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10.チート能力の応用法 ~やること決まりました~

 ある晴れた日。俺は家のそばの丘に寝そべっていた。いわゆる日向ぼっこである。

 前の世界じゃこんなことできなかったからな、日向ぼっこは憧れだった。前の世界のチクチクした草と違い、やわらかくて気持ちがいい。さらさらと風に揺らめく草の音が耳元で囁いてくる。


「あー……平和だな」


 大きなあくびを一つしては、青空に浮かぶ雲の流れる様を眺める。

 本当に時間に追われていない生活って、このことを言うんだろうな。暇を越えて平穏そのものになりそうだ。いやどういう意味だよ。


 だけど、このままのほほんと暮らし続けても、同じように頭が腐るだけだろうな。言ってしまえば、勉強することも義務としてやることもないわけだし。


「……さすがになにもしないってのは、ちょっと今後が怖いよなぁ」


 人間、思考を止めたら人間ではなくなる、とどこかの哲学者が言っていたような。


「俺が異世界ここでできること……」


 魔法や魔術――つまり術式が栄えた時代。


 蒸気機関はあるようだが、飛空艇や炭鉱発掘程度のもの。電気はなく、未だ火や発光する石や虫を光源としている。


 術式という技術が混じっているから、科学技術の偏りが激しいな。まぁ、冶金術や錬金術の知識や技術が申し分ない程度に繁栄しているのは分かるが、万が一、術式というものがなくなったら相当不便な生活になるだろうな。便利な鉱石や植物はあるけど、それを応用させるのも術式だし。


 術式……魔法ばっかりだな。異世界だから仕方ないか。


 太陽の光が目に入る。眩しく感じ、手をかざした。

 この世界に来て、身についていたチートともいえるスキル。確かそれだけじゃなかったな。

 


組成鑑定マテリアルオピニオン……物質の成分(構造式、組成式)や数量、濃度などが数値や式として網膜に表示され、脳内で自動的に理解する。


半永久的模擬不老不死シュードイモータル・アクティビティ……無限エネルギーにより衰えない肉体と、不死に近似した再生力を維持することができる。それによって、超高耐久度――あらゆる状況下でも非常に優れたタフネスさを持つ反面、反動(過度の疲労や意識朦朧など)や限度があり、決して死なないわけではない。


起死回生リヴァイバル……肉体的ダメージを蓄積するほど能力値が増大・快楽物質の分泌。また、死にかかる程活性化するが、臨界点を越えると肉体機能を停止し、最悪死に至る。



 そして、魔力や物理力を問わない何かのエネルギーの無限出力。メインの能力なのに、よくわかってないんだよな。物理苦手だったし。

 加速器とか核融合炉とか永久機関とかが混ざったようなものか? うーん、近いけど違ってそう。

 けど、この爆発的なエネルギー無限出力によってできることか……。



1.運動エネルギーの増大……対象は自分のみ。爆発的な力を発揮する。それによって加速度を上げることも可。ジュール熱の増大も対象とする。

2.物質創成……体の各部位につき一種類の元素を創造する。

3.物質構成……簡易的な分子配列を変更・構築する。

4.物質分解……強制的に物体の結合を解離する。

5.物質吸収……触れた物質を分解して取り込み、体内で備蓄する。

6.物質模造……取り込んだ物質を詳細まで解析でき、かつ取り込んだ物質をコピーする。

7.化学変化……電気分解や酸化還元反応などの一部かつ簡易的な化学反応を故意的に起こす。

8.物理変化……状態変化、発熱吸熱反応が可。

9.時空移動……ワームホール現象等を作り出す。



 一言感想。思った以上にすごいかもしれない。

 さて、頭の中に入っていることは一通りこんな感じか。使い方次第でいろんなことできるんだな。まだ試してないものもあるし、今度やってみるとしよう。


「うーん……」

 なんか、結構やれること多いんじゃねぇの?


「せっかくの能力だから、活用しないとな」


 才能がなにもなかった前とは全然違うんだ。あったとしてもある程度の記憶力と雑学知識量が人よりあったことぐらいだが。


 莫大なエネルギー出力による元素創成。一部の化学変化も物理変化もこの手一つでできるなんて、まさに錬金術師にはうってつけの力じゃないか。応用しなければ勿体ない。


 しかしだ。


 研究とかやっていると、よく応用するとか言うが、その応用という言葉自体が曖昧なんだよなぁ。どう応用するんだよって話。

 さて、どうしたものか。街中だとあまりヘタに動けないしな。


「考えたって仕方ないか」


 考えるだけじゃそれっきり。動かなければ何も始まらないことは、前世で嫌と言うほど学んだ。

 まず、俺がこの手で創れるものが何かを探してみるか。


     *


 町から少し外れた、エリシアさん宅の裏の先の丘。下り坂なので、町から見られることはない。広いし、ここならいろいろできるだろう。


 高山からみえる、山脈の数々やエーデルワイスらしき白い花畑を眺め、大きく息を吸う。空気がおいしいというのは迷信だと思っていたが、本当においしく感じたあたり、ただ空気が澄んでいるだけではないなと思ったりする。


 エリシアさんは隣町に出かけてるし、フェミルも同行している。いわゆる留守番だ。見られることはないだろう。


「やってみっか」


 物質創成。俺が理解している限り、頑張れば100種以上の元素をこの手で創れるということだ。

 化合物から創造できないかな、と俺は塩化ナトリウム――食塩を手のひらに出そうと試みる。

 たびたび電気――違う、プラズマがパチンパチンと放電音を鳴らしてして危なっかしいが。


「……駄目か」


 おかしいな、構造や結合の仕方は勿論、分子軌道法や結合法も分かっていたつもりだったが、何も起きない。パウリの排他原理やフントの規則も習ったんだけどな。いくら手や腕を力ませても、変化はなし。


 ただ「俺の右腕が疼く! 沈まれ俺の右腕よ!」という厨二病のやっているような形になっただけだった。


「くっそー」


 じゃあメタンは……駄目。なんにも起きない。

 酸化物も窒化物も硫化物も無理なら、3種以上の化合物だとなおさら無理……じゃあ水は! ……駄目だったか、まぁ水って極性云々で案外複雑だからな。逆に難しいか。


「じゃあ何が作れるんだよ……」


「あっ」と思い出した声を出し、手のひらから固体の金属ナトリウムを創成してみる。

 金属光沢を魅せるナトリウムが滲み出てきたが、すぐに光沢を失った。空気中の酸素と結合し、酸化されたのだろう。


 ということは、空気に触れるだけで反応する物質なら、酸素のこと考えなくてもいい場合もあるってことか。調整次第で水素を空気中の酸素と結び付けて水を生み出すこともできなくはないということか。


 クロムやニッケルをそれぞれ生成。ぽこぽこと析出し、どちらも樹に生えるキノコの群衆のような塊が出来上がる。手のひらの上に根付くように生えてきた高さ30センチの金属の塊。花にも木にも見えるそれは、芸術的だった。


「こんだけあれば、なんか作れそうだな。……まったく思いつかないけど」


 次にアルミニウムを生成し、ほぼ同時に物理変化で加熱させてみる。


「あ、溶けた」


 どろりと瞬く間に溶けてしまった。急激に熱しすぎたか。

 液体に融けたってことは、今俺の手は650℃以上の熱を発しているってことか。いや、急激に融けたからそれよりも100℃ほど高いのか。怖っ!


 にしても、加熱で燃焼させるのは難しいな。酸化反応はできるけど、燃焼させるとなるとコツが要る。やり方次第で炎ぐらいは出せそうだけど。


 じゃあ次。


 外気に触れると自然発火する黄リンを創成する。よし、同素体は生成できる。

 3分ほど経った辺りで燃え始めた。


「熱っ、いや、熱くないのか」とひとり悲しくノリツッコミ。火は生物の刷り込み学習的に反射として熱いと思わせるから仕方ないのだろうけど。


 すぐに物質分解させ、原子から陽子や中性子などを吸収する。


「うーん……ピンとこないな」


 なんか賢者スキルみたいな、なんか材料や能力を説明してくれるスキルないのかな。

 いや、その説明ナビ自体が自分……というよりヴェノスの脳か。

 思い出せってことね。のほほんしすぎて頭があんまり働かないけど。でも宝の持ち腐れという言葉はすぐに出たぞ。やかましいわ。


「せめて炭素は……よっしゃ!」


 右手が侵食するように黒く染まり、黒鉛――グラファイトが湧き出る。析出している様子を早送りでもして見ているようだった。黒鉛をパンパンと払い落したときだった。


「高分子……やってみっか」


 プラスチックや衣服に応用されているやつ。他にも薬品や食品……数えればきりがない。

 あれは分子量がバカみたいに大きいだけの物質で、バリエーションが多い中、炭素一種類だけでできているものも多い。


「あ……水素いっしょについているんだっけ」


 生成した時に外気の水素とくっつくかな? そもそも空気中にそんな水素分子なかったような。大量に創るなら宇宙いかないと。


「待てよ……両腕でやってなかったな」


 左手からブォアッ、と水素ガスを湧き出させる。

 右腕から炭素をパリパリと出す。よくみると毛穴や皮膚を浸透して出てきているんだよな。凝視すると気持ち悪いな。


 違うな、グラファイトじゃない。何かの物体になる前の状態にしないと、化合はできない。

 手のひらの表面上に炭素原子を並べるようにして、両手をゆっくり合わせるようにする。


 創る高分子化合物は……ああもうなんでもいいや。ポリエチレンで。重合体だけど構造は簡単だし。

 すり合わせ、合間に空気を入れてみたりする。


「なんか感触ある」


 砂っぽい。手を広げてみると、粉末状の透明な何か。


「できた……?」


 これがポリエチレン? PE粒より小さいな……。

 このまま両手をすり合わせ続ける。イメージしながらやれば、どんどん出てくる。地面に粉末がサラサラと落ちていった。


「手をすり合わせて錬成って……かっこわるいな」


 もうちょっと様になるような化合の仕方はできないものか。


「ゴム創れるかな」


 結果、ゴムのような何かができた。切れた輪ゴムより使い道がなさそうだったけど。ちなみに塊の方が創りやすい。


 しかし、構造式難しいと上手く創れないこともあるんだな。ゴムはまた今度試すか。いざという時の為にも練習しておこう。両手で化合するときも、様になるようにフォームとか考えとくか。やるなら格好良くやりたい。


 丘から突き出た岩に座り、少し整理してみた。

 片手だけなら単体、両手を使えば成功率が下がるが二種類限定の化合物が創れる。だけど構造が難しかったり多かったりすると難易度が高くなる。単体だけならどんな構造でも無限に創れるようだが……。


「はぁ……じゃあ有機化合物は至難の業だな」


 思いつく限り、構成元素が3種類以上が圧倒的に多いし、複雑だし。タンパク質なんてもっての外だ。


「やっぱ最初はこんな程度か」

 続けていくうち、いろいろできるかもしれない。


 物質創成といっても、できることは限られている。だけど、単体だけなら同素体関係なくウランだろうと水銀だろうと金だろうと――。


「金!」


 そうだよ金だよ。単体だからいくらでも創れんじゃん。


 手に集中させる。水のように不定形な金塊が出てくる。膨張してると思ってしまうほど、あふれ出てきた。創成したばかりなのか、少しねばねばする。融点間近だからだろうか。


「すげぇすげぇ」


 出るわ出るわ。金塊の延棒に加工すれば20本ぐらいの量出てきてるぞ。

 うっはー、俺今すぐにでも金持ちになれるんじゃねぇの?


「……」

 なんか違うよな。このまま金に頼ったら、前より腐った自分になってしまいそう。

 それに、俺が金を生み出せると誰かが知ったが最後、利用されるかもしれない。鉄の枷すら分解するし、大賢者よりも強いからそんなことはないだろうが、最悪戦争とか起きたりして……。

 やめようやめよう! 金は危ない。いざというときに使おう。


 周りを見渡す。誰もいない。せいぜい空に渡り鳥の群れが……あれ竜じゃん。普通にいるんだな。と思いつつ、手から地面にまであふれ出てきた金塊を粒子単位で分解し、手の中に吸収する。


「そうかー、金を創れるってことは……そんぐらいのエネルギーを使っているってことか」


 超新星爆発以上の宇宙規模のエネルギー量が、こんなちっぽけな手の中で渦巻いている。

 それに出力する際、そこまで力んで出しているわけでもなく、例えるなら、水の出る蛇口をひねる感じ。そしたら、いくらでも出てくる。どうも俺の内側から出てきている実感があまりないが、そうなっているんだろう。


「てことは、鉛から金に変えれる……?」


 それこそ錬金術だ。やり方は俺の知っている中世あたりの錬金術とは違うけど。


 鉛粒子を加速させて、何かの標的にぶつけて原子崩壊させれば金ができる。それか水銀原子にガンマ線照射して陽子一個を離せば……さすがにガンマ線出せないよな。そんなことしなくてもなんらかのやり方で陽子だけ剥がすことなら……できるかもしれない。


 コップ一杯は多すぎるから、手のひらの上に水銀を生成して、そこに指を入れた。パチパチと小さな放電音が聞こえてくる。


 やってみた結果。


「――ぶはぁー無理! 疲れるわこんなん!」


 いや、無理ではなかった。7回失敗したけど。でも初めてやって8回目で成功したのはすごいことだよ。


 だけど、かなり集中しないと原子核ごと崩壊させてしまって、『物質分解』と同じ現象が起きてしまう。陽子だけ剥がすのってすごい難しい。

 針に先端がボケボケの糸を通す時の20倍集中するよこれ、有機合成で生成したナイロンをシャーレからガラス棒にきれいに巻き付けようとするときの15倍は集中するよこれ。


 でも結果として俺の手のひらには、小さな砂金や砂礫ぐらいの金粒がある。『組成鑑定』のスキルを持つ目には約8.12グラム……小さじ1杯分以上の数値が映っていた。


 よっしゃ! 加速器に勝ったぞ俺! 予算も時間も電力もかからない! エネルギー無限だと本気ですげぇな! これぞ真の錬金術師じゃねぇか。


 だけど、こんなに集中して疲れるぐらいなら、気分いい時ぐらいしか俺はやらない。それにこれをやったところで飲み会の一発芸にすらならない。手品の方がまだ栄える。


「そもそも最初っから金創れるし」


 こんな回りくどいことしなくてもいいじゃねーか。なんの面白味もない、寂しいノリツッコミをしてたことになってしまった。


「じゃあ宝石は……化合物とか無理だからなー」


 単体なら金銀銅、ダイヤモンドぐらいは造作でもない。両手で錬成するとして、二種類まで創れるとしたら……ルビーやサファイアは酸化アルミニウムだしできそう。紫水晶ことアメシストと黄水晶ことシトリンは同じ二酸化ケイ素だから、"物質構成"を駆使すれば、できないことはないな。


 実際にやってみた。


「まぁ……こんなんだっけ」


 できたにはできたけど、これじゃない感があるし、小さい。


 石ころ程度。いや、もう結構『物質創成』と『物質分解』やってるから、集中力がなくなってきた。勉強10分も集中できない俺がよくやったもんだよ、と自分で自分をほめる。


「二酸化ケイ素って、宝石以外でも使い道あったよな」


 光を拡散させる塗料、無機ガラス、補充充填剤……なんやねん、結構いろんなもん創れるやないか。

 あとは複雑な合成や加工技術があれば、何でも作れるはずだ。


 そう、いろいろ準備して、たくさんの材料や新素材を開発すればもっと面白く……。


「――! わかった」


 そうだ、工房を作ろう。


 自分専用の研究開発室。いろんな材料を作って、それを売る。原材料はいくらでもあるから、それのコストもかからない。


 俺の就職先が決まったぞ! ……いや、俺がこの世界でできることの第一歩が見つかったぞ!


「自分だけの錬金工房を作ろう」


 やることは決まった。

 道のり長そうだけど、まずはそれを目指していこう。


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