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8.希望と不穏 ~工房が完成した件について~

前話の7話の一部を変更しました。ストーリー的にも少々変わってますので、ご了承ください。

「とりあえず、器材や機械をそろえるのは地道にやっていくか」

 公爵令嬢のソフィアからもらった資金はまだ残っている。エリシアさんの助言をもとに最低限必要そうな道具をそろえ、後に少しずつ配備するとしよう。

 あれから少し日が経った。廃屋から一転、二階建ての一軒家程のレンガ製建造物を見上げては、俺は息を吐く。もう明日明後日には使えるらしい。


「即興にしてはなかなかやるじゃろ、うちの弟子たちは」

 横にいたハードックが腕を組みつつそう言った。なんだかんだ関わっていくうち、話の合う人だとわかってから、こうやって普通に話せるようになっている。肥料の製造の件も順調だった。


「ええ、本当に即興とは思えないぐらいの完成度です。ハードックさん、ありがとうございます」

「礼を言うなら大工たちに言え。あいつらもあまりない建設業に腕を振るえてうれしそうだったが、酒でもおごってやるんだな」

 小じんまりしつつも自分の新しい家となる場所を前に、俺は笑みをこぼす。ここでいろいろなことをする日々を想像していた。


「ヴェーノースーッ!」

 その声と後ろからのし掛かってくるやわらかい重さに俺は我に返る。

「わっ、ソフィアか」

 そうか、確か今日だったな。ソフィアがこっちに越してくるの。工房建設と同時、使われていなかった空き家を増築・改築していたんだっけ。

「久しぶり! とっても会いたかった!」

「なんじゃおめぇ……ああいや、ゴットフリート家の公爵令嬢じゃったな、建設依頼人の」とハードック。

「久しぶり! とっても会いたかった!」

 後ろから抱きしめられつつ、横の方にいるアインツ執事の一瞥しては、


「おう。あ、お金ありがとうな。本当に助かった。今すぐ返せなくて申し訳ないけど、いつか利子付けてぜんぶ返すし」

「いいってそんなケチケチしいことしなくて。ここは貴族として気前よく払わせた方が清々しいでしょうし、ヴェノスの為だったらいくらでも費やしてあげるんだから」

 この人飲み会とかだったら絶対酔った勢いで全額おごるタイプだ。気前良すぎる性格はいつか身を滅ぼすぜ?

「でも感謝してもしきれない。貰いっぱなしじゃ申し訳ないし、少しずつ返すよ。本当にありがとう」

「ふふ、また困ったことがあったらいつでも相談してね」

 相談しにいかなくてもいつも見てるから分かるんだろうけど。

「お嬢様」とアインツが呼び、ソフィアはこのあとの用事を思い出したのだろう。

「またねヴェノス、あとで工房の中見せてね!」という挨拶を交わし、赤い髪をなびかせながら去っていった。嵐のような人だと俺は感じた。


「にしても、こんな早くできるなんてな」

 改築でもここまで早かったら大企業が駆けつけてくるレベルだ……と思う。古めかしさはあるが、廃屋とはかけ離れている。蒸気機関らしきものやタンク、排気口というか煙突まであるが……補足の術式とかで早く建てたのだろうか。術式は便利すぎるけど、ちゃんとデメリットもあるんだろうな。


「おう、おまえらか」

 気がついたハードックの声で俺は振り返る。酒場にいるはずのメイド姿の双子が目に入り、俺も「おう」と声をかけた。

「あ、えっと、おめでとうございます」

「まぁ職に就けてできてよかったね。ヒモ卒業おめでとう」

 セレナとエレナが新しい工房を見つつ、俺にそう言ってきた。

「ありがと。なんだかんだ祝ってくれるんだな」

「ん」とうなずくエレナに続き、ほっこりとした笑顔でセレナは言う。

「ちょっと怖かったですけど、リーアお姉ちゃんを助けてくれましたし、酒場によく来てくれたので……」

 思ったより普通の人だなって思ったわけね。セレナがあまり脅えないようになってから姉のエレナもあまり冷徹罵倒しなくなったし。ちょっと毒舌だけど、彼女なりのツンツンした対応なので、性格故に仕方のないことか。


 彼女らの後から、酒場店主のバジルとその息子である道具屋店主のミノも建物を見上げながら俺に話しかける。

「おーここにできたわけか。なかなか立派じゃないか」

「いいなーおまえだけの工房って」

「みんなここにきていいんですか? 暇じゃないでしょう」

「いやー昼だし、特に旅団や冒険者も来ないからな。ガランガラン」

 バジルはともかく、ミノ、おまえろくに繁盛してねぇだろ。妹のリーアに頼りっぱなしじゃねぇか。


「なんだかんだ世話になってるしな。道具屋の店番もしてくれて助かったし」

「おまえってホントに……まぁリーアとずっと話せたからいいけど」

「あいつも喜んでたよ。また俺と店番代わってくれないかなって言ってたし」

 それは嬉しいことだな。

「ルーアンの一員として働くんだ、今夜はしっかり飲んで祝わないとな」

 バジルは大笑いするが、単におまえらが飲みたいだけだろ。ああでもなんでだろ、この働くって言葉に対する抵抗感は。


「はは、ありがたくいただきます。……あ、エリシアさん。授業お疲れ様です」

「メル、とうとうだな」

 授業が終わったのだろう、エリシアさんがこどもたちと一緒に来た。フェミルもいっしょだが、相変わらず帽子を深くかぶっている。まぁ兜よりマシか。

「ハードックさん、この件は誠にありがとうございます」

「ああ、いいってことよ。ちょうど技術者の手が欲しかったところじゃ。こんぐらいどうってことないわい」

 深く頭を下げるエリシアさんからハードックは目を逸らす。

「すごいすごい」と6人いた生徒たちは工房の前に集まるのを横目に、

「いやぁ、いざ活動となると、なにからすればいいか迷っちゃいますね」

「自分で言っていただろう、まずは本場の工房と共同作業していろいろ学んだ後、自分なりに材料や新しい素材を作って売るって」

 そうだったな。売るとは言っても工場や隣の鍛冶工房や炭鉱所とかに取引する感じのイメージだったけど、販売店のように普通に売った方がいいのかもしれないな。

「まぁ、なにはともあれ、私も嬉しいよ。家の中が少し寂しくなるがな」

「ちゃんと夜や朝にはいますから大丈夫ですって」

「私はむしろ……ホッとしてるけど」と唐突なフェミルの一言。もう君の毒槍発言は笑って「ま、おまえはそうだよな」と返せるぐらいには慣れた。


「そんじゃあ新しい錬金術師がここに生まれたということで! 恒例の祝宴を俺の酒場でパーッとやろうか!」とバジル。それに続き皆が賛同する。

「炭鉱所や鍛冶工房のみんなも呼んで……ハードック棟梁もいっしょにどうですか、新しい部下が一人増えたことですし」

「いや、まだやることが残っておる。他の者を誘え」

「それでは代わりに私が行こう」

「ちょ、エリシアさんは酒弱すぎでしょ! いろいろな意味で駄目ですって」

「安心しろ、水しか飲まない」

「そう言って誰かの飲みかけた焼酎と間違えたことあったの覚えてないん……そうでした、記憶なかったんだあのとき」


 そんな会話を聞きつつ、俺は微笑む。いつの間にか周りにも人が集まっていた。

 だんだんと町に馴染めてきている。工房完成までの間、町の人と交流しておいてよかったな。

 まだ技術者としては未熟すぎるかもしれないけど、やりたいことは叶った。その第一歩を歩むことができた。未熟なところは、いろいろな人から教わって身につけるとしよう。

 さて、あしたから頑張るか――。


「お祝い事の最中のようで失礼するが、あなた方にひとつ訊きたいことがある」

「……?」

 あれは……ロダン町長と……3人の紳士的な服を着た男に白いコートとハットをかぶった初老。問いかけてきたのは初老の方からか。

 戸惑いの空気。その中でエリシアさんただ一人が、ぽつりとその名を確認するように呼びかけた。

「っ、シザー所長……?」

 

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