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7.大賢者の心裏 ~怒られるうちはまだ良い方です~

2月26日にて改稿しました。内容に違いがありますのでご了承ください。

勝手ながらに申し訳ありません。

 その日から作業はすぐに行われた。

 アンモニア製造――ハーバー・ボッシュ法の実現は手こずるものの、その間に俺の工房改築に手を付けてくれた。


 製図からはじまり、設計などは俺もいっしょに考えることになったが、話してくれたハードックのおかげもあってか、ごつい身体をした荒々しそうな部下のみんなは俺のことを半ば認めてくれた。それもあり、またかじった程度だが、建築のことは少し知っていたので、話はスムーズに進んだ。同じ大学の建築科の友人を持っていてよかったとつくづく思う。

 まぁ建築家は触媒であって、クライアントや歴史、将来どのようになっていくのかというイマジネーションを化学反応させることが建築なのだ、という化学科の俺に対する友人の言葉をそのとき思い出していた。


 しかし、農地の不作問題に気づけなかったら、こんな多くのものを得られなかったな。いろいろ都合がいい気もするが、ある意味では感謝だ。


 さて、問題の費用。相手はお金がある前提で話しを進めていたようで、それを知ったときにはどれだけゾッとしたが、よく考えれば当然のことだった。


 資金どうするんだよと思い、最終手段として『物質創成』スキルで金を創るかと考えたが……そのタイミングを見計らったように、翌日エリシアさん宅に大量の資金が振り込まれた……じゃなく、現金で送りつけられてきた。……ソフィアの手紙付きで。


「うわ……やっぱりヤバいなこの娘」


 手紙を読みながらそれはつい口にする。

 さすが情報通の貴族というべきだが、俺にとっちゃただの金持ちストーカーだ。『いつでもあなたを見ています』って言葉がこれほどまでに悪寒を走らせるとは。


「まぁ、おかげで助かったじゃないか」


 エリシアさんはそう笑うが……今ここでも監視されているかもしれないと思うといまいち落ち着かない。


「敵には回したくないですね」

「だな。ゴットフリート家がこの町に完全に移住するのは工房が完成した日とほぼ一緒だったな。なんであれ、その日に彼女に感謝しなきゃな」

「まぁ、そうですね。あと、ハードックさんも話の通じる人で良かったですし、工房の件も解決してよかったですよ」

「それについては本当に驚いたよ。珍しいこともあるもんだが、まぁ、旧友のよしみもあるだろう。あの人も素直じゃないからな」


 まだ完成までの日は遠いが、俺のポジションはヒモ無職から錬金術師っぽい何かに昇格することができただろう。いやぁ、山岳の田舎町じゃなくてどこかの大きな国とかだったらこんな簡単に上手くいかなかったな。


「ですけど、せっかくならエリシアさん家のすぐそこが良かったですね。そしたら共同作業とかできましたのに」


 しかし作ってもらえる工房は俺の仕事場であり、帰る家はエリシアさん宅のままだ。フェミルが作ってくれた夕食をいただいた後、リビングにて俺はエリシアさんにそんなことを言う。持っていたソフィアの手紙は折りたたんではテーブルに置く。


「走って1,2分のところじゃないか。それに分野が違う」


 そこは歩いて何分とかじゃないのか。なんで走らせたんだろ。


「まぁそうなんですけど、分野が違うからって学問を孤立させたら新しいものも生み出せないですよ。分野の融合が新開発や研究の発見に繋がるんですし」

「はは、たまにらしくないこと言うな」


 らしくないって、むしろこっちが俺らしいよ? 違うか。

「そうですか?」と笑って返す。


「それで、完成したら何を創るんだ? あいつらは仕事が早いからな。せっかく迅速に改築した工房をすぐに使わないと一晩で解体するぞ」

「気が早すぎますよねそれ」


 ゆっくりやらせてくれそうにないな。はやく昇りあがって、ハードックから独立するぐらい成果を上げないといけないか。


「でもまぁ、そうですね……俺が思いつく限り、この世界にはまだ実現できていないものをまずは作ってみようかと思います。より便利にしたいですしね」


「そうか」というエリシアさんの表情は嬉しそうなものだった。カフェイン濃度が低いコーヒーを持ち、ソファに座っている俺の隣に腰を下ろす。


「メル、まだ経験は浅いようだが、おまえもヴェノスや私と同じ『未来の希望』を切り拓く研究者のひとりだ。お互い、励み合おう」

「あっはは、どうしたんですか改まって……今『未来の希望』って言いましたよね。それにヴェノスと同じって……」


 ちょっと引っかかった。神を冒涜した大罪人を、エリシアさんは何も悪くないというように町の人に説得していたことを思い出す。処刑されそうになった日のエリシアさんの保身っぷりはすごかったが……前から少し気になっていた。


「ああいや、気を悪くしたならすまない。ただ、『未来の希望』というのはそのままの意味だ。世界が平和に、豊かに、そしてこの先を生きる子供たちが笑顔で生きていけるようにするものを研究し、開発していく。そんな漠然としたものだが、漠然だからこそ『希望』と名付けられたのだろう。ヴェノスもそれを求めていた一人なんだ」

「でも、そうとうの被害や死人が出たって……」

「捉え方次第ではそうともいえる。私も正直、あの人のやってきたことがすべて正しいと言えるとは思えない。けど、あの人なりにも救いたいものはあった。その熱意が誰かを助け、同時に誰かを傷つけ、そして同時に……誰かの将来を大きく変えるきっかけを作った」


 遠回しに言わないでほしいが……あまり知ってほしくはないのか?

 だけど、


「エリシアさんにとってヴェノスは、悪い人じゃないんですね」


「ああ……私はあの人に命を救われたから」

「え……そうなんですか?」

 懐かしそうにその人のことを想い返しているのだろう。しかし、どうしてそんな悲しそうな目をするんだ。


「それだけじゃない。まだ罪人として捕まっていなかったとき、この世界の素晴らしさを子どもだった私はその人に教わった。そして、人間の愚かさもな。それで気づけたんだ。父は……勇者は間違っているって」

「それってどういう……?」

魔族オストロノムスでも人間族ヘレクトスでも、間違いを犯す。だから私は父の国を出ていき、この町を創った。どこの世界にもない、ヴェノスとは違った形で、世界を変えるきっかけを作る国を私は作ろうと思ったんだ。それは、ルーアンの騎士団全員が思っていることだ」


 この町を国に……? それに勇者が間違っていたって、どういうことだよ。魔族の国も政治が悪いと極悪人のコーマも言っていたが、人間の帝国も似たようなものなのか?


「じゃあ騎士団ってのは……ただの治安部隊とかじゃなくて――」

「極論で言えば、革命を起こすための集団だ。魔族国の発展も隅には置けないが、父……ラザード王の政治が違うことを裁かなければ、人間界に安寧は訪れない」

「……っ」

「しかし、その決行の日はまだ近くはない。様子を窺いつつ、準備をしているに過ぎないが、その意志はルーアンの町のみんなが知っているし、同意もしている。全員が革命を起こす戦士だと思ってくれればいい」


 俺はなにも言わなかった。いや、言えなかった。この町って、やっぱりただの町じゃなかったのか。

 まさかヴェノスの意思を元にして結成された町という名の集団だとは、随分と皮肉なことだ。このことばかりは、エリシアさんぐらいしか知らないだろう。

 しかし、エリシアさんが牢獄で会ったときって、まだ10歳のころだったはずだ。それに対しヴェノスは老人……よくわからねぇな。


「すまなかったな、なかなか言えなくて。それで……メルに言うのも何だが、まだ礼をいえてなかったんだ。……ありがとうな、ヴェノス」

 じっと俺の瞳を見て、彼女はそう言った。俺はどうこたえればいいのか。沈黙を選び、気まずさが漂う。


「あ、えっと……これなんですか?」


 話題を探してふと見つけた、ダイニングテーブルの上に置いてあった大きめの水銀温度計のようなもの。エリシアさんも気を紛らわしてなにもなかったかのように、この器具について教えてくれた。


「あ、ああ……それは今日の授業に使ったものだ。子供たちの神素の量――神力をそれで計測したんだ。人体中のエネルギーを測定して、扱ってもリスクが少ない術式がどれだけあるかを基準に定めたんだ」


 そう言いながらエリシアさんは根元のボタンサイズの金属部分に指を当てる。まぁ、さすが総合神力999のカンストを備える大賢者様だ。ぐんとゲージが最高値まで達したよ。


「『能力診断』でもよかったんだが、この機会ぐらいしかこれ使えなかったしな。まぁみんな楽しめていたようでよかったよ」


 へぇ、おもしろそうだな。神力計といっても、人体中のエネルギーを測定しているから、俺の無限エネルギーも通用するのかな。


「俺もやっていいですか?」


 まぁ、精密に神力を測るものだとしたら、メーターが微動だに動くか否かだろう。エリシアさんもそう想定していたのか、あっさり貸してくれた。


「ああ、けど高いから落としたりはするなよ?」

「さすがにそんな子供みたいなこと――」


 パリンと計測器が割れる音。いや、落としてない。ゲージを見ると、一瞬で振り切れているどころか耐久できないあまり故障したようだ。いや、これ故障というよりは破壊……あ。


 ポカンとしたエリシアさんのこの後が怖い。固まった空気が動いた瞬間、フェミルほどではないがヤバい気がする。


「……あ、えと、ごめんなさい。弁償します」


 ……ある意味身体で。いざというときのための『物質創成』で金を創造する時が、ここでくるとはな……。


 このあとふつうに怒られました。ああ、この感じ先生と生徒だなと懐かしい気分に浸っていたのも、いい思い出です。

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