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6.技術師と錬金術師 ~専用工房入手しました~

 ちょっとした一悶着はすぐに終り、エリシアさんと共にジェルソン・ハードックという工房をはじめとした工業系の棟梁にうまく説得してもらおうと思ったが――。


「私はこのあと授業を開くから、悪いが私は行けないな」


 まさかの戦力外報告。いや最初から戦力外な俺が言うことでもないけど。


「ああ、じゃあ帰りついでに案内するわ」


 そんなわけで町に入ってすぐ左側の工房帯。炭鉱所も隣接しているらしい。なんというか、ここだけ文化というか時代が違う感じ。案内してくれたオーランドとはそこですぐに分かれた。ぽつんとひとりになって、少し不安だ。


 あの化学反応が俺の知らない何かしらの方法で行い、実験室で可能になったとしても、工業的に大量製造するとなると相当な困難を要する。人数100人近くならなんとかならないわけでもないが……そのハードックという男に協力させてもらうしかない。


 蒸気機関等のプロの技術者で有名だったというし、ヴェノスのことを知っているから、腕も頭も優れた開発者だということだ。膨大な電力や高温高圧、触媒などの工程のことはそいつがなんとかしてくれるだろう。どちらかというとそっちの化学反応装置を開発する方が大変なのだが、俺にも限界がある。


 頼むぞハードックさん、異世界のボッシュになってくれ。俺は異世界のハーバーになるから。


     *


「駄目だ」

 でしょうね。即答でした。


 工房内の休憩所。それでも工場の隅の無機質な空間で、中央に使われていない暖房みたいな炉と丸イスがあるくらい。しかし暖房がなくても、この中は熱気と騒音でいっぱいだった。しかし今は稼働している装置が少ないのか、普通に会話しても支障ないぐらい。

 壁や天井にパイプが所狭しと詰められており、メーターや歯車の付いた大掛かりな装置も見られる。働く人たちを横目に見つつ、目の前の座わっている老人に再び目を向けた。

 棟梁というだけの貫禄さはあるし、老いが侵攻しつつも、そのたくましさは衰えているどころか、他の男たちよりもある。最初に会ったときの勝てる気がしない気持ちは自然に発されている威圧として俺の身を引かせる。


「おめぇよ、自分がどういう立場かわかってんのか」

「……やっぱり、元がヴェノスだからですか」


 しかし、頑固とは聞いていたものの、エリシアさんの名前を出したら話だけは聞いてくれた。

 全身全霊、ありとあらゆる記憶と知識をフルに使っては、人工空中窒素固定を通しての窒素肥料の製造工程を不器用ながらに説明した。図まで書いて説明したから、さっきの錬成室のときよりはそれなりに伝わったはずだ。

 ついでに俺の錬金工房のことも話したけど……結論として駄目だったか。


「そうじゃな……おめぇのその身体の持ち主だった奴とは若い頃よく関わってたが……奴から一方的に接してきたようなもんじゃ。話の通じる奴だと言っては理解のしがたい論を嫌というほど聞かされ、いろいろ協力させられ……その馬鹿馬鹿しさっぷりには呆れるほどじゃったわい。儂はヴェノスが嫌いじゃったよ」


 ハードックは慕われている一面もあれば、畏怖されている面もある。なんでも、ハードックも俺やオーランドと同じ魔族だという。ヴェノスが王家を出ていってから知り合ったというが……というか、やっぱり印象は良くなかったのね。

 なにしてくれてんのヴェノスさん。語り厨とかやめてくれよ。


「じゃが……そんな無茶苦茶な奴に付き合わされたうちに、儂もそいつと同じ人間になったようじゃ。おめぇの話はヴェノスほど分かりやすくはないが、理解はできる」

「っ、それじゃあ……!」

「その空中窒素固定という、枯れた田畑を養うための肥料を造る技術は……やってみる価値がある。町の為ともなるなら、尚更じゃ」

「あ、ありがとうございます!」


 よかった、チョロく……げふんげふん、承諾してくれて。熱意が伝わったようだ。じゃあさっきの駄目ってのはなんだったんだよ。なにが駄目だったんだよ。


「肥料以外にも爆薬を作れるというのもおもしろいしな。坑道の奴等は大喜びするじゃろう」


 窒素肥料と窒素とは切っても切れない関係があるように、爆薬と窒素とも密接な関係がある。

 アンモニアより酸化などをして作れる硝酸アンモニウムや硝酸カリウム。窒素肥料として使えるそれらの硝酸化合物は、実はそれ自体が爆発性の物質ともなる。それ故に、製造する際も細心の注意を払わなければならないが。


「それで、工房の件は……」

「今ここに在るじゃろ」

「いや、俺の工房をですね――」

「立地条件も厳しいというのに、そんな危険な施設を建てるわけにもいかんじゃろ。そのうえ、今までにない物質や材料の開発と来た。おめぇが儂の立場だとして、そんな得体のしれない研究開発を得体のしれない男に託せるか?」

「いや、それは……確かにそうかも知れませんね」


 静かな威圧を前に、言い返せなかった。そりゃそうだよな、俺より何倍もの技量を持つベテラン相手に、説得させる方が難しい。


「しかし……エリシアの言う通り、やはりといえばそうなんじゃが、人と何か違うところがヴェノスと似ていて、しかしそいつとは根本的に何かが違う……不思議な雰囲気を持つ男じゃ」


 この流れはオッケーという意味かな。なんかこのじいさん、ツンデレ属性はいってんぞ。やっぱり最初の駄目は何だったんだ。立地から作ることがダメだったのか。


「そ、そうですか」

「建てることはできんが、ちょうど隣に空いた廃屋がある。そこを改築させてやるよ」


 隣って、エリシアさん家へと続いている道側の出入り口の傍に建ってる一軒家だよな。内部は見ていないが、THE・廃屋だったのは印象に残ってる。


「本当ですか! ありがとうございます!」

「やれやれ……あの若い賢者に感化されるなど、儂もどうしたんだか。その窒素肥料の案を持ち出さなかったら追い払っていたとこじゃぞ」


 なんにしろありがたい。少しは認めてくれたってことか。このじいさんも分かってるじゃねぇか。


「が、しばらくは儂の管轄下に置いてもらうぞ。好き勝手やらせて事故でも起こしたらたまったもんじゃないからな」

 まぁ、そのあたりはしっかりしてるよな。俺は「わかりました」といつもの固い表情で答えるしかなかった。


25日12時に更新します。

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