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プロローグ

 あとちょっとだったんだ。

 あとちょっとで、この世界は変えれたんだ。

 救えたんだ。


 剣と魔法の時代。勇者と魔王のいる世界。

 こんな世界が何千年も続いている。ほとんど進歩することなく、時間が止まっているかのように、この時代は停滞している。だが、何も変わらないはずのこの世界が衰退し、滅びゆくことを私は分かっていた。


 私は予言者でも占い師でもない。世界の真理を求める錬金術師にすぎない。しかし、これからは錬金術のその先の新しい学術が世界を救い、時代を変える。


 変えてみせるはずだった。



「今の気分はどうだ」


 鉄のマスクを剥がされ、喋る権利を与えられる。

 体の自由が一切利かない。どこにも力が入らない。聞こえる耳と見える目を動かし、マスクを取った男に意識を向けた。


 私は錬金術師として多くの偉業を成し遂げてきた。だが、そのうち世間に公表され、正式に認定されたのはほんの一部。偉業の多くは、「馬鹿馬鹿しい」を主とした罵詈雑言。信じてもらえなかった。


 大いなる秘法――アルス・マグナを証明し、賢者の石を作ることに成功しては、長寿の身体を手にした。とうとう不死の身体をも手に入れ、ただの金属から金をも作る方法も見つけた。


 だが、どうしてこうなったのだろうな。


「……ああ、最悪だね。殺すなら早く殺してくれよ。人の命をそう弄びなさんな」


「ハン、それを貴様が言うか。笑えない冗談だが、そうなったのもすべて自業自得だ。せっかく得た不死の身体も、本末転倒となったな」


 今、私は処刑場にいる。外ではなく、地下の奥の薄暗い一室。拘束着を着たまま、何かの装置がついた椅子に座っている。

 電気椅子。これが私の最期を迎える玉座か。ずいぶんと……私らしい、おんぼろで、不恰好な椅子だ。


 石レンガに敷き詰められたカビ臭い場所に数人の見届け人。この収容所の所長と執行人、役人、そして、私を半殺しにし、捕まえたこの国の王にして、私の父――魔王を討ち取った元勇者『ラザード』。


 空気を吐き出すようなかすれた声で、苦笑混じりに弱々しく話す。


「はは、そうだな……。にしても所長さん、今度は本気で私を処刑するようだね」


「無論。貴様の編み出した不完全な不死の細胞も、雷の如き強い電気を流すことで死に至る。また再生にも限界がある。しょせんは不老不死など幻想にすぎなかったようだな」


「そうばっさり言われると、逆に清々しいよ」


 そう言っては力なく苦笑する。


 おもしろい冗談だ。こんな椅子で雷ほどの電気を出せるはずない。そういう誤解が、世界中に埋もれている。間違いだらけなんだ。

 元勇者よ、おまえはそのことにすら気づかず、父を殺したに過ぎない。また、時代を繰り返したきっかけを作っただけだ。


「さて、無駄話が過ぎたな」と所長は改める。


「これより、罪人の電気処刑を執行する。錬金術の父"ヴェノス・アルフォーナ・メルクリウス"よ、最期に言い残すことはあるか」


 狭い部屋に反響する声。気を引き締められるような、鋭い声。一人の兵士が、装置に近づき、レバーに手を置く。


「言いたいこと……この世界に遺したい言葉など、山ほどあるね。だけど、あんたらはそれを全部聞くつもりはないんだろう」


 しかし、返事はない。


「だから、言いたいことはひとつだけにしておく」


 こうやってこの世から去るのも、運命だったのだろう。だが、私はその運命に抗い続けてきた。

 飢え、老い、病、そして死。その避けられない運命に打ち勝つ手段は見つかった。


「私一人が死んでも、なにも変わりやしない。なんの解決にもなりやしない。意味などないさ。……なんにもね」

「……」


 輪廻しつつも衰退していく世界を創った神を引きずり降ろす手段を、私は見つけたんだ。


「先に言っておこう。私はまた甦る」


「――っ!?」


 一同はどよめく。ああ、いい顔だ。

 こんなところで終わる私ではない。まだ世界を救う算段はある以上、もう一度この世に戻ってきてやる。


「この電気椅子を後の王座として、私は革命を起こすべく再びこの世に戻ってくる。もう一度会うことになったら、そのときは私の作った酒でも交わそうじゃないか。なぁ……我が親友、ラザードよ」


 そして、高らかに笑った。力の限り、狂ったように笑い続けた。


 勇者よ、君のことが憎いわけではない。誰も憎んではいない。

 私はただ、君と同じように世界を救いたかっただけなんだ。


「――っ、執行!」


 所長シザーの叫び。執行人が握っていたレバーを降ろす音。

 それを最期に、私の頭の中は真っ白に吹っ飛んだ。

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