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8.賢者のいない日 ~コミュ障ふたりの材料調達~

 異世界にきてから数日が経過した。


 この町に住む以上、偉かろうが底辺であろうが、どういう身分であれなにかしらやるべきことはやらなければならないとは思っている。

 一見ちゃんとした市街に見えたが、まだ不完全らしい。人口も100人いるかいないか、町の広さも人数相応で、民家の数も30軒ぐらいだという。

 言うなれば、町おこしの最中と例えるべきか。現在発展途上の小規模な街として見てほしいとエリシア先生は言う。ちなみに創設者はエリシアさんと町長のロダンが筆頭だという。


 だが、未だ町全体には俺のことを受け入れてくれていないので、町への外出はしばらく控えてほしいとのこと。何かできることが見つかるまで、家でゆっくりしてくれと言われた。


 町にいけず、また家の中にはゲームもパソコンもネットもないので、退屈なことこの上ない。ただ、ご飯やお風呂をいつも用意してくれるし、寝床もちゃんと安眠できる場所どころか添い寝できるという至高の至福に相応する聖地なので、不満はない。何より美人二人と共同生活の時点でもう天国だ。


「これじゃあ紐生活だな」

 ただ、そのうちの一人は俺のことを快く思っていないが。

 ちらりとダイニングテーブルの丸椅子に座っている彼女に目を向ける。なにもしてなさそうに見えるが、なんだか気になり、俺はソファから立ち上がった。


「で、フェミルはなにを――」

 ビュオッ、と風が真横を通る。召喚し、突いた槍が頬を掠り、血がつーっと首元へ伝う。

 やべぇ、この人ガチだ。


「……名前言うのもダメ?」

 しばらく無反応だったが、フード越しでにらみつつ、こくりとうなずく。

 まぁ下の名前で呼ばれたくない女子っているよな。特に気に入らない男子に言われたらムカムカするって話も聞いたことあるし。殺されそうになった話は聞いてないけど。


 いや、まさか昨日のこと気にしてんのか? 昨夜、誰もいないと思ってたのか、浴室に一糸まとわぬフェミルが入ってきて、後はご察しの通り地獄を見たんだよ。あれ俺が悪いの? いまだに槍で突き刺された頭と胸が痛いんですけど。


「えーと、あなたは――」

 槍が飛んでくる。壁に突き刺さり、あとから陣風が吹き付けてくる。


「しゃべるのもアウトかよ!」

 危うく頭蓋骨が貫通するところだった。それにしても、家に穴開けたことに関しては大丈夫なのだろうか。


「……なに?」

 やっと話してくれた。嫌そうな顔だけど。


「だいたいはここにいるのか?」

 にらみ、視線を落としてうなずく。


「本当は先生の護衛をしたい。けど、先生は強いから、それよりも先生の大事な学校を守った方が、いいって」

「だからここで留守番しているのか」


 頷く。

 にしても、なんで家の中でフード被っているんだよ。違和感極まりないな。

 昨日の風呂場で兜取ってた彼女見たけど、普通にきれいだったんだよな。もったいない。


「フードは取らないのか」

「別にいいじゃ――いいでしょ」

「……? いや、でも取った方が――」


 俺は構わずフードをバサッと取る。内気な人には積極的に接した方が良いって聞くしな。彼女を内気と言うのかはさてとして。


「や、やめっ……」

「なんでだよ! なんでフードの下に帽子被ってんの! その下もなんか被ってるよね!? 帽子の下に鎧兜被る二重構造必要ないでしょ! 暑くない? 大丈夫?」

「み、見ちゃダメ……っ」

「まだ見られてる範疇じゃないよ!? どんだけ恥ずかしがり屋なんだよ!」


 というか声かわいいよ! 子犬か!

 初対面より厳重になってる気がするが、顔隠そうとしていることに変わりはないか。だったら仮面付けろよ。


「どんだけ顔見られたくないのさ……」

 これは極度の内気……いや、コミュ障ことコミュニケーション障害に等しい。


「……」

 それとも、この世界のハイエルフって頭頂部が弱いのか? そんなバカみたいな話聞いたことないけど。


「そういや町に顔を出すときも被ってるらしいな。そこまで顔を見られたくないって、コミュ障の極みだぜ?」

「……」

 あれ、ここは殺人的なツッコミはしないんだ。半分死ぬ覚悟で言ったつもりだけど。


「みられて困るようなことないと思うけどな。普通にきれいな顔つきだと思――」

 横にあった丸椅子が飛んできた。見事に直撃する。


「こっちはツッコむんかい!」

 駄目だ、こいつの地雷がわからない。捉えどころがない人だ。


「ん……ベル?」

 丁度家に鳴り響いた甲高いベルの連続した音。聞いたことある……あぁ、あそこからか。


「この世界にも電話ってあるんだな」

 そうフェミルに言ったつもりだったが、返答してくれず。彼女は無言で電話を取った。


「はい……あ、先生……」

 エリシアさんからか。何かあったのかな。

 ああ、絶対兜とか取った方が可愛いと思うんだけどな。まぁ恥ずかしがる姿もまた良しとしよう。それよりも、どうやって関係を良くするか。今のぎすぎすしたままじゃ話そうにも話せないし……。


「先生から依頼が入った」

 ガチャリと電話を切り、フェミルから声をかけてきた。


「おう、何て言ってた?」とさりげなく言ったが、俺の心拍数は上がっていった。やっぱり美少女と話すことに緊張しているのと、下手すればまた槍が飛んできそうなスリルがある故のドキドキだった。

 流し目で、小さな口を尖らしながらフェミルは言った。


「材料の調達。……私とおまえで。しかも必ず」

「……え」


     *


「これぐらい私一人で……」

「悪かったって! いやなんで俺が謝ってんの」


 山岳地帯寄りだが、エリシアさんの家の裏には森が広がっている。

 名前は『霊宝の森』。聞くには、精霊や霊獣の霊系統が多く住む聖地の反面、死霊や悪霊も棲みついている魔境でもあるという。バランスいいのかアンバランスなのかはわからないが、対極的な存在が同じ比率で棲みついているので、普通の人間でも影響なく入れるという。

 確かに見た目はただの森だ。神聖さも禍々しさもないあたり、中和されているのか。


「なんでこいつとなんかと……」

「エリシア先生も考えがあってこういうことしたんだと思うよ! 何かしらの意味があるんだって絶対」

「神よ……おぉ神よ……あぁ、神は死んだ」

「そこまで嫌いなの!? どんだけ魔王の血筋嫌いなんだよ!」

「種族差別はして、いない。生理的に、あなたという存在を、受け入れたくないだけ」

「差別の方がよかった」


 いや差別もよくないけど、個人として嫌われたら救いようがないじゃん。

 ここまで俺のことを嫌いだと、もういっしょにいるのが苦しくなる。なんか生きててごめんなさいって気持ちになる。兜越しでもどんよりした表情が伺える。


 この場の空気が重い。ここだけ魔境と化しつつあるぞ。なにかいい話題でもあれば……話しかけただけで殺しに来るからもう詰んでいるか。


「あれ、あのふたりは」

 人気のないけど気配だけは半端ない森の中で、小さなふたりの姿を見かける。フェミルも気がつき、そこへと向かう。

 あれ、このふたり確かセレナとエレナだったよな。酒場で俺を拒絶したメイド双子。なにを採収しているんだろ。


「セレナにエレナ……なんかあったん――えと、なにしてるの?」

「あ! フェミルお姉ちゃんだ! ――ひっ!」


 セレナは案の定、俺の顔を見るなり怯えてしまった。

 俺まだなんにもしてないよ? 見た目犯罪臭ぷんぷんする汚いおっさんならわかるけど、俺まだ若いし顔も美形だよ? 経歴だけでビビられちゃってるよこれ。本気でヴェノスがどんな奴なのかより気になってきたし、殴りたくなってきた。あ、殴りたいなら自分で自分の顔殴ればいいのか。それはそれでなんか違う。

 セレナが脅えているため、代わりに物静かなエレナが答えた。


「用事」

「材料調達?」

「買い物」

「あそこね」

「安くなったから」

「そう」


 クール系女子同士との会話。すごい、単語だけで会話成立してる。いや、してるのか?


「フェミル姉さんはその家畜連れてどこにいくの?」

 エレナちゃん、とうとう僕を家畜扱いですか。うわ、すごいよこれ、チベットスナギツネが豚畜生を見下している図になっているよ。セレナちゃんと顔似ているのになんだこの差は。


 フェミルといいエレナちゃんといい、俺の何が生理的に無理なのか全くわからないんだけど。ていうか何この最悪な出会い。俺だけアウェイなんですけど。


「先生の頼みで材料調達してるの。たぶんいつもの研究に使うもの」


 淡々と言い、メモをエレナに渡す。「んー」とエレナはメモを眠たそうな目で見つつ、

「あ、この材料あの魔女のとこにも売ってあるよ」

「あの魔女?」


 当然、無視される。ただセレナだけはビクンと反応してくれた。

 あの、俺しゃべっただけなんですが。別に口から炎とか何もでませんから、そこまでびくびくされたらいじめたくなります。


「クリスのところ、ね……じゃあ一緒に、行かない? 正直この男とふたりで歩くと血反吐出そうに、なるから」


 酷くね!? 本人の前でズバッと言っちゃったよこの人! 露骨すぎて苛立ち越えた清々しさすらも越えて恐怖を覚えるわ!


「あ、わかる」


 わかるって同情しやがったよこのチベットスナギツネ!

 あとセレナちゃん、さりげなくコクリと頷かれるのがいちばん傷つきます。そしてこっち見てビクリとして涙目になるなら頷かないでください。自分の行動に責任を持ちましょう。


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