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6.大賢者 対 錬金術師 ~思ったよりガチでした~

「――っ!?」

 全筋肉が発電機になったような、身体の重たさ。重圧感以上に溢れ出す力が推進力として全身を前方へ飛ばす。足を踏み込んだモーションすら捉えられない速度でエリシアさんの眼前へ向かう。発火するかのように10mあった距離は消滅した。


 反射的に動いたエリシアさんは剣を盾にして、俺の繰り出す攻撃を防ごうとしたのだろう。しかし、俺は一切手を出さずに、一瞬で移動しただけ。


 それによって生まれた爆風がエリシアさんを押しのけ、一瞬だけ足が地から離れては10mの距離が再び生まれる。


「"霊術"――"氷火虫"」


 蒼炎をまとうエリシアさんの周りの空間から燃え移るように氷結の塊が形成され始める。宙に浮いているというよりは、3次元的にそこの座標に固定されているような。


 大きさはピンポン玉からバスケットボールまでさまざま。

 形は球形や刃、槍、針など。クリスタル型も少々含む。

 数は100を越えている。

 青白い冷気を蛍の光のようにぼんやりと覆っている、刺々した氷の塊がガドリングのように次々に射出され、俺に迫ってくるが――。


「受け甲斐ありそうだな」


 自ら全弾を受け止めながら、息を深く吐く。細かい氷弾は鋭い痛みで、大きい氷弾は脳や骨を揺らす程の鈍い痛さ。鋭利なものは服や皮膚を裂いては突き刺し、まとう冷気は体表を凍らせる。


 当然、痛覚もあるし、血も流れる。凍傷もある。だけど、この刺激が心地よく、また力をみなぎらせる。おかげで眠気もない。醒めてきた。


 正気か、といわんばかりのエリシアさんの驚きよう。いやぁ、こういう顔好きな辺り、俺はSかもなぁ……たぶん。


「つくづく信じられないことをする……! 自分から喰らうなんて、相当自信があるか、ただの馬鹿か……"水瓶の蛇竜"――"白渦の辰(ホワイトストローム)"!」


 最後の1mはあった巨大な氷結弾を蹴り、踏み砕いたとき、足元が湿り――いや、薄くだが水に浸されている。


「水たまり……?」

 途端、四方八方から容赦なく水でできた巨大な蛇が大口を開けながら俺に喰らいつこうとする。

 それだけじゃない、下から突きあげてくる水流のトゲの数々。間欠泉の方がまだかわいい方だ。


「うぉ! マジで殺る気じゃんあの人……」

 足元から突き出てきた水の槍を間一髪で避けるも、頬に縦線のかすり傷ができる。

「避けきれねぇな」


 莫大なエネルギーの出力により可能となった『物理変化』のスキルと細胞活性化。傷もふさがり、水蛇竜を避けながら、エリシアさんの位置を見る。


 この手で触れた水蛇竜や突き挙げる水の槍は、たちまちに蒸発した。朝霧よりも大量の水蒸気があたりを覆い、空へと流れる。体温も急上昇したようで、氷結していた一部の体表や関節に感覚が戻る。


 水分子を振動させ、沸点に達したにすぎない『物理変化』能力の応用だが、戦闘に役立ってよかった。


「エリシアさん、今そっちに行きますね」

 パシャッ、と濡れた地を踏み、迫りくる水蛇竜の群れをことごとく蒸発させる。


「っ! 速い――!」

 近づいた辺りで水の槍に触れては氷点下――氷結化させ、ぽきりと折ってはぶん投げる。あまりの速さに一直線の残像が見えた。


「――"聖王術・鳳凰の飛翔"!」


 それよりも早くエリシアさんがそう叫ぶように唱え、赤色の紋様が刻まれた腕を薙ぎ払った。

 途端、投げた氷の槍のみならず、跳躍跋扈していた水の蛇竜や地面の水面ごと蒸発し、一瞬にして払拭された。


 突風どころではない爆風圧と、水を瞬く間に沸騰させるほどの熱が押し寄せてくる。


 数メートル下がるも、そんな風に負けるような俺じゃない。比類しよう無い威力だが、暴風雨や猛吹雪の中、自転車で登校していた俺には慣れたことだ。たとえ家が崩れ、トラックが転がるような突風であれ、俺は倒れない。

 一瞬怯むも、俺は地に足を着け、距離を数歩で詰める。


「冗談でしょ」とでも言いたげなエリシアさんの顔はすぐに真剣な目つきに戻る。


「"召喚――Col-Rundum"」

 碧い噴煙が大地から芽吹く。湧いて出た炎から灰色に黄、青、赤が混じったような岩石でできた竜が、無数の牙を向けて風のような速さで襲い掛かってきた。


「んっ?」

 焼却場でも発動した、自分のもう一つのスキル――"組成鑑定マテリアルオピニオン"。


 瞳に映った物体の構成や成分が元素記号や文字――様々な形の数式として表記される、つまりをいえば物質の同定が可能ということになる。


 この岩石竜はアルミニウムの酸化物――鋼玉、つまりコランダムで構成されているのか。ダイヤモンドに次ぐ硬さを誇る鉱石だとは、どこの地殻から採って召喚させたんだよ。

 水や炎ならわかるけど、かなりの質量である岩石を操るのは簡単じゃないはず。


 弾けたプラズマを腕にまとい、竜の突進を突き出した片手で受け止めた。地面がえぐれるほど、母指球に力をこめる。空気が弾けるような、軽快な音が鼓膜を震わす。


「っし……!」

 血管に沿って、腕と手から電流が激しく走る。

 強制的な酸化還元反応。酸化アルミニウムからむりやり酸素を引きはがし、ただのアルミニウムと還しては分子配列を組み換える。竜の形状から、イメージしていた巨剣へと変形させる。


「錬金術にも見えるな」とエリシアさんは呟く。

 地を蹴り、間を潰しては巨剣を思い切りぐ。当然、相手は受け止めるから、そのときに――。


「――安直だ」


 キン、と軽い金属音。勢いを流された。右手で握っていた巨剣が欠け、剣先が天へと向けられる。思わず剣を手放しそうになった。

 受け流され、力のままに振るった右腕は瞬時に対応することができず、視線を下に送ることしかできない。


 懐から迫る蒼炎の剣刃。光が反射し、銀の鋭さを帯びる。


 こうなったら。

 俺は剣を素手で掴んだ。


「なっ――!?」

 手のひらが斬れ、火傷するも、強く握りしめる。


 先程コランダムを還元させ、体内に吸収した酸素。それを左手で掴んだ剣に注ぎ込んだ。強制的だが、つまりは酸化還元反応――腐食させた。


 一瞬の発火。蒼炎はより燃え上がるが、剣刃は赤色にび、使い物にならなくさせる。

 それを離さないまま、右手に持っていた巨剣を叩き付けるように振り降ろした。


 ――が、結界でも張ってあったのか、アルミニウムでできた弱い剣はエリシアさんの直前で簡単に砕け散った。

 ガゥン! と空気が張り裂けそうな轟音は、眼前で花火が上がったかのようだ。地面がその振動で細かく揺れる。


 柄だけ残った剣をすぐに捨て、つかんでいたサビの剣刃を下へと押えつつ、握り潰しては粉々にする。


 やっぱり自分自身の身体から直接攻撃しないと無効化できないって感じか。

 俺は右拳を握り、寸止めするつもりでエリシアさんの顔へ振るう。


「っ、うぉ!?」

 瞬間、目の前が激しく燃え盛る蒼い炎に見舞われた。

 拳は空を殴り、身を包むほどの蒼い炎を跡形もなく吹き消す。その風圧が草原を根こそぎ起こさんばかりに激しく揺らす。


「さっき言ったはずだ。殺す気で思い切り来いと」


 背後から凛とした声が聞こえた瞬間、


「――"碧萃(Isyularg)"」


 あたり一帯がみどりの光に包まれた瞬間、飛び出てきたツタのような木の根が身体を突き刺すように襲い掛かってくる。

 岩のような固さと腰を痛める程ずっしりくる重さ。関節を縛られ、身動き一つできない。

「やべっ、うごけね……っ」


「"憤華(Valius)"!」


 鼓膜が破れ、心臓が潰れそうなほどの大轟音が、この山脈ごと大地を大きく揺らした。


 巨大な飛空艇で構成された魔族のスレイバルを瞬殺した技か。

 体中が熱くなり、目の前が青く染まる。皮膚を通して内臓ごと焼かれる感覚につい声を漏らしてしまう。


 バックドラフトを真下から直に受けたような衝撃と熱さ。いや、俺を鎖のように縛り付けていた、岩のように重たい植物が跡形もなく消し飛ぶほどだからそれ以上か。

 呼吸のしづらさに俺は一度咳き込む。息を吸うたび、熱気が肺を焼く。


「おおぅふ……いい爆発具合だ畜生め……げほっ」


「ぼほっ」と変な咳込みと共に熱波の塊が、口からゲップのように吐き出てくる。見上げると、はるか高くに漂っていたはずの雲が円状に欠けており、大気圏まで爆発の火柱が続いていたのかと把握する。


 火傷や裂傷があるけど、案外……無事なもんだな。見栄えだけすごくさせて、内面は加減してくれてるのかな。


「まさかとは思ったが……最大火力でもあまり効いていないなんて」

 全力だったのか。なんか申し訳ないな。


「……ん?」

 足が動かない。見ると、地面に埋もれていた――というより、地面に喰われていると表現した方がいいだろう。生きているようにずぶずぶと脚を飲み込んでいる。


 さっきの魔法、まだ効果続いてたのかよ。しかも抜けねぇぞこれ。

 あれか、俗に言う、まるで地球ごと持ち上げているような感じ――ってやつか。そんな表現漫画であったな。


「――"海神よ。大陸をも砕き、深海へ引きずり降ろした三首の王の叉歯を我が矛とせよ"」


 なんだかヤバそうなのが来そうな呪文を唱え始めたぞ。

 周囲にいろんな立体魔法陣が歯車みたいに繋がっては回っているし。術式の数式や記号がコンピュータ言語のように流れているし。燃え上がった蒼炎を腕にまとい始めたし。

 あれだけの厨二成分たっぷりな台詞だ、とんでもない技が来るに違いない。


「――"海神の(トリアイナ)蒼焔槍(アロミネンス)"!」


 ちょ、それはマズい。容赦なく死ぬやつじゃん。


 後ろを見る暇もなく、俺のいた場所は、稲妻をまとった極太の蒼い光線に丘ごと飲み込まれた。衝突した山の岩壁が簡単にえぐれ、貫通する。

 何百、いや、何千mだろうか、山脈の向こう側までのトンネルができ、それでも威力は衰えることなく、地平線の彼方へと翔けていった。


 あれは大気圏いくね多分。割と本気でよけて良かったと思うよ俺。


「完全に捉えたが……死んでないよな」

 まだ気づいてないな。術式を放ったエリシアさんの後ろにいるんだけど、声かけないと駄目みたいだ。


「うわー危なかった。本気で死ぬところだった」

 わざとらしく言ってしまったが、すぐに反応したエリシアさんは振り返り様に一矢の如き蹴りを放つ。それを額で受け止めた。


 当たった瞬間に発生した爆炎が俺の頭部を飲み込むが、何を畏れたのか、ゾッとした目をしたエリシアさんは、ボシュッと蒼炎と共に姿を消しては俺から離れる。


「上っぽいな」

 炎にまみれながらも見上げると、予想通り上からの蒼い雷撃。


 4億ボルト・29万アンペアか、すごい高圧電流だな。と『組成鑑定』の目を通して感想を述べたときには雷撃をよけ、20m上へと跳んでいた。空にいたエリシアさんはまたもや蒼炎と化して、瞬間移動する。


 けど、別空間を経て移動しているわけじゃない。その行先は足跡のように残留した神素という『なにか』が示している。


 自身を加速器に乗る粒子のように、莫大なエネルギーを用いて、爆轟と共に瞬間移動する。


 岩壁の傍でエリシアさんが蒼炎と共に地面から出現した瞬間を狙い、既にそこにいた俺は勢いのまま、放電している拳を突きだした。


 声すら出なかった彼女の顔面――の真横を狙い、後ろの見上げんばかりに高くそびえる岩山の壁に拳がめり込んでは、リヒテンベルグ図形――雷の稲妻のような樹状模様のヒビを生じさせる。

 しかし、溢れ出すエネルギーがヒビを作り出す程度で収まらず、熱となって岩山前面が赤く染まり、そして丸ごと爆発四散した。


 視界を防ぐほどの巨大な岩壁が壁ドンによって気持ちが良いまでに木端微塵になった瞬間を、俺は目の当たりにした。


 これはたぶん、エリシアさんでもビビると思う。自分でやっておいて、俺もビビってるし。


 晴れ渡った山岳からの景色。その地平線から今にも日が昇ってきそうだった。風が強く吹いてくる。

 勝負有り、だな。


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