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9.霊宝の森の魔女 ~ロリババアは本当にいました~

「あー、いかにも魔女っぽい家」

 森の奥、草むらをかき分けた先にひっそりと建っていた西洋風の一軒家。雑草に交じり、色とりどりの見たことの無い綺麗な花が咲いている。庭は放置されているため、荒れ放題だ。建物も古いし、いかにも悪い魔女が住んでいそうだ。


 俺になにも教えることなく、彼女らはその家に入っていく。ちらちらとセレナがびくびくしつつ何か言いたそうにこちらを見ているのが謎だ。あれか、親切したいけど怖いから勇気出ずに中途半端な対応になってしまうというあれか。

 ……さすがに考え過ぎか。そう推測した時点で気持ち悪いな。俺気持ち悪い。


 内部も外装に劣らぬ雰囲気だ。物置にも見えるけど、販売店っぽく見えるのも気のせいではない。

「うわ~」と言ってしまうような不気味な植物や繁殖したキノコ、ホルマリン漬けされた臓器のような肉塊や瓶に保管された鉱石のようなものもあれば、棚にびっしりと書物が押し込んだかのように詰まってあった。

 3単語で言えば、窮屈・汚い・うす暗い。


 しかし外よりは整頓されているのか、埃くささはないし、踏み場がないほど散らかっているわけではないが、なんだこの異臭は。煙草でも酒の臭いでもないし、薬品か?


「クリス、いるなら返事して」

「クリスさーん! こんにちはー!」

 フェミルに続き、セレナが元気よくクリスという魔女を呼ぶ。「おじゃましまーす」とさりげなくエレナも言う。


「……」

 10秒ほど経ったときに奥から物音がする。この間の沈黙はちょっと気まずかったと思いつつ、慌ただしい物音が大きくなるにつれ、どんな女性かと身を構える。

 魔女っていうから、本来ならお婆さんとかだろうな。さすがの異世界でもこんな汚らしい家に若い女の子がいるわけ――。


「お~、なんじゃなんじゃ、今日は知っとる面子がいろいろ来たのう」

 華のような女の子でした。金髪碧眼に金を帯びた長い髪は背中まで伸びている。


 華奢な体に黒い和服のような……なんというか、古めかしい魔女の容姿をしているな。多少の装飾があるとはいえ、言ってしまえば、ふしだらな格好というべきか。肩見えてるし、人形のような細い足も見えてるし。


 まあ、人が寄り付かなさそうな家だからな、ふしだらな生活になるのも無理はないか。けしからんな、と思いつつ心の中でガッツポーズした。

 それにしても、この女の子の話し方がいかにも……。


「ろ、ロリジジイだ……」

 つい呟いた途端、こっちを見た。瞳きれいだなこの娘。


「なんじゃお主、あまり見ぬ顔じゃな。……今ジジイっつった?」

「いえ、何も。ごめんなさい」

「せめてババアと言わんかい」

 ババアならいいんだ。


「く、クリスさん、その人と話して大丈夫なんですか?」

 セレナがおそるおそる心配するけど、逆に僕と話して何が大丈夫じゃないのか説明してくれるかな。

 ここでエレナがぽつりと一言。


「その豚畜生、ヴェノス・メルクリウスだよ。無駄な抵抗なのにもかかわらず今は改名しているらしいけど」

 チベットスナギツネこの野郎! ドМ以外だったらそれ悪口だからね。俺みたいなデリケート系男子だったらいじめ確定してるからねそれ。


「メルクリ……ヴェノス……ああ! あの錬金術師という体裁でマジパネェことした大バカ学者か! ヤンデルヤンデル」

 他の人とは違った反応に意外だった。古い友人のことを思い出したような顔にも見て取れたが、最後のまじないみたいな挨拶がよくわからなかった。病んでるっていいてぇのかこいつ。


「ヤンデルって……えっ、じゃあ大丈夫なんですか!?」

 だから何「ヤンデル」って! おまえらだけで通じるのが謎すぎるわ!


「大丈夫に決まっておろう。話ではいろいろやらかしているようじゃが、誰も成し得たことのない未来に挑戦した先駆者だと友人から聞いておる。会ったのは初めてじゃがな!」


 自慢する話じゃないのにどうしてか無い胸を張るクリス。まぁそれはいいんだけど、頭頂部でぴょこぴょこ動く2本のアホ枝毛はどうにかならないのか。どうなってんのそれ、触覚みたいに動いてるよ?


「ほほぉー、そうかそうか、そなたが噂のヴェノスとやらか。えーと……ないすとぅみーちゅー」


 ズバッ、と抜刀するかのように潔く握手を求めたに反し、ぎこちない挨拶を交わした。

 俺外国人だと思われているのか。ていうかさっき喋ったぞ俺。認知症か。

 というか英語文化あるのかよ。発音云々はいいとしてどうなってんだこの異世界。


「あの、ちゃんと通じますよ」

「ななななんとそうであったか! これは失礼した!」

 なんか動揺してる。しかもなんかそわそわしてないか?


「まぁ、噂とは違ってー……なかなかイケてるメンズなんじゃなお主」

 言い方古い。さすがジジイ……じゃなかった、ババアだな。見た目天使みたいな幼女だけど。なんだろう、天使が魔女のコスプレでもしているような不思議な感覚だ。


「あ、はい、ありがとうございます」

「申し遅れたな、我はクリステヌス・ジラール。神族ディランに慕える天使族じゃ」

 本当に魔女っ子やってる天使だった。


「わけあって"天界"から降りて、好奇心で人間の様々な術を研究しておる。人体や世界脈から力を取り入れる魔法や魔術が特に専門かの」

「じゃあ、天使にして魔女なのか」


 そしてロリのじゃ系女子。どっかのゲームにでも出てきたらキャラ濃い気がするのは俺だけだろうが、いてもおかしくはない。


「なかなかおらんぞよ、我のような属性は」

 自分で属性言っちゃってるよ。なんともまぁ、見ていて清々しくなるぐらいのドヤ顔だ。よく見たら確かに布越しに翼のようなものが生えてる。


「俺はメルスト・ヘルメス、という名前でこれからやっていく。ヴェノスって呼ぶのはこれっきりにしてほしい」

「なんじゃ、名前変えただけじゃ罪など拭えんぞ?」

「そもそも、見た目はヴェノスらしいけど中身は違うんだ。あんたの知っているヴェノスはもうこの身体にはいない」

「……魂が異なるっちゅうことか」

「そういうことになるだろうな」

「そーかそーか。珍しいこともあるもんじゃの」

 驚かないのか。なんというか、そういう貫禄さはあるんだな。


「それじゃ、これからよろしくにゃのじゃ!」

「さりげなく噛みましたね」

「そこはスルーするのが男ってもんじゃろ」

 若干恥ずかしさで顔を赤らめつつ、しかしすぐに切り替え、満面の笑みで握手を交わしてくれた。


 ……エレナが「うわ~」とでも言っていそうな顔で見ているのが痛い。俺そんなに穢れてますか、神様。

 フェミルに至っては家の中の物品を見ている。いくつか手に持っているが、どれも前の世界では見ない素材だな。


「クリス、『牡霊獣の油脂涙』と『双翼鬼の薬腑』はある?」

「おう、あるぞい!」


 ぱっ、と小さくて温かかった手を離され、クリスは受付奥の棚からうんと背伸びをしながら何かを取り出す。ここで魔法とか使えばいいのに、と余計なことを思う。


「ほれ、これじゃ。他に何か欲しいものはあるか? 最近入れたばかりの大黄竜樹の苗や狂獣ラフォルマスの有機殻も――」

「ありがとう。ここに置いてあるもので大体足りたし」


「そ、そうか……そこの双子! 来たついでにレアな青針銅鉱とかはどうじゃ、胆礬たんばんとかも綺麗じゃし……」

「え、ええっとー」とセレナ。

「丁重にお断りします」とエレナ。双子とはいえ、中身全然似てないな。


「そんな……ふぇ、フェミル~……もうちょっとだけ、いや先っちょだけ、なんでもいいから頼むのじゃ」


 お客側がもうちょっと安くしてくれとねだるのは分かるんだが、売る方からここまで頼む図はそう見ないな。


「んー……」

「買ってくれないと贅沢な生活できんのじゃ、なんかもっと買ってくれんかのぅ」


 すごい泣きそうな目で訴えてきた。男ならイチコロだろうが、女に使ったのが間違いだったなと客観的な目で見た。生計厳しいのか――と思ったけど贅沢という一言でもう同情すらできなくなったぞ。


「このままじゃ入庫した物であふれてしまうのじゃ、窒息事故おきるのじゃー!」

「いや捨てろよ」と言ってしまったが、聞こえなかったようで安心した。

「そういわれても、今は先生の指示で動いてるだけだし、また今度買いにいくから」


 フェミルの優し気なドライ対応もそうだが、クリスの押し売りも中々だな。「ふぇぇ」と言わんばかりのがっかりした顔になってるけど。

「また今度と言う奴に限ってそれっきりなの我は知っておるぞ……」

「まあよい!」と驚きの切り替えの早さに感服しました。


「おぬし!」

「……俺?」

「メルストといったな。元がヴェノスなら、錬金術はできるかの? 錬成とか冶金やきんとか」

「錬成? いや、この世界の錬成方法はあまり……」

「ほほお、中身はすっからかんに入れかわっとるか。こいつはおもしろい。それじゃあ引き出せることができるかもしれんのう」


 あごをさすり、むふふと企みの笑みを向ける。いたずら好きそうな顔してんのな。


「入れ替わったのが魂だけならば、記憶や知識は残っとるはずじゃ。それを引き出せば、ヴェノスが体得した知識や技術すべてを取り戻せる。狂っていたと揶揄している反面、その誰も到達したことのない独自の発想力と技術力は我が手にしたい者もおるしのぅ」

「クリス、バカな考えは……」

「じょーだんに決まっておろう堅物め。その柔い胸とカラダを持っておきながらアタマが石のようじゃのう、フェミル」


 そういいながら、何のためらいもなくフェミルの胸を正面から鷲掴み、指をうずめるほどまでに揉みしごき出す。

 セレナちゃんは顔を真っ赤にしているが、真顔で凝視していた俺とエレナは同じことを考えていただろう。


 あ、これは死んだな、と。


「……」

「いやぁ羨ましい限りじゃ、この顔をつっこめるほどの罪な大きさにハリもあって、そのうえ肌触りのいいもっちりとしたんひぃっ!?」

 ゲシッ、と蹴り飛ばされ、壁に背をぶつけたクリスの真横に結晶状の大きな角の欠片が突き刺さる。さすがのロリババアも腰を抜かした。いやぁ、傍から見ると光速だな。


「おま、おまっ、おまおま……っ、おまっ! レア度S級の天神獣の晶燐角をそんな風に――」


「この男が本来の記憶と知能を取り戻したが最後、私は構わず殺すつもり」


 先程の事態に一切動じなかったフェミルは流暢かつ冷酷に言い放った。

「――! それ本気で言って……言っているね」


 だって目が本気マジだもん。セレナちゃんもさすがに脅えちゃってるよ。

「……! ひぅっ!」

 だからどうして俺を見た途端にさらにビビるのセレナちゃん。よく目が合うねー君。


 いやお前は見なくていいんだよチベットスナギツネ。可愛い顔のくせしてそんな幼女を見て興奮するロリコンでも見るような目を向けるんじゃない。


「それだけお主の肉体、というよりアタマが危ないということじゃ」


 その切り替えの速さは本当に尊敬するよ。

 しかし頭が危ないって、なんかなぁ。「ああ、どっちの意味でもな」と付け加えたからツッコめなかったし。


「まぁ……肝に銘じておきます」

「あ、そうじゃ! 折角じゃし、我の弟子になってみんかの?」

「で、弟子? ですか?」


 そう訊くと、どこから取り出したのか、魔女がよく被るような黒く大きな帽子を頭に乗せ、俺の目の前に迫る。


 ……このアングルから見ると絶壁……じゃなくて、つるぺただな。絶壁にしてはほんのちょっと膨らみあるから……何考えてんだ俺。


「あんなことやこんなこと、そーんなことやどぉーんなことなのも教え――」

「一応その男、エリシア先生のお気に入りだから」


 フェミルが横から言った途端、ぴたりとクリスの表情が固まる。

「まじで?」という問いに対してコクリと納得いかなさそうな顔で頷くフェミル。俺にも目を向けてきては、「らしいな」と答えておいた。


 数歩俺から離れては、

「そうじゃったか~チクショウめぇ。あの大賢者の『おきにー』となれば、迂闊に手が出せんの」


 その言い草だとなんかクリスも俺のこと気に入っている感じか。

 人生で一度もなかったあの期間が来ているとでもいうのか。


「今度あいつんとこ伺うか」とぽつり聞こえたが、特に言及はしなかった。

 これがルーアンの町に起きた、後の大騒動に繋がるとは誰も知る由はなかった、という展開にならないように一応願っておこう。


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