16.どの重金属よりも重いもの ~ボス戦よりもそこに行くまでが難しい~
「おまえらか……侵入者という奴は」
「あ、侵入されてるのボスにばれてたんだ」
「あれだけ暴れたら、普通知られる」
俺が殴って作ったトンネルの先には、都合よく盗賊団団長グリーゼルの部屋があった。ウホッとホモが好きそうな筋肉質の良いオトコだが、悪いこと考えてそうな顔してるあたり、人の生き様は顔に出るんだなと学ぶ僕でした。
フェミルは手からいつも俺をぶっ刺している灰鉄色の槍を召喚し、いつでも仕掛けられるようにしている。
「今いいところだったんだ。せっかくの上玉を今から嗜もうとしてたところを邪魔しやがって……それにアジトを壊しすぎだ。採掘する場所間違ってるぜ?」
そんなつまらないグリーゼルのジョークは無視して、あの奥の部屋にリーアが閉じ込められているみたいだな。
「うわーマジでそういう薄い本みたいなシチュエーションあるんだな……手遅れじゃなくてよかった」
ほんの少しだけどのように捕まっているのか気になったところだが、本音が声に出ていたのだろうか、フェミルの槍が足にごっすんと刺されている。足の甲は痛いよフェミルさん。君の血は何色ですか。そもそもハイエルフの血ってヘモグロビン入ってる?
しかし、そんな俺の気も知れず、フェミルはいつも以上に陰のある顔でグリーゼルを睨んでいる。
「……フェミル?」
「名前で呼ぶなと前に言うたろ……言ったでしょ」
「じゃあどう呼べばいいんだよ。あとわざわざ言い換えなくていいから」
物静かに訛り出てたよ。この娘怒ると地元の方言出る田舎娘タイプだ。
「ほぉ、そこの兜娘もよくみりゃあ……なかなか良いカラダしてんじゃねぇか。顔も好みだぜぇ? そこのミノタウロスをブッ飛ばしたのが信じられねぇぐらいだ。俺の団自慢の最強の魔物だったんだがな」
なんでその牛倒したのフェミルって判断するの。俺だよ俺。ちゃんと顔に『おれがやりました』って創成した炭素文字を皮膚の上に浮かび上がらせてるから。
うわ、悲しくなるほど気づいてねぇ。気づいてねぇけど冷静に考えたら俺いろんな意味で危ないことしてた。気づいてなくて安心した。
「……」
「いいねぇその目……調教し甲斐があるぜ。今すぐ抱いてみてぇよ」
ホモに好かれそうな顔の男がなにを言ってるんだか。
「……穢れすぎて言葉すら出ん」
でしょうね。僕もドン引きしてました。
あと殺気が凄まじすぎて近づけられない。気がついたらフェミルから2mほど離れてた。刺さってた槍は抜けていた。
「なぁ……おまえ相手する?」
グリーゼルを指さし、フェミルに話しかける。
「……あの穢れた男の血で……この槍を汚しとうない。でも、この視界から……消し飛ばしたいけぇ……」
訛りすぎだろ。怒ってんの? いまどきで言うとおこなの?
「あーうん、わかった。代わりに俺が相手するよ」
「……」
「なんで不満そうなの!? 発散できないからか! じゃあ代わりに俺で発散すればいい……あっ、しまった、そういう意味じゃねぇ!」
「……」
「せめて反応して! 無反応が一番苦しいよ!」
「なぁにふたりでいちゃついてんだゴラァ!」
「うるせぇガチムチ男! これがリア充光景にみえるならおめでたすぎるわ!」
「別にいいから……やるならはやくやって」
「あ、はい」
質素だけど壁に積まれた宝箱が目立つ洞窟内の広い一室。石がカツンと靴に当たり、転がっていく音のみが聞こえる。
「一応言っておくけど、おまえらが攫ったリーアという女の子をこっちに――」
「却下だ」
人の話を最後まで聞け。親に教わらなかったか?
「じゃあ、やるしかねぇか」
グリーゼルは剣を引き抜く。銀色の刃になにかぼんやりと赤い光がまとっている。炎ではないな。
「魔剣使いか」とフェミルは一言。ちらりと見てみると、すでに臨戦状態に入っている。
魔剣って法式陣が刻まれた剣か、素材的に神素が多く含まれている剣のことだよな。
でも、関係ねぇ話だ。
「俺の邪魔をする奴ぁ……皆殺しだ」
「よく言うよ」
「ぬぅ……っ、"魔装・褐金像の鎧"」と唱えたグリーゼルの身体が複数の陣で覆われ、発光する。
体内の物質収納系の術式を表に出した感じか。瞬く間にダークナイトが好んで着そうな完全武装の鎧姿に変わった。
「……聞いて驚け小僧、俺は人間218人と亜人53人、この手で殺してきた。貴様みたいな生意気な奴をな!」
ちゃんと数えている辺り、律儀だな。いや、人の命は重いから数えて当然か。
「じゃあそんだけの命の重さを知らしめてやらないとな」
『物質創成』スキル。日頃の朝練を活かす時が来た。
原子構成粒子を生成・構築。電子数・陽子を特定。
結晶構造・格子定数を設定。
超高エネルギー出力と衝突反応。
胸部の感電痕が血管・中枢神経・リンパ管へと流れるように疼き出す。プラズマが袖をまくっていた腕から漏洩する。
核融合反応を頻繁にくり返し、元素「イリジウム」を物質として両腕、両足から創出する。明るい銀白色へと腕が染まっていき、腕が固定される。関節部分は『物理変化』で融点に達するかどうかの瀬戸際あたりまで部分加熱しているので、動かせる程度までには軟化している。
「う、腕が金属化してんのか……!?」
そういう術式か、と思われているだろうなぁ。
重さ――密度がどの金属よりも高く、ほとんどの金属を溶かす熱王水でさえ溶融しないという、腐食しにくい金属第一位に輝く元素だからこそ、俺の記憶からパッと出てきたわけだが、思い切り殴っても耐久できるかはわからない。
シュッ、と重ねた手を一回だけ払う動作をしたと同時、一瞬だけ液化させたイリジウムは、その動作の遠心力で申し分ない程度の金属刃が形成される。これがホントの手刀ってやつね。腕まで続いてるけど。
さて、金属が鎧や剣として体表上にまとっている以上、皮膚呼吸ができない。だから何だと言われればそこまでだが、さっさと決着を付けよう。
「なかなか面白い術式じゃねぇか。が、この鉄をも焼き尽くす剣から逃れ! この魔獣の一撃をも防ぐ鎧を打ち負かすことができるかな?」
死亡フラグいただきました。今からそのフラグ、回収してきます。
高らかに笑うので、その装備で負けたためしがないのだろう。フェミルの表情を見るに、少し厄介そうな顔をしていたし、ランクAとかそのあたりの装備だと思う。
彼女、表情薄いからわかりづらいけど、何度も彼女の殺気を感知してきた俺ならもう普通に分かるようになってきたからね。だから誰か褒めてくれ。
「――"発火"!」
グリーゼルの赤く光っていた剣が業火を滾らせ始める。部屋中を熱し、熱波をぶつけてくる感覚は、あの目覚めた場所である焼却場を彷彿とさせた。
「その金属化した腕も、この炎を前に瞬く間に溶けるだろう! 摂氏2000℃の地獄の炎剣を喰らうがいい!」
魔装鎧の脚部や背部から神素による浮力ジェットが展開され、バッディングセンターの射出されるボールと同じぐらいの速さ――時速120kmで自称獄炎の剣が俺の身体を斬り裂きに迫りくる。
ちゃんとこの世界にも温度という概念あるんだな。丁寧に摂氏何度なのかも言ってくれたし。
けど、
「悪いな、こっちは2400℃以上は耐えられるんだ」
金属が弾け合う。腕と剣がぶつかるたび、炎が舞い、地面の砂埃が散る。欠けた金属はまた創成し続け、修復させる。
しかし炎が邪魔だな。
「っ、あぶね」
それを目くらましに使い、グリーゼルは瞬間移動の術式で背後に回ってはハンマーのように炎剣を叩きつける。
――が、振り返り様に左前腕で受け止めた。
「おおっと」
ちょっと力強いなコイツ。足首まで地面に埋まったし、左肩の関節痛めたよ。
鋼鉄に近い、『硬い』けど『丈夫』な鎧。神素で構成された見たことない金属の材質は掴んだ魔剣も同様である。
鎧は柔軟性ある物質だから無闇に衝撃加えても、俺が無駄に疲れるだけだ。
神素――見たことない元素でできた金属質の魔装と魔剣。しかし、金属質である以上、共通点はあるはず。
成分が未知数だが、構成は金属格子と変わりない。疲れるけど『物質分解』はできる。
しかし、そのスキルを発動することなく俺は受け止めた剣を掴んでは引っ張り、そのカッコいいけどダーク調な鎧野郎を前へ引き寄せる。接近した相手の心臓部に手を当てる。
「――なっ!? この、なにを……!」
「冷やしてる。熱耐久とか関係ないぐらいに」
「や、やめろ……! 身体が……うごか――」
『物理変化』スキルで鎧を極低温にさせる。じっくりと、しかし瞬く間にマイナス200度以下の冷たさが鎧全身に行き渡る。グリーゼル本人にも影響が出てきているが、その鎧の中がどうなっているのかは知る由もない。これがただの鎧ならば、人体ごと凍結しているだろうが。
だいたいの材料は、マイナス30度ぐらい冷やせばひっぱり強度――柔軟性を失う。つまり靭性を失えば、質の高い鍛鋼だろうと工具ハンマーで一発よ。
そのまま右の手のひらを冷たすぎる胴体に密着させ、『物理変化』スキルで手の内の内部圧を高める。液圧じゃないし、ちょっと仕組みが違うかもしれないけど、そこは無限エネルギーで補おう。
1ストローク……ノックアウト・パンチ。
剪断。瞬時にして手形の穴がグリーゼルの胸部に形成される。衝撃で数メートルほど飛ばされたグリーゼルの装備していた鈍重な鎧は、地面に叩き付けられるなりガラスのように粉砕した。
「はぐ……! あぁ……ぐぞ……この野郎が……! 何もんだよテメェ……」
半ば凍りかけているグリーゼルは俺を下から睨みつける。俺は左手で握ったままの炎剣を『物質分解』させ、発生したプラズマと共にイリジウムごと握り潰す。
なにかいい感じに名乗りたかったが、思いつかなかったので「おまえに教える筋合いはないよ」と言っておいた。埋まった足を抜き、グリーゼルを睨み返しては、そいつのもとへ這い寄る獣のようにゆっくりと歩く。
「人の命の重さはどの金属よりも遥かに重い。女の子の存在なんかはそこらの金よりも遥かに価値がある。それをおまえ……」
だークッソ、せっかくいい場面だからかっこいいこと言いたかったのに語彙力の無さがここで出てしまうとは!
「……そんなことして、俺が許すとでも思ってんのか」
なんで『俺』なんだよ自己中か! せめて『神』といっておけばまだマシ――いやこれはただの痛い人だ。
もういい。技が決まればいいんだよ。終わりよければすべて善しだ。
両脚には元素一重いイリジウムがズボン越し――体表上にまとってある。これが本当に重たい。ゆっくり歩いてるのもこれのせいだとは言えない。言うはずがない。
「くそったれが……喰らいやがれ! "冥獄術・炎斬"!」
腕から繰り出した、炎まとう斬撃。神素を含んだ質量が刃と化す。
けど、しゃべった時点でロスタイムしてるんだよ。
それを右足の後ろ回し蹴りで砕き折る。同時に足の金属も砕けたが、風に流れる煙のように爆炎を消し飛ばした。砕けた右足の金属は『分解』『吸収』して跡形もなくさせる。
「重さを知れ」
驚愕したグリーゼルに断末魔さえあげさせることなく、イリジウムをまとった左脚で蹴り飛ばす。レーザーの様に吹き飛んだ身体は資材の山を散らし、ひとつ先の部屋の壁にめり込んだ。パラパラ……と、礫の転がる音が耳に入る。
「……ふぅ」
賢者タイムに似たため息をつく。かなり能力使ったな。疲れた。もう寝たい。
ミノタウロスは魔物だから仕方ない……のかはわからないが、グリーゼルは人間だ。高等魔族のように魂さえ残っていれば復活するのとはわけが違う。命を奪うわけにもいかないだろう。ただ魔防も考慮して4分の3殺しで蹴ったから、しばらく意識を取り戻すことはないはずだ。
「あれ、フェミル。先に行かなかったのか」
部屋の資材の端にただずんでいる。てっきり奥の部屋でリーアを救出しているかと思ってたけど。ずっと観戦していたってことか?
「見ていてすっきり……したけど、もう少し……じわじわと痛めつけた方が……」
「おまえって結構……黒いこと考えるんだな」
天性のサディストと見た。俺達相性合うかもね。
「まぁいいや。さっさと助けて、ついでにこいつらが盗んできたものも回収し……ないんですねわかりました」
すごい睨まれた。しゃべれよ。
やっぱりこの盗賊団の残骸はエリシアさんに知らせて、警察とかに任せるのが一番か。……異世界で言う警察って騎士団のことだっけ。
なにはともあれ、あの部屋の奥には天使級の可憐な少女リーアが……風呂場で攫われたってことは、裸だってことだよな。ちょっと楽しみです。横の視線が超怖いです。さっきから思ってたけどハイエルフって心読めるの?
「あれ、ちょっとー。こっちには気づいてない感じ?」
俺とフェミルはほぼ同時に、積み上がった宝箱の上へと視線を向けた。
その時に感じたもの。疑問でも恐怖でもない。身に覚えのない懐かしさだけが、脳をじんわりと染みさせていった。