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14.誘拐事件 ~天使級の町娘を救いに行きます~

 昼頃、俺はいつものようにグータラしていた。

 一階のリビングのソファで、くつろいでいるゴールデンリトリーバーのようにぐてーっと寝そべっている。自分を大型犬のリトリーバーに例えるのはおこがましいと思うが、あくまでイメージだ。

 ただ、寝ているとはいえ、朝早起きして能力のコントロールの練習をやっていたから、今は休憩しているだけに過ぎない。


 決して怠けているわけではないよ、うん。どんな人間も休憩というものが必要なんだよ、うん。


 もうすぐ昼食の時間帯になるな。そろそろエリシアさん町から帰ってくるはずだ。あの人も忙しそうだよな。

 フェミルは二階の部屋に籠って何かしているし、気になるけどこの間ノックしただけで槍がドア貫通して腹ぶっ刺してきたから、もう放っておこう。

 俺は完治した腹部をさすっては、長い溜息をもらす。


「あー……」


 ここ数日、エリシアさんと一緒に寝ていない。


 いや、そんな毎日添い寝できるほど世の中甘くできていないのは百も承知。むしろ計5日分添い寝できたのだから十分だろう。

 フェミルの堪忍袋が切れて無言の威圧と共に叩きのめされたのもあるが、それはそれで悪くなかったとして、「いつも窮屈で申し訳ない」ということでエリシアさんが俺専用のベッドを用意してくれた。


 しかし置く場所がないので一階奥のエリシアさん専用の術式研究室の端に置かれることになった。

 わけわからない書類と錬金術っぽい器材と使い魔っぽい動物の語りかけてくるような鳴声に囲まれた不気味な部屋で一人ぽつんと寝た俺の気持ちが分かるか! 身も心も寒かったよ!


 エリシアさん、優しいのはいいんだけど、やることが過ぎるんだよな。なんというか、愛が重い。

 ベッドも町の人に頼んでお金払って作ってもらったらしいし、断れないまま言う通りにしちゃっているけど。


 はっ、それとも内心俺と一緒に寝るのが嫌ってことも……。


「今日は酒場に行こう!」


 バン、と家のドアが開き、帰ってきたエリシアさんが突然そう言った。


「……どしたんすか突然」


 荷物をソファの前の卓上テーブルに置き、上から意気揚々といってきた。


「いい加減、町の方に行きたくてしょうがなくなっているだろうと思って――」

「いや、別にそこまで行きたいとは。エリシアさん家、居心地いいんで」

「よどみ無き引きこもりと化している!?」


 俺はソファから起き上がり、エリシアさんの顔を見る。真面目そうな先生でもそんな服着るんだな。魔導服姿もいいけど、そういうラフな服着た方が似合っているな。カントリー調、いや、古めのヨーロッパ風のファッションか……?

 異世界の服飾ってなにかと例えづらいものがあるが、いつものガードが高めの固い服より少しだけ大胆な気が……それに髪型がポニーテールだし、きれいな髪留め付けてるし。3単語で表現するならユニセックス・ガーリー・レトロをバランスよく身にまとった女神。ええ、女神は何を着ても女神ですから。


 しかし俺が寝ている間、どこいってきたんだろ。


「それに、町の人たちの反応はどうなんですか? ギスギスしてるなら行きませんよ俺」

「それなら大丈夫だ。私から上手く言っておいたから」

「でも、今昼ですし、飲むなら夜ですよね。でも出るの面倒だな……」

「ああああっ、もうこのバカモンが! だらしないぞ男のくせして! このまま外に出なかったら健康にも悪いし、気分もそうやって落ち込むだろう!」

「いや、別にそこまでは――」

「行くといったら行くぞ! もう数日前から席は予約してあるんだ!」

「えっ、ちょ、うわっ!」


 手を掴まれ、無理矢理引っ張られては、異世界到来二度目のルーアンの町へと訪れたのだった。


     *


 徒歩1分。煉瓦と緑の町ルーアンに訪れた俺は、エリシアさんと並んで街中を歩く。

 平坦な煉瓦街道、並んだ2,3階建ての建造物、環状の中央街の噴水……小さな町とは言っていたが、けっこう立派に作られている。ただ、面積的に普通の町よりはかなり規模が小さい。RPGゲーム目線だったらちょうどいい広さだとは思う。


 街道に群がっていた白鳩が一斉に飛び立つ。それを見つつ、奥地の教会を見眺める。鳴り響く鐘の音が午後の刻を告知した。


「まぁ……エリシアさんの言う通り、外に出てみるもんですね。気持ちが清々しい」

「だろ? こうやって街の活気も浴びるのは大切なことなんだ」


 風を浴びる彼女の顔は微笑ましく、思わず見惚れてしまった。綺麗、という一言ですら余計に思える程の形容しにくさに、視線の行き場を失う。

 俺なんかがこの人の隣を歩いていいのだろうか。だからといって、離れる気は微塵にもなかったが。


 ただ、町の人に会うたび、複雑な気持ちになる。慕われているエリシアさんに明るい挨拶を交わした後に向ける俺への視線。それがどういう目だったのかは様々だが、あまり表現したくないのもあるにはある。


「……」

「みんながみんな、メルのことを悪い奴だと思っているわけではない。言いたくとも言えない人だっている」


 まだ何にも言っていないのにな。この人は本当に気を使ってくれている。そのことになんだか、申し訳ない。


「酒場の奴等は、おまえのこと感謝していたんだ。メルを酒場に誘ったのも、半分はそいつらの頼みだ」

「そうなんですか?」

「町を救ってくれたんだ。私からすれば感謝してもしきれないよ。……ほら、着いたぞ」

「ここですか……?」


 民家2,3軒分の大きさはあるだろう、古めかしい木造の酒場がそこにあった。2階あたりに掲げられている「バジルの酒場」と書かれた看板。人の名前だろうか。


「いかにも……ゲームにありそうだ」そうつぶやいた。

「酒場は無礼講の場。身分も種族もなにも関係ない。ここならメルも楽しめると思う」

 犯罪者もそこに含まれているのだろうか。


「エリシアさんはよく行っているんですか?」

「行くことはあるが……酒は苦手でな」

「あんまり行っていないんですね」


 エリシアさんは苦笑する。「あくまで賢者だからな」とあまり関係ない言い訳を彼女が言ったところで、酒場の中に入った。


 内部も狭くはなく、何十人も余裕で入りそうな広さ。だからなのだろう、人が少ない分、寂しい感じがした。

 感謝しているって言う割には……しんみりしているな。もっと歓迎されているかと期待した俺が馬鹿みたいだ。


「おかしいな……何かあったのか」


 やっぱり平常ではないようだ。「さっきより少ない」と小言を耳にした俺はエリシアさんの後についていく。


 奥のカウンターに座っている、ぼさぼさ頭のぱっとしなさそうな、だけど顔立ちのいい青年と、カウンター越しに立っている、整えた髭に金色を帯びたミディアムヘアの中年男性のところに向かう。

 おそらく酒場店主のバジルという人物だろう、中肉中背だが、髪型と髭が、ワイルドな顔にさらなる落ち着きを雰囲気として漂わせている、とでも言っておこうか。


 しかし、そんな落ち着きはどこへやら。かなり不安かつ慌ただしそうな表情をしている。


「どうかしたんですか?」


 エリシアさんがそのおじさんに声をかける。目の前の青年がこちらに目を向けては、


「あ、先生。こんにち――」

「ああ先生! 大変だ! 私の娘が! リーアが連れ去られた!」

「なんだと……!?」


 おいマジかよ、襲撃の次は誘拐ですか。あ、襲撃の件は俺が原因だったか。


「その姿は見たのかよ」


 つい口出ししてしまう。しかし、相手も余裕がないのだろう、俺がいることに対してなにも言及することなく応えてくれた。


「いや、直接は見てはいないが、朝忽然と消えていたんだ! 出かけるとき必ず直接言ってくるか書置きしておくあの娘がなにも残さず、消えるなんてことは初めてだ」


 いや、それどころじゃないぐらいの急用で書き忘れたということもあるじゃん。ほら例えば……なんだろ。


「それに――」

「こんなのあったし」


 すっと、青年がカウンターの上に光る小物を置いて見せた。


「ブローチ……?」

「風呂場に落ちてたんだ」


 やけにゴージャスだな。ごたごたしているから男もののブローチだとわかった。


「……『グリーゼルの一味』か」


 ぽつりと、エリシアさんは言った。「やっぱりか……」という店主の声。


「最近付近の山脈に棲みついたと噂で聞いたが……本当だったようだな」

「え、誰それ」


 俺が素朴に聞くと、店主が教えてくれた。


「人獣合同の悪名高い盗賊団だ。他の強盗よりも厄介で、手練れの剣士や魔導師だけじゃなく、亜人族リニアの獣人や魔物も従えている恐ろしい集団だよ」


「そんなやつに、妹が裸で攫われたってわけ」と青年はブロンズの天然パーマをいじる。危機感ない顔しているのが不思議でしょうがない。


「あ、初対面だったね。俺はミノ・テンクス。酒場の前の道具兼雑貨屋の店長をやってる。リーアもそこで働いたり、この親父の酒場の手伝いをしている」

「そ、そうなんですか……」


 確かにみのっぽい頭だが……何このマイペース。さいですかとしか返事できなかった。


「バジル、他のみんなは?」とエリシアさん。

「町の周辺を捜索している。まだ3時間程度しか経ってないが……」


 だから人少なかったのか。どんよりしてるのもうなずける。


「随分協力的ですねみなさん」

「そりゃあ当然! 私の娘であるのもそうだが! 道具屋と酒場の看板娘の一人――んそしてぇ! 町で1番かわいい町娘がいなくなったんだ! それにルーアンの町の大事な一員なんだから、血眼で探すに決まってんだろ! うぉあああああ!」


 泣きながら怒鳴るなよ……。そうとうな愛情を注ぎこんでいたんだな、バジルのおっちゃん。


「それで、どんな子なんですか?」

「こういう娘だよ。ほら、俺ととっても似ているだろ」


 胸ポケットからぴらっと写真を見せる。娘の写真を常備している辺り、馬鹿親越えている。


「よく似ているといえたね! 突然変異だよこれ。めっちゃかわいいというか可愛すぎでしょこれ! 天使か!」


 バジルと同じ金髪だが、写真越しでもよくわかるほどの金の輝きと、こんな美少女いたの!? と口を開けてしまったほどの可憐さ。顔もスタイルも年相応の抜群さ。ジャンルや歳は違えど、エリシアさんに並ぶ女神力だ。


 クリス? あれは本物の天使だけどなんか違う。


「ああこのままじゃ! このままじゃリーアが下衆な野郎共に穢されてしまう!」

「さすがに俺もそれは嫌だな。……その様子を見てみたい気持ちもあぶぉっ!」


 ミノが親父バジルの拳骨を喰らい、うずくまる。まぁ、今のはおまえが悪いよ、ミノ君。


「先生、お願いします。店のもの全部差し上げますので! 全財産も! このミノという男も差し上げますので!」

「娘の身に危険が迫っているあまりとうとう狂ったかクソ親父!」

「い、いや、そこまでしなくても……」


 娘のために全財産と息子売るとか、すげぇなこの店主。このままじゃ店主のメンタルが危なそうだ。


「私たちは誓い合ったルーアンの仲間だ。礼は必要ない、必ず助ける。だから安心しろ」


 エリシアさんもカッコいいこと言うなぁ。誓い合ったとか、訳ありっぽい発言だが、町が小さい分、人々の絆は相当深いものなのだろう。


「先生……! お願いします! あの娘は私のたった一人の大切な子なんです……!」

「おい、息子いるんだけど。バカ親父聞いてる? ねぇちょっと!」


 しかし、ミノが可哀想だ。


「にしてもあの天使の兄があれって……遺伝って不思議――」


 肩を叩かれる。振り返ったところで、それが誰なのかは既に分かり切っていたことだが。


「エリシアさん? どしましたか」

「メル。この件、おまえに託していいか」

「えっ、なんでですか! これは先生が――」

「おまえがやるからこそ、意味がある。私が行ったところでおまえは今のままだ。信頼を築くんだ、メル」


 すごい断りたかったが、そう言われてしまえば、確かにその通りだと考えを改める。


「だけど……その集団の居場所が解らないんじゃあ……」

「私を誰だと思っている?」


 ああ、なるほどね。さすが大賢者だ。ドヤ顔いただきました。


「バジル、リーアのことは任せてくれ。このメルストという男が、リーアを助けに行くから。捜索しているみんなには町に戻ってきてもらっていい」

「本当か! もうこの際誰でもいい! 確勝あるなら是非ともお願いする! 礼としてこのミノという男を婿として差し上げ――」

「――るんじゃねぇクソ親父! 気が狂ったあまり息子をゲイにする気か!」


 そして俺は嫁の方かよ。

 もうワイルドな雰囲気と顔が台無しですよ、バジルのおっちゃん。


「メンタルブレイクまで5秒前の店主を正常に戻すためにも、一刻も早くリーアっていう娘を助けねぇとな。あ、でもエリシアさん」

「なんだ?」

「俺だけ行っても本当に俺が助けたって、みんな信用してくれるとは思えねぇんだけど」


 もう助けられる前提で話しているけど、それだけ戦いに自信がついたということか。


「そこは大丈夫だ。協力者にして見張り役を一人同行させる。いい証人になるだろう」

「証人……?」


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