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2.公爵令嬢は田舎町に住む ~騒動の種が増えた気がします~

 そんなわけで、今はこうやって逃げているわけだが。


「だぁーから落ち着けって! わかったっていったじゃん!」

「そんなのわかるわけない! そんなこと信じたくない!」


 俺の言葉を完全否定。事実を受けとめたくないのだろう。

 パンチで隕石孔クレーターつくる以上に、魂と肉体を分離させる術式のような効果がたびたびあるから、それを警戒している。しかしそれ以上に、女の子に手を上げることなどできるわけない。

 

「くそ、埒が明かねぇ」


 一度は言ってみたかった言葉を口にしては、俺は逃げることを止める。


 杖の宝玉は自然に修復されつつあり、今ではもう元の形に戻っている。さっきの破壊光線みたいな術式をもう一度使われたらたまったもんじゃない。さっきはなんとか消して最小限に抑えたけど、軽く町消し飛ばせるエネルギー量だったぞ。40兆ジュールは普通に越えてたな。


「っ、マジか」

 思った傍からあの杖使おうとしちゃってるよ。地面に杖を叩き付けて山ごと吹き飛ばす気か。どこの魔王気取りだよ。

 というか怒ったら周り見えなくなるとかどんだけめんどくさ――いやそれどころじゃねぇ。


「やめろ」という声よりも先に、身体が動いていた。無限エネルギー出力による「時空移動」を発動。速度と距離を無視した移動法で瞬く間に俺の視界に広がっていた山岳の景色は、涙を流すソフィアと問題の杖へと切り変わった。


「へっ?」ときょとんとしたソフィア。反射的な動きをされるよりも速く、振り降ろされた宝玉の杖の柄を蹴り、手放させる。

 転移した際の発生した熱波と圧の流れと共に、俺はソフィアの胸部に手を付け、草むらの地面へと押し倒す。


「――あっ」


 少し乱暴だったか。けどこっちも必死だ。地面に足を着けると同時、ソフィアの両手を地面に押し付けて身動きを取れなく――冷静に考えたらすごいドキドキするなこれ。ほぼ身体重なっているようなもんだし、顔近いし。

 胸を揺らしつつ上体と両脚を捩らせるだけなのに、なぜか固まってしまう。彼女涙目だから背徳感を抱いてしまうし、息を呑んだ俺は1度思考が止まった。


「離して変態!」

「うごぉっぷ!」


 なんかすいません! おかげさまで我に返りました!


 直径10m、深さ2mのクレーターを作る威力が蹴りとして俺の腹部に炸裂。

 幸い、今の蹴りに術式は発動してなかったけど……素の蹴りでも相当だ。幾つかの内臓が潰れた音と背骨から変な音が同時に聞こえた。模擬だけど不死に似た頑丈な体でよかったと心から思う。

 けど彼女の顔にぶっかけないように、喉奥から湧き出る血を抑えるので精一杯だ。


「ぐ……いい蹴りじゃねぇか……!」


 よし、なんとか吐き出そうになった血を飲み込めた。飲み会での嘔吐対策法がここで役に立ってよかった。すごい苦しいけど。


 そのときの顔が気持ち悪かったのか、それとも蹴られて吹き飛ばなかったことに対してなのかはどうでもいいが、ソフィアは固まったかのように驚いている。


「……え、なんで……?」

「なんでってお前……自分の愛してた男のことぐらい知っておけよ。ヴェノスがじいちゃんになろうとも求婚し続けていたんだからよ」


 いてぇ……死にそう。そう言っている奴ほど死なないんだろうけど、一瞬だけ何かを思い出せた気がする。

 どこかの古びた部屋、大量の色褪せた書類と器材、親しく話しかけてくる女性の声……。熱意と苦悶が混じる感情が数年分――何百層も重なり、一気に意識の中に詰め込まれる。


 なんだろうか……目の前の彼女に対して、一気に親近感が湧いてきたような、変な感覚。激痛のショックでヴェノスの記憶が少し戻ったのか?


 ああ気持ち悪い。けど、怯んでいるからチャンスだ。このまま襲――違う、ちょっと戻った記憶を駆使して、なんとか言って場を収めよう。


「一度この身体は死んだ。人格も魂も変わった。おまえにとっちゃ、もう別人に見えるかもしれない。けど何かを成し遂げたい、デカいことやって世界を変えたい憧れと夢は廃れてねぇよ。共に見た夢まで死なせるわけがない」


 "未来の希望"。それに憧れたのは俺……いや、ヴェノスだけではない。この娘も同じだったんだ。あいつの夢と、それを目指す彼女は共に目指し、協力していたのだ。


「それでも受け入れられないのは仕方ないことだ。好きなだけ泣いても、誰も止めやしねぇよ。けど、こんなにかわいらしい顔をくしゃくしゃにするのはもったいないと思うぜ? 好きな男の前なんだから、気持ちをぶつけるだけじゃ、おまえの魅力は伝わらねぇぞ」

「……」


 くっさ! 運動部の練習後の靴下以上納豆以下のくさいセリフ言っちゃったよ。臭み440Auのセリフだよ。らしくなさすぎて赤面ものだ。

 それに、さすが俺だというべきか、説得ヘタクソすぎんだろ。逆にべたべたな口説き方になってるし!


 でもなんか心打たれたような顔しているから、ギリギリセーフか。やけくそだ、このまま突っ切ろう。


「でも、今回は別だ」と言っては、ソフィアを抑えるのをやめ、立ち上がる。

「え……?」

「好きなだけ俺を思い切り殴っても蹴ってもいい。全部受け止めてやっからよ、それで気が済むなら俺も本望だ」


 一石二鳥だしな。……限度はあるけど。


 今の押し倒しからの説得で我に返ったのだろう、だいぶ落ち着いたソフィアはちょっとぼーっとしたような様子で俺を見つめつつ、


「じゃあ……思い切り一回だけ、いい……?」


 と、全然落ち着いていないことを言ってきやがったよそこは遠慮しろよ!

「ううん、もういいの」や「え、そんなの悪いよ」みたいな感じにならないのかい! それを賭けた上での発言だったのに「え、ホントに? ありがと!」っていうタイプの娘だったかー、見誤ったな。

 やっぱり無理って超言いたい。普通の人だったらいくらでもウェルカムだけど、君は殴るレベルじゃないからね。

 ごめん、君の愛は受け止めきれない。


「ああ、漏らさず全部受け止めてやるよ」


 俺も俺ね。この無駄に貫き通す精神はイケメンに匹敵すると思うよ。


「わかった……」


 ただいまの俺の心境……超怖い。

 かっこつけて言ったけど、ヘタしたら再生できないほどの損傷だって考えられるし、もう死亡確定待ったなしだ。


 死ぬ前に一度だけ、転生初日に食べたエリシアさんの手料理、もう一回だけ食べてみたかったです。それが俺のささやかな夢……。


 ぴたりと彼女の入りかけたモーションが止まる。何かの視線を感じたのか、バッとソフィアが振り返ったとき、一矢の如き槍が飛んできた。

「きゃっ」と叫んだと同時、丘の奥から執事さんとフェミル、そしてエリシアさんが出てくるのを見かける。


「な、なに……?」

「お嬢様! お気を確かに!」

「アインツ……?」


 そうか、エリシアさん達を呼んだのか。それかたまたま出会って共に行動したか。どちらにしろ、ありがとう執事さん。今度寿司おごるよ。

 ふぅ、なんとか死なずに済んだ。フェミルの投げた槍もなければ、執事さんが止める前に俺は肉塊になってた。

 まぁ、串刺しにはなってるけど。


「助かったよフェミル。だけど間違えてるぞ」

「間違えてない……狙い通り」

「ここまで潔い確信犯はじめてみた」


 くっそ、仕返しとしてその被ってる兜をぶんどって人ごみ溢れる街中を歩かせる露出プレイをしてやりたいとこだ。内気でコミュ障な女の子ならば恥辱のあまり見られたくもない顔も真っ赤になることだろう。


「っ、うそ、そんな……」


 腹から背中に槍が貫通している光景に、ソフィアとアインツさんは驚いている。そうか、君ら初見さんだったね。


「ヴェノス!? え、そんな……大丈夫!?」

「ああ、だいたい平気。死にはしないから」


 変態と罵倒しながら全力で腹に蹴りを入れたのはどこのどいつだっけ。


「あ、エリシアさん、おかえりなさい」


 腹に刺さった槍を抜きつつ、少し後から来たエリシアさんに挨拶。周りのいくつかのクレーターを見つつ、


「何事かと思えば……メル、大丈夫か?」

「おなかが痛いです」

「だろうな。見て分かる」


 俺の腹に手をかざし、回復魔法の術式を唱えて傷を塞いでくれるその優しさは、今後も大切にとっておいてね。


「ヴェノス……この人は誰なの?」


 やばい! ヤンデレスイッチが中途半端に入りかけてる! オンになった瞬間お陀仏だぞ。


「ええーと、俺を助けてくれた、まぁ命の恩人のエリシアさんだ。教師やってる」

「エリシア・クレマチスだ。お初にお目にかかる、ソフィア・ゴットフリート嬢」


「――っ、その名前は確か」とアインツさん。大賢者の名はやはり知れ渡っているのか。


「あれ……ソフィアのこと知ってるんですか?」

 うなずいたエリシアさん。「ゴットフリート家の令嬢は……失礼ながら申すが、異質として有名だからな」


「それにしても……」とエリシアさんはソフィアの全体を見眺めるようにじっと見つめる。ソフィアも少し警戒し、引き下がりたそうな姿勢になる。


「異質な公爵令嬢という噂通り、計り知れない『総合体力値』を備えているな」


 "能力診断ステータス・ダイアログ"を無詠唱で使っているのか。エリシアさんの角膜にはどのようなステータスが映っているのか。


「それは竜人種であるが故、ではなさそうだな」

「そんなの関係ないわよ。蒼炎の大賢者様、あなたから……私にとってあまりよろしくない何かを感じるわ」


 遠回しすぎると挑発してるように聞こえるぞ。俺は察したけど、エリシアさんはあまりわかってないようだ。


「どういうことだ?」

「いいえ、ただあなたも惚れているのね、という話よ」


 途端、焦りをみせる大賢者。ふふん、とソフィアはエリシアに近づき、真紅の瞳を見つめるが……その話マジですか。


「私には分かるわ、目を見れば一発でね。邪魔ものとして今すぐ消し飛ばしたいけど、ヴェノスの命の恩人らしいから見逃しておく。けど、あまりヴェノスとの深いかかわりは――」

「同居してるし最初は添い寝もしてたよ……」


 フェミルちゃん、君ってやつは……どこまで堕ちるつもりなんだい? 堕とされてるの俺の方だけど。


「……」


 ああ、終わった。この凍った空気からどう熱膨張して爆発するのか。もうやだ、みんな女神エリシアさんと天使リーアちゃんを見習って。山岳地帯も空気読んでゴゴゴと遠くで荒風が岩にぶつかるような風音たててるし。


 手から召喚した宝玉の杖をズン、と地面に突き刺す。エリシアさん、この状況で添い寝してたこと思い出さないでください。無言でも顔色に紅く出てますよ。


「……それだけ、この賢者に魅力があるってことね」

「いや、あの、ソフィアが思ってるほどのもんじゃないぞ! 同居というか居候っつって、住まわせてもらっているし」


 町的には監禁されてるらしいけど。「そう」という一言が怖い。何言っても無駄なのは分かっているが、それでも言い訳してしまう。

 ああ、このあと一発お見舞いされてふっ飛ばされるんだろうな。そこのハイエルフ、なにしれっとした顔しているんだい。君の発言からはじまったことだからね。


「決めた! この土地を買うわ! 私もメルストといっしょに住む!」


 けど、ソフィアから放たれたのは破壊光線でも嘆きの絶叫ではなく、決意表明だった。「え?」と俺は唖然としたが、アインツさんも同じ顔をしていた。


「お嬢様、それはどのようなおつもりで……」

「そのままの意味! ルーアンの町に住むわ! そしたら、ヴェノスといっしょにいられる。またいっしょに夢を追いかけることもできるから」


 やっべぇ、無茶苦茶言いやがったこいつ。


「エリシアさん……どうしますか」


 俺の命が危ない気もしないでもない。


「ソフィア嬢、ゴットフリート家は情勢などに詳しい情報通だったな」

「ええ、その通りよ……それがなにか?」

「いや、そちらがこの町に住むのはこちらとしては助かる、という意味だ。生憎、ここの町にはちゃんとした情報媒体がないからな。世界を知るゴットフリート家なら、いろいろ知っていると思ってな」


 この貴族が味方になれば強みになるのか。うーん、利用するという意味ではなんかなぁ、と思うが、ソフィアは俺といられればなんだっていいような感じだし、まぁいいのか。


「居住については、この町の町長とも話し合ってもらう。いくつか条件付きになると思うが、それでいいか」

「わかったわ。ヴェノスのいる町に住めるなら、なんだってする」


 急に素直になったな。ヴェノス力強し。


「お嬢様、それでいいのですか」

「もちろん! 私がしたいからそうするの! ヴェノスもそれでいいでしょ?」


 話しかけられてビクリとする。「お、おおう」と声が出てしまった。というかもう、俺自身ではなくヴェノスとして脳内補完してるよこの娘。しれっとヴェノスの魂が死んだこと拒絶してプラシーボ効果発揮しちゃってるよ。


「まぁ、俺はいいと思うよ。お前がそれでいいなら」

「ヴェノスがそう言うなら、その通りにするわ」

「あと、今度からヴェノスじゃなくてメルストと呼んでくれ。メルスト・ヘルメス。気休め程度かもしれないけど、ヴェノスの名前で過ごしてったらいろいろ面倒なことになりかねんからな。いろいろやらかしていたようだし」

「分かったわ、メルストがそう言うなら」


 切り替え速い娘とみた。社会に出ても適応しそうだな。


 しかし、エリシアさんは情報通を使ってなにを考えているのだろうか。あまり腑に落ちないが、情報を集める点では、有利になるだろうとは思う。ここ山岳の田舎だし、ほぼ隔離されてるようなもんだ。


「ふふっ、13年ぶりだけど、これからもよろしくね、ヴェノス!」


 俺は苦笑し、心の中で不安と幸せを混ぜたため息をつきながら、ソフィアの満面の笑みを見る。まぁ、ヤンデレと言うよりは、ただ感情的になりやすい、怒ったら思わず手を出してしまうような、ヴェノス大好き女の子だとわかった。見た目に反して馬鹿力なのが問題だが。


 これからもっと大変な日々を送ることになりそうだなと、俺は風になびく草むらへと視点を落とした。

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