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17.Mに悪い奴はいない ~女の子には優しくしましょう~

「女の子……?」

 悠々と座っている、17歳あたりの少女。フリルヘッドドレスをつけたツインテール、スカートや胸辺りにもさりげなくフリルがついているので、そういうのが好きっぽいな。

 ドレス似の服装だが、さすが異世界か、露出度と年齢の概念を無視した発育度の高さだ。


 だけど、どうしてこんなむさ苦しい犯罪者共の巣窟にいるのか。性的な意味で襲われても文句言えないぞ。


「いやぁやっぱり人間は脆いねぇ。あっさりすぎて味気ないわ」


 その言葉で察したらしく、フェミルは槍を持ち変え、キッと睨む。いつも以上の警戒態勢だ。


「魔族絡みか……」

「ああ、そういうこと……なの?」


 結局は悪魔召喚みたいな感じで強い魔族と契約して力を手に入れた盗賊団だったってこと? にしてはあまり強くなかったよねあいつら。


「んー? あれれぇ、おまえどっかで見たことあるなぁ」


 すとんと降り、顔を近づけてくる。普通の女の子なのにも関わらず、思わず身を退いだ。それだけの嫌な予感を感じさせた。


「あぁ、あいつあいつ! ヘルゼウス王の息子のヴェノス! 王族の出来損ないで有名なヴェノスの若い頃にそっくりだなぁ。やっぱりいるんだねそっくりさんって」

「……そりゃあ、どうも」


 悪い中の嫌な意味で有名だなぁ。しかもそっくりさんか。自分の好きじゃない芸能人の顔に似てるって言われた気分だ。


「ああ、自己紹介しなきゃね。ボクは君のこと知ってるけど、君はボクのこと知らない」

「まさかのボクっ子かよ……」


 しまった、声に出ちゃった。しかし動揺を見せるつもりはない。

 少女は危ないぐらい露出した大きめの胸に手を当てて、小悪魔的な笑みを向ける。


「フレイル・コーマ。あのくそったれな魔王の下でこき使われた奴隷だよ」


「コーマ……!?」

 その名前に反応したダウナー少女。珍しいこともあるもんだ。


「知ってんのか?」

魔族オストロノムスの罪人の中でも……群を抜いた重罪犯の『魔霊種イグ・リーハン』。本来なら実体を持たない亡霊体……だけど」

「肉体の魂に寄生することもできるってわけ。ぶっちゃけ、魔族の中では一番優れた種族かもねー」


 メンヘラ……失礼、メルヘン系少女のように楽しそうにくるくると回り、スカートをふわりと浮かせる。


「これってー……マズい事態?」

 小声で問いかけるが、フェミルも真剣なのだろう。無視することなくこくりと頷いた。


「いやぁ、まさか人間の国でもボクのことを知っている人がいるなんて、嬉しいなー。有名になるって悪くないね」


 この懐かしさは知り合いというわけじゃなく、ただ単にコイツの名前が魔族の国で知れていたというだけか。


「にしても、魔族ってろくな奴いねぇのか」


 なんでこう、キャラ濃いんだよ。

 俺の一言を聴くこともなく、コーマはひとりで語るようにトークをぶつけ続ける。


「あのねあのね! ボクね、魔族の国土で13の町をぶっ壊して、4つの市街で皆殺しにして、1つの都市で大暴れしたの! 一国の軍にもボクだけで勝ったんだよ! ねぇねぇ、すごいでしょ!」

「……そりゃあなんとも、頭がぶっとんでいることで」


 愉快犯で済まないほどの戦闘狂だったか。見た目からとてもそんなことするようには見えないどころかできないだろうと思うけど。


「魔王のとこにいたんだよな。国から逃げたってことか?」

「んん、そうだね。いろんな奴隷仕事やってきたけど、魔王変わっちゃったし、うんざりした」

「うんざりして奴隷辞めれるのかよ……」


「前のヘルゼウス王の方がまだよかったよ。今はもうダメだあれ。良い国にしようと頑張ってるのは分かるんだけど、段々目の前かすんできて民のこと見えてないって感じ。労働の加減も上の大臣のバカ共はわかってないし、このままじゃ独裁国家になるねあれは」


 現魔王はアルステラという女帝だったな。俺というかヴェノスの妹らしいが、どんな奴なんだろうか。


「だからここで人間使ってスローライフ送ってたんだけど、見事なまでにめちゃくちゃにしちゃったね。そのうちひとつの町とかクラフトしていきたかったんだけどなー」


 人操ってゲーム感覚でアジトとか作らせていたってわけか。ゲーム感覚をリアルでやるって趣味悪いな。


「――"ルーン"……"イヴァル・アッサル"」


 突如5本の光る尖槍がコーマの四肢と喉を突き刺し、壁に繋ぎ止められる。刺傷部から魔法陣が展開されては、光魔法らしい爆発が一帯を真っ白に染める。目がちかちかする。

 浄化作用強すぎでしょ、こっちまで漂泊される汚れの如く浄化する気だったでしょあの兜ハイエルフ。空気が澄み過ぎてなんか気持ち悪い。

 フェミルらしいといえばそうなんだけど、まぁ相手が極悪人だから不意打ちしても何もないか。


「さ、さすがだなーフェミルは……あんまし効いてないようだけど」

「侮ったねー君。かわいい女の子の華奢な身体だけど、見た目に騙されちゃノンノン。これ術式で人の姿に擬態しているだけに過ぎないし」

「なんだと……!?」


 魔法的な変装ってやつか。そりゃそうだよな、あんな華奢な姿でいくつもの町や都市を滅ぼせるということ事態がおかしい話なんだ。


「ホントはこの身体ねぇ……頑丈極まりないことに定評のある魔獣種オン・ヴルドだからねぇ、仮に雷が落ちてもへっちゃらなんだよぉ?」


 あ、それ授業で聞いたことあるぞ! 俺知ってる! っていう小学生のノリはいいんだよ普通にやべぇじゃねぇかそれって。


「じゃあ……これ、受けてみて」

「"アスィヴァル"」と詠唱したフェミル。コーマの奥の壁に刺さっていた光の槍が粒化し、握っている槍に集まる。槍頭に魔法陣の円盤が突き刺さっている形で展開され、槍全体に無数の記号がその陣から二重らせん状に流れていた。


「あ、それって」

 聖槍か。よくわからないけど、神具として相当すごい武器だってのはゲームで知っている。


 光を帯び、強い電力をまとわせる。軽く雷に匹敵しているあたり、魔法ってすごいよなとため息をつかせる。


「あれれぇ?」

 コーマを見ると、さきほど光の槍で刺された部分に魔法陣が生じており、空間に固定されていた。鎖につながれたように身動きが取れないようだ。

 まさに風。瞬く間にフェミルはコーマの心臓に聖槍を突き刺そうとした。


「なんつってー」とウザい声と共にコーマが消える。が、フェミルも風を切る音を立て、姿を消した。


「速っ」と俺が呟いたとほぼ同時、背後から鋭利な金属がぶつかり合う甲高い音が響く。コーマが逃げ、出現するポイントを予測していたのか、それとも電光石火の速さで狙ったのか。衝突し合った斬撃が風となり、服を激しく揺らす。


「へへぇ、エルフのくせにやるじゃん。誰に習った……その技。ひっひひー、なんつってー。これ一度言ってみたかっ――」

「――"アラドヴァル"」


 パッと眼に入った、フェミルの聖槍がコーマを突き刺した光景。瞬きをする間もなく槍が雷と化し、爆風と爆音をまとったそれは俺が殴って作ったトンネルよりも長い、人ひとり分の風穴を空けた。


 物質関係なくえぐり取った、まるで竜が通ったような道を俺はまじまじと見る。


「おお……外が見える」


 奥に点と明るい光。光属性の浄化よりも先に破壊力であいつやられるだろうな。


「――うぐぅ!」

「っ! フェミル……!?」


 透明な砲弾に突き飛ばされたように、勝手にフェミルの身体が吹き飛んでは壁に激突した。骨がぶつかったような痛々しい音。内臓がやられたか、口から唾液と共に血を吐いた。


 カランと落ちた聖槍が地面を奏で、ドシャ、と鈍い音を立ててフェミルも地面に倒れる。


「……冗談抜きで少しはやるようだね。ちょっとイラついたよ」


 風穴の口から歩いてくる少女の姿。しかし、その顔はもはや少女とは言い難い、不敵な笑みと威圧を感じさせる。


「……マジか」


 なんで倒れてないの!? いや、でもかなりダメージは受けてるようだ。きわどいところまで服が破けているし、傷もかなりある。

 もう一押しいけば、さすがに倒れるんじゃないか?


「"タクトライン"」

 ドシュ、と肉と骨を裂く音。銃のような速さに、あっという声すら出ない。

 地面に転がった聖槍が浮き、円形の魔法陣で囲まれた切っ先をコーマの胸に深く刺した。俺の予想以上のフェミルの一押しに言葉が出なかった。


「なーんだ、死んでなかったの。精霊のくせに」

 怖っ、刺されても死なねぇのかよ。俺みたいだな。


「っ、聖槍で突いたのに……」


 コーマはずぶりと槍を抜きながら話す。胸から噴き出た血飛沫もすぐに塞がり、再生される。その速度も然り、人間的な治り方じゃない。


「その矛先を突かれた邪な存在は魂ごと浄化される――っていう言い伝えの槍でしょそれ。それ扱ってる時点で君はただモノじゃなさそうだけどもだっけーど。ざーんねんながら、ボクに邪念はないからね、裁けない対象なんだよ? って理屈っぽくテキトーに言ったけど、実際ボク自身も分かってないんだよねー」


「そんな……そんな馬鹿なこと……」

「だから、誰にも倒せずにいるってわけ。聖職者でも祓魔師でも、ボクを倒せない」


 フェミルの信じられないと言わんばかりの声と表情は、案の定見ただけじゃ顕著に分かるとはいえない。悔しがる顔も、非力さを恥じる顔も、自分を責め、絶望に近い愕然さを思い知らされた顔も、ぜんぶ分かりづらい。


「いけないねー、こんなに良い身体もってる女の子にキズを付けるなんて。これでも体と心、痛かったんだよー? お返しに君も忘れられないぐらいの痛み、分けなきゃね」


 だけど、そんな女の子の微妙な変化にすら気づけないんじゃ、男が廃る。

 特に辛いという思いに気づけないんじゃ、男として失格だ。

 

「"GH-SRBM"」


 指先の藍の魔法陣から、膨らむように生成されたミサイル状の魔弾が射出される。


 その威力はどのくらいだったか。その規模は客観的に見ないとわからない。

 ただ、直に受けた俺の主観からみれば、叫びたいぐらいの熱さと、涙が出そうなほどの激痛を催す爆発だったと言い表せる。


 だけど、これがいい。気持ちが良いほどの清々しい刺激だ。


「……! お、おまえ……」

「どこ狙ってんだ。ちゃんと俺を狙ってくれないと困るな」


 強烈な痛みを得、フェミルも庇うことができたから一石二鳥だ。

 一瞬目を丸くしたコーマは笑みを浮かべる。


「……ごめんねー、稀少すぎる緑髪ハイエルフ戦士に見惚れてたあまり、君の存在忘れてた」


 皮肉だろうが、俺にとっては褒め言葉だ。ありがたくいただくよ。


「おい、先に行ってろ。俺はこいつの相手するし」

「っ、余計なお世話じゃ……まだ、いけ……る」


 立ち上がる足音。後ろをちらりと見るも、ふらふらしている。骨が折れているかまではさすがに『組成鑑定』の目では見れないが、筋肉内蔵共に損傷していることは確実だ。


「その勇ましさはリーアちゃんの前で見せろ。それにこれ以上さ、そのきれいな顔に傷とかつけてほしくないし」

「……っ、何を言うて……」


「あと、リーアちゃんたぶん裸だから、俺がいったらいろいろマズいだろ。女の子のフェミルが救うべきだ。だから先行ってくれ。納得いってねぇなら、このあといくらでも槍で俺をぶっ刺していいからよ」


 そう言い、俺はニッと笑う。そのときのフェミルの表情がどのようなものだったのかは、前を向いていたから知る由はない。


「……わかった」

 槍を手に取り、なんとかふらつかないように走っていく音が響く。空気を読んでくれたのか、コーマはその様子を見届けていたが、特に狙うことはなかった。


「ひゅー、かっこいいね。ボクまで惚れちゃいそうだよ」

「お、奇遇だな。俺もさっきの一弾受けて、惚れかけているところだったぜ」と、下らない冗談をふざけた冗談で返す。

「あはは、とんだ変態さんだね。そんなこと聞いたら、もっと虐めたくなっちゃう」


 はだけた身体をくねらせてはくびれや胸を強調させ、うっとりとした顔を魅せつける。だが、そんな男をたぶらかすような顔は好きじゃねぇんだよ。営業スマイルみたいでなんか嫌だ。


「焦らすなんてマネはすんじゃねぇぞ。やるならさっさとかかってこい。当然、全力でな」

 それにもう家に帰りたいし。ホームシックかって。

「じわじわといたぶるのが好きなんだけどなぁ……ま、いいか。そんじゃあ、お言葉に甘えて……激しくしてあげる」


 太ももに装備してあったナイフを取り出し、自分の手のひらを切る。足から出現した大きな魔法陣は不気味な赤褐色の蛍光を発していた。

 陣の上に流した血を滴らせる。

 異変はそこで起きた。

 

「"大罪の魔獣化"――"三大獣王・陸獣神"」


 紫色の炎が陣から高めの天井まで燃え上がり、コーマの姿が著しく変わっていく。少し生々しいが、炎に隠れて全容は把握できない。


 天井からパラパラと砂礫が落ちる程の咆哮。ライブやクラブの大音量の比じゃないほどの音の圧迫に、一歩引き下がってしまう。


 二本の禍々しく大きな角。硬い地面を裂く爪。頭部から尾にかけ魚類のような鋭い棘の背びれに針のような毛が根元を覆っている、膨れ上がったような筋骨隆々の巨大な獣。そのしなやかさは狼を連想させ、本能から恐れさせる猛威は獅子の様。


 そう例えるも、実際に狼やライオンなんて見たことないんだけどね。にしてもデカい。アフリカゾウより若干大きいかもしれない。


 けど、さすがの異世界。こんなおぞましい怪物でさえもゲームで見たことある。


「ベヒーモス……?」

「その通り! 創造神が創り出した神の傑作にして完璧な獣の姿だ! この姿を見て生き延びた奴は誰一人いない!」


 あ、こっちの世界でもベヒーモスっていうんだ。よかった、ジェネレーションギャップならぬワールドギャップがなくて。


「えげつないぐらい喋り方変わったけど、そういう設定なの?」


 しかし完全無視。艶のある紺色の体色に赤紫色の紋様を浮かべ、雄叫びを上げた。もう美少女の面影すら残ってないことに少し残念さを感じる俺がいる。

 けど、女の子の顔を殴るよりはマシか。


「溢れんばかりの貪欲さは暴虐の力と化す! もう誰にも俺を止められねぇ! 勇者か大魔王でもない限りなァ!」

「おらよ」

「――ごぶぉ!」


 体高4mはある巨象のようなベヒーモスことコーマを拳一個で岩盤の壁に埋めさせる。象一匹分が入る穴ができ、周囲の壁や天井もバキバキとひび割れる。もうこの部屋穴だらけだから、崩れるのも時間の問題かもしれない。


 今の一瞬で俺が何をしたのか。わざわざ襲ってきてくれた相手の懐へ一歩進み、腹部に一撃を放ったにすぎない。

 ただ、いつみてもこの破壊力のすさまじさが自分のただの拳から生じているのは信じがたい。手ごたえはあるが、現実味がない。痛快さと実感の無さが同時に来ている辺り、俺はただの人間か否か、その瀬戸際で悩んでいるのかもしれない。

 ただ、目の前の壁を打破するためなら、その境界線より一歩先へ踏み込んでみるしか道はなかった。


「そこにもうひとり追加した方がいいぞ。魔王の息子にも止められるって」


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