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15.コミュ障コンビの大襲劇 ~嫌いな人ほど息が合うとは限りません~

「どうして……どしてこいつとなんかと……どないして先生は私に……」


 案の定、フェミルだったか。先生が一番信頼している、と期待されている点で、彼女は承諾してくれたわけだが、やっぱり嫌いな奴といっしょにいるとなれば、グチりたくもなるよね。


 仕方ない、ああ仕方ない。そう自分をなだめても、涙しか出てこないよ。


「だーもう! ごめんって! 俺でごめんね! 俺なんかと同行でごめんなさいって!」


 フェミルとふたりで馬……に似た無翼の竜に乗り、エリシアさんが術式で特定したグリーゼルの盗賊団の根城アジトへと全速力で向かっている。


 ルーアンの町がある地域は、北から南にかけて分かつ、魔族界と人間界との国境造山帯に隣接している『ラスミド地方』の『ユングフロウ山脈』に位置する。つまり、国境沿いの高山帯の町ともいえる。


 そこから北方角へ進み、『神が眠る森』ことジャイアント・セコイアのような馬鹿デカい常緑針葉樹の森林を抜け、『雪カビの森』含む『レバーノ山域』と臨海に接する山脈のような1000m級の断崖絶壁『リコーストの壁』の間にある『サウディール大渓谷』付近。そこに無名の丘の洞窟があるらしく、そこがそいつらの拠点だという。

 そこまでのルートは、地面に続く蒼炎が引火の形で導いてくれている。


「なんなら私だけでもよかったんに……」


 手綱はフェミルが持っており、後ろにいる俺はフェミルの腹部に手を回し、落ちないように掴んでいる。鎧のため胸や腰などは固い防具で覆われていたが、腹部は軽装だった。

 脚部に至ってはまさかの絶対領域が存在しているし、ミニスカっぽい服飾だから馬の鞍で股とか太ももこすれて痛めないのかなと疑問に思ってしまう。


 ともあれ、これが女の子の体つきかと思うと、胸騒ぎがしてくる。つい腹部と腰のあたりを掴んでいる指に力が入ってしまうが、決してさわさわしたりしない。万が一本能に負けてやってしまった瞬間、馬の餌にされそうな気がしたからだ。


 それだけじゃない、風でふわりと舞うフェミルの新緑に金が混じった髪が顔に当たっている。さわさわ揺れる稲穂どころではない、河の水よりもさらさらしていて、安らぎを与えてくれる自然と女性の香りに、少しばかり心地よくなっていた。

 ハイエルフってこんな匂いなんだね。妖精恐るべしだよ。


「つーかそんな話し方だったっけ!?」

「……!」

 急に愚痴が止んだ。しばらくひづめで地面を蹴る音が高らかに響く。


「……? あの……」

「……グリーゼルの一味は……元々無名の小さな盗賊団じゃっ……だったけど、ここ数年で急激に名を上げ、たの」


 あ、話逸らした。今は触れない方がいいか。触らぬなんとかになんとやらだ。……もうそれことわざじゃねぇ。


「いろいろがんばって強くなったんじゃねぇの?」

「それでも……腑に落ちないぐらい、勢力を増やして……いる。それで、先生も不審がってたから」


「んー、異様なほどに強くなっている理由ねー。まぁ獣人や魔物も関わっているし、それらで強くなっているってのは……」

「普通、ただの人間が魔物を従え……させるなんて、できない」

「そうなのか……うわ、あいつってジェイクじゃね?」


 その姿が誰かとなんとか把握できるくらいの距離に、馬に乗ったジェイクがいた。あいつもリーアを捜索しているようだ。

 こんなところで苦手な奴の姿を視界に入れてしまうとは。あいつも俺の姿を目に入れてさぞかし不幸なことだな……いや、こっち気づいていないな。


「……」

 突然フェミルがコースを逸らし、ジェイクから遠ざかった。同時に何か小言で唱え、遠くから突風が吹いたような音が響いてくる。その音にジェイクは気づき、俺らと反対の方角へと向かっていった。瞬く間にその姿が森の奥へと消える。


「あれ、あいつと合流しないの?」

 しかし、無機的にメリットを考えれば、会った方が合理的かと思ったんだけど。


「あの男……私も苦手」

「そ、そなの?」


 はじめて思いが通じ合った瞬間である。

 え、共通点あるだけでこんなにうれしいもんなの? というかフェミルも苦手だったんだ。

「私も」って言ったし、俺が苦手な人だって分かっているのは何か嬉しいことだけど、いつ知ったんだろ。


「攻めが……すごい」


 ……え?

 ちょっと、フェミルさん?

 意味深な変化球投げてくるのやめてくれません?


「……あぁ、アプローチがすごいってことね」


 前方を見たまま、フェミルはこくりとうなずく。ああよかった。なんかホッとした。だってハイエルフがあんな、俺のこと嫌うような皮肉人間とそんな……ねぇ。あるわけないもんね。


「いろいろしつこいから……」

 ジェイクがフェミルにぞっこんねぇ。無理だな。あっはっは、ざまぁねぇぜ。


「おまえとおんなじぐらい……無理」

「……」


 ごめんなさい。あなたと同じ馬に乗ってすいません。密着していてすいません。同じ空気を吸ってすいません。

 一分ぐらい、息を止めた。


     *


 手綱を引き、馬が走るのを止める。「降りて」という声に応じて、俺は地面に足を着ける。ゆっくり下りなかったので、じんじんと足が痛んだ。


「あぁ~腰痛てぇ……」

「ここらしい」


 思わず息をのむ。盗賊団のアジトではなく、視界に飛び込んできた大渓谷に少しばかりビビっている。


 残雪覆う岩山と常緑の絶壁山に挟まれた森と平原に、先が見えないほどの巨大な口が開いたような地形。見渡さんばかりに広がるその渓谷には、容器一杯にたまったドライアイスの白煙のように、霧で底が見えない。

 あの谷底は河なんだろうが、話で聞いた2000mの標高では済まされないほどの深さだと、風の唸り声を聞いて予測する。


 なるべく見ないようにしたが、その広大さは視界に入れざるを得なかった。谷底から吹いてくる肌寒い強風と唸り風に鳥肌が立つ。

 

 木々に隠れ、草むらから顔を出す。十数メートル先にある山脈の洞穴。ひとりの盗賊らしい人間がその中に入っていくのを見かけた。


「いかにもって感じだな」


 妙な緊張感が胸を騒がせる。なにか気持ちを落ち着けられるものがあるといいんだが――!


 やけにやわらかい感触。ぷにぷにというか服越しだとむにむにしている。まさか……いや、そんなはずはない。男嫌いのフェミルに限ってこんなに接触するはずがない。だけどどこだ! 体のどこを当てているんだ! と思っていた数秒前。


「……」

 振り返ると、青っぽいゲル状の固体。

『組成鑑定』の目に映った式は、複数種の神素の塊にポリビニルアルコールとホウ酸塩鉱物。固体が液体を吸いこんで膨張したような、若干粘性がある物体……だけど自ら動いているこの得体のしれない何かは、小さいころからよく知っている既知的なものだった。


「すっげ! スライムだ! 生まれて初めて見た! こんな典型的なスライムが生きてるようにぷにぷに動いてるヴぶっ!」


 背中に鋭い痛み。あ、これずっぷり硬いの入ってる。異物感半端ない。


「ねぇ……刺すよ」

「刺してからいうなよ……ごめんって。早くリーア助けないとまずいんだよな。すぐ行こうか」


 口から出てきた血を拭う。背中の刺し傷の痛みは、俺の気怠い身体に刺激を与えるのに丁度よい加減だった。


     *


 やや釘打たれた木の板や無粋な鉄骨で組み立てられた、坑道のようなアジト。しかし電線というものはなく、発光する石が等間隔で壁に埋め込まれている。

 アリの巣みたいに複雑だなと思ったところで、ばったり盗賊数人と人狼らしき獣人と出くわす。

 それで焦った方は相手の方だが。


「誰だテメェ! ここがどこか分かってん――」

「分かってるから来たんだろうが。ありきたりな台詞吐くなよ」

「――"エルラ・シィ・ファルペス"」


「えっ」と意表を突かれた声を出したのは俺の方で、振り返り様に見た景色は、エメラルドに輝く複層の魔法陣がフェミルの前に展開されていた。


 そして、突風では済まされない、横向きの竜巻が陣から出現し、柱も資材も関係なくその場にいた人間ごと奥へ吹き飛ばされ、壁や天井にめり込むほど埋まる。


「すげぇなその魔法。一網打尽じゃん。せめて俺の前で使ってほしかったけど」


 無論、俺もその埋まった一人だ。天井じゃなくて地面だったらフェミルの見下す目が拝めたんだけど、現実そう上手くはいかない。


 しかしここからの景色……クモの巣になった気分だな。


「……」

 うわーシカトですか。生理的に無理だから仕方ないかもだけど、なんかツラい。


「へぶっ」と天井から抜け落ち、地面に前身を直撃する。起き上がった俺は口に入った砂粒をぺっと吐きつつ、すたすた進んでいくフェミルの後を追う。


「何事だおい!」

「襲撃だ! 侵入者が入ってきたんだ! 太刀打ちできねぇぐらい強いぞ!」

「何人いる!」

「たったのふたりだ! 女の方に気を付けろ! 術式使いだ!」


「……帰ろうかな」

 俺いなくても大丈夫そうだよなと思いつつ、次々と発生させている魔法陣から衝撃波に匹敵する空気圧の砲弾を撃ち放ち、盗賊を蹴散らすフェミルを後ろから見守る。


 筋骨隆々な男や亜人たちの一撃を軽々あしらいながらも、みぞおちや顎、金的など、人体的な急所を軽快に蹴ったり突いたりして意識を喪失させていく。

 また、奥で遠隔魔法を繰り出してる魔導師の術式を、防衛術式で防ぎつつ腕から風の刃を繰り出したり、無数の小さな魔法陣から数十の光の矢を魔導師たちに穿うがっている。


 魔術も武術も優れているし、同時に駆使しているあたり人間業じゃない。動きが早過ぎるし、もう武器すら使ってないよ。

 相手を柔道のような動きで崩しつつ詠唱しているが、その声が淡々としているあたり、場馴れしているのだろう。ハイエルフのくせに。


「器用だなぁ」

 と言ったところで、妙な威圧感を察した。

 ……が、どこかのアニメのキャラのようにそんな戦闘力高いやつの気配を感じるはずがないので、たぶん熱気と響いてくる唸り声によるものだろうと考える。


「モンスター共よ! 肉の一片も残さずに喰らい尽くせ!」

 そんな物騒な声が聞こえたけど、

「おっ、魔物か」


 異世界に来てやっとだよ。本来最初に戦って経験値をゲットするべきモンスターがようやくこの場で出会えたよ。


 カルシウム質のスケルトン、硫化鉄製や硫化銀製のゴーレム、水銀でできたメタルスライム……無機物ばっかりじゃねぇか。それに『組成鑑定』の目のせいで馴染み深いモンスター名に理科目用語入って小難しい感じになってるんだけど。すっごい嫌なんだけどこれ、ゲーム感に学問混ぜないでくれ。


 あ、なんだ、ちゃんと有機生命……違う、ガーゴイルとかゴブリンとかいるじゃん。


「やっぱり操っている人、いるみたい……」


 そんなことをフェミルは呟き、手からグレイブを召喚させる。ポールウェポンこと、西洋欧州バージョンの薙刀である。


 くるっとバトンのように回し、脚を踏み込む彼女とその後ろでポケットに手をつっこんで見学してる俺。


 とびかかって襲い来る魔物を棹状武器一本で処理しきっているが、そのグレイブの刃に浄化術式でも作動しているのか、斬られるなりたちまちに魔物の身体は肉片と化しつつ蒸発していく。

 槍無双するのはいいんだけど、魔物の血とかこっち飛んできているから何とかならないかな。


「なにをどうしたらあんな動きと速さ出せるんだろ……っ、ちょっとマジか!」


 ガキィンと洞窟内に響く金属音と同時、フェミルの槍が猛回転しながらこちらへ飛んできていた。とっさに避ける。あっ、髪の毛切れた……。

 ガスッ、と岩壁に刺さったような音を耳に入れつつ、前方を凝視する。


「くっ――!」

 まさかとおもったが、さすがに戦闘中に俺を殺そうという器用なキチガイ思考はないようで、フェミルの前には巨大な怪物が立ちはだかっていたが……。


「これ以上荒らされちゃあ困るな。暴れてぇんならこの俺が相手してやる!」


 あれミノタウロスだよな。ネット画像で見たのとそのまんま。

 でもフェミルなら大丈夫だろう――と思っていた時期が僕にもありました。


「――っ!? うぉっとぉ!」


 想像以上のミノタウロスの俊敏さと攻撃の重さ。一撃を瞬く間に受けてしまったフェミルが吹き飛び、俺と直撃する。


 いっしょに地面に倒れてしまい、後頭部を打つも、そんな痛みなどはどうでもよく、自分の身体の上にフェミルの身体が重なっている事態に嬉しさではなく彼女に殺される恐怖が勝る。


「うわっ、ちょ、ごめん! なんかごめん!」

 息が絡む距離。フェミルのきめ細やかな白い肌やきれいな瞳が目の前にあったけど、すぐに遠ざかっていく。よかった、戦闘中だからフェミルもそれどころじゃなかったみたいだ。

「あとで一回刺す」と聞こえたのは僕の被害妄想であってほしい。


「大地を割り、攻城の防壁に風穴を空けたこの技――受け止めるがいい!」

「わざわざ言わなくていいって」


 起き上がりながら俺は言った。なんでこう、イタいこと平然と言えるのこの世界は。


「"アステリオス・アックス"!!!」

 意気込みは良いけど、

「技名そのまんまじゃねぇか!」


 俺のこと嫌いとはいえ、人類の国宝である女の子をこれ以上傷つけるわけにはいかない。


 すでに新しいグレイブを召喚し構えていたフェミルの前へ飛び出てきては、莫大なエネルギーを用いた『時空間移動』を繰り出し、その際の空間の歪みによって牛頭男の放った斬撃が一部飲み込まれ、分散、相殺する。


 同時、牛頭男の目の前に空間を裂いて出てきた俺は5億ジュールの殴打を腹部一点に撃ち込む。TNT火薬約120kgに相当する力はミノタウロスの巨体が消し去るほど軽々吹き飛ばし、アジトの奥へとトンネルができる。


 骨しか残っていないであろうミノタウロスが瓦礫に埋もれている部屋。なんとなくだけど、

「あそこボスの部屋っぽいな」

 とフェミルに話しかけたつもりなのだが、礼すら言わずに「はやく」と一言おいてはトンネル奥へと走っていった。

 余計なことしたかな。いや、素直じゃないんだろう。ダウナー系女子の扱いはやっぱり難しい。


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