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18.極悪人と大罪人 ~魂ってなにでできてますか?~

「……まずいな」

「まずいって先生、何がまずいんだ」


 同刻。バジルの酒場にリーアを捜索していた町の人らが戻って来、エリシアから事情を聞いたときのことだった。急に深刻な顔つきになる大賢者を前に、町の人々は一部だが不安そうになる。

 その反面、気楽に流そうとする者もいないわけではない。


「先生の一番弟子のフェミルちゃんがいるんだから問題ないだろ」

「そーだぜ先生、あの娘の強さだったら軍隊相手でもへっちゃらだろ」

「それとも、あの黒髪の男のことか?」

「ああ、まぁ、それもそうだが」


 我が子を見送った母のように心配しているようにも見えるエリシアだが、それについて真剣に捉える者はあまりいない。


「先生って心配性だよなぁ」

「そもそも、あの男ってヴェノスだよな。よかったのか? 何しでかすかわからねぇし、フェミルちゃんの身に何かあったら……」

「馬鹿、先生が判断した上で行かせたんだ。大丈夫に決まってんだろ」


 エリシアの方へ近づく足音。半ばため息交じりで、椅子に座っているエリシアの前にジェイクが立つ。


「で、先生がいちばん懸念してることって、ふたりの無事とかじゃないんだろ?」

「ジェイク……」


「あの陰険野郎がフェミルと共にいるってのは腹立たしいことこの上ないが、あいつが魔王貴族ブッ飛ばしたのをこの目で見たし、それ以前にフェミルの強さがあれば力の付いた盗賊団ぐらいどうってことないのはみんな分かり切っている。それでも一番信頼している先生の顔を見ると、どうもただの心配性では済まない何かがあるって顔に書いてあるぜ?」


 見抜かれている。それとも、わかりやすいほどまでに表情に出ていたか。

 黙ってても仕方ないと、今感じていることを、そのままジェイクや周りの人に告げる。


「盗賊団のいる方角から尋常じゃない神力が急激に感じられた。メルストに神力はないし、フェミルもハイエルフとはいえこれほどまでは……魔族にしてもそうはいない。何かがいるんだ」


 酒場が騒めき出す。ジェイクは腕を組んだまま、語ることなく話を受け止めていた。


「まさか、魔獣種とか、討伐レベルA級の竜とか?」

「神力だけじゃ確定はできない。それと同時に得体のしれないエネルギーが莫大に感じるが……これはおそらく――」


 突如、激しい地震が酒場――否、ルーアンの町を大きく揺らした。ざわめきは大きくなり、悲鳴も混じるようになった。


「地震か!?」

「にしては揺れ方が違うような……」

「まさか、何かの衝撃とか」


 ふたつの強大な力がぶつかり合った余波が、こちらに及んだのだろうとエリシアは息をのむ。明らかただごとではない。


(メル、フェミル、リーア……無事でいてくれ)

「先生、さすがにこれは……」

「いや、ふたりに任せる。あのふたりが無事に帰ってくることを、私は信じてる」


 立ち上がったエリシアは、皆にそう言ったが、

「……たく、そういいながら助けに行くんだろ?」


 ぴたりと動きを止める。振り返らなくても、ジェイクがどのような顔をしているのか、エリシアには分かり切っていた。


「賢者が嘘ついていいのかよ。本当に、王国にいたときから変わんねぇな、あんたは」

「しかし……これは町創業以来二度目の由々しき事態だ。彼らに万が一のことがあったら――」

「今回ぐらいはよ、真剣に帰りを待ってやったらどうだ。あの男を試すのもちょうどいいしな」


 荒っぽく席に座り、そう言っては少しだけ微笑んだ。それに苦笑するような顔でエリシアは言葉が詰まりかけるも、小さな声で返した。


「……そう、だな。ジェイクの言う通りだ」

 心配する気持ちを紛らわすため、エリシアは酒場を後にした。


     *


 しかし、相当強く殴ったはずだが……まだ意識を保っているみたいだ。

 このまま洞窟の中にいてもまずい。暴れるなら外に出ないと、フェミルとリーアが巻き添えになる。


「ガフッ、この……! ほざけ出来損ないがァ!」


 鉤爪で地面を削る音。巨体のくせにずいぶんと身軽なことで。


「完っ全に口調が変わってんなぁ」


 もう元が男だったとしか思えない。うわ、SNSサイトとデジャヴを感じる。美少女アカウントのくせに中の人がおっさん事件とか。


「情緒不安定かって」

「――のごぁっ!?」


 身をかがんでは避け、50億ジュールの威力を胸部へと放つ。TNT火薬1.2トン以上のエネルギーは周囲に影響を来すも、今度は吹き飛ぶことなく両足で踏み堪えたことに「嘘だろ」と呟いてしまう。ビル崩せるほどの威力だぞ?


「痛って……っ」


 俺の腕もそろそろ痛み出してきた。爆発の形での出力には、やはり負担がかかっているのだろう。


 今のところ優勢だが、コーマの攻撃を一発でも受ければ状況は一転する。あの剛腕にねじ伏せられたら痛み以上の死が待っているような気がする。先程のミサイル魔弾よりも遥かに威力があると本能的に感じ取っていた。


 だから、余裕なのは表面上の装い。心底「マジでやべぇって、死ぬってこれ」と大汗を流している。


「げぶぉっ……、こうなったら――"煙立たぬ炎より生まれし魔獣よ、此の躰にその悪鬼の焔を献上せよ"」


 途端、コーマの身体が激しく燃え上がり、血のような鮮やかな炎をまとう。ここまで燃えてると水かけたくなる。水蒸気爆発しそうなほどの熱だからしないけど、コーマの立っている地面が赤く融けつつあった。

 骨が捻られ、肉が折れるような音が俺を不快にさせる。


 これ変化してる最中か。変身中に妨害攻撃すれば――あ、もう終わった感じ?


「熱っ」

 開放したばかりのオーブンの前にいる気分だ。


 にしても、より一回り邪悪さを感じる姿になったな。角がもう魔王レベル。紅い鱗に鋭い尻尾と、全体的に狼に竜が混じったような二足歩行の熱血系モンスターになっている。


 これイフリート、だよな……でもイフリートの力を授かったベヒーモスというニュアンスの方が強い。それでも外見は変わっているのでイフリートモドキと名付けよう。


「ベヒーモスの次はイフリートか……ゲームと違って、異世界の現実はむちゃくちゃだな」


 だけど。

 その炎さえも払拭するかの如く窒息消火する威力を、俺はコーマの顔面へ打ち込んだ。……かっこつけてカウンターとって蹴ったが、あまり力入らなかったな。次から拳にしよう。


「あぐっ、が……!」

「強くなったんだろうと思うけど、魔族が獣に化けた程度だろ」

「ぐっ、何故だ! 何故こんな男に俺は!」

「いままで弱い奴しかいじめてなかったんじゃねぇの?」

「ぬぐっ、黙れクソガキがァァァ!」


 バッと両腕を広げ、拳を握る――違う、掴んでいる動作にも見える。術式が腕から作動しているのか。

 まるで、何かを引っ張るような――。

 両腕を交差すると同時、地鳴りを唸らし、岩盤の両壁が俺のいる場所にだけ押し寄せてきた。落下する石と同じ速さに、目を開いてしまう。


「このっ、マジか!」


 無謀なりにもとっさに両手を広げて、挟みにくる壁を食い止めようとする。潰されそうな寸前、抑えた手からリヒテンベルグ図形のヒビが生じ、それに沿って電気を流し、砂ほどの大きさに分解する。分解した粒砂を足に流動させ、足回りを構築した岩で固定した。


 同時に粒砂を腕にまとわせ、より硬い物質に構築しようとしたが――やっぱりこんな死の瀬戸際でとっさに分子構成なんて思いつくはずがない。より強固な物質を考えようとも、分子の組み合わせには限りがあるし、俺の想像力次第だ。パズルのピースが合わないことに、より焦りを煽らせる。


 効かなかったと判断したコーマが地面を爆発させる勢いで蹴り、視認できない速さで振るう剛腕が、視覚をシャットアウトするほどの衝撃波と共に眼前に――。


 頭部を強打した時にくる、思考がどこかに飛ぶ感覚。痛覚さえも感じない衝撃は何が起きているのかすら把握できないほど。時間が進んでいるのかすらもわからなくなり、なされるがままに身体が脱力している。


 真っ白な視界は日の眩しさへと変わり、次第に景色がおぼろげに見えはじめる。


「外……」


 空を挟む白と緑の巨峰、次第に森の緑や岩の壁が視界の半分ほどを覆う。背中から風が強く吹き付けてくる。吸い込まれるような重力の重たさと浮遊感。


 この感覚は一度体感したことある。……あの馬鹿デカい渓谷に落ちているのか。


「畜生が……!」


 歯を食いしばり、とにかく上へと時空移動する。空間が張り裂けるような音に混じり、渓谷より上に移動した先に見えた景色。


 あのえぐれた地割れ、俺が殴り飛ばされた跡か?


「――!」


 ぞくっとした殺気が身を凍らせる。振り返ることも許されず、頭蓋骨が割れるような音が脳を揺らし、再び霧がかった渓谷の底へと落とされる。


 あの野郎、後ろにいたのかよ。

 そうとわかれば、また『時空移動』を使い、落下エネルギーごと切り取ったように落ちながら、跳んだコーマの頭上へと転移した。


 このまま『物質分解』ですぐに終わらせて――。


「バレてねぇと思ってんのか、よォ!」


 滞空バランスよすぎだろ、というぐらい裏拳の繰り出し方が上手く、またも動体視力で捉えきれない一撃をもろに受けてしまう。


 ボゥン、と大気の壁を打ち破る音が俺の身体から聞こえた。空気摩擦で背中が熱いどころではない。それが脳に伝達されると同時、人間大砲として緑の巨峰「リコーストの壁」に直撃する寸前。


「ちょ、早――」

「"聖王術・王牙の災"!」


 目に飛び込んだ炎獣の爪と腕とは思えぬ禍々しい何か。思わず手をかざし、もう片方の手を空高くそびえる岩峰の壁に触れる。


 いくら物質を最小限まで分解できようとも、衝撃までは打ち消すことはできない。


 防いだ右手は骨折、いや関節一本一本を引き抜かれたように痛く、山に触れた左手は、岩盤を分解し、吹き飛ばされる自分の身体一個分の穴を作ってくれていた。


 それでも、甚大な破壊力を前に為す術はなかった。口から血を吐いたのは前世でもなかったことだ。


 標高1000mの断崖絶壁の山にドーム一個分の風穴が空いた光景が目に飛び込んだあたり、俺はリコーストの壁の向こう側まで殴り飛ばされたということか。下に視線を向ければ、衝撃波で波立ち、水平線まで広がる青い海が飛び込んでくる。南国みたいにきれいすぎる青色で、逆に入りたくないぐらいだ。


「右手やべぇことになってんな」


 表現したくない赤さに、目を逸らす。しばらく右腕は使えなさそうだ。すぐに再生してくれることを祈りつつ、絶壁山の風穴の向こうにいるであろうコーマを落下しながら睨む。その姿は小さすぎて見えない。


「どーこみてんのかなぁー」

「――っ!」


 絶壁の風穴の下あたりの急斜面から爆発と共に真横に飛んできた、象に匹敵する巨体。砲弾どころの話ではない。炎をまとっている上に、あんな重質量に直撃したら海のどこで沈むことか。


 元素創成――『オスミウム・ガス』。


 大量の高温ガスを左腕から噴出させ、相手の攻撃軌道から外れたと同時に、刺激臭ある毒ガスの気団をコーマにぶつけさせた。


「ぶぁっ! テメ……! なんだこれ……目が痛ぇっ!」


 目に入れば重度の結膜炎になる。魔物でも効果あってよかった。


「"妖術――海星瀑"!」


 安心したのもつかの間、先に海上に『着陸した』コーマは唱え、海をせり上がらせ、天高く水飛沫の壁を作り上げる。水爆実験の動画と連想させたとき、飛沫の壁から無数の水滴の銃弾が飛んできた。


 ドォッ、と滝が真横に降りかかってくるような光景。瞬く間に飛沫の銃弾が身をえぐる。


「ぃぎ、痛っつ――!」


『物質分解』・『物理変化』スキル――第4の状態変化――プラズマ変換。


 身から発したプラズマの補助も含め、水分子を電子、陽子までに分離かつ運動させ、襲い掛かる水を超高温分離状態――プラズマにしてコーマごと一帯を包み込む。


「ぉあ? なんか光ったな」


 目が負傷しても、光は察知できるようだな。そんな呟きを耳にする。

『道』は作った。あとは大量の『原料』を『流す』だけ。


 着水寸前、『化学変化』スキルで電気分解に似た、分解反応を海水に起こし、生じた爆発的な水素をイオン化させる。電子を得、それを誘電率と伝導率の高いプラズマ帯に、海からコーマへと流す。


 大量に生じた放電現象と同時、海に落ちた俺も同時に全身の筋組織が引き裂かれそうな細動に襲われる。


 さすがにこれは死ぬ――。


 反射的に時空移動を使ってしまい、景色は一変、冷たく青い波紋から霧がかった峡谷に転移していた。辺りが白く、しかしうす暗い。空気がかなり湿っていて呼吸しにくい。


 服は濡れたままであり、痺れた感覚はまだ残っている。これでも生きていたことが奇跡に近い。


 時空移動をここまで使うと、疲労が半端ない。集中力などの労力を多く消費する『物質創成』や『物質分解』よりも体力を使う。それ故に、あまりこのスキルの練習をしていなかったのが悔やまれる。


「せめて地面の上に転移できるぐらいになれば――」


 こうやって空中に放り出されて、落下しながら身を休めることにはならなかっただろうに。


 轟音。


 峡谷の崖が内側から砕かれ、放電の光と共に重く固い瓦礫が降りかかってくる。


「――俺から逃げられるとでも思ってんのかァ!」


 こいつ――!


 大地の隙間――渓谷の絶壁に挟まれた中で、俺はひたすら『時空移動』を駆使し続けた。空間から出るたびに迫りくる隕石のような拳の数々。今ここが渓谷の狭間のどのあたりで、重力がどこからなのかすらも把握できないまま、無我夢中で空間と亜空間を交互に駆け、また避け続けた。


 水煙の中、真横で崖がクレーター状に砕かれる音のみが心臓ごと鼓膜を響かせる。大地も地鳴りと共にゆれていることだろう、短的にして連続的な轟音の中に長期的に鈍い響きが耳で捉えられる。


「ちょこまかと……小賢しい!」


 その台詞使ってる人初めてみたよ。

 一瞬だけ動作が遅くなった。そこを狙う。


 ボシュッ、と真横に響く、大気を潰す殴打と間一髪ですれちがった俺の身体は、悪魔のような顔面へと向かう。


 もうやけくそだ。


 2億キロジュールのエネルギー一斉出力。左腕から悲鳴に似た軋みがビキビキと脳を刺激する。


 相手の断末魔など聞き取れるはずもない。ひとつの渓谷とふたつの山脈ごと大地と大気が悲鳴を上げるような、単純なエネルギーによる世界の歪み。それだけの衝撃波が、渓谷の深部を崩壊させた。


 鬱陶しい霧を晴らし、谷底に叩き落されたコーマの身体は底の地面をさらに砕き割った。

 景色が晴れ渡るように周囲の阻む絶壁が球状にえぐれ、渓谷が垂直から斜面状になり、崩れた岩や木々が次々と落ちてくる。


「やっべ」


 はっきり言って、やりすぎた。フェミルは無事だろうか。何とかしてくれることを祈ろう。

 と思った矢先。


 谷底から数百メートルもの爆炎が生じ、目の前にはイフリートの姿。その灼熱の腕に掴まった瞬間、焦った俺はふりはらうべく、時空移動を使う。転移先は――さっきいた盗賊団のボスの部屋……のはずだったが、巨峰が見え、瓦礫と森が混じる地帯へと飛ばされた。アジトはもう崩落したのか。

 じゃあ、フェミルはどこに――。無事なのか?


「にしても、頑丈すぎんだろ」

 それでも、まずは目の前の危険因子を消すことが優先だ。起き上がり、咳をひとつする。

 時空移動でいっしょにつれてきてしまったが、あの転移した感覚に慣れていなかったのだろう、疲労した姿を見せ、怯んでいる。にしても、コーマの強靭さにもう飽き飽きしてきたところだ。


 微妙に弾性があるのがな。衝撃を流される。魔獣族の肉体によるものなのか、コーマ自体の強さなのか。その両方だろう。


 それでも効いているんだろうけど、なにか腑に落ちない。

 強い奴ほど典型的な弱点があってもいいはずだ。ないという可能性もあるけど。

 中から攻めてみるか。


「……おまえ、アルカリ金属食ったことあるか?」

「あ? なんつった?」


 聞いたことない言葉だったようだ。

 こっちまで危険が及ぶかもしれないが、やるなら思い切りやるか。こいつ相当強いし、手を抜けばこっちがやられる。

 深く息を吐く。右腕も治りかけているし、覚悟は決めた。


 "危険物第三類(ハザードクラス3)"……"指定数量デタミネーション超過オーバー"。


「『物質創造』……クリエイト類の術式か……変なモン作る前に食い千切ってやる」


 プラズマが発生する以上、このスキルは隠れて発動できない。根源を断つべくコーマはダガーが無数に並べられたような牙を大口から見せた。


 あいつの姿が消える――熱い。痛い。なんだこれ。

 右の視界に映る巨体。瞬発力高すぎるだろ。


「ぐっ……!」


 これはもげる。牙が胸筋や肩甲骨あたりまで刺さってるし、貫通してる。このまま退けば、右腕とおさらば。

 痛覚、ダメージが麻薬みたいな能力増幅剤でなければ、こうも意識をはっきりさせることなく、激痛の余りショック死していただろう。


 しかし喰らいついたのは好都合。相手がバカでよかった。


 金属経口――カリウム10kg×3.0――30kg投与。

 反応!


「ぶぉがァ!」

 カリウムは水分と激しく反応し、条件次第で爆発する。赤紫色の火が右腕をつっこんだコーマの口から吐き出た。


 それでも余るぐらい大量に発生した水素が体内に充填されたはず。引火点を抑え、右腕を喉奥に突き入れたまま、酸素を創造する。痛みを力へと変え、スキルを引き出す潤滑さを増加させる。


 指を圧電素子とし、起電させるため、俺は電気を発するべく指を鳴らした。


 水分子生成――点火!


 高速度の酸化反応は爆発に匹敵する。コーマの体内は爆圧と熱で、割れた風船のように凄惨なことになっているはずだ。同時に、俺の腕もただでは済まないが。


「痛ってぇ畜生……もげなくてよかった」

 強靭の域を越えてる肉体に我ながら半ば感心する。


「パが……グぁギ……!」


 顎が脱臼せんばかりに大きく開いたコーマは、ふらふらと壁にぶつかり、そして地鳴りを起こして転倒した。

 これでもまだ生きてるなんて……。


「本当に頑丈だな……ん?」


 凝視せずとも分かるほどの分子構成の変化。コーマの体表面が急激に硬化した。密度も相当、硬度はダイヤモンドぐらいか?


 もう護りの体勢だな。その間に体内を再生するという情報が、ヴェノスの脳からアウトプットされる。魔獣族ってそういう生物なのか。


「あと一発でイケるな」


 疲れたあまり、もうモチベーションが高くない。もう寝たい。盗賊団でここまで戦うとは思わなかった。


 右手で左肘辺りを掴み、右手、左腕全体にそれぞれの元素を創成する。


 バチバチと放電しながら、左腕ごと引き抜くように、右手を左肘から腕、手首、指先へと素早く沿わせる。同時に"物理変化"によって20GPaもの圧力と、2000℃以上の熱を発している右手を空へと薙ぐ。


 その際に脳内で構造をイメージし、カーボンナノチューブ状に形成されたホウ素と窒素の2種化合物――窒化ホウ素を創り上げる。


 その粒子を"物質構成"にて固めて圧縮し、超硬化させた。


「"ナノ双晶型立方晶窒化ホウ素"……だっけか。ちょっとだけだけど、ダイヤよりは固いはずだ」


 その物質で構築した剣が右手にあった。表面が粗かったので、剣をかざし、左指で刃をなぞっては電気と熱の伝導率の高い銀を塗装させる。


「生まれてはじめてだな、剣を使うの」

 ヒュッ、と剣で風を切る。一度憧れた、剣で魔物を断つ展開。今の俺にそんな余裕はないけど。


「この――クソッタレが……!」

 力を振り絞ったような、猪突猛進。フェイントも何もない、決死の特攻はシンプルさも含めて、純粋で清々しい攻撃だと、戦歴がほとんどない俺は感じてしまった。

 だが、それはバッティングセンターの飛んでくる球を打ち返すこととあまり変わりない。その考え方ひとつで、一気に緊迫する心臓は平静に戻った。


 奥歯を噛み締め、剣を振りかざした。


 硬度や切れ味は良かったのだろうが、ろくに剣を扱ったことがない俺は言ってしまえば棒で殴るような動作で叩き切った。


 アニメやゲームのようにスパッと一刀両断は上手くできず、半分は斬り、突っ掛かった残りは力技で斬り飛ばした。結果、斬撃と風圧でできた斬波によってイフリートの身体が真っ二つになりながら吹き飛んだ……という形で終わったから良しとしよう。うん、一応斬ったよ俺は。


 だが、それでも半身のイフリートは呻き声を上げながら、電極と脊髄をつなげたカエルの死骸のようにびくびくと動いた。


「うぉっ」

 まだ生きてんのか――いや、魔霊族だから肉体から離れることもできんのか。きったねー。


 けど、うまく肉体と霊体が離れていない感じだな。肉体が死ぬと霊体も死ぬってやつか。瀕死だと繋ぎ止められてしまったり、分離できる力が残っていない的な。


「なんでおまえ……そんなに強いんだよ……バケモノかよ……」


 バケモノにバケモノとは言われたくない。


「知らねぇよ。でも最初から強かったわけじゃないってのは痛いほど知ってる」

「……あ?」


「おまえも知ってるだろ。ヴェノスは王家の出来損ないだって。みんなできることができなくて、なんにもできなくて、虐められて、怒られ続けて、そのうち呆れられて、無視されて……期待されないぐらい弱い人間になると、毎日事故らずに無事に生きていられたことだけでもうれしく感じる。そんだけ弱かったってのは、こんな身体を手に入れた今でも覚えてる。忘れないようにしている」


 今の話を聞いて、こいつは何を思っているんだろうな。

「勝手に語ってんじゃねーよ主人公気取り」とか「テメェの人生なんて知ったことかクソガキ」とでも思ってそうだ。

 でも続けるぞ。俺が話したいんだからな。


「強くなれたからこそ、不器用なりにもやりたいことがあるんだよ。迷惑かけた分、感謝されるようなことをするとかな」


 少しの沈黙。帰ってきた言葉は、俺の期待していた罵倒でも皮肉でもなく、懐かしんだ声を含めたものだった。


「感謝、か……。ガキの頃、感謝して生きろって……育ての親に口うるさく言われたっけなぁ……ハン、馬鹿馬鹿しい記憶が死際で出てくるとはな」

「今の最期に遺す言葉で大丈夫か? もう未練ないなら早く成仏してくれ」

「正直、まだ暴れ足りねぇよ。テメェを殺せなくて胸糞悪ぃ……けど、敗けは敗けだ。もう詰んだし、気分乙ってる内にトドメ刺せよ」


 落ち込んでいる内にっておまえ……。お互い、空気読まない会話をしてしまったな。セリフとか、かっこつけるのはやっぱり性に合わないのかな。

 ま、本人もこう言っているわけだし、お言葉に甘えて……あれ。


「霊体っつーか、魂はどう消滅させればいいんだ」


 霊体は物質じゃないだろうしなぁ。エネルギーぶつけて分解できる……わけないよな。

 だけど、ダメージは引き継ぐようだ。もう瀕死のコーマだが、触れられないのでトドメがさせない。

 神素だったら物質分解で消滅できそうだけど、核である魂は……何でできているんだ?


「あ……あれだ」

 浄化術式。この間授業で習ったやつだけど、俺成功しなかったんだよな。

 とか思いながら、シャッシャと簡単な法式陣を描く。4回も書けばさすがに覚えている。


「……こいつ燃えてね?」

 半身のイフリートの巨体が自然発火している。なにか怨念のようなものも見えるのですが。


「やっぱ気ィ変わったわ。おまえの身体乗っ取る」

「へ?」


 おい分離できなかったんじゃねぇのかよ! こんなとこで命懸けの行為するんじゃねぇって。なんか気合一杯の雄叫びあげてるし! 熱くなんじゃねぇよ! もうそのまま眠ってろ馬鹿野郎!


 よし描けた! えっと、なんていえばいいんだっけ。


「――ォォオオアアアアアアアア!!!」


 マジで飛び出てきたよ。もうそういうバトル漫画的などんでん返しいらないから!


「くそっ」

 このままやっても失敗で終わる。だけど、絶対原因がある。それを解決すれば……!


 授業の時はできなかったけど、それは少なすぎる神力に頼ったからだ。術式だって、何かしらのエネルギーは必ず使う。その代替エネルギーとして、俺の無限エネルギーを使えば、ちょっとは発動できるはずだ。俺は陣に手を置き、大量のエネルギーを注ぎ込んだ。プラズマが漏れ出てゆく。


 回路は狂うが、一瞬だけの作動は可能。リスクばっちこい、成功も失敗も受け止めてやる。


 詠唱。成功してくれ……!


「"光の水霧(アルフォス・フールス)"」


 まばゆい光。法式陣が白く光りはじめた。


 ブワァッ、と法式陣から蛍のような光が無数に湧き出てくる。そこにちょうど衝突したコーマはいかにも悪役らしい断末魔を上げ、じゅわじゅわと焼き肉店でよく聞く音を発しながら蒸発していった。


 静寂が周囲を包む。俺の息切れする音だけが響いているようだった。


「最後まで懲りねぇやつだな。あー頭痛ぇ……二日酔いよりマシか」


 身体がふらふらする。神力使うとこんなに生気を吸い取られたような感じになるのか。極端に神力が少ない俺だからだろうとは思うけど。


 でも……術式使えないと馬鹿にされてきたヴェノスの身体でも、やればできるじゃねぇか。無限エネルギーのおかげもあるけど。あと、下級中の下級魔法で消滅させることができたのも、コーマを瀕死に追いやったからだろう。


 はぁ、やっと帰れる。晴れ渡った世界を見渡せば、なんとも大災害では済まない破壊っぷりに、俺は頭をかく。

 物理的に自然破壊しちゃったよ俺……フェミルたちが無事だったら、結果オーライってことにしよう。今度ここで植林作業でもしようかな。


「じゃあ、あとはリーアを助ければ――」

「もう助けた」

「……え?」


 そこにはリーアをお姫様抱っこしたフェミルの勇ましい姿。リーアは裸……ではなく、なにかの布を羽織っており、せいぜい生足ぐらいしか拝めない。

 というかマジで天使じゃねーか! かわいいの概念を越えた哲学的なかわいさだ! こりゃあ攫われてもかわいいリーアちゃんが悪いよと言ってしまうぐらいだ。


 しかし、俺の下心満載の目に対し、キッとフェミルは無言で圧をかける。あと、「やりすぎ」というフェミルのにらみの利いた目がちょっと痛いです。俺だってここまでするつもりなかったんだもん。


「怪我はない?」

「あ、はい……大丈夫です。あのっ、私歩けますのでその……この格好はちょっと……」

「遠慮はいらん……ああいや、いらないよ。乗せるまで距離があるし、裸足だと怪我するかもしれないから」

「フェミルさん……。ありがとう……ございます……っ」


 ぽっ、と顔を赤らめ、視線を落とすリーア。おい待て、その女に惚れたのか。そっちに目覚めてしまうのか。


「やられた……」


 俺は二日酔いみたいに痛む頭を抱え、若干後悔した。確かにリーアを救ってくれとは言ったけど、惚れるなんて話は聞いてねぇぞ! だったらもっと必死こいて率先して盗賊団全滅させて助けにいってたよ。どうしてそういうことまで頭が回らなかった俺の馬鹿野郎!


 そう悶絶しているうちに、フェミルは森の中に停めていた馬型の竜にリーアを乗せていた。あの馬もよく無事だったな。


「あれ、リーアを馬に乗せるってことは……」

「走って帰れるでしょ」


 しれっと言っては、馬にまたがる。リーアちゃん、嬉しそうな照れ顔をしていて悪いんだけどさ、俺のこと目に入ってる? 入ってないねこれ、チョロいタイプだこいつ。


「いやちょっ! 待てって! ……あーまじか」


 あっという間に森の中へもぐってしまう馬と二人の影。あの馬、一瞬だけ俺を可哀想な目で見てきたぞおい。

 しかし、ふたりが無事でよかった。あとは町に帰れることを祈ろう……俺優先で。

 あのバカエルフ、ここから何十キロあると思って……。


「帰る方向どこだっけ」


 途方に暮れ、無事にルーアンの町にたどり着いたころには夜を迎えていた。


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