃っていなかったのか?
しかし、ヴェノスがメルストだと知られていたのが疑問だ。この町の中でしか名前は知られてないはずだろう。他の町に行ったこともないし。
アイコンタクトを合わせることすらできない。だがこのまま沈黙を続けたって、この町も巻き込んでしまう。
「……くそ」
……仕方ない、なるようになると祈って。
俺はシザーの前へと歩を進める。
「俺がメルスト・ヘルメスですが」
引き連れていた3人の男に金属的な杖を向けられる。先端が砲口のような形状をしており、おそらく神素で発射できる機械的な武器だろう。俺は立ち止まる。
「貴様が……若返った姿だとまでは聞いていなかったな」
やっぱりチクった野郎がいるのか。
「だが……私以上に強く匂う。かつて人を殺し、血を浴びた臭い。やはり命を大量に奪った者の風格は違う」
見た目で分かるものなのか。いや、本質を見極められる人なのだろう。
「俺を連れていけば、町のみんなは見逃してくれるんですよね? 俺自身とは関係ないけど、この身体だけの問題ですし」
「話の分かる奴でよかったよ。……まさか死際のあの言葉が本当だとは思いもしなかったが、さすが錬金術の父といったところか。つくづく恐怖を覚える」
あの言葉……? ああ、「私は甦る」って言ったことか。違う形だけど確かにその通りになったな。
「けど、生憎この身体の中身の魂は別もんだってのは本当です。ヴェノスの記憶や人格とはまったく違う赤の他人ですけど、それでも問題はないんですか。罪人の魂がなければ裁くものも裁けないんじゃないかと思うんですが?」
「法は魂ではなく、その身を裁く。あと、それについては君がいちばんよくわかっているはずだ。その身に宿した驚異的な力……それは世界をも滅ぼしかねん、まさに世界の頂点である魔王と勇者に選ばれた者、そして神に匹敵する力だ。天災の術式を容易に発動できる幼子がいたら、君だって警戒はするだろう」
俺を幼子に例えるか。まぁ、ただの青臭い人間がヘタしたらブラックホールを引き起こせるほどのエネルギー量を放出できる力を持っていれば、神の力ともいわれるだろう。
「それで、俺を捕まえたところでどうするつもりですか。また処刑するのですか?」
するとシザーは軽く笑った。
「本来ならば今ここでその命、再び葬り去りたいところだが、君を怒らす程こちらも馬鹿じゃない。それに、不死らしいじゃないか」
もう十分に怒らしてるってーの。ここに誰もいなかったら素粒子ごと存在を分解してやりたいところだ。そんな盛った冗談はともかく、国王繋がりなのは厄介だな。
「それが仮だったとしても、また同じように電気処刑で死ぬとは限らない。死なないとなった以上、"封じる"他ない。あの吸血鬼と同じようにな」
「っ、シザー所長、それは――」
「少し噤んでもらおうか、エリシア。今はヴェノスと話をしている」
「……永遠に封印するってことですか」
「そうだな、"無間地獄"とも称される刑だが、不死じゃなければ朽ち果ててしまう。処刑よりも大掛かりな方式だからあまり使いたくはないが、永久の苦痛を与えられるという意味では、君にはうってつけかもしれん」
まだこの世界の法もいい加減なことだな。ある意味二重人格ともみられる人間を裁くのは俺のいた世界でも難しいから仕方のないことかもしれんが。
しかし無限の苦痛と来たか。少し気になる。
「……わかりました。俺以外に何も手出ししなければ引き受けましょう」
少しだけ表情が晴れたシザーに対し、エリシアさんは剣幕な顔で俺に怒鳴りつける。
「メル!? おまえ何を考えているんだ!」
「今はこうするしかないです。俺のことは後々なんとかなる……かはわかりませんが、大丈夫です」
いざとなったら逃げれるだけの力はあるし。それが封じられたら終わりだけど。
にしても、俺もここに住んでいるうちに地域愛、いや人々に愛着が湧いたのだろうか。この町を護りたい気持ちが、今の俺にはあった。最初は酷い目にあわされたけど、あれはまぁ、今思えば仕方ないことだったかもしれない。
「けどおまえ……っ、封印術式わかってないだろ! 不死の生物の吸血鬼でさえも脱出不可能で最悪殺しかねん不死殺しの処刑法だ! いくらメルでも……」
「大丈夫です。吸血鬼と俺は違いますよ」
「そういうことじゃ――」
「やはり君は物分かりがいい。ラザード王が捕まえたときにはかなり抵抗したそうだが、魂が違っていてよかったよ」
なんとも不条理なことだ。いや、これが普通なのだろう。魂が違うだなんて、信じる方がおかしい。異世界だと通用しそうな気もしたけど……場合によるか。
周囲の様子はそこまで見れなかったが、バジルの歯を食いしばっている様子が見て取れた。
「こいつ、舐めやがって……!」
「親父、堪えろよ」
「ミノ……おまえはこんなときでも……」
「俺が何とも思わないわけないだろ。けど先生や町長でもどうにもならないなら俺達でどうにかなる話じゃない。しかも相手が相手だ。今は……堪えるしかないんだよ……!」
彼らの話が聞こえていたのか、シザーは俺を再び見ては、
「さて、貴様のその自己犠牲溢れる心意気が変わらぬうちに連行するとしよう。人々が変な企みをせぬ前にな」
魔力のある鉄枷を手首につけられ、町の外に待機させていたであろう飛空艇に繋がれた飛竜のもとへ連れられる。あれに乗って移動してきたのか。
「待ってください所長! メルストを連れていくなら――」
「エリシア!」
空気が響く。怒鳴ったのは――ロダン町長だった。
「耐えろ。冷静になるんだ」
「っ、私は冷静です! どうして止めるんです! どうして――」
「……とにかく今は信じてくれ。それに、この場で町に犠牲を出してはならない。なにもするな」
「っ、なにを言って……」
まぁ……町長ならではの判断だな。何かに気づいたのか、だがそれは俺も町のみんなもわからない。シザーがここにいる限り、口外できないことなのか。
さて、ここからどうやって脱出を試みよう。しかし逃げたところで、また同じ繰り返しだ。
それでも。
「……必ず、帰ってくるから」そう呟く。
エリシアさんの悲しそうな声を聴きつつ、俺の背に向けられた数多くの視線は、前まであったような嫌悪感あるそれではなかったのを感じ、うつむいた俺は薄く微笑んだ。