知らない胸の奥底
読みにくかったら、すみません。
人類はいつ何時でも営んでいる。その日々の営みには、必ずと言っていいほど悲しみがある。
そして悲しみを生み出すのは不幸である。不幸とは、人の死は言わずもがな、仕事や何かに失敗したりすることも不幸だ。
ここに、一人の少年が立っていた。否、浮いていた、と言った方がいいか。
空が白み始めた中、眼下に見えるはどこにでもある2階建ての家。
少年はおもむろに手を挙げ、小さく、しかし厳かに呟いた。
「…汝に我が不幸を分け与えん」
手のひらを目標の家に向ける。すると、手から黒いチリのような物が出現し、家に降り注いだ。
「これで終わりかな?」
いつの間にか少年は姿を消していた。
荒木昭一は不運に思っていた。今朝からろくなことが無いのだ。目覚し時計は1時間遅れていて、慌てて2階から降りようとすれば階段を転げ落ち、自転車に乗るとパンクした。家の近くならまだマシなのだが、学校の目の前でパンクしたので、帰りを思うと憂鬱になる。
親譲りの茶髪をボリボリ掻きながら学校の駐輪場に自転車を置くと、校門の方から見慣れた人が走ってきた。
「おはよ!ショッチン!」
この俺に妙なあだ名で呼ぶのは一人しか居ない。同じクラスの野上里美だ。
「だからその名前で呼ぶなって…荒木でいいよ」
俺が首元を掻きながら言うと、里美はその腰まである髪を揺らして怒るのだ。
「駄目よ。ショッチンはショッチンなんだから!私がそう決めたんだから、そうなのよ。」
こんな奴がクラスの委員長だなんておかしい。里美とは小学生の頃からの付き合いだが、特に秀でたものは無く、学校の成績も中の上程度だ。取り柄なのは元気で凛としてしっかりしてるとこ。それだけで委員長に選ばれたものだ。あれ?あいつ元々気弱なはずなのに…いつからあんなだっけか…?
「ほら、よそ見しないで、階段にツマづいちゃうよ?」
思い出そうと考えていると、里美の声で我に返った。どうやらいつの間にか校舎内に入っていて、階段の前についたらしい。
階段め…今朝はよくもやってくれよったな。今度はそうはーー
「あだっ!?」
そんな思いも虚しく、段差にツマづいて転んでしまった。すぐに体勢を整え、周りを見渡した。どこからか、幼いため息が聞こえた気がした。
「もー…だから言ったのに…」
俺は笑いながら首元を掻いた。
どうやら不運なのは朝だけじゃなかった。よりにもよって古典の弐口の授業で課題を忘れこんな年にもなって廊下に立たされた。時間割が変更になったのを忘れて体操服を着て一人校庭に出たりした。
「やっと昼休憩…今日は厄日じゃないんだろうか…」
そう独りごちると、貴重な友人が一人、先崎が隣の席にやってきた。
「一緒に食べよーぜ!」
こやつ…人の気も知らないで暢気にしやがって!
「なーなー、そういやここらで不審者がウロついてるらしいぜ?隣のクラスのやつが見たんだって!」
「へーふーんそーかそーか」
「全然聞く気ねえな…まあいーわ。それで、危ない目をしてるらしいぜ。ナイフを持った金髪の男は」
まあどうでもいい。例えこの会話内容がフラグだとしても知らん。
「あ!そうだ、お前宛に伝言だ。かの里美ちゃんからだ。」
「なに?…同じクラスなんだから、直接言えばいいのに…」
そうしてそっと里美の居るグループに目を向ける。里美を中心として、クラスの主要な女子達とキャッキャ話に盛り上がっている。無理もないか、あの中一人抜け出して俺に話しかけるのは難しい。
「で?何だその伝言と言うのは?」
「ああ、そうだ。今日は一人で帰ってくれってさ。」
はあ?
昼休憩後の五時間目。クラスの半数が寝ている。俺の席は窓際で暖かい陽射しが入っていたが、五時間目なのに不思議と眠くならなかった。
ふと最前列の席にいる里美に目をやった。背筋を伸ばして先生の話を聞いている。ノートに書く動きに合わせて髪が細かく揺れている。
里美が俺の視線に気づいたのか、振り向いてこっちを見た。目が合って、慌てて外に目を離した。
なーに考えてんだか。たしかに一緒に帰ってはいたが、あいつが勝手について来ただけだ。
また視線を里美に向けると、彼女はこっちを見て赤くなっていた俺を笑っていた。
いつの間にか寝ていた俺は、教室で一人になっていた。外から野球部の掛け声が聞こえる。どうやら放課後になったらしい。
起こしてくれてもよかったのに、と首元を掻き、帰ろうとすると、教卓に少年が座っていた。
昭一は驚いた。なぜ高校に小学生が居るのか、そしてなぜ小学生が燕尾服を着ているのか。この前テレビで見た七五三みたいだ。
そう固まっていると、不格好な少年は口を開いた。
「僕、これでも人間で言えば中学生なんだよ?たしかに顔は実年齢より幼いかもしれないけどサ」
更に驚いた。心の中を読まれている?
「ま、そう言う事。…自己紹介が遅れたね。僕はクロム。人に不幸を分け与える存在だよ」
まったく理解ができない。昭一は混乱の中、精一杯の強がりで言葉を発した。
「…まったく、子供がどうしてこんな所に来たんだ?迷子か?お母さんはどうした?」
迷子であるはずが無いのに、昭一は聞き返した。人間のものではないと、信じたくないのだ。
「…信じないの?それなら、お兄さんに不幸を分けてあげるよ」
そう少年は微笑し、手を挙げた。
「汝に、我が不幸を分け与えん」
何を言っている?
気づくと体に黒い何かがまとわりついた。何だこれは?気持ちが悪い。
やがてその何かは昭一の体に入った。何ら違和感は無い。
なんだ、手品か?瞬間、ガラスが割れた。足下で何かが跳ねる。ボールだ。野球のボールが外から突っ込んできたのだ。
割れた音に駆けつけたのか、弐口が教室に入ってきた。昭一を一瞥し、怒ろうとしたのか、口を開けた。だがそれは転がっている野球のボールによって静止された。代わりに窓を開け、何か(おそらく野球部だろう)を怒鳴った。
さんざん怒鳴った後、弐口は向き直って俺を頭から足まで見渡し、静かな声で言った。
「…ケガは無いようだな。ここで一人で何をしてたかは知らないが、用がなければ早く帰りなさい」
メガネをくいっと上げ、弐口は教室から出ていった。
あっという間の出来事だった。
昭一は無い頭を懸命にひねり、熟考した。こいつが何かをした瞬間『ガラスは割れた』。弐口の『一人で』発言。
昭一は思いを巡らし、目の前の少年を見た。
「お前…人間じゃないな?」
クロムと言う少年は笑った。
「ちょっとは信じてもらえたようだね。改めていうよ。僕は不幸を分け与える存在。世界の不幸は、全部僕の行動によるものさ」
昭一は半信半疑のまま、発言する。
「はっ、お前が不幸をなんたらする存在だったとして、俺になんの用だ?あ、もしかして今朝からの不幸はお前のか?」
彼は頭を振った。聞き覚えのあるため息が聞こえた。
「厳密には違うね。だってそれは君の…いや、なんでもないや。そう、君に伝えなきゃいけないことがあってね。」
姿勢を改まった。その真剣な表情に、昭一は緊張する。
「単刀直入に言おう、彼女、野上 里美は今夜ーー死ぬ。」
昭一は走っていた。自分の好きな人に命の危機が迫っているのだ。当たり前だろう。
本屋に差し掛かった時ーー昭一はまた夕方の会話を思い出す。
「彼女はーー死ぬ。」
死ぬ?しぬ?シヌ?
今まで見てきた情景を思い出す。小さい頃踏みつぶした虫。ニュースで話題の殺人事件。
昭一は理解できなかった。いや、理解はしていたがそれを信じることが出来なかった。思い知ったのだ。自分は里美の事が好きなのだと。
そしてその想いが、短時間で失われることが。
「信じれないのならいいよ……これは独り言だけど、彼女は6時半に死ぬ予定だ。学校から出て、6時10分に本屋に寄ってある本を買う。そこの近くの公園でーーー」
独り言を言うと、昭一は全力で教室から出て行った。
「ふう…では、僕もこれを見届けよう…」
クロムはたちまち姿を消した。
「はっ…思い知らせといて勝ち逃げは許さねえぞ!里美ぃ!」
時刻は6時20分。公園についた。
里美はベンチに座っていた。イヤホンで音楽を聞きながら、先ほど本屋で買ったであろう本を読んでいる。
昭一が安堵したのもつかの間、里美に金髪の男が歩いていっている。手にはナイフ。里美は気づいていない。
あいつはたしか、昼に先崎が話していた…!
金髪の男はナイフを振り上げた。瞬間、里美に血しぶきがかかる。
驚いた里美は顔を上げる。するとそこには、肩深くまでナイフが刺さっている荒木昭一がいた。
「しょ…ち……ん…?」
暗転。昭一はその場に倒れた。
昭一は目を覚ました。真っ白な天井。
ああ…俺、死んだのか……。じゃあここは天国かな。
そこには天使のアルカイックスマイル、とは言えない里美の泣き顔がーー里美?
そこで我に返った。
「里美…痛いよ」
「しょっちん!しょっちん!起きた!」
自分の周りを把握しよう。口に付けられた酸素マスク。腕から伸びる点滴台。隣には里美が泣きじゃくり、親も嬉し泣きのようだ。警察のような人も居る。
俺 生きてる?
それからすぐに医者が来た。色々診察されて、あと1ヶ月は絶対安静だそうだ。
「いやー、すごいね君!あと1センチズレてたら死んでたよ!?まあ今でさえ生きてるのが不思議だけどねぇ」
どうやら俺はまだ神から見放されてないらしい。
病室に戻ると、里美が居た。俺は首元を掻いた。
「ねえ…覚えてる?その首元の傷。それはね、わたしがまだ幼くてここに引っ越して間もない頃、公園に居たしょっちんとで遊んでたら、そこに野良猫が来てーー」
鮮明に思い出される、あの頃。
「あ!かわいー!」
「どこの野良猫だろー?」
当時近所にいた野良猫がガキ大将にイジメられていて、昭一は野良猫を抱き抱えてガキ大将にイジメをやめさせようとした。
「おいやめろよ!そういうの良くないぞ!」
だがそんな説得も通じず、ガキ大将はこぶし大の石(小学生のこぶし)を投げ、野良猫に命中。野良猫は驚きのあまり昭一の首元を深く切り裂いたのだ。頚動脈までは届かなかったものの、傷は深いため出血が止まらなかった。
里美が大人に知らせ救急車を呼んだ時、泣きながら思ったのだ。 しょっちんは私が守る!その為には、強くなるんだ!と。
そして昭一は傷を負いながらも泣いている里美を見て思ったのだ。
なんで泣いてるの?どこか痛いの?さっちゃんの痛いをぼくがかわりにしてあげたらいいのに。
「懐かしいね…あ!お腹すいてるでしょ?何か買ってきてあげるよ!」
そう言って里美は病室を出て行った。
「ーなかなかいい話だね」
「!?」
里美の代わりにそこにはクロムが立っていた。
「どう?僕の独り言は為になったかい?」
クロムはにっこりと笑った。
「なあ…なんで俺は生きてるんだ?お前なら俺を連れていけただろうに」
昭一が呟くと、クロムは言った。
「僕を死神なんかと一緒にしないでおくれ!……ただ、あの金髪に不幸を分け与えただけだよ。彼は薬物に依存していたからねえ。代わりに、彼女の幸福を君が貰い受けただけだよ」
「ふーん…でも、なんで里美の命が脅かされる前にそれをしなかったんだ?」
それを聞かれたクロムは、少しだけ顔をしかめたが、昭一にはわからなかった。
「…それはいいじゃないか。とにかく男は捕まり、君は助かり、彼女と結ばれるんだから」
「な…っ!」
昭一はいつかの授業より顔を赤く染めた。
「どうやら時間のようだ。これで僕はお暇させてもらうよ」
「おい待て!まだ聞きたいことが…」
クロムは黒い何かとなり、窓から出て行った。
これを里美に話そうか?
また会えるだろうか?あの『幸福の少年』に。
どっと昭一に疲れがのしかかり、死んだようにすうっと寝た。
「しょっちーん、マリン堂の大福を買ってきたよ…あれ?寝ちゃってる」
里美は椅子に腰掛け、何かを思い出し顔を赤く染めた。
「これって、今が……あれを実行するチャンスかな」
里美は決心したように立ち上がり、昭一に顔を近づけ、赤くなった頬より赤い唇を昭一の頬に付けキスをした。
公園に置いてかれたままの本はあるページを開いていた。
「恋のおまじない!その1!寝ている彼にキスをする!」
設定を考えるのは難しいものです。
たとえ設定を考えれたとしても、それを長編文章に直すのだって難しいです。
現に、この小説のラストがふに落ない、オチがついてない、と自分では思っています。
こんな小説が良いのなら、私は続編を書きます。