12.賢者の授業 ~見学してみました~
今回は少し話が難しい、というよりはややこしいのでご了承ください。
「――まずは、魔物というものについておさらいしておくと、魔族――オストロノムスの祖先は魔物から進化したもの、と誤解されているが魔物と魔族は別種だと言ったな。じゃあ、魔物と魔族の根本的な違いはなんなのか……エスタ、わかるか」
授業開始から1分経ったか否か。
「……やべぇ」
予想以上についていけない。しかも個人的に苦手な指名制かよ、手挙げて答える感じじゃないのかよ。
「はい、魔族の祖神であった『アルダス・パラサティヌス』の血か霊質を継いでいることと、『核』を持っているかどうか、のふたつです。これを発見した人は魔族の魔法生物学者『ヴァ―ネル・レッジ』で、『解剖術式』と『透過術式』を応用した『レッジ・ルーペ方式』を編み出したことで発見を可能としました」
さすが生徒会長系優等生。すらすらと120%の答えを言いやがった。眩しさが物理的に彼女から放たれているよ。比喩だよ。
あれ、俺の中で委員長から生徒会長に昇格してるけど、気にすることはないか。本職シスターだけど。
それについては先生も若干驚いている。
「さすがだな。そう、魔族とは違い、魔物には必ず神素が濃密に凝縮された『核』が存在する。人間で言う、神経や心臓などの重要な器官――中枢機関に直結しているから、そこを壊すことができれば、魔物の存在維持はできなくなり、その身が消滅するか、機能を停止するんだ」
魔物の例として何があげられるか、種族別ではなく危険性としての分類別で答えよと指名されたのは気弱茶髪のホルム君。
不意打ちでびっくりしたんだろうけど「へぁっ!?」と変な声を上げないでください。吹き出すところでしたよ。
「あ、え、えーと……魔獣や巨人のような強襲型と、スライムのような汚染型と、アラアウネのような傷害型と、えっと……」
「ホルムには悪いことしたが、これに明確な区分はない」
「えっ、そ、そんな」
そんなお気に入りのマグカップを落としたような顔をしなくても。いや、彼の強度マグカップ並みのハートは既に砕けたか。
「大体は傷害と汚染の二種類に分かれる。故意か故意じゃないか、という考え方がベターだ」
「じゃあ先生に対する僕の気持ちも恋なんでしょうか」とかうるせーよそこの紫髪。おまえだよフレイ君。なんで今俺を見てドヤ顔した。かっこつけても12歳の子どもだからなおまえ。
「ただ、魔族にも魔獣種こと『オン・ヴルド』という部類がある。魔物の魔獣と何が違うかは……シャロル、どうだ?」
「簡単ね」と余計な一言。なんでこのクラスは偉そうなので約三割占めているの。
「核の有無と、言語を話せるぐらいの知能があるか無いか、でしょ?」
「正解」と言われた時のシャロルの顔がちょっと嬉しそうだったけど、あれ、おまえそういうキャラなの? 推定通りのデレるタイプなの? やめとけって、リアルじゃ痛いだけだ。
「しかしそれだけではない。種類の数だ。魔物の方が圧倒的に種別が多い。ああ、ちなみにだが、例外として魔物にも高い知能を持つ種もいれば、『竜』よりも強い種もいる。それでもオン・ヴルドの方が強さが歴然だ」
オン・ヴルドが魔獣種……そういや、エリシアさんの『能力診断』であの魔族の貴族のステータスを見たとき、魔人種こと『ミル・ハロング』という名称があったけど、やっぱり種類別にそういう名称があるのか。他にもいるのかな。
「まぁ、オン・ヴルドは関わらなければ襲いはしない。さて、問題なのは汚染型だ」
「毒とか種子とかだよな先生」とアルフレッド君。いい感じに口挟むね君。でも俺が分かりやすいから助かる。君は分かってる。
「そう、母体として繁殖対象にされたり、液体や気体の毒で簡単に死ぬこともある。現に、強襲型の魔物よりも、散布力の高い汚染型の被害の方が圧倒的に多い。この近くにも、そういう危険はある」
「山から転落もあぶないよー!」とティリちゃんが叫ぶ。逆に今までよく黙ってたね。
「ま、まぁそれもそうだな。ティリはしっかりしている」とエリシアさんも苦笑しつつフォロー。
そっかー、魔物にあんなことやこんなことされるパターンもあるってことね。モンスター娘とか探してみようかな。絶対いる気がする。
「しかしだ」と繋げては、
「汚染型の中で最も厄介なのは、感染症だ。強襲型のような魔物にも病気が伝染することはあるが、感染度はそこまで高くない。伝染率、感染率共にかなり高い汚染型は、これまでの歴史で多くの傷跡を残してきた」
「150年ほど前にもアコード帝国中で魔物による感染が大流行したのですよね。魔素による体内汚染で、発熱と咽頭痛の症状と、喉には灰白の膜のような混濁液が形成されて、脳や手足が麻痺する障害もあり、最後には心臓が止まる恐ろしい病気だと聞きましたが……」
エスタちゃん、君はどこまで博識なんだい。お兄さん背筋凍ったよ。背中が氷点下10℃いっちゃったよ。君シスターやらずに医者やりなよ。
「……ん?」
けど、それってなんか聞いたことあるよな。頭に引っかかる。
……膜のようなものって『偽膜』のことか?
「……あ」
おいそれジフテリア菌じゃねぇか。
嘘だろ、魔物からジフテリア伝播されるの? ていうか異世界にジフテリア菌いるのかよ! え、ちょ、リアル! リアルすぎて震えるあまり逆立った腕の毛燃えるわ。あ、さっき炎色反応の芸で腕燃やしたから腕の毛とっくになくなってたわ。
どこの世界にも感染症ってあるんだね。お兄さん勉強になったよ……怖っ!
「ああ、だけど、ある偉人がその汚染を食い止めたから、今の帝国がある。私も見たことないんだが、『処方術式』や『天文術式』は使わない方法でやったらしい」
「それってなんだろうな」とイスにもたれかかるアルジェント君。こういうことは興味あるんだ。
「さぁ、それについては未だ解明されていないし、先生もわからない」
そう笑いつつ、ちらりとエリシアさんが俺の方を見る。少しだけ微笑んでいるが……ごめん、察しの悪いことに定評のある俺だから、どういう意味なのか口でちゃんと言わないとわかりません。プレイも然りです。お昼の方もお楽しみな夜の方も女の子とプレイしたことないですけど。
まさかその病原体のワクチン創ったのヴェノスってわけじゃないよな。あいつ錬金術師だろ。医者じゃねぇだろ。
俺が考えることって前世同様、大体外れるからそれはないとして、引き続き授業を聴いてみる。
ていうか俺、どの立ち位置? 水入ったバケツ持った方がまだ存在意義ありそうな気がしてきた。
「つまりは、感染して病気になる。または、汚染しきってしまった場合、魔物の餌である魔素を生み出すコロニーになるか、歩く死体――『アンデッド』と化す。『呪われた』、と町の人から聞いたことがあっただろうが、それらのことを指すぞ」
え、なにそれ怖い。獣が食べるキノコを生やす倒木になるか、死なないがん細胞みたいなゾンビや骸骨モンスターになるってこと?
ちょっと、異世界怖い。
「魔物は大体、自然汚染度の高い神素――つまり『魔素』だな、それが溜まっている場所によく生息する。その地帯に入ってしまったり、魔物と出くわしたときに対抗する術式について教えるが……」
横にいた俺を再び見ては、
「術式を構成する因子はなにか、答えられるか、メルス――」
「はいはいはいはいはいはいはいはい」とハイガドリングを声帯から撃ち放つと同時に、右腕をシュボボボボと残像が出るぐらいまでに突き挙げ続けるティリちゃんは、予想外の真横ショットに固まりつつあった先生が指名する前に解答した。
あの娘なんなの。変なとこで空気読むね。
「『神髄心力』と『世界脈』と『法韻』と『法式陣』とセンス!」
「最後は……いや、強ち間違ってはいない」
「よっしゃー!」
なんなのあの娘。かわいいから許すけど。
ていうかみんな頭良すぎ。普通に解答してるし正解してるし、優秀すぎるでしょ。無言かわかりませんのどっちかだったからね学生の頃の俺は。
あとティリちゃんが元気すぎてなにも見えなかったけど、後ろの席のフレイ君はなんでこっち見て白目剥いてるの。
え、あれ寝てるの? じゃあせめて俺以外の方角を見て寝てくれ。無意識でこっち見んな。
「そもそも、一般的に『術式』を『魔法』『魔術』と呼んでいる者も多いが、あくまで曖昧な意味合いでの総称として呼ばれているだけで、『魔法』『魔術』も『術式』の一種に属されるから、同じ意味じゃないぞ。あと、具体的に他を述べれば『法術』や『仙術』、『妖術』などがあるし、高級術式だったら『聖王術』も術式のひとつに該当する……さて、復習だ。術式を構成する物質について……フレイ。寝ていることは分かるぞ」
「安心してください先生、寝ていません」といきなりキリッとした目で答えやがった。しかしフレイ君、なにをどうしたらできたのかわからないが、その鼻ちょうちんは鼻腔にしまっておきなさい。
「どっちにしろ、フレイを当てるつもりだったけどな、先生は」
「んんー……参った」
それを聞いて観念したのか、気怠そうに席から立つ。
「それを構成する源は『神素』。その量や単位として示される塊みたいなことを『神力』。『魔力』って呼ぶところもあるけど、これ曖昧な表現。そもそも話……神素は『火』『水』『地』『風』とかの『六大元素』……イコール……『世界脈動』。プラス……人体中の精神や根性、魂の神秘的な力こと『神髄心力』。このふたつを組み合わせたの術式の発動原動力のことが『魂魄と御神の作用』イコール『神素』……以上」
すとんと席に座る。ティリちゃんが「さっすがギャップ男ー!」と拍手する。
……やべぇこいつ。なんだこいつ。バカみたいに頭いいんだけど。あれ、矛盾してる。
「そう、正解」とエリシアさんは当たり前のように流してるし……これが平常運転なの? そして「どうだ」と言わんばかりの目を俺に向けてくるわけだが、別に俺はお前のことなんにも思ってないからな。
ていうかこいつただの無気力系男子じゃなかったんかい! ハッ、図書館系男子……そうか、だから参考文献読んだような感じがしたのか。
「人や育つ環境によって、得意不得意な『術式』や『元素属性』が傾いたり、或はバランスよく発揮することができる。生まれ持った『神素』がどのような形として人から発揮されるのかは千差万別だ」
さて、話を術式の4大構成について戻そうか、とエリシアさんは黒板にいろいろ書く。
「人体中の神素『シィヘン・エルメン』と周囲の神素『サテライス』の相互作用、それを制御――コントロールするべく、魔法陣こと『法式陣』が描かれ、発動の引き金として『法韻』、つまり呪文を詠唱する。これによって、術式というものが発動するわけだが、みんなに未だ大した術式を教えていないのは、術式というものを取り扱うには相当のリスクを伴うからだ」
「危険ってことですか?」と脅えてる羊系男子のホルム君。エリシアさんは頷く。
「それでも、10歳以下の子どもが使っても大丈夫な術式はある。けど、それでも危険性はある。案外、私たちの体の中にある力と、世界の力は強力で、計り知れない。魔物を倒すぐらいの術式となれば、最悪死に至るほどのリスクも覚悟しなければならないだろう」
それを聴いて、息をのむ数名。ティリちゃんの狂気の沙汰ともいえる楽しそうな顔は予想通りとして、フレイ君、こういうときは真面目な顔するんだね。まじめすぎて観音菩薩みたいな顔してるけど、あえてツッコまないでおくよ。
つまり、それだけの力が発揮されるということか。どんなささいなことでも、大きな怪我に繋がるし、何事にも大小さまざまな危険は潜んでいる。実験や術式も然り、ヒヤリハットはどこにでも存在する。
ここで術式を教えるということは、こどもに拳銃を持たせて、殺し方を教えるようなもの。エリシアさんも、慎重にしなければならないのも分かる。
「だから、その力を制御する法式陣が重要となってくる。極めていけば、意思だけで法式陣を展開させることもできるが、最初は手書きだ」
「やっぱり誰でも最初は手書きなの?」とシャロルちゃん。おまえが階段の段数飛ばしたところで滑って転ぶオチだから、近道せずに地道にやれよ。
「どんな有名な術式使いも、最初はみんな手書きからやってきた。無論、私もその一人だ」
それで話を戻すが、と先生は黒板に術式についての構成プロットを図にして書く。うわ、めっちゃ字がきれいだし読みやすい。しかも書くの早い。なんだこの人。俺専用の家庭教師になっ――結婚してくれ。
「陣を書く際に使う筆の素材にもよるし、少しでも歪みや修正で消した跡でも残れば、失敗率は高くなる」
「けど」と付け足しては、
「みんなは魔物を倒すに値する知識と技術は最低限以上身につけてきた。それだけ教えてきたしな。あとはその危険性を改めて深く学んで……近い内、試験をして合格したものに、攻撃系の術式を教える」
「あ~、やっと攻めれるのか」
アルジェント君がそんな攻撃的危険発言をしているが、「攻めよりも護りの術式の方が有用性あるでしょう? 今まで教わったことにも意味があるの」とエスタちゃんが注意する。
どうでもいいけどあのふたり仲いいよな。お兄さんもそこに入っていいかな。
「メルストにも、みんなと一緒に術式を教えるつもりだ」と俺を見る。マジっすか先生。
「え、だけど俺、みんなと違ってろくに術式自体知ら――」
「先生、そこのヴェノスに教えても神力ないんだから、無駄だと思うけど」
うん、ここは堪えないと。誰かムキにならなかった俺をほめてくれ。
あ、むしろ褒め言葉だと考えれば気が楽になれればいいのにな。
「いや、前例として神素が人より少なかった者が魔導師級に神力を得て、優秀な術式使いになった人物がいる。可能性はゼロじゃないぞ、シャロル。最初からそう言うもんじゃない」
少し納得がいっていないような顔だったけど、シャロルちゃんはそれ以上言うことはなかった。先生がちょっと不機嫌気味な声色になったからだろう。
「それじゃあ、最終確認として、実践しつつ術式の危険性を教える。よく聞いておけよ」