11.賢者と6人の生徒たち ~子どもを侮ることなかれ~
錬金工房を作りたい。
小さいころからなんとなく憧れていたラボとか研究開発基地的なもの。子供じみているけど、紐生活送るよりかはましだろう。
早速エリシアさんに相談してみるも、帰ってきた反応は微妙だった。
「んー、専用工房かぁ」
「やっぱり立地とか厳しいですかね」
「そうだな、土地のこともあるし、そういうことはロダン町長に話してみないとわからんな。勝手に建てるのはあれだし、危険物も取り扱うなら、いろいろやんなきゃならないことはある」
めんどくさいな。全部パスできないのかな。
「そもそもライセンスあるのか? 器具や薬品とかの取り扱いの資格の証明書は……ないか」
「そりゃまぁ、一度死んだわけだし」
苦笑する。
捕まって処刑されているんじゃあ、資格どころか籍も保険も剥奪されているだろうよ。この世界に保険ってあるのかな。
「エリシアさんはどう思います? 俺が工房つくること」
「私個人としては賛成だ。同じ研究者として歓迎するよ」
「そう言ってくれて助かりました」
「それで、何してるんですか?」とさっきからなにやら資料をまとめているエリシアさんに訊く。
「授業の準備だ。今日は午後から開くしな」
そう言ったエリシアさんはなんだか嬉しそうだった。そういえばと、俺は思い出す。
「そうだった、ここ学校だったんだ。なんで今まで授業開いてなかったんすか?」
「メルがここに来た後、魔族の貴族が襲撃してきただろう。町の損壊もそれなりだったし、それの修復作業で子供たちも手伝ってたんだ」
損壊の半分は俺だよな。たぶんいちばん壊したかもしれないし、あのふたりが来た原因も俺がそもそもの始まりだった。
「なんか、ごめんなさい」
「いや、仕方ないさ。希にゴブリンの群やオークの盗賊団、そうだな、あと竜が襲いにくることもあったからな、慣れたことだよ」
一瞬耳を疑ったが、そういえばここは異世界だった。それらが実在してもおかしくはなかったと俺は気づく。
そんな異世界に転生してきたにもかかわらず、スライムとかゴブリンとかのモンスターを倒したことないな。一度見てみたい。
「それで、今日からまた開校ってわけだ!」
蒼天のように明るい先生の笑顔、いただきました。
*
昼過ぎ、家と繋がっている小さな学校の教室には6人の生徒が集まった。男の子と女の子がそれぞれ3人。年齢は見た目的に10代前半が多い。
エリシアさん曰く「大人でも老人でも、学ぶ意欲がある人なら誰でも来て構わない」とのことだが、それでも6人だけとは、なんとも不思議だ。こんな美人教師が開く広義だったら、俺は事故って複雑骨折してようとも通うけどな。
一応、教室の外で生徒たちに見られないように壁に隠れて身を潜めてはいるが……入ってもいいのかな。俺魔王の息子だし、犯罪者だし。エリシアさんは全然かまわないと言ってくれたけど、それでもためらうものはある。
「あ、先生! 聞きたいことがあるんですけど」
「おー、なんだ?」
「せんせー! せんせーの家にヴェノスいるって本当?」
「魔王の『出来損ないの方』のこどもがいるって本当ですか?」
「ぐふぉっ!」
やっぱり子供は容赦ない。その純粋無垢さが刃となって突き刺さってくる。裏表も、皮肉の一枚もありやしないから余計につらい。
「んー、厳密にはヴェノスではないよ」
「え、でも先生がここでヴェノスを監禁してるって」
どこで覚えたのその言葉! 可愛い声して物騒なこと口にするもんじゃありません!
「か、監禁って……根も葉もない物騒な噂が流れているんだな。おまえたちヴェノスの顔は見たことあるか?」
「んー? お母さんが危ないから家にいなさいって言われたし見てないよー」
「そうか……メルスト!」
びっくりした。身体が少し跳ね上がったよ。
「そこにいないで、みんなに挨拶したらどうだ?」
隠れてたのバレたみたいだな。
俺は教室に入り、みんなの顔を見る。教壇に立つのってやっぱり緊張する。授業で黒板の前に立つだけでもプレッシャーだった俺にとっては酷なことよ。
「ど、どうも、こんにちはー」
とまぁ、なんとも気弱そうに挨拶してしまった。
「メルスト・ヘルメス。よろしくな」と最後につけたす。
「せんせー、この人ヴェノスー?」
今メルストっていっただろ馬鹿幼女。白髪のアホ毛がよく似合いますわ。
「俺はヴェノスじゃない。メルスト・ヘルメスだ。次からそう呼んでくれ」
「あれーせんせー、この人ヴェノスじゃないのー?」
「ああ、まぁ、うん、そいつはメルストだ」
毎度思ってたけど先生! 誤魔化し方ヘタクソすぎるでしょ! 顔がもう、ごまかす以前の話!
別の娘が質問してくる。桃色の髪か、メラニンをどういじったらそんな色素になるのやら。やわらかそうな色にしては気が強そうな顔だな。
「術式使えるの? 話じゃヴェノスは総合神力が壊滅的に無くて、術式のひとつも使えないって聞いたけど」
気持ちいいほどまでの辛辣な言葉をありがとうございます。さすが高山地帯の田舎町に住むだけあって、もう発言のすべてに自信が込められていて言い返せないぐらいだ。高山関係ないか。
あははーと死んだ目で苦笑して、とりあえず質問に答える。
「全く。だけど、面白いことはできる」
俺は手のひらを上に向け、パチンとプラズマを小さく放出した。……放出するつもりなかったけどいいか。
左手に赤リンを創成して、"物理変化"で260℃まで加熱させる。発火した直前に、酸素を創成させて、燃焼を続けさせる。「うわーすげー!」と白髪の女の子が叫んだけど、まぁ反応してくれてうれしいよお兄さんは。
他見ると……唖然している子も数人いれば、動じてない子もいる。あいつは将来大物になるな。
燃え続けている左手の上に右人差し指と中指を入れる。そこからリチウム、カルシウム、ナトリウム、銅、バリウム、セシウム、カリウムの順に指先から物質を生成した。
学校で習った炎色反応を再現したに過ぎないが、子供にはウケるだろう。……たぶん。
「すっげー! 7色の炎だー! 火の色変わったー!」
「どうなってんだろう……あれ」
あの娘すごい元気なんだけど、大丈夫か。でも気に入ってくれたみたいだ。もうひとりの気弱そうな茶髪君も興味津々だ。
桃髪の女の子は腕組んだまま見ているが……なんですか君、面接官ですか。
「で、それどんな手品?」
「えええ!?」
びっくりしてお兄さん炎消しちゃったよ。ボシュッて消しちゃったよ。あの桃髪ポニーテール辛辣!
「だってヴェノスって術式使えないから、手品以外ありえないじゃない」
いるよなー、こういう頑固なやつ。良い意味でも悪い意味でも自分の意志固い奴。自分の考え間違っているかもしれないじゃん。
「……まぁ、今のが手品か、それとも術式か、はたまた……それ以外の力によるものなのかを決めるのは、君ら次第だ」
生涯最大のイケメンボイスを発した気がする。
「アルジェント、どう思います?」と黒髪の清楚な女の子に対し、アルジェントと呼ばれた赤髪の活気ありそうな男の子は「どっちでもいいよ。あんまし俺には関係ないし」と言っているし、紫っぽい髪の眠たそうな目をした男の子に至ってはこっち見てないよ! 後ろ向きに椅子に座ってどこ見とんねん! 壁しかないぞそこ! せめて窓の外の景色見てろよ。
「あと、俺メルストなんだけど。なんでみんなしてヴェノスって呼ぶんだよ」
「だって、町民表に登録されてないから。でしょ、ホルム」
茶髪の気弱そうな男の子が自信なさげに頷く。
「う、うん、最近登録された人にメルストって名前の人、入ってなかったし……」
バッ、とエリシアさんの方を振り返る。さっきから黙っていると思えば、そういうことだったか。冷や汗のすさまじさが物語っている。必死に目を逸らしたところで逃げられねぇぞ。
「……すまない。そういやそんなのあったな。あの、本当にごめんなさい」
ちょっと創設者! 子供より抜けてんぞ! 大丈夫か!
「エリシアさん……マジで頼みますよ」
「あ、ああ……すぐに申請しておく。まぁそんなわけでみんな! メルストは私の手伝いとして今日から来ることになったから、よろしく頼むぞ!」
返事が素直に聞こえたのは、元気な白髪の髪のアホの子と大人しそうな茶髪君、そして清楚な黒髪の女の子か。友好関係を築くことに関しては、他がちょっと厄介そうだな。
「そういや、みんなの名前聞いてないな」
「ああ、そうだったな」とエリシアさんはみんなに呼びかける。
「それじゃあみんな、メルストに自己紹介してくれ。年齢とか、やっていることとか簡単なこと紹介してくれればいいし」
「はーい!」と白い髪の女の子。あの子本当に元気だな。ちょっと気になる。
俺から見て左奥の席にいる赤髪で肌黒い、たくましい少年が立ち上がる。
「俺はアルジェント! 15歳だけど、こん中では最年長だ。炭鉱所で親父の手伝いしてる。よろしくな!」
炭鉱の息子だったか。たくましいわけだ。だとしたらその日焼けはなんだってなるよな。まさか炭が肌に染み込んだってことはないよな俺のバカ野郎。
次に立ったのは、その隣、真ん中の後にいる黒髪のおしとやかな清楚系女子。
「エスタと申します。年齢は14、教会のシスターをやっております。まだまだ未熟者ですが、よろしくおねがいします」
すごい真面目そう。委員長資質あるし、一番常識ありそう。嘆きたいことあったら教会行こうと俺は思う。ちゃんと話聞いて、なでなでしながらなぐさめてくれそう。
次は前列の左、アルジェント君の前の席の茶髪君か。
「えっと、僕はホルムです。えっと、13歳です。特に何もしていないけど、あの、よろしくおねがいします!」
何もしてないのか……本当に地味だな。茶髪もこの世界の中では栄えないしな。いや、そんなことを思ってはいけない。俺のいた世界だったら相当モテるよ君。だから自信もって。
次はホルム君の隣、エスタさんの前の真ん中の桃髪女か。正面真ん中陣取るとは、さすが性格出ているな。
「シャロルよ。この頼りなさそうなホルムと同じ13歳、工房のハードックさんやソナーさんの手伝いをしているわ。よろしくね」
あれ、町に工房あるんだ。それにハードックって名前聞いたことあるのは何故だろ。ヴェノスの生きてた頃にでも知り合ったか?
次は一番右の後。いちばんよくわからない紫髪の男の子か。こいつよく見ると中性的だな。男か女かわからなかった。
「フレイ。12。図書館にいる。はい……以上」
あ、そんだけですか。見た目の無気力さを裏切らない、期待通りの自己紹介をありがとうございます。いちばん接するの難しそうだな。
さて最後。フレイ君の前、右前の席にいる、白い髪が綺麗というよりも元気すぎるオーラで何も見えない女の子。
「はいはいはいはいはーい! ティリでーす! 記念すべき第10才! 農場でオーランド兄ちゃんのお手伝いしてまーす! よろよろー」
どこぞの魔女っ子天使と同じ血を感じる……。特にアホ毛がすごい荒ぶっている。元気すぎて困りそうだなコレは。
「これまた随分と……個性的なことで」
「そうだろ? かわいいじゃないか」
そして先生のこの顔である。もう親ばかの顔だよ。ほのぼのしてて可愛いですよ先生。
「そう、ですね」と、苦笑して答えておく。
「いつもくるのは彼ら6人だが、ほかにも時々来る奴はいる。そうだな、セレナとエレナも酒場が忙しくなかったら来るよ」
嘘だろ、あの脅えたウサギに辛辣なチベットスナギツネも来るのかよ。
「先生、今日はなにするのですか?」
「せんせー! おもしろいことしたーい!」
エスタさんとティリちゃんが訊く。とりあえず俺は端にでもいようか。
「んー、久し振りだしなぁ。じゃあ先生の得意分野『術式学』の理論をたっぷり――」
「それは勘弁してくれ!」
「申し訳ありませんが、私もそれは少々……」
「えっと、ちょっとそれは……」
「悪いけどパス」
「死ぬ」
「それやばいやつー!」
「……そうか」
「猛反対っすね先生」
「まぁ、難しいからな術式理論は」
賢者の言う難しいを10代前半の子どもたちに教えるつもりだったのか。おそろしい先生だ。
「仕方ないな、じゃあ……」
ちらり、と俺を見ては、
「魔物の生態とその人体的な影響、対策法の術式について、このあいだの続きからやっていくか」
俺をチラ見した意味何だったんですか。まさか俺見て魔物が関連して出てきたわけじゃないですよね。
てっきり錬金術すっぞ、とでも言うかと思ってた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「先生、この間やった錬成術は?」とアルジェント君。よし、君は分かってる。
「君たちの分の材料や器材が用意できていないし、次の授業の時までには準備しておくよ」
さりげなく期待していた錬成術があっさり却下。やっぱり実験となる以上、いろいろ準備がいるんだな。
まぁせっかくだし、エリシアさんの授業を聴いて、この世界のことについて学んでみるか。